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女友達がいなくて、女性と面と向かうことが少ないから、イザ女性と向き合った時に、女性を対等のパートナーとして扱うことができていないのかも知れない。女性を自分より上か下かに見てしまっているのかも知れない。対等の関係に見れていないのかも。女友達が多い人や女性付き合いが多い人は、女性を対等のポジションで見れているのだと思う。仕事ができる優秀な女性や、めちゃめちゃ美人とかスタイル抜群の女性には、自分なんて相手にしてもらえないと思えて気が引けてしまう。自分より上の存在に見てしまっている。自分が下手(したて)に出て、萎縮してしまっていると思う(職場や合コンで)。逆に、派遣の女性社員とかは無意識の内に下に見てしまっているのかも知れない。自分では女性を下に見ているという意識はない。でも、ふとした言動で女性を怒らせてしまったり、メールで女性を怒らせて?しまったり(たぶん怒っている?返事が来なくなった)、後からよく考えたらその彼女を下に見ているような感じでしゃべったりメールに書いたりしてたのかも知れない、と反省する。その女性のプライドを逆なでしてたのかも知れない。女性に対して対等な目線で付き合えないと、今時の女性から相手にされないだろうな。女性は対等の関係を望んでいるのだろうな。女性を上に見てしまう時は自分の認識があるが、逆に、下に見てしまっている時は、自分の認識はない。言動に気を付けるのは当然だが、あまり気にしすぎるとしゃべることすらできなくなってしまう。なので気を使うのもホドホドにしよう。とにかくしゃべって女性と向き合うことの方が大事だと思うから。女性とのしゃべりについて、女性のプライドを持ち上げるようなトーク、女性の共感を得られるようなトークをしていきたい。自分のトークに女性を共感させるのではなく、女性が共感しそうなポジションに自分を持っていく、自分から女性側に寄せていくようにしたいと思う。そのため女性を知るために、女性のファッション雑誌や女性作家のエッセーなどをチェックしていこうと思う。女性を見て、ファッション、髪型、メイクを褒めようと思うと、今の流行を知っておかないと褒めることができない。だからファッション誌に目を通そう。女性に人気があるモデルさんもチェックしておくに越したことはないし。女性とトークで共感するために、エッセーなどで女性の考えなどを把握しておこうと思う。女性が普段思っていることや女性どうしの話題などもチェックできると思う。こんなこと無駄に思う人もいると思うが、全く無駄だとは言い切れないと思う。女性との話題作りにも役立ちそうな気がする。理想をいえば、日常生活において実際に女性との会話のなかで学んでいくのがベストであるが、それじゃあ何年もかかりそうである。そもそもそんなに女性と日常会話する機会も相手もないのである。それに、今の自分のまま女性と会話に臨んでも、今までと同じ状況が続くだけで進歩がないと思う。疎まれて終わりだと思う。女性との会話もしつつ、本も読んでいくことにしたい。今までいっぱい読んだ自己啓発本、ビジネス本、ハウツー本は自己分析のため、これからは女性を知るため。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず!』女性誌、女流エッセーのチェック、正直キツイと思うけどとりあえずやってみます。すでに雑誌もエッセーも数冊買ってきております。読みきれるかな?耐えられるかな?
2006年10月03日
近頃「好きな女性のタイプは?」と聞かれてうまく答えられない。合コンでは、女性陣にヒンシュク買わない程度に、適当に女優さんの名前を言っている。でもこの質問、正直いって具体的に答えられない。困ったもんだ。けっこう盛り上がる話題だけに...。顔、体型など容姿では、芸能人とかで答えられるが、それは見た目のイメージだけ。内面とか性格的な好みなど、自分の好みがよく分からない。人並みに優しさがあり、性格もフツーでいいと思う。イケイケな子は好みじゃない。容姿にもコレっていうこだわりがあるわけではなし。なんかフツーすぎて特徴や個性がない、っていうか、なんていうか。血の通った感情をもった生身の人間っぽくないのである(←言いたいこと分かるでしょうか?)。なぜ具体的にうまく答えられないのか?って考えると、たぶん女性を知らなさ過ぎるからだと思う。具体的に女性をイメージできないのだと思う。付き合った女性はわずかだし、彼女いない歴が数年になる。友達と呼べる女性もなし。コンパで出会った女性は友達と呼べるほど親しくない。職場では仕事の関わりで女性社員と話すことはあるが、あくまで仕事の話...。一人暮らし。テレビで見る女性は画面の向こうで一方的にしゃべってるだけ、雑誌やWEB上の女性は2次元のしゃべらない存在。AVの女性は性的対象だけの存在。とにかく女性との日常的な接点が少な過ぎる。女性とまともに向き合っていない。だから内面的な部分について、こういう女性がタイプ、ってイメージできないのだと思う。具体的に好みの女性がイメージできないから、合コンとかで複数の女性を前にしても、さて、どの子がイイか判断つかない。自分の好みで選んでいいのに。結局、みんなそこそこイイな、誰でもOKかも、ってなってる?誰でもイイ、って感じは多分、女性にも伝わっていて、「誰でもイイなら、じゃあ、私じゃなくてもいいのね!」ってなっているのだと思う。合コンに行って、幸い複数のメアドをゲットできても、どの子をターゲットにするか、絞りきれないのだ。ターゲットが決まらないから、イマイチ気持ちも高まらないのだ。その後の連絡や付き合いもあまり熱が入らないのだ。まともに女性と向き合っていないので、ますます女性と向き合うことができなくなっている。負のスパイラルだ。これじゃあ、いざいい女性が現れても、恋愛のエンジンがかからないかも。ま、ま、マズイ。女性を知る努力が必要だ。女友達なんかすぐにはできないし、職場の女性と話すのも限りがある。男性向けの恋愛マニュアル本なんかロクでもない(読み飽きたし)。とりあえず女性誌とか女性のエッセーでも読むか...。(つづく)
2006年09月25日
自信を持つことの秘訣のひとつ、自分を好きになること、好きになれなくとも、少なくとも自分で自分を受け入れること、自分の過去を認めること。自分を好きになれない人は、自分のことをダメ人間と思ってしまう。自分をダメだと思うと、自分のダメさを人に知られたくない、と思い、人を避けるようになる。人付き合いが浅くなる。また、いろいろと身構えてしまう。しゃべる時もグダグダと弁解じみた前置きが付いてしまう。聞いていてうっとうしい。自分をダメだと思うと、他人を妬んでしまい、他人を攻撃がちになる。他人の言うこと為すこと、いちいちケチをつけてしまう。知らず知らずのうちに、それが癖になってしまっている。そんな人には誰も近寄らなくなる。自分をダメだと思ってると、何かをする時でも、どうせ失敗するだろう、と思い、チャンスを逃してしまう。失敗の悪いイメージしか頭に浮かばない。イメージとおり、案の上、失敗する。これら全部、今の自分にあてはまっています。恐ろしいくらいに。これらが相乗効果で負のスパイラルに陥っている。今はそのスパイラルの中、もがき苦しんでいるところ。自分を好きになる、受け入れること。キライ!って過去の自分を捨てずに、正面から自分に向き合うことが必要。以前の会社、職場など、かなり苦労してきた。異業界へ転職したので、過去のスキルが直接役立つことは皆無だ。そんな中、認められるとしたら、当時鍛えられた精神力、忍耐力かな。そんなところしかない。抽象的だが。それと、転職できたという実績かな。今現在の自分を好きになること、って言えば、おしゃれに気を使うようになった自分を好きになる、テニス・フィットネスクラブにはまっている自分を好きになる、ってとこか?また、モノは言いようでマイナスにもプラスにもなる。短所も言い方ひとつで長所になる。例えば「優柔不断」は「慎重、思慮深い」など。何でもプラス思考で陽転させて、キライだった部分を強引に好きになるとかかな。でも、プラス思考ねぇ...。分かっちゃいるけど、無意識のうちにマイナス思考になってしまっている。いつもプラス思考ってのも気疲れしそう。プラス思考の人の頭の中って、一体どうなってんだろ?
