ゆくあさ堂~価値主義的見識~

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第六章『違い。』





 私とAは三年生になり、それぞれ違う受験生になった。相変わらずAは学校には行かなかったが、その分私がAに勉強を教えた。私は特進クラスに所属しており放課後に補習授業があったのだが、すべて休んでAのために時間を注ぎ込んだ。私は学校の先生から「最近成績が悪い」と注意されていたのだが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。私はAに勉強を教えていると、いつも懐かしい気分になり、かつて絵を教えていた時のことを思い出していた。また私に、Aこそ唯一の友達、という感情が現れた。ただ違うのは、私たちの年齢とAの勉強の出来の悪さだった。Aは、ノートの端々に様々な落書きをした。私が数学の説明をしている時でも、ずっと視線の先はノートの端だった。そんなAを私が注意すると、Aはへへ、と笑って誤魔化すのだった。その姿はまるで、中学の時の私を見ているようだった。Aの心の状態は、かつての私と似ているのかもしれないと思った。Aは絵にそこそこ自信があり、他人に絵を誉められてきた。そしてその優越感が、「絵を描いていればいつか誰かに認められる」という気にさせているのだ。私は、自分と同じ失敗をしようとしているAをそのまま見捨てることができるのだろうか?そんなこと、私にはできるはずがなかった。
 こうして、私は二度目の、Aにとっては初めての受験の時がきた。私はほぼ確実に受かる私立大学を受験するので問題ないのだが、ややこしいのはAだった。Aの親はどうしても公立高校に行かせたいらしく、私立高校を受験するならお金は出さないと言っていた。それに対してAは私の通っていた私立高校に行きたいらしかった。私は、今までの経験からして親というものが嫌いだった。親というのはいつも子供の選択肢を狭めるのだった。
 私はどうにかAの親を説得してやろうと思った。ところが、「これだけは、君の頼みでも聞くことはできない」と追い返される羽目になった。私は考えた。ただその学校に行きたいからという理由だけでなく、他にも理由があればAの親も思い直してくれるのではないかと思った。そこで思いついたのが、私の通っている高校は美術方面に力を入れているということだった。Aが自分の才能を活かすためにその学校を選んだのなら、親も文句は言うまい。私はAにそのことを話した。こういう話は、Aが自分で親に言ったほうが効果があると思ったからだった。しかしAは頑なにそれを拒んだ。親と話をしたくないと言って駄々をこねた。この話はA自身がしなくてはならない。でもこのまま放っておけば、Aは希望の高校に入れない。私は少し考えて、こう言った。「Aはまだ絵が好きか?」Aは「うん」と答えた。続いて私は言う。「高校に入ったらまた絵の勉強をするって誓えるなら、一緒に説得しに行ってやる」Aはパァと明るい顔をして「誓います」と答えた。久しぶりのAの笑顔だった。私はAの笑顔が好きだった。Aが喜ぶことなら大抵のことはした。私はAに甘い。昔からずっと甘かったのだ。これは友達という感情を越えて、まるで自分自身を愛するように、私はAのことを思っていた。

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