新米おんな社長の奮闘記(古米になりつつある)

新米おんな社長の奮闘記(古米になりつつある)

「鯉の行方」



 朝、祐二は携帯電話のアラーム音で目覚めた。「う・・ん」隣の枕を抱いている亜里沙は、いつももう少し夢の中だ。祐二は着替えて、会社に向かう準備をする。「昨日と同じワイシャツですよ」そんなことを言う同僚がいるおかげで、亜里沙の部屋に祐二の生活品がどんどん増えてきた。「今日は、ピンクのシャツなんだ」寝ているのかと思ったら、後ろから亜里沙の声が聞こえた。「うん」

 そのとき、祐二の携帯が鳴った。自宅からのようだ。「うん、うん、わかった。引越し業者の選定はしておく。今日は遅くなるけど、帰るから、じゃ。」電話を置いて、ネクタイを締める祐二に、亜里沙が言った。「引越し、忙しいの?」「うん、まあ」「じゃあ、しばらく会えない?」「いや、そうでもないと思う」

 いつもこうだ。亜里沙は起き上がって、でかけようとする祐二の襟を直して言う。「ねえ、わたしたちって、いつまでこうなのかな」「わかんないよ、そんなの」悪気のない、祐二の答え。「そうだよねー、行ってらっしゃい」亜里沙は元気を振り絞ったように言った。

 祐二の出かけたあとの玄関を見て、亜里沙は「あっかんべー」をして言った。「いっつもおんなじ答えじゃん」亜里沙は、もう一度ベッドにもぐりこむ。彼といるときは楽しい。彼といるとほっとする。一緒にいる理由はいろいろあるけれど、とにかく今は離れられないと思う。でも、このまま一緒にいてくれるのだろうか。いつまで一緒にいてくれるのだろうか。毎日、「今日は家には帰らない」と言い続けてくれるのだろうか。そう思うと不安で一杯になる。時々、奥さんからかかってくる電話のこちらで、大声をだしてさわいでやろうかと思う。大人だから、そんなことしないけど。でも、全てわかってしまったほうが、気が楽かもしれないと思うことがある。「シロクロはっきりするものね。」「それとも、子供でもできちゃえば・・・」

 この人が、ずっと一緒にいてくれるなら、今後の自分の生活を、彼との生活を基盤にして考えていきたい。でも、一緒にいてくれないのなら、これからの自分の人生設計を別に考えていかなくてはならない。そんなに難しいことを考えているわけではないけれど、自分の人生は、どこを向いて進めばいいのだろう。彼の存在が、「在る」なら「在る」で絵を描きたい。「無い」なら「無い」なりの絵を描きたい。いま亜里沙は「今後の人生」というキャンバスを前に、絵の具の色を考えながら、しかし、デッサンさえ描けずにもがいている絵描きのようだ。でも、デッサンを始める勇気も、いまの亜里沙にはない。一緒の時間をすごせる「いま」という時までなくしてしまいそうな気がするからだ。「なるようになるしかないのかなぁ」亜里沙はつぶやきながら、祐二の枕を抱き寄せた。

 会社に着いた祐二は、いつものように仕事を始めた。妻も娘も亜里沙も大切だ。しかし、どれかに「一番」の旗を立てなくてはいけないのなら、どこに立てるべきなのか、彼の頭の中では答えがでている。しかし、すぐには、その旗を立てに行くことができない。いまの日本社会で、同時に複数の異性を愛したり、守ったりすることが非常に難しいことを、祐二は知っているからだ。

 そして、祐二は今日も仕事の帰りに亜里沙のところに寄るつもりだ。妻の待つ家に帰り着くのは、何時になるかまだわからない。また、本当に妻が「待って」いるのかどうかも、彼は知らない。
                             END

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