2006年09月12日
自分で自分を信じることができないから自信をもつことができないのです。そんな時、他人からの評価によって、そんなに自分はひどくないんだな、自分を卑下することないんだな、って気付くことがある。こういうことは、他人から指摘、評価されないと、自分自身では気付かない。逆に、自分で気付くことができる人、自分ってイケてる、って思える人は、ちょっと自意識過剰、ナルシストだったりする。自信を持つにはそういう自意識ももちろん必要だが、ともすると、自惚れ、勘違い、錯覚に陥りやすい。だからこそ、他人の評価、何らかの基準、数値が大事なのである。自分で自分を信じるにも、何か基準、比較対象があるはずで、それが他人であったりするのです。そういう比較対象がなく、一人よがりな思い込みで、自分はできる!なんて勘違いしてしまうと、(ホントに実力があれば問題ないが)いつの日か、実はたいしたことなかった、って事に気付き、自信が逆にコンプレックスへと180度変わってしまう。で、ご指摘のとおり、自分を好きにならなきゃ自信は持てない。少なくとも、過去の自分を否定せずに受け入れる覚悟がなきゃ、自信は持てない。過去を全て否定してしまうと、現時点では何にも残っておらず、何もないところから自信なんて出てこないのである。このあたりのテーマはまた後日詳しく書こうと思う。~ ところで ~最近、フィットネス通いで体がヘトヘトで、ブログ更新がなかなかできてません。フィットネス通いで時間を費やしてしまっているが、おかげでグダグダとマイナス思考のループに陥ることは減ってきた。以前は、暇さえあればマイナスなことばかり考えていた。今はその時間が減ってきた。フィットネスのひとつの効果である。
2006年09月11日
女性にモテるには、「コミュニケーション能力」と「自信をもつこと」が必要なんだが、今日は自信について。自信をもてないとオドオドしてしまい、そんな男に女性は惚れない。・モテるために、服装、髪型を変えておしゃれになった。・モテる男の本、自己啓発本、会話テクなど、本を読みまくっている。・モテるために、テニスを始めた。フィットネスクラブに通い始めた。これらを続けているのだが、少しは自信らしきものが持ててきたような気がする。おしゃれ、イケてる、と言われたことがある。形だけだが、スポーツマンって感じがするし、確実に体力UPが感じられる。テニスはホント形だけ、テニスにはまっている、と口先だけ。ちっともうまくならない、センスのなさにチョッと呆れ気味。逆に自信なくしそう...。で、自信について、自信とは、他人からの評価だと思う。また、他人の知らない、自分しか知らない事でも、数値などで表すことができるなら、それは自信になると思う。他人や基準と比較できるから。加えて、役割も自信につながる。評価の結果、Getした役割とも言える。他人からの評価(良い評価)は実感として分かりやすいと思う。単純に、ほめられたら自信につながる。何かを成し遂げて、評価される、ってのも分かりやすい例。評価される、ということは、他人から自分が認められた、ということ。自分の勘違いとか自惚れ、自己満足ではない、他人の客観的な評価。逆に言えば、それまでに積み上げてきた、努力してきた何かがあるということ。数値などで表せる何かとは、何かを成し遂げた、それまで継続してきた結果である。身近な例では、ダイエットとかかな?自分だけの話だが、前と比べて何キロ痩せた、という数値は自信につながる。他人に話すと評価されるであろう。何Km走れるようになった、何回腕立て伏せできるようになった、なども同じ例。もしかしたら自己満足、自惚れかもしれないが、他人に話すと、評価されるだろう。数値があると説得力もある。これらの例は、何かを継続していることであり、継続は自信につながる。何年間ずっと続けている、というのはすごいのだ。それを聞いて、じゃあ僕も今日から、といっても、追いつくには何年もかかる(追いつけない)。30代の人が、さあこれから、と始めても自信がもてる頃には40代。だから何事も若いうちから始めるべきなのだ。そういう僕は30代半ばだけど。かなし~い(>__
2006年09月09日
会話で大事な”ほめる”ことについて。「愛することが少ない人は愛されることも少ない」確か聖書にこんなことが書いてあったと思う。ほめることも似ているかな。ほめられることが少ない人は、ほめることも少ない、ほめ方を知らない、ほめることの良い効果も知らない。でも逆は成り立たない?ほめられてばかり、ちやほやされて当たり前、って人は、人をほめることは少ないかな。で、誰だってほめられるとうれしい。ほめてくれた相手に好意を感じる。ほめて相手が喜んでくれると、ほめた本人もハッピーな気分になる。雰囲気、人間関係がよくなる。ほめた人もほめられた人も両方にとっていいことなのである。WIN-WIN の関係なのだ。じゃあ、もっと人をほめるべきだが、なかなか、これが難しかったりする。1.プライド、妬み、照れが邪魔をして素直にほめられない。2.何をどうほめればいいか分からない。 ボキャブラリ不足も原因の一つ。3.お世辞、ゴマすり、嫌味と解釈されるかもしれない危険。原因はだいたいこんなとこだろう。1.プライド、妬み、照れが邪魔をする、ほめると負けを認めることになる、なんて考えていたらほめられない。ほめた人ほめられた人、両方がWin-Winとなること、相手をほめると、いづれは自分に返ってくる、など、良い面を考えて、割り切って考えるしかないかな。ただ、嫌みっぽく聞こえないように気を付けなきゃいけない。2.何をどうほめたらいいか?、ボキャブラリ不足気付いたこと、いつもと違うところ、人と違うところ、などをほめればよいのだが、これがなかなか難しい。なかなかほめる部分を見つけられない。日頃から観察、気付くことが必要だ。情報のアンテナをあちこち張っておく必要がある。ファッションなど流行の知識も必要だ。これらは概して女性が得意である。ファッション、髪型などに敏感、なにげによく観察している。その観察力を駆使した洞察力がいわゆる「女の勘」であり、男にとっては怖~い女の能力である。これらの観察は右脳人間の得意分野である。左脳人間、まじめ、理系人間は苦手である。(ちなみに僕は理系、左脳人間、まじめ)ボキャブラリ不足は、小説、エッセイなどを読んで身に付けることだろう。ビジネス書、How To 本、新聞では多彩な表現、語彙は得られない。例えば、素敵、という単純な言葉でなく、イカしている、普通じゃないね、ぐっとくる、などなど3.お世辞、ゴマすり、嫌味に聞こえるかもこれは、素直な気持ちでほめることに尽きるかな。気持ちを込めること、本当に素敵に感じたこと、感動したことなら、必ず気持ちが伝わるはず。心が感動できる体制でなきゃ、感動できない。日頃から感動できる心、やわらかい心でいる必要がある。映画、ドラマに感情移入する、景色を見て感動する、花や草木、動物など自然を見て感動する、などなど、日頃から敏感な心でありたい。そのためには、2.で述べた観察の習慣も必要である。ボキャブラリ不足とも関係するが、言い方も大事である。単発の単語でほめるのでなく、理由を話したり、(流行ってるよね。女優の誰々がしてたね。)●●が○○ですね、というように具体的に、何かパーツをほめるなど。服やバッグなどそのものをほめるよりも、似合っていること、選んだセンスをほめるのがポイント高い。それでも嫌みに思われるようなら、それは相手が素直じゃない、相手に問題あり、ってことかな。以上、ほめることができるようになると、会話も楽しくなり、雰囲気、関係も良くなるだろう。僕は2.の原因でほめられないですね。理系・左脳・まじめ人間です。
2006年08月30日
