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arian39

arian39

2007.10.12
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カテゴリ: ブログ
小春日和のいい天気が続いているとお気楽に思っていたら
お昼近くになって弟から電話があった。

何となく気分が落ち込んでいるのが分かる。
どうしたのか気になっていたけど、私から聞くことができないほどだった。

私には弟が二人いる。
上の弟は父と同居していて何かと父の世話をしてくれている。

自分でいうのもなんだけど頼りにしている。
私と父が何気ない会話をしていると何時になく口げんかのようになってしまい
終いには激しい口論にまでになってしまうこともある。


父と腹を割って話をするようになったのは母が病気で亡くなってしまった頃からで
その頃から父の笑顔をみることになった。

というのは、私は父の笑顔を見たことがあったのは何時だったか忘れるほど見てなかった。
父から笑顔を奪ったのは母だった。

多かれ少なかれ夫婦喧嘩はどこの家庭でもあるでしょう。
だけど父と母は何かが違っていた。
なんとなく子供心に感じていたけどさほど気にしていなかったというのが本当のところかな。

父と面と向かって話せるようになったのは母のお通夜の日でした。
冷たくなった母が北向きの枕で寝ている傍で父が私に言った。

「俺は100まで生きるからな」

そういっていた父がお昼に心不全で救急病院へいってしまった。


血圧が高い、心臓の筋肉の動きが悪い
弁がしっかり閉じたり開いたりしないので逆流してしまう
肺にお水が溜まっている
心筋梗塞の恐れあり

血圧を下げる薬は以前から飲んでいるらしく病院に着いたときには血圧が200あったそうだ。

心臓の筋肉を動かすだけの力が足りないとかでカテーテルで治療することにより血流がよくなり筋肉を動かしやすくなるらしい。
ここで専門的なことはハッキリと言えないから、らしいとしかいえない。

肺の中のお水を排出させる為に点滴の中に利尿剤を入れる。
酸素マスクで酸素濃度は健康な人と同じ。

母が亡くなる前、父は脳梗塞で入院していた。
それからはお酒もタバコも辞めてから4年くらい。

特に日本酒が大好きで20代の頃から毎日3合が日課になっていたと母から聞かされていた。
日本酒党は父ゆずりだったのかなと思う。








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最終更新日  2007.10.15 05:24:54
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