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ほんとはもう7月30日。雪薔薇は、27日からまた上海に戻ってきてるの。そして戻ってきてほっとしちゃった。あのね。12日に日本に帰って、また別な意味で酷い目に遭っちゃったの。シックハウス症候群になってしまったの。それと胃潰瘍と十二指腸潰瘍に・・・。日本に帰るなり、夫からお金がないから、生活費を上げないとか、意地悪されて、その直後に腹部が原因不明にしくしく痛み始めたの。最初は気にしないようにして、しくしく痛みも受け流そうとしたけど、病院に行ったら、レントゲンの検査とかもして、そしたらなんだか思ったより、重症だったわ。雪薔薇。精神的に強くなったつもりでも、体は正直なのね。でもね。。。我ながら、書いていて、笑ってしまうわ。今の自分の精神状態は平常心で心安らかだけど、過去を振り返るとその都度、その都度、これでもか!これでもか!ってくらい・・酷い目に遭ってるよね?(笑)ああ。でも、それも全て過ぎたことだわ。胃潰瘍と十二指腸潰瘍はもう解決済みだから、心配しないでね。でもシックハウス症候群は、まだ解決に到ってないの。ほんとに辛いわ。12日に日本に帰ったその後、3日目くらいから、顔と首にアトピーのような湿疹が出て、本人にとっては焼け爛れたような痛みだったの。病院に行って診察してもらったら、少なくとも二日分の副腎皮質ホルモンの飲み薬とそれと塗り薬を使うべきだって。そして1週間分の抗アレルギー剤。そして医師に言われるまま、服用したら、2日後にはもうよくなったの。けれど薬が切れたくらいから、また同じ症状がでたの。まだその症状は残ってるの。そして一番、嫌なのは、日本に帰ってあのお部屋に入って、過ごしたら、また同じことが起きるだろうな?ってこと。それって哀れだわ。雪薔薇は、この上海生活で今まで頑張ってこれたのも、年に二度帰れる日本での暮らしが楽しみだったからなの。その他の10ヶ月あまりは、出稼ぎ者と同じような気分で、頑張ってきたのよ。でも、それが夫の引越しにより、シックハウス病になるような住居に越してしまったのだから、それも運命なのかも知れないわ。雪薔薇は帰る祖国も失ったのかも?ならば諦めるしかないわ。今までの人生で、雪薔薇は色んなこだわりをどんどん捨ててきたの。最後の砦みたいな・・・ほんのちょっぴり、自分に残してきた楽しみも期待も・・・。でもなるようにしかならないわ。今さら泣き言を言っても仕方ないでしょう。自分の母国である日本が好きだったし、日本に帰ることだけを楽しみで異国にて頑張ってきたけど、それもとうとう許されない日が来ちゃったわ。あれだけ楽しみだった日本に帰るのが恐怖だもん。夫が私の留守の間に勝手に引越しした部屋は、シックハウス症候群を呼び起こすような化学物質がでるような部屋だったんだもん。8月6日にまた日本に帰国するけど、それすら恐怖になるほどなの。27日に上海に戻ってきて、まだ完全には皮膚の状態は戻ってないけど、少しずつ癒えてるのを感じるんだもん。もう日本に帰りたいって思う気持ちがなくなっちゃった。日本に帰って、あのお部屋に戻ったら、私はまた顔と首の肌がダメになって、火傷したような痛い思いをするの。そして思考力も何もなくして、余裕なんてひとかけらもないような意識になるの。あんな風になるくらいなら、この上海にいるほうがずっと良いわ。今与えられてるものだけで十分だわ。日本に帰りたいとか・・・贅沢も言わないわ。
2009.07.29
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前回、書いたブログに関して、訂正があるの。中国の小学校は今年から、政府の方針で留年がなくなったらしいわ。理由は、義務教育だからって。今後は、日本と同じね。・・・それも良いかも。雪薔薇は、ほんとは7月2日に日本に帰ったのよ。虹橋空港から羽田へ・・・。ところがモノレールに乗ってほんの5分後に夫の姉から電話がかかり、夫の父が亡くなったらしいの。それで当日、また成田から上海に戻ってきたわ。夫は、訃報を聞いて、私を責めまくったの。取り乱すって、ああ言うこと?とにかく、自分の父親が亡くなったと聞いて、何をしたか?というと電車内だろうが、タクシー内だろうが、公衆の面前で私を責めまくったってこと。周りの人達はみんな固まってたわ。昔の私だったら、こうした公衆の面前で・・・ってことは、ひどい弱味だけど今はそれさえも強みと言うか、公衆の面前であったから、まだ救われてたと思えるほど・・・。公衆の皆様がいなかったら、どんな酷い目に遭ってただろう?とか思ってしまうの。「お前は、嬉しいだろう。私の父親がなくなって・・・。喜んでいるだろう。お前は不幸な女だ。お前も一人で寂しく死んで逝くがいい・・・」とか。。。エトセトラ・・・。私、それを山の手線内で大声でやられて・・・。私って一体、何者?稀代の悪女?「は?何のこと?」って言うしかなかったわ。下手に口答えしたら、手が飛んできそうだったもん。ほんとに怖かったの。。。ああ、だけど悲しいわ。今は悲しくないけど、その瞬間の自分のショック度を思い出すと自分が哀れで悲しいの。大塚から乗ったタクシーでもタクシー運転手が行く先を聞いてるのにそれにろくに答えず、なおも私を「お前は・・・」で責めまくってたわ。私は恐怖で娘を連れて、大塚駅からトンズラしようと思ったくらいだもん。けどとにかくまた上海に舞い戻って、無事に告別式を過ぎ、その上、オーストラリアから訃報に駆けつけた夫の兄嫁が豚インフルエンザにかかり、結果、親族5人を感染させ、兄嫁を含め、6人が感染することになったの。なおかつ兄嫁が伝染病の隔離病棟に入院した為、夫の兄を月曜から家で引き取り、今日まで過ごしたの。夫の兄は、数年前に交通事故に遭って、7歳時の知能しかないから、優しくしてあげないといけないの。彼、可哀想だった。兄嫁がろくに面倒見てないらしく、来た当事は浮浪者みたいな腐敗臭が漂ってたの。それが毎日シャワーして今はほんとに日本人みたいに清潔。初めて来た日に私は新しい下着と靴下を渡してあげたら、替えようとしないの。靴下さえ二日に1回でいいって。上海出身の兄嫁の方針らしいわ。あ~。もう~ありえない。酷すぎる。ところで、日に日に幸せになっていく義兄は、お客さまの前で私のことを褒めちぎるの。そして自分の息子にはぜひ日本人のお嫁さんを貰いたいって。日本人の奥さんは優しいし、ほんとによく働くし、最高だって。けど私程度で褒められたら、何ですけど?って感じ。私なんて、大したことないし・・・。私なんて、農家のお嫁さんとかとてもできないし・・・。あ~あ。もう疲れちゃったな~。でもあさっては、日本に帰る予定よ。今度こそ・・と思うわ。日本に帰ったら・・・。あれしよう。これしようとかしたいことは一杯。けど、また27日にはまた戻ってこなきゃならないし・・・。人生ってゲームかも?見えない手が働いているわ。私はただの登場人物の一人?
2009.07.10
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