最近読んだ本で学んだこと。会話には大きく分けて2種類あると思う。【1】情報伝達のための会話(内容重視)【2】雰囲気づくりのための会話(雰囲気重視)どっちも大事だが、どちらかというと、【2】の雰囲気の方が大事なのだ。純粋な議論の場だと、【1】が大事であるが、日常会話や営業の仕事など、雰囲気が大事である。公私に関わらず、良好な人間関係には、「この人といると何か楽しい、心地いい」って雰囲気が大事なのである。内容がいくら正しくても雰囲気が悪ければ納得してもらうのは難しい。営業で、まずい雰囲気になったり、嫌われてしまうと、契約どころか話も聞いてもらえないだろう。逆に、内容が少々まちがってても、雰囲気でニュアンスは伝わるものだ(でも会議の場ではダメですよ)。雰囲気の大切さは、営業の仕事ではあたりまえの常識であろう。自称まじめ人間な僕は、【1】の情報伝達の会話しかしてこなかったと思う。口下手なので、人間関係を避けるように生きてきたところがある。会話は必要最低限、すなわち、必要な情報の伝達のみになっていた。たいして内容のない、雰囲気だけの会話は、無駄だと思っていた。しゃべる時は、誤解のないように正確に伝えるために、言葉を選び、順序、論理を考えて話していた。その結果、内容は正確で分かりやすくても、気持ち、感情が相手には伝わりにくく、話として面白さに欠けていた。つまらないヤツ、っていうレッテルを貼られることとなった。さらに、相手が話す言葉にも正確さを求めてしまい、相手の言葉を訂正したり、すぐ否定したり、本筋でない些細なところでさえ、正確さや詳細さを求めてしまったり、(会議・議論の場だったら必要・有効なことなんだが。自己フォロー)話の腰を折ってしまい、相手を不快な思いにさせていたかもしれない。また、正確に話すためには、内容を事前によく練る必要があり、相手がしゃべっている最中に、つい、自分が次にしゃべることを頭の中でシミュレーションしてしまう。その結果、相手の話を聞いてない、うわの空、って風に見えてしまう。相手にしてみれば、話題に関心ないのかな、って思ってしまう。自分では話を聞いているつもりでも、相手にはそう見えてしまう。会話におけるタブー ・すぐ否定するクセ ・すぐ話の腰を折るクセ ・うわの空でいるクセ ・議論するクセすべて自分にあてはまっている。恐ろしい。雰囲気づくりの会話について、 ・相手に嫌われないようにする、好きになろうとする。 ・相手の良いところを見つけようとする。 ・相手と共通点を見つけ、共感をもつ。 ・相手をほめる。 ・相手を否定しない。 などなど、基本的に相手を受け入れることである。けっこう常識的なことばかりであるが、できそうでいて、できない、無意識的に会話のタブーを犯しがちである。ただ、相手をほめるにしても、ゴマすり、お世辞にならないようにしないといけない。気持ちを込めること、理由をつけること、などそれはそれでテクニックである。相手に対し、否定・指摘が必要な時もある。その方法もテクニックである。その辺のテクニックについては、また別の機会のテーマにしようと思う。会話力は本来、日常生活・仕事などの人間関係を通して自然に身につけられればベストだが、人間関係が希薄になり勝ちで忙しい現代社会、自己啓発本やセミナーで即戦力を学ぶのも手である。口下手だと一生損をする、って学生時代に指摘されたことがある。でも、自分の性格によるものだから、直らない、と思っていた。口下手は世間にいっぱいいるだろうから、直さなくても生きていける、あえて直す必要もない、と思っていた。でも、やはり人生損をしている、と今なら分かる。もはや30代半ばの自分、気付くのが遅きに失した感がある。まぁ、まだまだ続く人生、今から学んでも役に立つだろう。そう思うしかない。やりきれない。(一部内容が以前のブログ記事と矛盾していますが、成長?として見逃してください)
2006年08月29日
楽しい会話は、話の内容や論理などではなく、感覚的なトークである。まじめな人は、話の内容を正確に伝えるようとして、論理、筋道を組み立てて話そうとする。その結果、内容は正確でも、会話として面白さが伝わらない。感情とか雰囲気が伝わらない。言葉遣い、表現、順序が正しいので、聞いてる相手は突っ込むところが少なく、自分が一方的に話すだけになりがち。(もはやトークではなく説明である)会議や議論、説得の時はそのような話し方でいいのだが、日常会話までその調子だと会話がつまらなくなる。例) 昨日はあれこれこういうことがあって、どうこう ・・・(途中、詳細を順序立てて話す)・・・ それでこういう訳で大変だった。感覚的なトークとは、論理、筋道など無視して、まず自分が感じたことを冒頭に持ってくる。その冒頭の一言でまず相手の関心を惹く。その後、詳細を話していくが、表現とか順序とか正確でなくても全然かまわない。おかしい点、分かりにくい点があったら、逆に相手が突っ込んでくれる。そこから会話が弾む、といった具合。例) 昨日はホント大変だったよ!(←この一言でまず相手の関心を惹く) (その後、詳細を話すが、正確な言葉じゃなくてもOK!)まじめな人は内容も正確に話すので、面白みがない。日常会話なのだから、大げさな表現やその場の嘘など大歓迎なのである。そういうところがツッコミどころになるのである。まじめ人の話し方は、概して男性に多く、女性は感覚的なトークが多いようだ。男女の会話が合わないのもこういうところにありがちだ。そういう僕はまじめ人間です。トークはつまらないです。
2006年08月22日
「単純だけど、やっぱり男にとって体力UPは 自信につながるのだなぁ。」今月から始めたフィットネス通い。 今は幸い仕事がそれほど忙しくないので 週平日3~4回行っている。 ランニング&筋トレの日と水泳の日を交互に。 走る距離、ペースなど、日々更新している。 水泳もだんだんコツを思い出してきたような感じ。 筋肉とか目に見える変化はないが、 以前より確実に体力UPしている気がする。 テニスは週1回だけなので、あまり体力UPとか 上達したとか今のところ感じられない。 フィットネスは日々通ってるので、 自分は運動している、スポーツマンだ! って実感が何となくある。 単純だけど、やっぱり男にとって体力UPは 自信につながるのだなぁ。 その自信は、勘違いかも知れない、自惚れかも知れない。 でも、どんな自信でも、あるのとないのではえらい違い。 自信をもってると、自分が変わってくると思う。 自信ある人は堂々としていて、余裕が感じられる。 見ている側、つき合ってる側も安心する。 【女性にモテるための大事な要素】 ・自信をもつこと、相手に安心感を与えられること。 ・コミュニケーション能力。 コミュニケーション能力を高めるにも、 自信をもたないといつまでたっても身につかない。 ただ、フィットネス通いも そのうちマンネリ化してきて、 それがフツーになってきて、 そのうち自信も感じられなくなってくる時期がくるだろうな。 その時は、さらに走る距離やペースを更新するか? 新たなものに挑戦かな? 未体験のスピニング、ヨガ、エアロビ、ボクササイズなどなど。
2006年07月22日
モテるための努力。一進一退、一喜一憂、でも以前に比べれば確実に前進していると思う。悩みながら、愚痴っぽくなったり、時には全て投げ出したくなったり、死にたくなったりもするけど、些細だがいいこともたまにはあって、それが励みになって、また少し頑張って、少しずつ前進していくと思う。今は自分を変えようと試行錯誤の日々、いろいろ実践して、悩んだり、迷ったり、精神的に不安定になっているのだと思う。過去の自分に戻りそうになったり...。機嫌のいい日もあれば死を口にする日もある。苦しい悩みの時期だと思う。産みの苦しみ?って?いや、そんな格好いいものじゃないな。先日はまた愚痴っぽいブログを書いてしまったが、(モテるのはやっぱ難しいなぁ~ 2006年7月16日)それが現実。現実を認め、頑張ってトーク術を磨いていくしかない。死なずに生きていくならね。女性を諦めて死を真剣に考える前に、まだまだやれることがあると思う。それに、今の僕が真剣に自殺を考え出すと、最悪の生活になってしまいそうだ。自殺を実行に移せるかどうか分からないとしても。ネットで自殺サイトばっかりのぞいて、精神的に今以上に病んで、仕事にも支障がでて、会社も休んでしまう、引きこもりになってしまうと思う。1人身なので貯金や株をくずせば10年以上引きこもれると思う。ただ、他力本願で死ねるならば、例えば地震とか交通事故とかでいっそ一思いに死ねるなら、それは望むところだ!喜んで死をむかえたい。もがかずに死を受け入れたい。11年前、阪神大震災で死ななかった自分だが...。あの時死んでいたらよかった、と今まで何度思ったことか。死んだ人には申し訳ないが。あれから11年間、生きててよかったことなんて特にない。つらい日々ばかり...。こんな日々のために生き長らえているのか?こんなこと考えてると、車や電車に身を投げ出したくなる。そんな妄想が現実と区別つかなくなり、いつの日にか現実のものとなる...?・・・・・・・・・。ダメだ、ダメだ、ダメだ!また愚痴っぽくなった。でも、せめてブログくらい愚痴っぽくても許されるよね。というわけで、愚痴りつつも、もう少し、あと少し頑張ってみよう。新たに本も2冊購入した。本に書いてあるコミュニケーションについて、だまされたと思って、試してみるか。小さなことからコツコツと。購入した本・なぜか、いつも会話がはずまない人へ 大畠 常靖 著・「できる人」の話し方&コミュニケーション術 なぜか、「他人に評価される人」の技術と習慣 箱田 忠昭 著当面のミッション・引き続き本を読むこと、読んだことを少しでも実践すること、・社内の女性に声をかけること(そうだ、男性にも)。・上記、実践により、成功体験を少しでも増やすこと。・フィットネスで体を動かすこと → 体力UPは自信につながる。・テニススクールで上達すること → これも自信を身につけるため。・合コンがそのうちあるので、対策を練ること(?)。 ↑ 同じ過ちを繰りかえさぬよう、過去の合コンを振り返り、反省する。 etc...せいぜい"ミッション インポシブル"にならぬように...。一進一退、目に見える成果がなくても、確実に前に進んでいると信じて。信じる者は救われる!そう信じて、もう少し、あと少しだけ、だまされてみるかな。
