あそびはこどもの仕事やで!:遊び学ブログ

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2004.06.17
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 昨日は、「楽しい勉強」のためには、「わかる・できる」と言うことの素晴らしさを「ほめる」といった対応で伝えることの大切さを書いたが、今日はその反対「しかる」ことについて書いていく。

 教え手がこども達を教えている過程でしばしば「しかる」場面に出くわすが、他人(ひと)の勉強の邪魔をするような時はどんどんしかるべきだが、こども達の不勉強?のせいで質問に対する答がたとえ間違っていてもしかるべきではないと考えている。

 多くの教え手は、このことをごく普通に実践されているが、なかには「しかる」ことが「ほめる」ことよりずっと頻度の高い場合も少なくない。特に、親と子の関係ではその頻度は更に高くなる傾向にあるようだ。

 さて、勉強そのものに対する「しかる」と言う対応が、なぜ楽しい勉強を維持する上で、避けるべき対応になるということは、誰しも叱られることを不快に思うことからして当たり前との見方も多い。

 一方で、反対にしかることによって間違いが正され、勉強の効果が上がるとの意見もある。しかし、このことをよく吟味すると、なにもしからなくても間違いを正す方法はある。

 さらに、間違いは間違いであって、その子の欠点すくなくとも取り返しのできない欠点ではない。どのようにでも変わり得て、間違いをしたことが長所を生む条件に転化しうるのだ。反対に、不適切な「しかり」は欠点を固定化しかねない。

 つぎに、こうした「しかり」を極力避けた教え方は、甘やかしになるのではないかとの意見も当然ある。ここで、留意していただきたいのは、これはあくまで勉強という対象に於いての話だと言うことだ。

 最初に触れた、「他人の勉強の邪魔をする。」や勉強から離れた例として「人を傷つける。」「物を盗る。」などの道徳や社会的規範などから逸脱した行為には、厳しい「しかり」が必要だ。

 しかし、勉強ではよくしかるが、こうした人間的にやっては行けない行為に対しての「しかり」が貧弱な場合も少なくなく、特に人前での場合によく見られる。「しかり」の厳しさの度合いを見ても、この両方でさして変わりがない場合もよくある。



 こういう状況に陥らせないためにも、勉強ではしからない事に徹するのが賢明だと思う。しかる程度の差をつけて、勉強は優しく?しかると言う方法も考え得るが、相手のこどもにその差がわかってもらえるかに左右されることは否めない。

 以上の点を総合的に考慮すると、やはりこどもが快く勉強に取り組むには、極力「しかり」を避けた対応が必要だと思う。教え手の「しかり」は、往々にしてその人自身をも不愉快にする場合も多いことも忘れてはいけないと思う。


子育てに関するエッセイは、次のページでいろいろ掲載しています。

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最終更新日  2004.06.18 19:06:14
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