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告白すると治療のため体調優れず、『尋牛亭日常』楽天ブログ小休止でした。実は昨年の11月に東京フォーラム国際会議に参加し、体調が優れず朝はホテルから会場へ、昼は会場から病院へ、夜は東京会館でのパーティー出席し、タクシーでホテルに帰りの日々。そんなとき、検査の結果、急性骨髄性白血病との診断が、そして聖路加国際病院に入院することになった。
小学校1年生のとき熱海温泉で遊んでいてタイルに滑って転んで頭打ち怪我をし、夏休みに2週間(当時の熱海国立病院)に入院して以来、病気で入院などしたことがなかった。校長先生がお見舞いに来てくれたことはよほど嬉しかったのか、今でもよく覚えています。そのように体には自信があった小生が、信じられない気持だった。だがそれが現実である。折り合いをつけるまで数日かかり、今も命は有って、希望もある。そこで急性骨髄性白血病の勉強もした。
病床にいるといろいろ思い出す。なかでも青年時代、勉学に趣味にアルバイトにと、楽しい毎日だった。趣味は銃砲刀剣所持法を勉強し合格し、銀座の瑞穂銃砲店でドイツ製ワルサーライフル銃を購入所持し、東京ライフル倶楽部に所属、地下鉄後楽園駅の地下の射撃練習場に通った。中大射撃部に勧誘されたが、趣味としたかったので丁重に断った。中央大学では「国際金融」のゼミに所属し、仲間と楽しく勉強した、夏の合宿では、長野の戸隠で夏山登山や西伊豆の大瀬崎での楽しい思い出がある。まとめは京都での各大学出席のテーマは「国際通貨危機」だった。打ち上げの夜、京都の先輩に先斗町に連れていってもらい先輩の馴染みの店で酒と京料理を超馳走になった。修学旅行のときと違う美味しさに驚いた。「国際金融」や「貿易論」「保険論」そして小生の卒論は「資本輸出」だった。
趣味ではホワイト・ゲート・プレーヤーズというジャズバンドに所属しドラムスを練習、大学の倶楽部同好会はサッカー倶楽部に所属し、日本代表の国際しあいがあると必ず、中大サッカー同好会が国立競技場にボランティアで手伝いに行き、目の前で日本代表(キーパー横山、杉山、釜本、森、宮本輝、八重樫などの時代)と世界の一流選手が見ることができ、英国「アーセナル」やブラジル「パルメーラス」など相手チームの選手全員のサインいただく特権あったことだった。夏は東大検見川総合運動場に合宿、終了してお茶の水駅の階段を上がるのや大学の便所に座るのに難儀したのも今となっては楽しい思い出のひとつである。
今までの人生をふり返り、娑婆への復帰を願い、毎日が急性骨髄性白血病との戦いの日々となったのである。