2006年07月17日
やっぱ難しいなぁ。女性にモテるのは。モテるために必要な条件、・コミュニケーション能力・自信をもつことモテ男になるために、今までいっぱい本を読んできた。モテるために読書(2006年6月19日)本を読むたび、いかに自分のトークがイケてないか、つくづく思い知らされてきた。これを改善するのは並大抵の努力ではだめだ。頭では知識として理解できてもなかなか実践できない。自分にはマメさがない。勇気もない。自信もない。恥ずかしい。彼女がいる世の男性はこのようなモテる(?)トークができているのだろうか?本にあるようなトークができてる男なんてほんの一部としか思えない。コミュニケーション能力が必要なことは理解できる。しかし本で紹介してるようなコミュニケーションというのが浅はかなように思える。とりあえず女性を褒めたり、トークで楽しませたり、女性の話しに合わせたり...、って誰にでも話しを合わせているホストと同じじゃないの?(ホストのトーク術はそれはそれですごいことは認めますが)そんな会話にゃ中身がない!だが女性が求めているのは会話の中身じゃなく、雰囲気、楽しさなのかな?僕から言わせれば、そんな男はふざけたお調子者、なんでそこまでして女性に媚びて女性のご機嫌をうかがってやらなきゃいけないの?女性に対し、いちいち褒め言葉を言わなきゃいけないの?そんなわざとらしい、取って付けたような褒め言葉を言わなきゃならないの?相手の女性は列記とした1人の大人じゃ~ん。そんな言葉で男に惚れる女はバカじゃないの?そんなお調子者男に惹かれる女はバカじゃないの?って思える。大人の女性がそんなトークで満足しているとはとても思えないのだが、僕の思い込みだろうか?そんな男なんてすぐに見破っているように思えるのだが...。これって、男が女の容姿に惹かれるのと同じレベルの話かなぁ?そんなモテる(?)トークをマスターしなきゃならないくらいなら、いっそ女なんていらないや!って考えも頭によぎる。いまさら女性に対しマメになんてなれないし...。でもそれだと本末転倒。女性と関わりのない人生なんて生きてる価値がない。死んだ方がましだ。う~む、いけない。またまた”死”など考えてしまった。考えれば考えるほど、この世は虚しい。生きてる意味が分からない。この世に生を受けた意味とはなんぞや。
2006年07月16日
モテ男の必須条件の1つ、コミュニケーション能力。やはり難しいな。本を読んで勉強して、やってはいけないこととか、こんな時はこうすべき、といったことを知識として頭では理解できていても、なかなか実行できるとは限らない。とっさの時とか、ふと気が抜けた時、頭が働いていない時、忙しい時、疲れた時、調子がイマイチな時など、気がつくと心無い言葉や態度をとってしまっている自分に気が付く。先日、ランチで同僚男女5-6人で行った時のこと。話題がころころ変わって、どうでもいい話題、興味ない話題、オチのないトーク、などされると、話題に参加する気がなくなってしまう。単にウルサイだけって感じてしまう。僕は黙っていたが、つまらなそうな顔になっていたみたい。僕以外の男は調子よく話題について行っていた。僕は典型的な男性脳のようで、話題をころころ浅く広くよりも、1つの話題をじっくりと深めていくタイプなのである。とりとめのない話題、ころころ変わる話題など、女性の脳、発想、話し方など、頭では理解できていてもその場では僕は不快に感じてそれを表情、態度に出してしまった。また、恋愛話などになると、恋愛経験に乏しい僕は、ねたみからついイヤミなことをチクリと言ってしまう。そしてそれが場の空気を悪くしてしまう。それに、相手の価値観を認める、という大事なことを忘れて、自分の考え、価値観にとらわれてしまっていた。相手の恋愛観を「ありえねぇ~!」とか、「なんでやねん!」とか否定してしまい、恋愛観、価値観の違いで話が終わってしまった。その場では、恋多き女性の恋愛観を否定せずに、(少なくともその場では)相手の価値観を認めて数多い恋愛話をどんどん引き出してあげた方がその場はきっと盛り上がったに違いない。価値観を否定すると、相手と対立してしまい、話がそれ以上進まない。お互いの価値観の押し付け合いになってしまう。自分と違う価値観を認めることで、話題が膨らむし、自分の知らない世界について学ぶことも多いはず。価値観の違いを話し合うこともそれなりに面白いが、それは議論になってしまう。とても楽しいおしゃべりとは言えない。女性は議論を望まない(おしゃべりの時です。ビジネスは別です)。おしゃべりの中身や結果よりも、相手と調和をはかり、楽しく過ごすためにお話しする、ってことに主眼が置かれているからだ。これらを頭では理解できていても、実践できなかった。これはほんの一例にすぎない。他にも、頭では知識として理解できてもなかなか実践できないことは多々ある。モテ男への道のりは長い。まだまだ修行が足りない自分だなぁ~!
2006年07月12日
ひとつ気付いたこと。世の中つまらない、生きてる意味がわからない、現世に執着がない、今の世を生き永らえたいと思わない、世は無常などなど、相変わらず思い悩む日々ではあるが、ひとつ気付いたことがある。そんなふうに思い悩んでる人に魅力はないということ。たぶん。そういう人は、現実的、物事に達観しているが、同時に、打算的、投げやりな感じ、あきらめモード、夢がない、など魅力ないってこと。女性の目にも、まちがっても魅力的には映らないだろう。だから女性にモテたければ、世の中つまらないとか考えててはいけないのだな。何かに一生懸命に取り組んでいる姿とか、夢中になっている姿、人生エンジョイしている姿の方が魅力的なんだな。ならば、モテルためには、世の中つまらないなど漏らしてはいけないことになる。無理にでも何とか楽しくエンジョイしていかなければならない。何かに夢中に取り組んでいかなければならない。とは言っても、取り組むことが、あまりオタク的なことではいけない。できれば人間関係を作っていけそうなものがいいのだろうな。出会いもあるだろうし。それと、何かに取り組むことで、グダグダと思い悩む時間をなくすことも大事かな。僕は時間さえあればグダグダ思い悩む癖があり、精神衛生上よくない。気分が晴れない。落ち込みやすい。ウツっぽい。何かに取り組むことで、無駄に思い悩む時間をなくしていきたい。とりあえず身近なところで、フィットネスに入会しようと思う。(ってことで既に7月から入会しました)
2006年07月11日
