私の好きな俳優が部屋で一息ついた時、壁面に人面模様が目に飛び込んできて、瞬きもできないほどに驚き固まってしまうという映像だ。
妙に懐かしさを覚えるそのコマーシャルに親しみが持てた。終戦後暫くは我が家の天井は板ばりだった。木目や節目に想像を働かせ、慄いたり楽しんだりした記憶がある。今でも我が家では畳の部屋は板張りの天井であるが、そのほかの部屋はすべて、一面平らな布張りや壁紙の天井となっている。
板の天井には、年輪がかもし出す木目の、太く、ときには細く流れるような曲線と節目が、時に目玉のように見える天井板、端正な柾目と合わさって、いろんな想像が広がる世界がある。
天井板といえばネズミが走り回る足音が思い出されるが、記憶に残っているのはそればかりではない。
布団に入って天井を眺める瞬間、心に余裕があるときは、楽しい世界が現れ、眠れないときはおどろおどろしい形が浮き上がってくる。布団をかぶっても、目をつぶっても、妄想は広がりますます眠れなくなってしまう。こんな研ぎ澄まされたそして多感な時があったなあと振り返る。
今の私には、天井を見ても何も想像が広がらない。無地の天井がぼんやりと見えるだけ。木目の天井ではないだけではなく、感性が鈍くなったのも認めざるを得ない。
寝そびれた夜半のこと。天井に一筋の光が動いた。なんのことはない街頭の光が、家の前の道を自動車が通り過ぎた時カーテンの隙間から漏れた光が、動かされたのだ。この時、
「あそこの金魚を下してやってくれ」と、天井を指さし
て言った父の言葉が思い出された。
母に先立たれ、自分も脳梗塞で闘病生活を送っていた時のことだ。父は天井を眺めて過ごす日々だった。比較的言葉の障害はなく、持ち前の駄洒落は健在な父であったが、この言葉は合点がいかなかった。
その言葉はそのまま、父の老いのせい、病のせいとして笑って答えそびれ、いつか、私の意識から消えていた。
光が動いて当時の天井板に揺らめく吊るし電灯の影と光の筋が動き、天井にひれを翻す金魚の幻影を見たのではないだろうか。
当時の父の不思議な言葉を私なりに想像し納得した。
父は金魚に興味を持っていたのは何となく察知できた。なぜなら、
水換えて金魚の動き新しく
使っていない古い青銅の風鈴が仏壇の引き出しにあるのだが、こんな句が書かれたよれよれの短冊が、ぶら下げられたまま残っているはずだ。
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