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2010/03/01
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2010/02/25
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2010/02/25
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2010/02/18
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私は小さい時から馬が好きで、小学生の時、町に駐留していた憲兵隊の隊長が偶々父の知り合いであつたので、特別に頼んでもらい、乗馬の機会を作つてくれたが、私が余りにも小さいので、危険だと言う事で、繋ぎ馬の鞍の上にチョコンと乗せてくれて、それでお仕舞い。戦争中は副官職が長かつたので乗馬には相当慣れて、一度も落馬の経験もなかつた。北ビルマでの乗馬はおとなしい可愛い馬で、あつたが、最後は敵機の掃射の犠牲になつた。これも運命であろうか。
2010/01/21
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僕の中学時代は「武道」と云う「正科目」があり、柔道と剣道のどちらかを選択することになつていた。僕は、当時流行のチャンバラ映画の影響で、剣道部に入つて、最初は調子よく、一級までトントンと進級したが、其処までで、とうとう初段にもなれず卒業して悔いを残した。然し軍隊に入つてからの将校の剣道大会では、有段者(二段の二名)を勝ち抜き優勝して溜飲を下げた。「江戸の仇を長崎で討つた」わけだ。
2010/01/21
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長崎は文明開花の窓口で多彩な歴史に彩られている他、原爆に呪われた街として世界的な街となつたが、実は此処が私の本籍地でありながら、戦前には一度も訪れた事すらなかつた。戦後30年の戦友会の機会に、このいなさ山にあつた戦友の家から街や港が一望し、見事に再興された日本の底力を感得した。
2010/01/21
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白樺林の隙間から見える静かな蓼科湖のたたずまい。
2010/01/07
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鎌倉は歴史の宝庫だが、その探訪の起点がこの一見、鄙びた田舎駅のよう名小さな駅であるのも趣あある。
2010/01/07
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2010/01/04
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「頭を雲の上に出し四方の山を見下ろして、雷様を下に聞く富士は日本一の山」(小学唱歌)日本列島の表玄関に相応しい権威と品格をもつて聳え立つている。癪に触るが、戦時中はアメリカのB-29 爆撃機が先ずこの富士山を目標に来襲、散々日本各地を荒らし廻つた。日本人としては、一度は登らねば場ならないが、二度以上登る奴は馬鹿だといわれている。わたしは昔、小学生の息子を連れて8合目まで登つたが強風のため、残念ながら下山命令が出て中途半端なものになつたまま。
2010/01/04
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厚くて濃い緑に取り囲まれた温泉街の三叉路、こんあ風景は 決して、都会では、お目にかかれない心静まる風情ではなかろうか。
2009/12/21
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東北の名山、蔵王に上るつて見た。6月と言うのに、頂上の片隅に残雪があり、付近からは時々、鶯の声が聞こえてきた。なだらかな山並みが見下ろされ、全体に穏やかな風景であつたが、毒草の「鳥兜」を見たのは、此処が初めてであつた。何の変哲も無いようなこの雑草が恐ろしい犯罪の材料になるとは、アナ恐ろしや、恐ろしや。で
2009/12/07
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この世の中、一事一事、総てが吾々の手が届かない運の連続。広島のこの建物の上に原爆が墜ちたのも運命、私の戦友の一人は戦傷で後送、この広島陸軍病院で治療中、原爆投下前日に偶々福岡病院へ転院しその難を逃れた。人間物事に、余りゴジャゴジャ拘らないことだ。自然の流れに逆らわない事が大切。私は完全な運命論者になつた。
2009/12/07
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上下、高低激しい山岳コース。深い谷底に打ち下ろすところから始まる。開設以来20年、60最から80歳まで散々お世話になつたが、最後までヘボゴルファー。一度嵌つてしまえば雨天ものともせず仲間からいやがられた。一度、トンでもない方向に飛ばし隣の控えのグリーンにホールインワン。これは傑策作だと大笑い。真夏、2ラウンドした後、もうハーフと言うつたところ、「旦那さん、もう勘弁してください」と、キャデイさんい断られた。あの頃は私も若かつたものだ。なつかしい。
2009/12/03
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2009/11/16
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2009/11/16
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2009/11/12
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2009/11/12
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人間の意欲と肉体の強靭さと、そののバランスを追求する多彩な行動の美しさ。あの素晴らしい技は、物凄い鍛錬の積み重ねによるもので、並大抵のものではない。
2009/11/02
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名前の由来は知らないが、甲虫の仲間で、豆粒のように丸く小さな奴で、庭から畑を渡り歩く。硬い背中の翅は大体、ダイダイ色と黒との配色で、その模様のつき具合で色々種類が多い。あるものに対しては益虫、あるものに対しては害虫となる二刀流の使い手。
2009/10/29
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昔、確か横浜の野毛山公園だつたと記憶しているのだが、いきなり腕に蜂の一刺、まるで、辻斬り強盗の一太刀を浴びたようなこと、これには相当こたえた。平素、蜂蜜などでお世話になつているのだが、これは許せない。約一週間は腫れが引かなかつた。戦時中ビルマのジャングルで山蜂の群に襲われた時は、何とか逃げきつたのだが。油断大敵!!