6月からテニススクールに通い始めた。モテ男をめざして。自分を変えるため。前向きっぽいけど、でもやっぱ生きてる意味を見出せない。~それまでの経緯~おしゃれに変身プロジェクトは継続中。恋愛本、自己啓発本を読みまくって、知識、精神は充電中。知識ばかりでなかなか実践に活かせてないが...。女性にモテるための必須事項・会話、コミュニケーション力を高めること、・自信を持つこと(相手に安心感を与えること)この2つが今の自分に不足している。(↑もちろん2つだけじゃない、他にもいろいろ不足してます)思い悩んで八方ふさがり、ちょっと行き詰まっている。女性に積極的になれない、マメになれない。会話が続かない。答えのないことをグルグルと考えつづけている。気分がふさぎこんでくる。落ち込んでくる。人生つまらない、世の中つまらない。生きてる意味がない。................。無理してでも自分を奮い立たせなきゃ、現状打破できない。次のステップに進むためには?新しいことにチャレンジ、新しい世界を体験すると何か道が見えてくるか?現状打破できるか?じゃあ、何をする?新しいこととは?女性に受けがいいものがいい。←コレ大事合コンで自分をアピールできるものがいい。インドア系、オタクっぽい趣味はダメ。じゃあ、スポーツかな?体を鍛えたり運動したら、何か変われるかな?健康的だし。というわけで、とりあえず、テニスを始めた。全くの初心者。ぶっちゃけ、テニスなんか興味ないんだけど...。でも、フィットネスクラブでマシントレーニングとかランニング、ウォーキング、水泳、サイクリングなどは、1人で黙々とやるので、人付き合いが広がらないので、ダメ。フィットネスのヨガ、エアロビ教室なんかも、みんなでやっているようでいて、実は孤独なのでダメ。手軽に始められて、人付き合いが広がりそうなスポーツは?と考えて、テニスになった。友達のすすめもあったし。6月からテニススクールに通っている。週に1回、土曜日にレッスンを受けている。まだ始めたばかりとは言え、週1のレッスンじゃ、上達しないね。もともと運動オンチの僕。今までスポーツらしいことをほとんどやってこなかった。ペアでラリーしても全然続かない。クラスの中で一番ヘタくそみたい。コーチから名指しでよく指摘されてるし。(まあ、コーチの指摘は的確で嬉しいことかな)まだまだ始めたばかり、ヘタくそとか失敗を気にしちゃダメですね。のびのび、堂々とプレーしないといけないね。オドオド、自信なさげに、萎縮してしまうと、普段の自分と同じ、コートの中でもダメ男になっちゃうね。自分を変えるために、新しい世界、テニスに挑戦したんだからね。分かっちゃいるけど...。でも、せいぜいクラスの足を引っ張らないように、それなりに努力してうまくならないといけないな。家でできることは?テニスレッスンのDVDでも見るか?テニスの王子様(テニプリ)でも見るか?ラケットはあるので、素振りかな?でも場所は部屋の中しかない。まず部屋を片付けないと...。とまあ、前向きになろうとかなり無理してる自分。でもやっぱ世の中つまらない。生きてる意味を感じられないのである。
2006年06月25日
やっぱ難しいな...。考えると、思い悩むと、”鬱”になってくる。モテるためには?女性(ひと)を好きになるには?会話が続かない。話せない。トークが上手いヤツにすぐにおいしいところをもっていかれて、僕の存在感がなくなってしまう。女性同士盛り上がっていて、僕が口をはさむ余地がなく、僕の存在感がなくなっている。やっぱ奥手、受身気味。積極的になれない。一事が万事。そういう男は存在意義がないのかな。生きる価値がないのかな。野生の動物の世界だと、こんなオスは子孫を残せないのだろうな。それどころか、厳しい野生をサバイバルできないのだろうな。マメな男がモテるのだけれど、どうしてそんなに恋愛に一生懸命になれるのだろう?どうして恋愛に対してそれほどまでに頑張れるのだろう?そういう人は、自信がある人、または、必要以上に思い悩まずに行動できる人なのだろう。そして恋愛だけでなく、何をやってもそれなりに卒なくこなせるのだろう。肩ひじ張らずに、自然な感じに頑張れるのだろう。今の僕みたいにいろいろ思い悩む人は、何をやっても、たとえ行動に移してもダメなんだろうな。不安な思いを抱えたまま行動しても良い結果は来ないのだろうな。頑張り方も妙に力が入ってギコチナイのだろうな。変に緊張した頑張りだからうまくいかないのだろうな。考えても考えても答えは出てこない。堂々巡りだ。自信を持つこと、自信をもてるようになること。成功体験が必要だ。成功をイメージできるようになること。成功体験に乏しく、失敗体験ばかり頭によぎる。自分の成功をイメージできない。不安になり、自信をもてない。結果、何をやってもうまくいかない。考えてばかりしてないで、行動に移すこと、考える時間がないくらいに忙しくすればいいのかな?例えば、休日、何も予定がないと、何をやるにも気力が湧かない。スーパーへ食べ物を買いに行くことさえ、面倒だな、どうしようかな、何を食べよう、なんて思い悩んでしまう。気がつくと、思い悩んで1時間くらい経っていることもよくある。たかがスーパーへ行くだけでも思い悩んでいる。忙しかったらそんなことで思い悩まずに、行ける時に行くはず。日常をもっともっと忙しくすればいいのかな。幸い、今の仕事はそんなに忙しくない。趣味や習い事で忙しくすればいいのかな?忙しくすれば思い悩む時間も減り、行動に移すのも早くなるかな?フィットネス通いでも始めるかな?どうしよっかな?
2006年06月21日
ここ数ヶ月で読んだ本です。モテ男になるために、前向きになるためにコミュニケーション力、会話術を身につけるために、自信を持てるようになるために。読みまくりました。いい男はマーケティングで見つかる by アボガド・アッシュ(永島もえ+江藤あおい)できる女 できた女 できない女 by 江藤あおい話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く by アラン ピーズなぜか、「もう一度会いたくなる人」の法則 by 斎藤茂太気持ちの整理の上手い人・下手な人 by 斎藤茂太気持ちの整理―不思議なくらい前向きになる94のヒント by 斎藤茂太相手の心を絶対に離さない心理術―心理戦を勝ち抜くスーパーメソッド21 by ゆうきゆう相手の心を絶対にその気にさせる心理術 by ゆうきゆう好きになる理由 好かれる理由 by 伊藤明ずっと彼女がいないあなたへ by 諸富祥彦 頭がいい人、悪い人の話し方 by 樋口裕一心をつかむメール術 by 内藤誼人マーケティングの基本 by 野口智雄これらの本から、感銘受けたフレーズ、役に立った話を自分の実生活、実践話を交えて記事にしていきたいと思う。(実践できたものは少ないが...)
2006年06月19日
京都は天橋立のふもと、宮津湾にアザラシ出現!名付けて「ナミちゃん?!」波路地区にちなんでだそう。浜辺に上がり、日本三景・天橋立を背景に、気持ちよさそうに太陽の日差しを浴びていた、という。この地になついて全国区になったら、新たな観光名所になったら・・・。キュートなアザラシと日本三景のコラボ!http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060619-00000028-kyt-l26~以下、記事のコピペ~京都府宮津市波路町の宮津湾の海岸沿いで19日朝、貝採りをしていた男性が、海にアザラシがいるのを見つけた。浜辺に上がったアザラシはゆうゆうと寝そべるなど、のんびりした様子。「生まれて初めて見た」と興奮する地元住民らの視線を集めた。 アザラシは体長約1・3メートル。同日午前6時ごろ、富田正雄さん(66)=同市波路=が海面に頭を出しているアザラシを発見。数回顔を見せた後、浜辺に上がったという。 アザラシは、時折周囲を気にするそぶりを見せながらも、日本三景・天橋立を背景に、気持ちよさそうに太陽の日差しを浴びていた。思わぬ珍客に地元の人たちは、携帯電話のカメラで撮影したり、近づいて逃げないよう遠くから見守っていた。 富田さんは「地元の波路地区にちなんでナミちゃんと名付けたらどうか」と話している。 アザラシを飼育している同市の水族館「丹後魚っ知館」(小田宿野)は「幼獣で特徴がはっきりしないが、ゴマフアザラシではないか。日本沿岸に生息するアザラシは通常、北海道周辺の海域にしかおらず、ここまで南下するのは非常に珍しい」としている。(京都新聞) - 6月19日16時9分更新
2006年06月19日
