『日本文化主義』尋牛亭日常の箴言

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 長い歴史ある日本と違い、中国とは異なる周辺民族よる殺戮支配が繰り返され、現在はハッチワークのように他民族を人権無視で無理矢理、共産党が束ねている国家という認識が正しい。

 中国や韓国とは究極のグローバルの格差社会で、汚職や賄賂も多く、既得権者たちが内政の失敗をごまかすため民度の低い反日国家になってしまっているようだ。多くの善良な人々が不幸ですね。


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わが国は、建国の理念にたちかえり、家族国家を取り戻すこと。そのために、ひとりひとりができることをする。それが日本の日本人が、すべきことなのではないか。大東亜戦争の教訓と体験に学び戦死した人々を無駄死にさせないようにするためには国益のため『日本文化主義』の文化防衛という考え方でリーダシップのある類い稀な資質、明確な目的意識とアイデアを持った首相(大統領制にした方が国際社会に政治的アピールもよいのだが、いまの政治家たちは分かっていない)になってもらいたい。『
日本文化主義 』に期待したいと考えています。 ブログランキング・にほんブログ村へ
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 良識ある勤勉な日本人ならばマスコミやNHKや民放、コマーシャルメディアが報道しない米国の「 罪意識扶植計画 」の真実を知りたいと思うのではないでしょうか。そんな誠実な人たちに『国家の品格』というすばらしい本を著した藤原正彦氏の文春新書『日本人の誇り』をご紹介します。この春休みに読んでもらいたいイの一番の本としてお薦めします。

 まず感想は、我が意を得たりと思いました。今の状況では国の体を成していないのではないか、そんな日本とはどういう国か、本当は誇り高い日本の歴史が近隣の国に配慮して(宮沢喜一首相)歪んで正しく表記されていないのではないのか、という疑念を中学生時代、高校生時代からずっと思っていました。その理由は敗戦直後のアメリカ進駐軍GHQの作戦から始まったことだったことが分かりました。日本人の伝統と誇り高き日本民族の精神性は「 個より公、金より徳、競争より和 」を重んじていたことでした。そんな民族の文化伝統と歴史を骨抜きにしてしまう作戦「日本国家自己崩壊システム」がそのような歴史と伝統のある日本人の誇りと国家を隷属国にしてしまう作戦にあったということを知ることができました。日本軍でなく自衛隊と云う憲法のこと、なぜ米軍基地が日本にいまだに存在していること、そんな理由を知って殆んどの日本人ならば誰もが目からウロコと震撼し憤怒することでしょう。

 宣伝による洗脳の影響は、今も官僚や政治家、歴史学者、経済・防衛関係者、マスコミ関係者、教育関係者など幅広く国中に蔓延してしまっていると云ってもいいでしょう。嘆かわしいのはGHQが種をまき、日教組が大きく育てた「 国家自己崩壊システム 」は現在も機能していて、危機的状況は何も知らない子供達までも洗脳されていることです。政治家や官僚は、よほど覚悟しないと日本人の日本人による日本人のための憲法を創り国軍も持って、独立した国になるのが難しくなってしまうでしょう。速やかに国を思う為政者とこころある官僚は、正しい史観で過去の変遷を記録した近隣諸国に遠慮しない正確な近現代日本史の教科書を作り、子供たちから教育改革しなければならないのです。 民族を洗脳から覚醒 させるということは、それほど大変で覚悟と時間のかかることなのです。

 「日本とはどういう国と思いますか? 」と藤原正彦先生がお茶の水女子大学で数学以外の読書ゼミを担当している一年生の学生たちに尋ねると、表現の差こそあれ多くの学生が、「恥ずかしい国」とか「胸を張って語れない歴史をもつ国」とか「戦後ようやく民主主義と自由を持つようになった後進国」と否定的に答えるものが多かったそうです。 また2000年の世界価値観調査によると「自国を誇りに思う」で世界最低に近く、「もし戦争が起こったら国のために戦うか?」という項目ではYesの率は、日本人18%、韓国人 74%、中国人90%という結果でまだ戦後GHQの二度と日本人がアメリカに刃向かうことがないようにしたWGIP(罪意識扶植計画)による骨抜き戦略の影響がいまだに残っているという空恐ろしいことなのです。