2009/10/26
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カラスと言えば、概して、大きな嘴を持つた真黒で、悪賢く、貪欲、悪食で世界中の空をガアガア騒ぎ廻つている悪漢のイメージだが (私は戦時中、当時のビルマの首都ラングーンでその大群を見て驚いた)このカチカラスは全く異なり、白黒のツートンカラーの長い尾の流線型スマートな奴で、朝鮮半島では何処でも、木の上に小枝で組んだ彼等の丸い巣を見かける留鳥で、北九州の一部でも見られ、我国では天然記念物に指定。赤い夕焼空を背景に跳ぶその群は自ずから詩情を誘う。
2009/10/26
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如何にも強そうサムライの名前を貰うつているが、マツ黒光りする楕円形に白い縁の、見映えして、なかなか恰好の良い男ぶり(イケメン)。子供の頃、池や沼ではよくお目にかかる馴染み奴。水面を撫でるように滑走していく「水すまし」とは異なり、悠々と逞しい水掻き専用の後肢で潜つり泳いだりし、水に棲む甲虫類の親分の貫禄充分と言うところか。
2009/10/19
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野原は虫類の天国、私はキリギリスを捕まえようとして指を噛まれ痛い思いをしたことがあるが、子供にとつては、虫狩りの宝庫でもある。数多いバツたタ類の中でも、私達子供仲間では出きるだけ大きなバツタを争うて探した。それは、その両肢を合わせて摘むと、丁度「米搗きの恰好のように、体を上下に激しく上下に動かすの面白いからである。バツタこそ迷惑な話ではある。
2009/10/19
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夏逝き、蝉落ち、叢に集く(すだく)秋の虫の出番。日々そのオーケストラ^が騒がしく調子を上げる頃、一オクターブも低い、落ち着いたコロコロと抑えた声が縁の下辺りから伝つて来る。姿は見えにくいがコオロギたちの歌。ヒヨツコリと石の下から黒く頭の大きな奴、さすがに、その呼び名に恥じず貫禄充分である。
2009/10/15
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小さく狭く花の数も少ない貧弱な庭にも時々、どう間違つたのか、華麗で大きな蝶が天女のように舞降りてくるが、やはり魅力に乏しいのか、間も無く、「ハイさよなら!では淋しい。、加齢登と共に庭仕事が辛くなるので、草ぼうぼうの荒れ放題では、愛想を付かされるのも当然だな。 でも、一寸と御挨拶の積もりだろうが、顔を見せてくれるだけでも有難い。サンキュー!