さて、おしゃれにキメて、いざ合コンへ結果は、分かってたことだけど、外見だけじゃだめってこと。よく言えばようやくスタートラインに立てた、平均レベルに達したってこと(外見、第一印象について)。カジュアルにおしゃれしたが、合コンではスーツ or カジュアルは好みの問題だし。気分は上々で意気揚揚と行ったものの、やはりトークがイケテナイのでパッとしない。そのことに自分自身フラストレーションが溜まっていく。トーク術、コミュニケーション能力の向上が課題だ。今までさんざん書いてるとおり。ただ、おしゃれで変身プロジェクトは一定の成果をあげた。今となってはすっかり定着?(たぶん)し、驚いてくれる人はいなくなったし、あえて誉めてくれる人もいなくなった。今は少々行き詰まり感があるので、おしゃれはこのまま維持して、さて、次は?外見の次は内面を磨かないと。トーク術、コミュニケーション能力、自信を持つこと...。どこがいけないのか?、何が足りないのか?どこをどうすればいいのか?それらをつかむため、本を読むことにした。恋愛関連本、イケてる人の会話術、気持ちが前向きになる自己啓発本、心理学、心理テスト、男女の脳の違い、モテる技、好かれる人とは?、メール術、人間関係、交渉術、マーケティング理論、ブランディング理論...etcブックオフ、Amazon書店、ヤフーオークションなど、古本を買いあさった。キーワードを指定してまとめ買い、大人買い。読みまくった。10冊くらい読んだが、未読の本がまだ10冊以上転がっている。チョット買い過ぎた...。さすがに飽きてきた。ヤフオクで転売しよっか(^^;)本にはダメ男、イケてない人、モテナイ君の典型的な例が出てるが、けっこう自分があてはまってたりしたりして...ショック。ショックだけど、分かりやすい自分。いっぱい読み過ぎて、少々混乱気味。食傷気味。一度にいろんなことはできない。あれはダメ、これもダメ、こんな場合はどうだったっけ?なんて考えてると会話にならない。いざ実践の会話になると、本で学んだことが頭から飛んでしまってたり...。まあ、ボチボチ、小さなこと、できることからコツコツとやるしかない。本で読んで頭で理解することと、実践・行動することは違う。そのあたり悩ましい問題。一喜一憂、躁・鬱の繰り返し。最近の悩みはここにある。その後も合コンに行ったが...。うまくいかないね!いい結果はまだなし。そうすぐには結果は出でないか...。焦っちゃだめだな。内面についても、外見同様、まずはスタートラインに立てるように、平均レベルになることからだな。とはいえ、こういった本は、一部はビジネス書、自己啓発本なので、合コンや女性関係、私生活だけでなく、人付き合い全般、特に普段の仕事、ビジネスシーンでも活きてくる。気持ちを前向きにするのにも役立っている。逆に、普段の人間関係、人付き合いがダメな人が、合コンの時だけ、女性の前だけ上手に渡って行こおったって、そんな都合よくイカナイと思う。内面を磨くこと。一喜一憂、悩みは絶えない毎日。これから、本で学んだことに自分の実践結果を交えつつ、記事にしていきたいと思う。
2006年06月17日
今日から悩みや自己分析はしばらくお休み。しばらくは、ここ数ヶ月で実践してきたこと、行動について書きたいと思う。少し誇りたいと思う。まず、おしゃれにお金と気を使うようにした。服装、美容院など、数ヶ月で数十万円使った。こんな浪費?は生まれて初めてだ。今までケチケチ生きてきた自分にとって、浪費は気持ち良かった。(僕の姿に見かねたのだろうか?)ある日、同僚のすすめ?助言で、デパートへしぶしぶ連れられた。同僚と店員に乗せられて上下コーディネートしてもらった。気が進まなかったが、この際、値札は気にせずショッピング。30半ばの男(おっさん?)に、服装とか助言してくれる同僚の好意を尊重して、ここは素直に従うべき、って気がした。こんな助言は、もう生涯ないだろう、最初で最後のチャンスと思い、素直に受け入れた。感謝!感謝!テレビでよくある企画、オタクやブスをプロデュース、みたいだった。髪型も思い切って変えるため、原宿の美容院を紹介してもらい、↑で買ったばかりの服でバッチリキメて行き、「イメチェン」を美容師さんにお任せした。さすが激戦区、原宿の美容師さん、そのテクニックにただただ感動。脱帽!美容師さんのカット、セットのテクニックに驚いた。初めてのカラーリングにも驚いた。髪が立つことにも驚いた。細くてやわらかい猫毛なのに...。抜け毛、薄毛が気になる年頃だったけど、また自信が湧いてきた。で、その髪型とその服装(カジュアル)で着飾っていざ出勤!3月半ば、4連休明けの久々?の対面。変貌振りにみな絶賛?ほんと周りはいいリアクションしてくれた。特に女性社員のウケが良かった。これには気分が舞い上がった。「誰か分からなかった、別人かと思った」って真顔で言われた。周り「どうしたん?」「何があったん?」僕 「決まってるや~ん!モテ男になるためやがな!」これに気を良くした僕は、以来、自分でデパートやショップへ暇さえあれば通った。いろいろ買った。買わない時も、試着しまくり、店員さんとの会話を楽しんだ。今まで手にしたことのないファッション誌なんか読むようになった。TVドラマの俳優さんの着こなしが気になるようになった。靴、バッグ、小物にも気を使った。お肌、眉、爪などの手入れも忘れずに。そんなこんなで3月以降、おそらく数十万円使ったと思う。こんなに浪費できるのもシングルならでは。気分い~い。買うだけじゃなく、過去との決別!古い服、靴など思い切って捨てた。ガンガン捨てた!捨てた!これも気持ちイイもんだ!で、お金をかけた分、とにかく見た目だけはかなりイケてきたと思う!?ってか、今までが相当ひどかったのか、って逆にショック大!話したことのなかった女性社員とも少しずつ話すようになってきた。「”おしゃれな”○○さ~ん!」って枕言葉つきで呼ばれることもあった。これは自信になった。おしゃれに関しては胸を張れる、堂々と歩けるようになった。成功体験だ!外見をかえるだけで、気分もずいぶん上向きになった。女性がこれほどまでに男性を観察しているのか、って驚嘆!!(逆に男性は女性のおしゃれにあまり気付かないよね!)そして、いざ決戦の場、合コンへ...(つづく)
2006年06月14日
今は悩みの時だが、昨日書いた記事を読み返して思ったこと、考え過ぎた。考えるのは悪いことではないが、イマイチ建設的でなかった。自分の気持ち、考え、行動を正当化するための理由、理屈さがしになっている。自分の気持ちを納得させる、整理するためだけになっている。”やらない”理由を探すのは簡単だ。やりたくないことについて、なんだかんだとやらない理由を並べることは、簡単だ。人間は所詮、感情に左右される。感情、気持ちがまず(無意識に or 意識的に)優先し、その感情、気持ちを正当化するために、理屈、理論を後付けする。自分を納得させるため、相手を説得させるために理論、理屈で武装する。例えば、ショップで欲しい商品を見つけたとき。チョット高いけど、欲しい、買うおうかどうしようか...って時。絶対イイ買い物だ、今買わないと後悔する、自分へのご褒美...などなど。まず「欲しい」という感情が走り、その後でなんだかんだ理由をつけて買うことを納得させる。例えば、”やりたくない”仕事をまかされそうな時、もっともらしい理論、理屈をあれこれ考え、理論武装して断ろうとする。理論的な思考の持ち主でさえ、無意識のうちに自分の感情、気持ちが先行していることは往々にしてある。客観的に分析しているようでも、自分に都合の良い気に入ったデータ、理論のみを採用していることがある。データの加工、図表の見せ方で見る人を誘導させることも往々にしてある。で、話を戻すと、自己分析した結果、どうするか、どうしたいかが問題だ。”やらない””やりたくない”理由を並べただけじゃ問題は解決しない。「彼女が欲しい、モテタイ」ってのはあるが、誘えない、感情が盛り上がらない。合コンで気分がハイにならない。感情を盛り上げるには?気持ちを高めるには?ターゲット(女性)を絞りきれない。誰でもOK?彼女がほしい!モテたいって自分の気持ちに素直になること?でも焦ってガッつくと女性に警戒される。なのであまり感情を出せない。自分の感情を抑えていると、自分を開示できていないので、相手も開示してくれない → お互い興味を抱けない、って現象かな?(ただ、自分のことをしゃべるのも、自慢話にならぬように)しゃべる言葉も、理論と知的な言葉で武装して格好つけてしまい、生の”気持ち”が相手に伝わっていないのかも。(ガッつくと警戒されるが)そのように、自分自身で相手との間に見えない”バリア”を作ってしまっているのだろうか?合コンをイマイチ楽しめないのは、その辺に理由がありそう?でも感情を優先して、ガッついてしまうと女性が警戒し、退く(ひく)。「言うは易し、行うは難し」その辺のテクニックができる男は、ウケがいいのだろう。う~む、またまた考え過ぎたかな。自己分析もほどほどに...
