Will indication 意志の徴候
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いつか、忘れた頃に、或いは自分、或いは知人、或いは他人、誰かが読んで、俺という存在を理解してくれるだろうか。若くしての悩みや葛藤を、理解してくれるのだろうか。 例えば今俺は、自分は音楽の道に進むのだ、という決断が出来ない。進みたい、そう思っている事は確実なのだが、不安が多い。 つい最近、学校の担任が書いた文章に、「得られないならば初めから得る努力をしない」という様な言葉が書いてあった。それは、個人面談時に生徒に言われた言葉だそうだ。 この言葉を聞いたせいで、俺は一時期の俺を少しだけ取り戻した気がする。しかし、それは決して良い事ではない。何故かといえば、俺はその言葉に甘えて、いや、もっと甘い言葉を作って甘えていた記憶がある。「何も得られなくて良い、何も失いたくない」 失わないというのは、時が停まっているという事。時が動いていれば、何かしら変わっていくものがある。その、変わるべくして変わるものに対しても、変わらないでくれと願う。そして、新たに得るものはいらないという条件を出した。 しかし、その得るものはいらないというのは、条件ではなくそれ自体が甘えで、甘えに甘えを重ね、生きる意欲と気力を弱めていくだけ。 当時の俺は、何がきっかけでここまで立ち直れたのだろうか。でも、今の俺はだらだら生きているだけで、立ち直れたとは言えるかわからない。 だから、自分なりの答えの出し方を探そう、そして思いついたのが、ライブ。 俺は音楽の道に興味がある。それで、この前ライブを見に行った時に、随分な衝撃を受けた。「俺は乗り切れてない。その代わり、いつかは乗せる側になりたい」 だから、一度限りのメンバーを誘って、ライブをやるって事にした。今は声をかけ始めてるところ。知り合いにドラムいないのが問題(苦笑) そのライブで自分なりの答えを出したい。今参加してるバンド活動の一切を辞めるか、或いは音楽の道に行くのか。 得られないものを得ようとする努力は確かに無駄だ。得られるかも知れないという低い可能性を信じて努力するのも無駄だと俺は思う。だけど、好きな事をして生きていく、それは俺に欠けていた意欲。今更になってその意欲を我が物にする機会がやってきた。だから、この機会、俺は掴めるか、放ってしまうのか。 ここまで色々書いたけれど、最後に一言だけ言いたい事がある。 夢は、いつまでも夢のまま死にたいものだよな。
May 6, 2007
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