 世界七大文明の一つとハーバード大学の国際政治学者サミュエル・ハンティントン教授の『文明の衝突』では真実の日本の国は世界7大文明の一つでなのです。世界の七大文明とは中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方正教会文明、西欧文明、ラテンアメリカ文明なのです。世界に誇れる歴史と文化、国民性を持った国。それを筆者の藤原正彦氏が、明治以降の歴史をとおして判り易く著してくれました。それはメディアも歴史学者も学校の先生も教えなかった日本人として誇り得る日本の歴史でした。特に幕末からサンフランシスコ平和条約までの100年間の近現代史の真実。米軍基地、安全保障条約、日本国憲法、自衛隊など全て変えなければ国の体を成さないのです。残念なことに、今は内政干渉も拒めない政治家たちになりさがってしまっていて政治もモラルも崩壊されています。米国の壮大な日本侵略の戦略が功を奏しているからです。特に天皇、漢字、教育勅語を廃止して、教育基本法では個人主義を導入し公への奉仕や献身を大事にするという日本人の特性を壊したのです。また中国が最近、尖閣列島やベトナムやフィリピン沖の南沙諸島で領土を平然と主張していますが、「中国は、日米安保条約の本質を見抜き日英同盟とは違うことを判っていて米国は助けないから日本など大した国でないと日本を侮っている」ということも本書を読んでよく判りました。

 またお茶の水女子大学生に「欧州に文学と呼べるものがいくつありました?」と藤原正彦教授は尋ねています。数えるほどしかない欧州に比べ、日本では、万葉集、古今和歌集、源氏物語、平家物語・・・など数えることができないくらいあるといいます。しかもエリートが書いたものだけでなく、防人のような一般人も書いています。 また幕末、日本を訪れた多くの外国人は、それまで見たアフリカ・アジアの国との差に驚き、日本には文化があり、武士がいました。特に貧しくとも貧しさを感じていない心豊かな人々が幸せそうに生活していました。しかも日本人は清潔で治安が良いと書き残しています。 敗戦後に学校で習った近現代史は真実を語っているのでしょうか?(教科書に問題山積) 新聞で読む現代史は自虐的になっていないのでしょうか?米国影響下の真相は戦後のGHQの思想統制の影響を濃厚に受けていると考えます。かって多くのジャーナリストたちには自虐的に日本を悪く言うことが知的で良心的というリベラルな雰囲気もありました。『日本人の誇り』には著者、藤原正彦氏の『国家の品格』の裏付けとなるような歴史観が示されています。

  最も重要なことは現代の価値観で過去を判断してはいけないということです。人間も国家もその時の価値観で生きるしかないからです。本書は多くの良識ある人々に薦めたい本です。

 西欧は戦勝国であるがゆえに免責され、日本だけが糾弾されるのは、歴史的正しさなのでしょうか。藤原正彦氏は大東亜戦争に至る過程を、アングロサクソン(イギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドがアングロサクソン五国)の長期的な戦略、ソ連(ロシア)の世界共産化の視点を見ながら書いています。読んでいただければわかりますのでいろいろ具体的に書くのは省略しますが、日本の戦略の貧弱さ、外交の稚拙さが目立っています。

 保守的な立場ですが、こういう視点で書く日本近現代史を読むことも必用だと思います。日本国を旧軍部に罪を擦り付け二度と戦争(刃向うことが)できない米国の隷属国に仕立て上げようとしたのが 東京裁判 です。そのような茶番劇の欺瞞に溢れた戦略が解けない日本人は、公への献身は軍国主義につながる危険な思想だ、などと自らに言い聞かせ、リベラル気どりは個人主義ばかりをもてはやさせた。個人主義の欧米は銃による復讐や争いに彩られ領土を取り合いした長い歴史を有しているのです。米国の社会のようになった結果、会社では能力主義や成果主義という名のもとで全員がライバルとなり、人材派遣法などと奴隷制度のような法律改正をし、不要となればリストラという名の大鉈で解雇されるというギスギスした国家社会になってしまいました。