2006年06月13日
愛することが少ない人は愛されることも少ない。愛されることが少ない人は、愛し方も知らない。だから愛せない。傷つくのが怖いから、ってのもあると思う。自覚はないけど。でも、ナンパする勇気がないのは、まさに失敗が怖いからだと思う。合コンの数時間では相手のこと何もわからない。メアドGetして、たわいのないメールをやりあっても、相手のことなどさっぱりわからない。そのような無駄っぽい行為が苦痛である。(女性に対しマメになれない自分)会って話さない限り、相手のことが掴めない。でも、食事に誘うほど自分の気持ちは盛り上がっていない。そんな気が起こらない。食事くらい気軽に誘えばいいのだろうが、「誘う」という行為のハードルが自分にとっては高い。ハードルに向かって走っていく気力が沸かない。失敗が怖いってのもあるが、その女性に対し自分の気持ちが盛り上がっていない。相手のことを知るために誘う?合コンで出会った女性3-5人の誰を?女性を見る眼がないからだろうか?ぜひ誘いたいと思える1人を選べない。みんなそれなりに素敵に思える。誰でもOK!って思うときもある。一目惚れなんかありえないし。消去法で何となく選ぶと、消極的判断なので気持ちが盛り上がらない。誘うというハードルに取り組む気力が起こらない。ハードルがあっちこっちの方角にあって、高さもいろいろあり、さて、どのハードル(女性)に向かうべきか、自分の気持ちが分からない。向かうべきハードルがはっきりとして気持ちが高まっているなら、あたって砕けろでイケルだろう。2対2、3対3 くらいで食事会とかなら無難でいいが、それはそれでなかなか実現したことがない。女性に対してマメでないからだろう。ごちゃごちゃ考えずに、連絡先ゲットしたら、好き嫌い関係なく、タイプじゃなくてもとりあえずイケばいい!ってことなんだろうか?そんなあいまいな気持ちで走り出すべきなのだろうか?会社の女性とランチに行く感覚とは違うよなぁ(ランチの目的はあくまで食事!)。誘うのが権利であり義務みたいなものだろうか?そんなもんなのかなぁ。メール送っても社交辞令的な返信やたわいのない内容で、気持ちが萎える。ハードルに向かっていく気が失せる。あたって砕けろ!って言われたこともあるが、自分の気持ちがあいまい(好きかどうかわからない)なので、相手にあたっていくほどの気力が湧かない。気持ちなど関係なく女性に向かって走り出すのが男なのだろうか?確実にチャンスは増えることは理解できるのだが...。たぶんナンパもできる男くらいの方が女性から見て魅力的なんだろう。積極性、自信、トーク術なども含めて。う~む、イマイチ文章の調子がよくない。今日はこれにて。
2006年06月12日
慣れないことはなかなかできない。基本的に人間は変化を嫌う。不慣れなことを避け、今までとおりにやりたがる。無意識のうちに。人付き合いとて同じ。選ぶ異性のタイプも傾向がある。人付き合いが苦手な人は、人なつっこい女性は苦手なのである。べらべら女性に話し掛けられることに不慣れなので、よくしゃべる社交的な女性も苦手なのである。自分が話し下手ってこともある。女性からやさしくされることになれていないので、やさしくされると逆に「えっ!なんで?」って感じで引いてしまう。やさしくされるより冷たくされる方が安心するのである。女性と仲良くなりたいのに、おかしな話である。なので、無意識のうちに冷たい、愛想のない、クールな感じの女性に惹かれている。で、そういう女性に向かっていって冷たくあしらわれて「終了!」。飛んで火にいる夏の虫、みずから茨の道を歩んでいるようなものだ。僕自身、どうやらその傾向があるようだ。指摘されて始めて気がついた。冷たくされて安心する、という自覚はないが、やさしくされると、嬉しい反面、なんだか違和感を感じる。そしてクールな感じの女性は好きだ。可愛い系よりキレイ系が好きだ。クールビューティなんか最高だ。恋愛経験に乏しい人は、人から愛されてこなかったので、人の愛し方、愛情表現を知らない。どうすれば相手が喜ぶか知らない。なので人なつっこい人ではなく、冷たい感じの人を選んでしまう。冷たくあしらわれて終わり。恋愛上手な人は、愛されてきたので、愛し方、愛情表現をよく知っている。どうすれば相手が喜ぶか分かっている。本人自身、人なつっこいので、冷たい感じの人には魅力を感じず、人なつっこい人を好む。同じ者どおし、気が合う。結果、モテる人はますますモテてモテナイ人はますますモテナイ。恋愛格差がますます広がる。これからは、クールな女性ではなく、逆の人を選ぶようにしよう。キレイ系より可愛い系を選ぶようにしよう。やさしくされたり話しかけられたら、後ろへ引くのではなく、チャンスと思い、歓迎して近づいていくくらいに行かなきゃ。でも、そもそも会話が苦手なのである。2人きりなら何とか聞き手に回ることもできるが、合コンとかの場合、みんなで会話するのが苦手だ。よくしゃべる人の影に隠れてしまい、存在感がなくなってしまう。合コンで2ショットにもっていこうとしても、女性は2ショットよりみんなで盛り上がることを望む。よほど隣の男を気にいらない限り。2ショットになりかけても、トークの上手いヤツが何人かで盛り上がっていると、女性は周りの盛り上がりが気になって2ショットなんかやめてしまう。合コンも数ヶ月に1、2回行っているが、そろそろ潮時なのかな?正直あんまり楽しめていない。トークの上手なヤツに嫉妬してしまう。でも合コンをしなくなると女性との出会いがなくなる。合コンなんかしても彼女に発展はなかなか難しいことは分かっちゃいるが、知らない女性と会話するのもいろんな訓練、練習ってことで参加している。合コン以外で出会いを求めるか?何がある?習い事?結婚情報センターへ登録?会社ではあまり他の人としゃべる機会がない。他部署などと仕事の付き合いもない。会社関係では出会いは難しいな。
2006年06月10日
ダ・ヴィンチ・コードを見た。今は原作本を読んでいる。僕はキリスト教、聖書が好きである。だが、信者ではない。キリスト教、聖書との出会いは大学生の頃、三浦綾子さんの小説に感銘を受け、三浦さんの小説を読みあさり、聖書入門書、解説書などにも手を伸ばした。5~6年前、ひょんなことからとある教会へ通うようになった。だが、信者にはならなかった、なれなかった。洗礼を決断することができなかった。優柔不断な悪い癖がここでも出た。教会通いしていた頃は、クリスチャンの人から聖書についていろいろ学んだ。1人で聖書を読んでた時は分からないことだらけだったけど、いろいろ教えてもらい、感動の連続であった。当時、孤独に苛まれていた僕は、クリスチャンの人たちとの付き合いに最初は心地よさを感じていた。心の通い合う深い付き合いに感動の連続であった。その時に感じた人間愛に比べると、男女の恋愛なんかちっぽけに思えてしまった。しかし、元来、人付き合いが苦手な僕は、干渉もされる深い人付き合いに次第に窮屈・苦痛を覚えるようになり、教会から足が遠のいていった。一向に信者にならない僕に、信者の人たちも次第に僕から遠ざかっていった。所詮、人間とはそういうものなんだな、クリスチャンでさえもそんなものなんだな、と失望した。そして教会に全く行かなくなった。だが、聖書は折に触れ読んでいる。つらい時は聖書を繰り返し繰り返し読んでいる。これは一生ものだと思っている。常に持ち歩いている。聖書のおかげでいっぱい勇気をもらい、転職もできた。聖書のおかげで受けた恵みはたくさんある。神の存在というか、人知の及ばぬ大きな力、知力は存在すると思う。そう信じたい。でも、功罪である。聖書なんか知らない方がよかった、というマイナス点もいくつかある。「中途半端な正義感と倫理観」である。信者ならば正義感と倫理観に中途半端は許されない。ありえない。でもこれは信者でさえ守るのは非常に困難なことである。まして信者でない人は、その都度自分に都合のよい解釈をして正義と倫理を捻じ曲げてしまう。でも、一般人以上に罪意識が強いため、深い罪悪感に苛まれるのである。聖書を知るまでは罪とも思わなかったことが、キリスト教では罪なのである。典型的な例として、Hな気持ちで女性を見ることは、即ち心のなかで女性を犯したことになる、など。これはクリスチャンの男性にとって非常に悩ましげな問題として有名である。今の自分は、極端なことを言うと、女性を見るたびに罪の意識に苛まれるのである。まともに女性を見ることができないのである。女性と目を合わせられないのである。これが女性の前でオドオドしてしまう、堂々と振舞えないことの一つの要因である。