透明な瓶に手紙をつめてインターネットの海へ            by雪虫の伝説

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2007年03月07日
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明治8年4月8日

7人を同行した 菅実秀 は新橋駅を汽車で発ちました。
といっても汽車の旅は神奈川・・現在の桜木町までです。

酒田県の旧庄内藩は再建の基本策として
西郷吉之助 の意見にしたがって
松ヶ岡開墾事業に着手することになりました。
その指導にあたっていたのが 菅実秀 です。
菅実秀 とは旧中老・・当時酒田県の権参事であった人物です。
庄内の西郷 と呼ばれていました。


その 庄内の西郷 が鹿児島にくだった 西郷吉之助 を訪ねたのです。


その服装は
木綿の着物に、ももひき、わらじ、それに一刀を腰に・・でした。



旧西郷屋敷跡 は現在鹿児島に4箇所残っています。

菅実秀 が訪問したのは 武の西郷邸 です。
鹿児島中央駅西口を出て
新幹線の高架に沿ってまっすぐ進むと

そのトンネルを正面に見たら左に折れて
新幹線のしたを抜けるとその左手が 西郷公園 です。

西郷屋敷跡 です。


徳富蘆花 が妻を伴っての 「死の蔭に」
西郷について語る雨降る公園はこの場所です。


多くの文学者や知識人が立ち寄ったこの公園に何度立ってみても

悲しいかな
私に才能が落ちてくることはありません。

ちょっと悲しい事実です。






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最終更新日  2007年03月07日 22時16分03秒
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