山は早くも夕暮れの気配が漂い始めて殆ど葉を落した木々に囲まれた道をクネクネと進むと、この旅の最後の宿でもある幕川温泉が目に飛び込んで来る。 少し開けた谷あいに湯宿が二軒あって、湯を楽しむ以外は享楽的なものが何一つとしてない。
チェックインを済ませ、宿の浴衣に着替えた。 建物の裏手を廻って川に向かって進むと簡単な囲いがあり、その内側には5、6人が入ればもう窮屈なほどの露天湯があった。 中を覗くと誰もいない。 早々に浴衣を脱ぎ、少し白く濁った湯に足を入れた。 思ったより熱いが我慢して入れないほどではない。 熱さを堪え、ゆっくりと体を沈める。 へそ辺りまで浸かる頃にはその熱さにも慣れて、後は一気に肩まで身を沈めた。
夕方の気配が段々濃くなって、見上げる峰の上の雲が茜色に染まっている。 ゆるやかな風が立ち上る湯気を川の方へ運ぶ。
山の湯や名残の秋の茜雲
熱めの湯は、ワタシをじきに湯から追い出した。 湯に浸かっていた部分が塗り分けたように赤み帯びている。 上がり口の石に腰を下ろして体を風にさらし、火照った体を冷ます。 そんなことを三、四回も繰り返して湯を出る。
浴衣を纏って露天湯の囲いを出たところで二人の男性が入れ違いに入って行く。 簡単に挨拶を交わしてワタシは部屋へ戻る。
酒よりも山の湯宿のきのこ汁
夕食を終えて、二階の展望風呂に入った。 湯舟の周りには壁が無く、直ぐ下がこの宿の噴湯場となって、先ほど入った露天湯の囲いも望める。 噴湯場は何箇所からも湯が湧き出しているのだろう、湯を集めてそれを各風呂に送るためか、複雑に構造物が入り組んでいる。 それを恐らく虫除けのための緑の照明が照らし出して、幻想的な景観を作っている。

いつもの年なら雪が降ってもいいのに、今年はここまで雪が降らなかったそうだ。 明日の好天を約束されたように夜空は冴えて、その分冷え込みも厳しく部屋のストーブに火を入れた。 明日の今頃は金沢に戻る。 この旅で金沢では食べることの出来ない山菜やキノコは思う存分いただけた。 でも、そろそろ金沢の魚も恋しくなった。 明日、戻ったら夜はきっと魚三昧か?
…つづく。