新米おんな社長の奮闘記(古米になりつつある)

新米おんな社長の奮闘記(古米になりつつある)

明日から、またがんばる・美和子



 自宅マンションに戻ったのは夜11時。玄関の靴を揃えもせず、美和子はソファに直行する。「ああ、ったくもう」と言いながら、腕時計をはずし、エアコンのスイッチを入れる。室内灯などつけようともしない。

 「ふう」

 少し部屋が暖まった頃、美和子はソファから起き上がってスーツを脱いだ。着替えた美和子は、冷蔵庫からミニボトルのワインと買い置きのスモークチーズを手に、ふたたびソファに戻ってきた。

 最後にワイングラスを用意し、右手にはCDプレイヤーのリモコン。

 そして、いつの間にか、そこは美和子専用の癒しの空間となる。部屋の片隅に置かれた、インテリアのようなスピーカー「波動スピーカー」。木目調がまた落ち着く。暗闇の中、波動スピーカーが歌いだす。

 今日、美和子を癒してくれているのは、仙台の友人が薦めてくれた「アン・バートン」。

 ワインを飲みながら、映画の回想シーンが始まる。

 「ちょっと、こい」

 課長は、応接室に私を呼び出し、先日提出した販売企画書の修正を指示してきた。一部修正というものではない、ほとんど作り替えくらいの大幅修正だ。

 「え、でも、昨日のお話しでは、大筋でOKって・・・」
 「部長会議で決まったことだ。仕方ないじゃないか。」
 「では、昨日のお話しは、課長個人の意見だということですか?」
 「いや、ウチの部長とオレの間では、大筋OKだったということだ」
 「では、他の部長さんたちが悪いと?」
 「そうさ、ウチの部の業務を理解しないやつらが悪いんだ」
 「でも、会議で決まったから、修正するわけですね」
 「ああ、仕方ないさ」
 「ということは、ウチの課長も部長も、他の部長さんたちがどんなことを考えているかよめないくらいに、周りが見えていないということですね」
 「なんていい方だ!」
 「だいたい課長は、自分の意見も何もなく、私と部長の間を行き来しているだけじゃないですか。自分の立場をもっと・・」

 課長の握りこぶしが、美和子の目の前で止まった。

 ワインの後味を楽しみながら、スモークチーズを見る美和子。思いっきりチーズをかじってみた。課長の握りこぶしに怒りを覚えながらも、半日で企画書を仕上げた自分をエライと思った。

 「がんばってるよ、アンタは」

 自分で言って、ワイングラスを持ち上げた。

 カチン!

 見えない誰かが、グラスを合わせてくれた。波動スピーカーは、アン・パートンの「もう泣かない」を奏でている。美和子が目を閉じると、アンが美和子のためだけに、歌ってくれているかのようだ。右手がワイングラスを口に運び、左手はアンを探して宙を舞う。

 アンの声が自分を包み込み、元気づけてくれている・・・。ソファに横たわった美和子の顔は、ほんのり赤く、でも穏やかな表情だ。「ありがと、アン。私だって、泣かない」右手から、ワイングラスが床に落ちた。最後の歌が音の毛布となり、美和子を包んでいく。

 明日から、またがんばる・・・。







エムズシステム社製スピーカーアンプ内蔵デスクトップ型 MSdt08
がんばれ、美和子☆



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