2009/10/08
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概して賑やかで騒々しい秋の虫のオーケストラとは数オクターブも異なり、小さな小さな鈴を振るような細く微かな音律、それは鈴虫の雄が前翅を摺り合わせて奏でるもので、凋落の秋、物思う秋に相応しい寂しい雰囲気を漂わせてくれる・昔、病友を病院に見舞つた時、フト思いついて小さな虫籠を持つて行つた。寂しい病室への見舞品としては不適当ではと思つたが、案外、非常に喜ばれた。やはり人間の感性は、人それぞれで微妙なものだ。
2009/10/05
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蛍と言えば、学校卒業時の代表歌「蛍の光窓の雪、文読む月日重ねつつ」が思い出されるが、余り勉強に励まなかつた私は、「ヤレヤレ、これで一丁、上がり」と言う横着な気持ちで飛び出したが、その罰か、浪人生活が待ち構えていた。蛍には平家、源氏などの種類があるが闇に中に突然、ボーツと点滅する光群には何か幽玄な趣がある。昔、北鮮で蛍狩をした記憶があるし、戦時中、マレーで夜間偵察の帰路を、これで確認し助かつたことあり、北ビルマの蜜林では夜間、野糞をやつている時も、意外にも大きな光群に遭遇した。
2009/10/05
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冷たい木枯しが荒れ始め、それまで騒がしかつた虫も死に絶え、すべてのものが迫り来る厳しい冬に向かつて準備を整えていた晩秋、我が家の南向きの白い壁に一匹の緑鮮やかな大きなカマキリが昂然と鎌首を高く上げ貼り付いている孤影には、蜘蛛と共に最も苦手とする奴だが、寧ろ好意的な興味を覚え、透明なプラスチツクの箱に収容し、枯れ残りの雑草や野菜屑を入れて様子を見る事にしたが、次の日、相当弱つた小さな褐色のカマキリが、よろけ出て来た。同じ仲間同士、話相手で元気になるだろうと、一緒の箱の入れた。ところが翌朝小さい奴の姿が見ない。はて面妖なと、よくよく見ると小さな奴の肢がバラバラに散らばつているではないか。「弱肉強食」非情だが厳然たる大自然の法則の前には、わたしの様な善意の小細工など全く歯が立たぬ訳だ。しかし、思わざる好餌に元気百倍した筈の大きい奴も数日後には動かなくなつていた。私は「御免よ」とつぶやきながら楊子ほどの小枝を二本庭の隅に並べ立てた。(数年前の話)
2009/10/01
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蝉の代表は、何と言つても、少年の頃、追廻すしていたミンミン蝉であろうか。私は特に戦時中9年間も各地の戦場を走り廻つての奇蹟的な生還、夢にも思わなかつた祖国の土を再び踏む幸運に恵まれた日、復員船が宇品港に近ずくに従い、近くの島々から、懐かしいミンミン蝉の声が嵐のように甲板に振りそそいできた時は、「生還」の實感で胸迫り、思わず熱いものが頬を濡らした。今年も、我が家周辺の林からの彼等のオーケストラを満喫している。
2009/09/28
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北海道から本州、対馬の平地、山地、農耕地などに棲み、美しい色の体色と長い尾を持ち、首に白い輪がある。父が昔、北鮮で面長(村長)をしていた頃、目出度い正月の料理用として、朝鮮の知友から沢山贈られたが、その綺麗で長い尾を貰うのが楽しみでもあつた。「桃太郎の鬼退治」に出てくるその家来としても活躍している。
2009/09/24
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昔北鮮に棲んでいた少年の頃のある日、草つ原で遊んでいた時、一羽の凄く大きな黒い鳥が、地を掠めるような低空でザーツと飛び去つた。当時の北鮮の山麓には多くの鷲類が沢山棲んでいた記録があるので、あの鳥も恐らく「いぬ鷲」か何かであろう。何か獲物に真上から、いきなり掴みかからんとした瞬間の迫力。この模型の翼作りには相当手間どつた。
2009/09/24
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頭と背中は灰青色で腹は黄色、翼は黒褐色で三列風切の外縁は白、長い尾を上下に激しく振り、スマートで見映えのする姿。九州以北で繁殖し、平地から標高2000米以上の高地、川、池、湖等の淵に棲み、北高地のものは冬には暖地へ移動する。
2009/09/17
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「手乗り文鳥」どころじゃない。横浜時代の我が家には其処で生まれ育つた多くの文鳥が我が物顔に自由に遊び飛び廻つて、庭先まは出るが、殆どそれから外には出ず、たまには居なくなつたなと思うと、夕方似はチャンと戻つていた。余り馴れ過ぎたので、何時も虎視眈々とこれを狙つている野良猫が心配だつたが、遂に残念ながら、アツと言う間に一羽が攫われてしまつた。
2009/09/17
