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先日、義理の母から大島紬を貰い、ちょっと勿体ない気はしたのですが、巻きスカートとポシェットに作り直しました。結構良いのが出来たので気をよくしていたところ、すみれのお宿のYさんから、ホテルオークラ神戸で国際美術工芸協会展があるので行ってみないとお誘いを頂きました。染色をしているYさんの友人が出品されるので、Yさんのマイ箸の箸袋にも染色が施され、またひと味違った趣で、これもまた素敵でした。玄侑宗久氏のチャリティ講演会で『観音力』についての講話を聴くことが出来ました。瞑想がたいせつなこと。何も考えず無になることは難しいが、お経を唱えることによりそれが出来るようになるお経の大切さ。それによって、自分を見つめ直す事が出来、どんなことが起きても揺るぐことのない自分を作ることの大切さを教えて頂きました。これって、常々Mindyさんから教わっていることですね。20代の頃、勤務先の本社が神戸加納町にあり、毎月営業会議に出席したり、競合店の調査や支店(東京から広島まで)の棚卸しのお手伝いに出掛けたりしていました。登山とスキー用品の専門店でしたので、毎年夏の研修としてロッククライミングの大会が蓬莱峡であり、春は白馬でスキースラロームの大会がありました。楽しかったなぁ~~。光陰矢のごとし。過ぎ去る日の速いこと。急に、昨日から事務所の整理を始め、すっきりしましたわ。なんだか、憑きものが落ちたみたい。風通しが良くなって、それぞれが、それぞれの道を歩み始めたみたいです。事務所の中に、埃を被った親子のフクロウの置物が8体あり、勝手にあっち向いたりこっち向いたりしていたのを、綺麗に掃除し、並べ直しました。
2008.07.21
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毎日暑いですね~~。昨日は、初めてサッカー観戦に出掛けました。『行けばわかるってば~~。』という強引な誘いと、今回のみ入場券は会社負担ということで、会社のみんなと行ってきました。スポンサー席で。。。出掛ける前に雨、少し出鼻をくじかれ、桃太郎スタジアムに到着してからも雨、『え~~雨が降っても試合あるの?』とスタッフの方に聞くと、『台風でも来ない限りやります!!』ときっぱり。スタッフの方はみんなボランティアなんですね~~。とっても素敵な方ばかりでした。みなさん!!応援お願いします。雨上がりの中、滑っては転ぶ。痛そう~~。結果は残念ながら引き分けでした。
2008.07.20
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一度は訪れてみたいと思っていた富良野。早咲きのラベンダーが咲いていました。丁度今ごろが一番の見頃でしょうね。ファーム富田さんのお話しをガイドさんがしてくれました。昭和30年頃からラベンダーを栽培していたそうです。その頃はまだ、需要がなく、売れない物を作ってもしようがないと決断し、掘り返してじゃがいも畑にしようと鍬を振り上げたとき、声が聞こえたそうです。ラベンダーの妖精でしょうか??私を苅らないでと言ったかどうか分かりませんが、ラベンダー畑を残すことにしたそうです。その結果こんな素敵なラベンダー農園が出来たのですものね。
2008.07.13
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旭山動物園のしろくまくん、猛暑でぐったりしていましたね。私達が訪れたときは、寒いくらいでした。もぐもぐタイムで魚を貰っていましたよ。旭山動物園の人気の秘密が分かったわ。動物たちが活き活きしているし、愛くるしいの。しろくまくん1番人気でしたよ。道内の中、キタキツネや鹿、かもめなど見かけたけれど、逃げないのね。きっと観光慣れしているのでしょうね。遊覧船の横を並んで飛ぶのよ。かもめが。。生態系がくずれるので、エサをやらないようにとのことだけれど、急に貰えなくなって何だか可愛そうな気もしたわ。
2008.07.13
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久々の更新です。月日の過ぎるのは早いですね~~。それにしても暑い!!熱中症には気をつけて下さいね。30数年ぶりの北海道でしたが、初日は阿寒湖畔の宿に泊まり、アイヌ民族の踊りに参加させてもらいました。懐かしかったわ~~。ひょっとして、前世はアイヌだったかも。。前回は20代の時でしたが、アイヌの民族刺繍の入った鉢巻き?をして民芸店に立っているところ、間違われたことも。。。あるアイヌの叙事詩から(ブレッド・ウオーカー著)私の言わねばならないことをよくお聞き!私はたくさんの苦労をしてお前達二人を育ててきたわれわれにはしばしば日本人達との交易に出掛ける習慣があるけれども私はこれまでにまだそのことをしていない今や私は交易に出掛けたいその準備のために舟を作ろうその大きな舟の側面に彼は大きな絵を彫った数え切れないほど多くの神々の絵を山中に住む善神と悪神の絵を舟の彼方の側面にも彼は多く数え切れないほど多くの神々の絵を海中に住む善神と悪神の絵をそれは素晴らしい眺めで私の心は喜びで躍った(ウイアムチップに乗って和人地へ向かう途中、3人は頭上に飛ぶ鳥たちから不吉な警告を受けた。鳥たちは雨のように涙を流し、彼らの翼の音は次のように語った)私もまた、交易に出掛けたしかしよこしまな和人の通詞が私に毒の入った酒をくれしばらくたって私は死んだそして今家に向かっているのは私の魂だ行ってはいけない!すぐに戻りなさい!(その警告にもかかわらず3人は旅を続けて『和人地』に到着した。若い妹は、和人地におけるアイヌたちの交易について非常に珍しい情景描写を提供している)それから私の長兄は舟を下りて筵を敷いた大きな小屋を建てたそれから、かれらは交易の商品を荷揚げしたしばらくたって彼らは荷揚げを終えたそれが終わって私の兄たちは日本の殿へのウイアムのために私が刺繍した最上の着物を装ったそして私達は出掛けた(福山(松前)は、アイヌの訪問者たちには豊かに見えた。妹は次のように歌っている)私が聞いたことのある日本の町は遠くに広がっていた私達が歩いていくとそこには大きな木造の家が堂々と建っていたわれわれがそこに入るとわれわれが聞いていたよこしまな和人の通詞が出てきた私の長兄が日本の殿へのウイアムを終えると私の長兄はたった1枚の畳が敷かれた入り口の玄関に座らせられた(小鳥たちが翼で伝えた警告にもかかわらず、2人の兄たちは通詞が提供した酒を飲んで死んでしまった。最後に妹は、神々によって導かれ、激しい苦悩を味わったのち、小鳥達の姿になった兄たちに助けられて家に帰りついた)また、アイヌの医療文化は当時高い評価を得ていたらしい。現在、アイヌの人たちは先住民族としても認められず「政府が認めないため、アイヌがアイヌであることを堂々と語れない。 先住民族でないなら私たちは何なんでしょうか」と話しているそうです。5月20日、アイヌウタリ連絡会のメンバーが参加の下、北海道外に居住しているアイヌ民族の権利に関する関係省庁への要請が行われ、アイヌウタリ連絡会が集約したアイヌ民族を先住民族と認めるよう要望した団体・個人署名と要望書が手渡され、関係省庁と意見交換が行われ北海道・洞爺湖(とうやこ)サミットに向けて 政府や国会議員への働きかけも強める方針だったそうですが、どうなったのでしょうか?今まで、知らなかったことが多いですね。
2008.07.13
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