ゆりママのヒミツ

ゆりママのヒミツ

不妊治療(序章)



 27歳で結婚して3年、子供ができない私は近隣の個人経営の産婦人科医院を訪ねた。結婚前より生理が不順だったため、不妊の傾向にあるのではないかとの疑いを私は持っていた。

 その医院の診察室は複数の患者が同時に入室するため、問診の内容は互いに聞こえてしまう。多少、人目を気にしながら子供が欲しい旨の話をした。内診があって再度医師の話を聞くと、何点かの原因を指摘された。

 そしてそこで初めて「排卵誘発剤」という言葉を聞き、一度飲んでみるかと尋ねられたのである。当時私の知識の中で、この薬剤の名を聞いて思い浮かんだことは、「五つ子ちゃん」=多胎ということだった。もしそのようなことになるなら、事は簡単ではない。夫と相談しなければ独断でこの薬を服用するわけにはいかない。今思えば、「その薬はどいうものですか。」と尋ねれば良かったのだが、あいにく医師は順番を待つ患者であふれかえっている診察室で、私に「yes」か「no」かの即答を求めた。

 私は「家で相談してきます。」と答え、席を立った。背を向けた私に間髪入れずその医師は怒鳴った。「今のままやと絶対子供などできへんぞ!!」と。

 罵声ともとれるような荒い怒声だった。私は頭の中がパニックになって、受付で精算を終えると逃げるようにその医院を出た。家に帰る道々、何度もあの怒声が甦った。
 『もう私には子供を授かる望みがないのだろうか。』
 『ただ一度きりの問診と内診だけで100%だめだとわかるものだろうか。』
 『彼(夫)になんて言おう。』

 私は、心を落ち着かせるすべを知らないまま、実母に電話をした。
 医院での出来事を話すうち、涙があふれてきた。心配かけまいと冷静に相談するはずだったが、あの医師の言葉を母に告げたとたん、泣いてしまった。

 こうして私の闘いは、始まった。

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