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南の果、氷王国の住人、ペンギン達、彼等の真上の私達のリコプターの存在など全然無視、何等動揺の気配さえも見えない。何か重大な問題を論議しているのであろう。そうなると、その風景はそのまま、澄み切つた大空を含めて氷結したようである。
2009/09/17
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これ以上近ずけない程に密着した仲の良い夫婦か恋人か、「琴瑟相和」のモデル。飼鳥が野生化した類で、人に良く馴れ、物覚えが良く、人真似で日本語も正確な発音でベラベラ。一時、多くの家庭で飼育されていた。私の家でも二羽が自由に飛び廻っていたが、残念ながら一羽が野良猫に攫われてしてしまつた。弱肉強食。余り人にれ過ぎて、警戒心を忘れたための運命。(これは造り話で、今も私の部屋の高いところに仲良く止まつています。
2009/09/10
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人家周辺を根城とし最も馴染み深い筈の奴ながら、警戒心が強く人付き合いが悪いが、ロンドンの公園で、自由に人の手や肩に乗っているの見て、「オヤ」と思った。自作のゴム銃で散々追い回したが、それでは一羽もし止められなつたが、屋根瓦の下から真っ赤な裸の子雀を見つけ、一人前の「私の手乗り雀」に育て挙げた楽しい回想。 雀の子其処どけどけお馬が通る (一茶)「舌切り雀」 「雀のお宿」など、童話や童話の世界が私達を童心に連れ戻す。
2009/09/10
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黄黒白の体色で目立ち、その声もともに美しい。夏鳥として全国、広葉樹林に渡来、街や公園にも現れる。カメラにはズブの素人の私に、一瞬も静止せず動きまわる野鳥類をこんなにも、近く正確に撮れる筈はない。そのタネを明かせば、実は、これ皆私の独特の木片と紙による自作品(インチキ、バードカービングである。) 何んだ、そんなものか このインチキ野郎 !!
2009/09/10
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猫の額ほどの狭い庭の雑木にも四季それぞれに、色々な可愛い野鳥が遊びに飛来し目を楽しませてくれる。コゲラ。 「げら」とは「キツツキ」のこと。雀ほどお小型のキツツキで、黒と白模様の体色。全国の低い山麓の林に棲む留鳥だが、時々市街地や公園にも現れる。 キツツキも庵は破らず夏木立 (芭蕉)
2009/09/04
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柔道の国際化は望ましいが、他民族の気質が混入して、武道真髄の礼儀と気品、爽快さ、などが次第に稀薄になりつつあるのが残念である。 ただ徒に「勝」に拘り、徒に襟執りに時間を潰したり、いきなり[タツクル」からから始まり、「力ずく」のくんずほぐれずの泥試合の様相、レスリングの如く、見ていて穢い。 それにしても、今回の世界大会で、「金』三個」の女子部の敢闘に対し男子部の不審、不甲斐なさは、色々の事情や言い訳はあろうが、本家、本場の日本の面目何処にありや、を疑わしめる。褌の締めなおしを切に希望t期待す。
2009/09/01
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2009/09/01
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2009/08/27
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天高く、馬も肥えるが、澄み切つた青空の下、各種のスポーツが開花。今まで、世界陸上で、マラソンと槍投げで「銀」それに、女子柔道、(52キロ)では「 金」を獲得。マラソンと柔道は日本のお家芸でもあるので、珍しくはないが、陸上の「槍投げ」での入賞は珍しく、愈々この種、投げ技でもハンマー投げは格別として、(砲丸投げ,円盤投げ、槍投げ等)でも次第に世界的水準に近ずきつつあるので頼もしい。
2009/08/27
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2009/08/24
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2009/08/17
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2009/08/17
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2009/08/11
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2009/08/11
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2009/08/11
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