 人種の坩堝の米国社会では弱者切り捨てです。債権不履行になりそうなアメリカは大切な家族やコミュニティーとの紐帯を失った人々はいまだに西部開拓時代のインデアン排除(英国が常套手段とする作戦で味方とした部族のインデアンに他の部族のインデアンと戦わせて最後は滅ぼす)時代から個々で銃を持って命を守るような社会なのです。敗戦戦後、誇りを失い、国を失った日本人は困った時には家や近隣や仲間が助けの手を差しのべる、絆という日本人特有の道徳的美風を失ったようになったのです。ただ内政干渉や欧米の価値観に追従するのが日本の進むべき道なのか、もう一度考え直さなければならない時期なのです。

 今の日本人に悪影響が出て家庭崩壊や会社の人間関係の希薄や重要犯罪につながっている。欧米人の自由とか個人をもっとも大事なものと考えるのに対し、日本人は公に尽くし社会秩序とか和の精神を尊びそのことを上位におくのが伝統であり文化なのでした。日本人は中世の頃から自由とは身勝手と見なしてきたし、個人を尊重すると全体の秩序や平和が失われることを知っていました。自分のためより公のためにつくすことのほうが地域社会のためになるし国家のためになり美しいと思っていました。

 ところで、かって日本の会社は社員全体が協力して年功序列で会社を発展させていました。個人がいつも競い合い、激しく自己主張し、何があっても非を認めない社会で少しでも多くの金を得ようとする欧米人や中国人のような生き方は美しくない生き方であるとしていました。そんな社会より、伝統として人々が徳を求めつつ穏やかな心で生きる平等な社会の方が美しいと考えてきたのです。東日本大震災に遭った日本人の姿は、まだまだ完全に欧米化してはいないことを示していました。敗戦前の伝統的日本の価値観を持っているようで嬉しくなりました。東関東大震災の大津波による原発破壊というこの未曾有の国家の危機という経験から政治家は少し立ち止まって、国家の立ち位置を考えてみるチャンスでもあります。社長さんは会社の立ち位置を、夫婦は家族の立ち位置を考えてみるチャンスでもあるのです。

 戦後の日本がその支配を引き揚げた満洲、朝鮮、台湾、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナム、カンボジアで新しい支配者のため民衆がそれまでより酷い目にあっているという事実がありました。日本から「解放」されたはずのその地で何十万、何百万の現地住民が殺され、餓死しています。東南アジアを観ても日本が敗れた後、植民地宗主国の再征服戦争がありました。フィリピン人は言いました「スペイン人はひどかった、もっとひどかったのは日本人だった、それよりもっとひどかったのはアメリカ人だった」と・・・。これらの事を観るならば大日本帝国がどのような政治勢力と戦ってきたのかが誰でも真実が判ります。

 日本国軍部の幹部たちが日本国民を騙して太平洋戦争に駆り立てたとし、悪人に仕立て上げ、米国ネオコンの戦争犯罪を打ち消すプロバガンダに利用された私は貝になりたいというフランキー堺のような兵士も犠牲になった理不尽な東京裁判がありました。「この東京裁判を否定すること」こそが日本人の誇り取り戻すスタートです。これも判り易く詳しく書いてあります。多文化社会の多文明国と単文化社会の日本文明の戦いでした。

 それでも東京裁判では日米開戦を決定した内閣閣僚がそれゆえ有罪となることも、「卑劣な」真珠湾攻撃と独善的に決めつけ(国際法には反していない)たが、その計画を実行した海軍軍令部と戦闘部隊の指揮官を有罪にできなかった。関東軍のでっちあげとされる盧溝橋事件ついても同様でした。日米開戦を蒋介石チャーチルが喜んだことはよく知られていますが、日米和解案を潰したのは彼らでした。

 昭和天皇が「戦争責任」について記者に問われ「それは文学的なもの」と云ってこれに答えませんでした。戦争を望みそのためあらゆる事をやってきた連合国首脳の戦争責任を問う事なく、戦争を一貫して望まなかった昭和天皇に戦争責任を問うた東京裁判とは茶番劇が真実なのです。そのような「戦争責任」とは何を意味するのか?昭和天皇ならずとも返答に窮するでしょう。戦前にアメリカの日系移民に対して、松岡洋右外相は「日米戦になったらお前達はアメリカの為に戦え」と言ったそうです。武士道の精神です。(続く)

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Last updated  2012年02月28日 19時14分22秒
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