透明な瓶に手紙をつめてインターネットの海へ            by雪虫の伝説

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2006年10月21日
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明くれど閉ざす雲暗く  薄(すすき)かるかやそよがせて


銃(つつ)雷(いかずち)ととどろけば  太刀稲妻ときらめきつ
天下分け目のたたかいは  今や開けぬ関ヶ原



妙円寺参りの歌 です。
この歌は22番まであります。


明治の中頃。
鹿児島師範に音楽の教師として赴任してきた人物がいます。
長野県出身の 佐藤茂助 という方です。

日露戦争が終わった頃には
鹿児島にも孤児がたくさんいたといいます。
戦争によって親を失った子供たちです。

佐藤茂助
彼は孤児たちが浮浪者となるのを見ていられなかったのです。


妙円寺参り に参加する人たちは
妙円寺参りの歌 を歌って歩いていたといいます。
長い歌です。22番まであります。

けれどもこの歌を 西郷隆盛 や 大久保利通 は歌ってはいませんでした。
この歌は大正4年に
鹿児島新聞が公募して作られた歌だからです。

作詞者は女子師範学校の教諭だった 池上真澄 という人です。



妙円寺参り に参加しようと思っています。
のんびりゆっくり歩きます。
秋の空の色や風景を楽しもうと思っているのです。

武士道や戦いを賛美しようなんて思いません。
ただ歩いてみたいと考えているだけです。



妙円寺参りの歌 を作曲したのは
長野県出身の 佐藤茂助 という人です。
もと音楽の教師です。
私財をなげうって独力で孤児院を作った人です。

有名な人ではありませんが。
私はこの話が大好きです。





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最終更新日  2006年10月21日 02時06分35秒
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