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おはようございます^0^珍しく早起きのゆちき^-^でございます。皆様双子座流星群、ご覧になられましたか??今年は双子座に満月があり、また極大(流星MAX時のことです)が日本では昨日朝の八時過ぎだったようで条件が良くなかったそうです。・・・で、私はどうだったかと申しますと・・・見えませんでした・・・TOTだって…。寒い!!!寒すぎる!!!我が家は東向きなので窓から観測できるのですが、寒いから窓越しではムリ!!ちょこちょこ何度も開け閉めしながらトライしましたがダメでした(当たり前^^;)でもこの方法?で流星群の来る夜は、たいていひとつは短時間で見れてたんですよ^^*なのに今回はダメでしたなぁ・・・。今朝は旦那が本社に行く用事があって、早々と家を出たので、西側の玄関から見てみましたがやっぱり寒すぎて断念いたしました(笑)・・・それ以前に、そんなところでぼ~っと立っていたら不審者ですがな・・・^^;朝からテンション高めですが、実はちょっと落ち気味私にとっては久しぶりの早起きですが、私の両親にとっては、また人によっては当たり前の時間なんですよね。この寒空の下、働いている方はたくさんいらっしゃるし、通勤のためにコートの襟をたてて妻子の寝顔に「いってきます」と言っているお父さん、家計を支えるために夜中のお弁当工場で働くお母さんもいらっしゃる・・・。自分はまだまだ甘いなぁ…と感じました。私の両親は離婚していますので、それぞれ生計をたてるべく仕事に出ています。父は新聞配達と、飲食店のバイト。母は大阪では一・二を争うビジネス街のうどん屋さんを任されています。・・・なので、朝が早いのです。そんなの皆やってることだとお叱りを受けるかも知れませんが、中には定年を迎えてゆっくりと余生を楽しんでいらっしゃる年代ですから、娘として申し訳なさとふがいなさを感じてしまうのです。お陰様で二人ともこれまで病気知らずですが、骨身に染みる寒空は心配せずにはいられません。でも、いまはただ、自分にできることを精一杯やるしか親を安心させる方法はないんですよね…。どうか今日も一日、皆さん無事に過ごせますように…と、煌々と輝く十六夜の月を見上げながら思いました。さぁ、ゆうきちが起きたら、また朝からドタバタ劇が始まります。もう少しの間、明けゆく夜空を眺めましょうか・・・。 『ほしのささやき』 お空の天使が 小さな 涙を ひとつぶ。 流れた 涙は 流れ星に なりました。 おちたおほしさまは こんぺいとうに なりました。 こんぺいとうを ひとつぶ。 地上の天使は にっこり笑顔に なりました。 こんぺいとうの 優しい 甘さは 天使の思いやり。 今日も 子どもたちに てんしのあかりを 灯します。先月ゆうきちが持ち帰った子供新聞に、絵本のコンクールの募集が載っていました。締め切りが今月の25日だったので、やってみようかな?!!と勢いづいていたのですが、なぁ~んにも出来てません(笑)すでに挫折モード。なので、ここに小さなお話を書いてみました^-^*(それで気が済んだ。笑)(そうこうしているうちに、窓の外が明るくなってしまいました^^;寒いけど、今日も一日元気に参りましょう!!!最後までお付き合いありがとうございます。感謝を込めて。
2008年12月15日

陽射しが恋しい季節になりましたね。窓から見える紅葉も、残り僅かとなってまいりました。皆様いかがお過ごしでしょうか…。お陰様でゆちき^-^一家は、毎朝一緒に家を出て、マンションの前で三人手を重ねて『今日もがんばろう~』なんてやりながら一日を始めるようになりました。気がつけば今年も残り数日。山あり谷ありジェットコースターのような一年でした。もうすぐ祖父の一周忌です。早いものですね…。過ぎゆく季節の中で、頬にあたる風を感じながら、また、夜空の星を見上げるたびに、その面影をふと思い出したりしています。祖母も寂しさが日に日に募る中、周りの人たちの温かい眼差しに支えられて元気に過ごしております。そんな祖父の初盆の日、旦那のお父さんが亡くなりました。真夏の暑い日でした。脳梗塞を二度経験し、18年もの間お義母さんと二人支えあって励ましあって生きてこられました。私はダメダメな嫁ですので、何もお手伝いすることも出来ず、枕元でお詫びするしかできませんでした。昔ながらの火葬場でお義父さんを荼毘にふした時、煙となったその体は、一直線に二人の家のほうへ流れていきました。その時、体は無くなっても、心は残るのだなぁと思いました。お義父さんの遺灰は、二人の約束で(お義母さんとの)ダイヤモンドに加工(すいません^^;いい表現が見つからなくって^^;)されて、これからもお義母さんに寄り添うことになりました。なので、お墓はありません。これは、残された家族への配慮でもあったのです。お墓が無いということには、賛否があると思いますが、ダイヤモンドになるなんて素敵だなぁ…と私は思っています。不思議なことに、そのダイヤモンドは、その人その人(骨)違う色の結晶になるのだそうです。意外にも、それを聞いた祖母は、「私もそう(おじいちゃんをダイヤに…)したかったわ」と言いました。祖母は、自分の書いた絵手紙を、祖父の墓標に刻んでいます。でも、それはそれぞれの弔いの形であり、故人を偲ぶ想いは同じ。この先私と旦那が、どちらかが先立つまで一緒にいたとして、この二人の妻のようになれるかなぁ…と尊敬と憧れの思いで見ていました。おばあちゃんもお義母さんも、自分の親兄弟よりも長い時間を、夫であるおじいちゃんお義父さんと過ごして来ました。途中、決して平坦な道のりばかりでは無かったでしょう。ある意味対照的な、二組の夫婦の今生の別れの場面に立ち会わせていただいて、私自身学ぶべきことがたくさんありました。そして、今日も風の中に、故人の眼差しを思い起こしています。何千もの、何万もの、数え切れないほどの魂が、繰り返し繰り返す別れ。ひとつとして同じものは無いけれど、それらは全て見えない風となって、愛しい人たちのもとへゆくのでしょう。そして、光となって、温度となって、『いつも寄り添っているよ』という事を伝えてくれているのかも知れないですね。今まで何度となく書こうとして書けなかった話でした。今朝、ひとつの小さな命の灯が消えたことを耳にして、想いを書き綴ってみました。どうぞ、その魂が風となってご両親の涙を乾かしてくださいますように…。自身も安らかな光に包まれますように、心から祈っています。最後までお付き合いくださりありがとうございます^-^*感謝を込めて。
2008年12月12日
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