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Jul 17, 2005
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カテゴリ: 戦国
明智光秀と言えば、最低限歴史の勉強を過去に受けていれば『本能寺の変』の人と思い浮かべる。

『本能寺の変』とは、今更説明すら不要であるが戦国時代に天下を手中に治めつつあった織田信長をその重臣である明智光秀が急襲し、殺害させた事件の事である。

さて、この『本能寺の変』だが未だに沢山の説が割拠しており、その様相は混迷を極める。それは、何故明智光秀が織田信長を討ったのか。という点である。

しかし、これに対して、明智光秀はやってないと言う驚愕の論説があったので紹介してみる。

明智光秀が織田信長を討った場所は言うまでも無く京都の本能寺であった。当然、市中であるので、そこには沢山の人達が住んでいたし見ていただろう。その人達は、馬印や旗印を見て、

『あ、この軍勢は明智光秀だ。』

とわかったので、それが今に伝わっている訳だが、この光秀が主君を討った後の行動が非情に拙く、変後について計算していたのかという点から怨恨説が多く採られている。怨恨説は、信長が光秀に対して数々の恨みをかうような行動を取った為、それに腹をたてた光秀が衝動的に謀反に至ったというものである。これなら、その後の拙さも説明がつく。

また、光秀は信長家臣団でも有数の知識と能力を持っており、信頼できるからこそ重臣の地位にいる男である。その有能な男が私怨だけで主君を無策で討つのかという疑問はすぐに浮上する。これは、信長を討つという事が、確実に天下というものが目の前に転がってくる訳で、それに対してこの有能な男は何も考えていなかったとは到底思えないという事である。すなわち、実際には、光秀だけではなく共謀者がいたのではないかと言われる事にもつながる。

この共謀者説が今は主流のようだが、どうやら朝廷(天皇)・秀吉・家康とか堺の権力者(当時日本一の商業都市の金持達)等がその候補に挙げられている。



所が、これに対して筆者は冤罪であると主張する。筆者がとる説をかなり簡単に解説しよう。

光秀が京都に入ったのは中国遠征の為に信長と合流する目的があったからだ。当然、信長は本能寺にいるので本能寺へ行った。所が、行ってみたら既に本能寺は灰塵に帰しており、そこには自らの軍勢の旗印や馬印が落ちていたとのこと。この旗印は、光秀軍が作ったものではなく、似せた代物だった。しかし、これでは、明智軍が実行犯だと思われても仕方ないという話だ。それでは誰が何故そんな事をしたのかという話になるが、それは後述する。とりあえず、何が起こったのか理解できない光秀はすぐさま京都洛中の他に損害が出ないよう取り締まった。(信忠については秀吉軍が偽装してやったと適当な説明。。)その後、信長本拠の安土城へ向かうも瀬田橋を山岡景隆に焼かれた為、渡河出来ず、自らの居城坂本城へ戻ったのだ。その後は言うまでも無く、八方塞となり、中国地方で戦っていたはずの秀吉がすぐに戻ってきて戦に破れ、光秀は滅亡する訳だが、どうにもこうにも彼の説は弱すぎる(笑)

それは、信長には、信忠という優れた嫡男があった。彼は武田征伐で軍功をあげたように統率力にも優れた名将であり、既に織田家の家督を信長から譲られてもいた。そして、彼は信長が本能寺へ入った時に、京都にいたのだ。そして、本能寺の変の報を受けると二条城へ入り、明智軍と戦い、殺されてしまうのだが、ここの説明が彼の説では無いに等しい。。親(信長)を殺してないと仮定するのは結構だが、であれば子(信忠)を殺さなかった理由も明確にしてもらいたい所である(爆)

これで良く本を出せたなといった印象すら受けてしまう(笑)


まあ、何にせよ、彼の説明で行くと光秀は信長を殺してはいないのだから、誰が信長を殺したのか!?という事になる。そして、それは、秀吉であると推測している。秀吉は、大軍を備中からすぐに摂津へと帰し、諸将と合流の上、光秀軍と戦う訳だが、先ずこれが奇跡的である事が怪しいという。決して、この強行軍自体は組織化されていればまだ出来るとは思うが、当時、戦をしていた毛利家との和睦交渉がたった一日にして成功しているのは理解しがたいという。それがあったからこそすぐに秀吉軍は撤退出来た訳で、信長を殺したはずの光秀の、その後の行動と比べると余りにも対応が正確で早すぎる。これはまさにこの状況を計画していたからこそ出来えたのではないかという事だ。

この和睦交渉は、秀吉が天下さえ取れば、毛利家にも中国地方を安堵できる訳で、それを条件にしたのではないかと俺は思う。実際、天下を取った後の秀吉は毛利家大将輝元を五大老に列している訳で頷ける部分も多い。こうすれば、後顧の憂い無く京都へ向かう事が出来る!!

しかも、信長が中国遠征する理由は秀吉に援軍を請われた為で、それが故に本能寺に宿泊する事になった訳で、そこに策謀が無かったとは断定出来ない。信長に義理立てするならば、確実に織田家中心の政権にするのが筋であるのに、秀吉は信長の遺子をむしろ追討した。そこを考えていくと秀吉が計画したという説はなかなかありえる話でもある。

まあ、この説自体は面白いとも言えるが、かなり強引な印象が強く、光秀贔屓の感が大きい。読んで頂いたらわかるが全体的に説明不足の感も否めず、文章を何度か使いまわしているようで、くどい印象も受ける。

まあ一つのif、空想として考えれば、面白い題材ではあったが・・・。

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Last updated  Jul 18, 2005 06:38:23 PM
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