罪の意識に囚われているのである。女性関係以外にも罪を意識してしまうことが結構ある。人生に積極的になれない要因にもなっているように思える。信者どうしの愛の絆を思うと、恋愛感情などちっぽけ、もろい、はかないものに思える。なので女性を愛することができない。事実、前の彼女も心から愛せなかった(数年前の話だが)。罪から逃れられる唯一の方法が聖書に書いてある。即ち、信者になることである。イエス・キリストの贖いだけが人を罪から救う。全人類の罪一切を背負って神の子イエスは十字架に掛かった。そのイエスだけが人の罪を許すことができるのである。これは人を信者に導く常套句でもある。こんな自分は洗脳されているのだろうか?教会に通っていた時は今思えば洗脳されていた。自覚なしに。これら罪の意識から解放される唯一の方法は、やはり洗礼を受けることなのだろうか?分からない。だが、5~6年前に悩んだように、信者になる勇気はやはりないのである。捨てられないものがあるのである。神の恵みを受けるには、捨てることも必要なんだが。※ちなみに、ダ・ヴィンチ・コードの衝撃の事実?は、受け入れられない。 フィクションとして捉えるべきだ。でなきゃ信仰心が揺らいでしまう。 聖書は人の手によって、時の権力者の命により作為的に編纂された、とある。 しかし、その会議や作業は人間が行ったが、そこには神の意志が働いた、と思う。 会議参加者、編纂作業者を通して神の意志がはたらき、現在の聖書の形になったと考える。 聖杯伝説が本当だったとしても、最後の晩餐においてイエスから弟子へぶどう酒の 回し飲みは行われたと考える。物理的な聖杯は存在したと考える。 ただ、ダ・ヴィンチ・コードは否定しない。 ダ・ヴィンチ・コードのヒットによりキリスト教がよりいっそう広まるであろう。 これこそ人知を超えた神の巧妙な意思、計画かもしれない。
2006年06月05日
自信ありげに見える人は、人付き合いが上手く、世渡り上手に生きていける。自信なくオドオドしている ”男”を女性は選ぶだろうか?自信なくオドオドしている ”ナンパ師”に女性は立ち止まるだろうか?自信なくオドオドしている ”店員”が奨める服を買いたいだろうか?自信なくオドオドしている ”営業マン”と契約したいと思うだろうか?自信なくオドオドしている ”上司”に部下がついてくるだろうか?自信なくオドオドしている ”先生”に生徒がついてくるだろうか?自信なくオドオドしている ”医者”に診察してもらいたいだろうか?自信なくオドオドしている ”弁護士”に弁護をたのむだろうか?自信なくオドオドしている ”スポーツ選手”に人気が出るだろうか?自信なくオドオドしている ”フライトアテンダント”の飛行機に乗りたいだろうか?自信なくオドオドしている ”ホスト、ホステス”に客が付くだろうか?などなど・・・。世の中、自信ありげの人の方が選ばれるのである。自信ありげに見える人は、安心感を与えられる人だと思う。実は自信などなく、内心、不安でハラハラあせっていても、それを見せずにどっしり構えているように振舞える、安心感、信頼を与えられる人。時には愛嬌も振舞える人。職業的なものだと、訓練と慣れである程度は振舞えるようになるだろう。冷静沈着なポーカーフェース、愛嬌笑い、営業スマイルなどなど。ただ、演技は何となくばれる。口先だけ、うわべだけのスマイル、気持ちがこもっていないとか、心とは裏腹に強がっているな、とか。でも、女性に好かれる男、周りに人が集まる人、部下に慕われる上司などは、薄っぺらい演技などではないと思う。どうして自信ありげに見えるのか?事前にやることやったので、「成せばなる」「人事を尽くして天命を待つ」の心境からどっしり構えられるのかもしれない。過去の体験、特に成功体験から何とかなる!っていう見通しがたつのだろう。成功体験豊富なので、自分が成功する姿をイメージできるのだろう。そんな人は失敗体験も味方につけられるのだろう。自信がなくてオドオドする人はとにかく心配性、あれこれ考えすぎて心配ばかりする。とにかく気が小さい、器が小さい。何事もまず不安が先行してしまい、萎縮してしまう。気持ちが萎縮してるから言動も萎縮している。成功体験に乏しく、自分が成功する姿をイメージできない。逆に失敗をイメージしてしまう。失敗体験がコンプレックスを増大させている。自信なさげでオドオドしていても、一生懸命だったら、その気持ちは伝わる、人の心を打つ、好感を与える、とも言うが、同じ条件の2人だったら、普通は自信ありげな方を選ぶだろう(見せかけの自信でなければ)。僕自身、女性関係でいうと、彼女いない歴が数年におよび、自分が女性と付き合っている姿をもはやイメージできない。女性が自分に対し好意を抱くことがありえなく思える。そんな不安感が顔の表情、声、言葉、しぐさ、行動、姿勢などに表れ、女性はそれを敏感に察して、「ダメ男」と瞬時に烙印を押すのだろう。恐ろしく正確に、しかも無意識の内に。それは女性の勘、第六感、本能といえるものだろう。まじめ、誠実、無口なだけだとつまらない、面白くないのだ。自信ありげな演技ができるお調子者の方が、受ける、もてるのである。多少胡散くさくても、それはミステリアス感を醸し出し、相手に印象を与える、興味を誘うのである。う~む、ここでもやはりまじめ人間(まじめなだけ)が損をしている。ただ、お調子者はそれはそれで、女性にもてることに”まじめ”なのだ。女性に対し、マメに動く、話しかける、ほめる、話をあわせる、などなど。女性に対し努力を惜しまない。その努力を楽しんでいる、楽しむことができる人種だ。逆に人付き合いやトークが苦手な男は、女性に対する努力が非常に億劫である。できないのである。マメになれないのである。それを怠け者と呼ばれると心外だ。女性に限らず、そもそも対人関係が苦手だからだ。例えるなら、水を怖がっている人に「なぜ泳げないの?なぜ泳ぐ努力しないの?怠け者!」って冷たく言うようなもの。なぜ水が怖いのか?まず水への恐怖感をなくさないと。ただ、この例えはチョット不適切だ。なぜなら、人間は水に浮くからだ!普通の男は、女好きだ!スケベだ!ということとイコールにはならない。男女問わず対人恐怖症だから。対女性のみならず、人付き合いなどに積極的になれない人というのは、性格にもよるもの、そして性格は育った環境、脳の造り、胎児期に受けたホルモンバランスなどなど、先天的な要因も大きいと聞く。(c.f. 書籍「話を聞かない男、地図が読めない女」など)だんだん話題がそれてきた。それに堂々めぐりになりそう。続きはこんど。今日はこれにてお開き。
2006年06月04日
自信を持つこと。それが大事。自信に満ちている人は見ていてこちらも気持ちいい、こっちまで元気をもらえる。逆に、コンプレックスに苛まれている人は、何となくオドオドと自信なさげで印象よくない。幸薄そう。自信に満ちた人を見ていると、その自信の源はいったい何?どこからそんな自信があふれてくるの?と思う。一生懸命な人は輝いて見える。一生懸命の結果、自信につながるのだろう。何かを成し遂げたことが自信になるのだろう。プライドが満たされると、自信につながるのだろう。今の自分は...?何事にも自信を持てない。コンプレックスの罠に囚われ、負のスパイラルに陥っている。過去に僕は、自信やプライドは単なるうぬぼれに過ぎない、と思い、必死に自信やプライド、欲望などを捨てようと努力した時期がある。でも完全に捨てるのは人間不可能で、ちょっと違うかな?今の自分は、人との会話もロクにできていない。声が震えていたり、どもったり。聞き手に回っても、2人ならまだ何とかなるが(つらいけど)、3人以上だと、聞き手になっていると存在感がなくなり、忘れられた存在、話題の外に追いやられている。存在感を示そうと口を開くと、自己主張、議論っぽく、あるいは自慢話になりがちだ。転職直後は、転職できたことが自信になっていたが、自分のスキルのなさに気付いた時、それ以来自信喪失した。IT業界、新しい技術では若い20代にはかなわない。今の仕事は運用メインなので新しい技術は特に必要ない。それでも本や雑誌で新技術を少し勉強してるが、やはり仕事で必要に迫られないと、やる気が起こらずに全く身につかない。運動もだめ、痩せ型でボディにも自信なし。親父も細いから体質的に筋肉も脂肪もつかない。でも健康を気にして、フィットネス通いを考えているが、みんな黙々と運動して孤独っぽい、付き合いは広がらなさそう(同僚いわく)。やる前からあれはダメ、これはダメと文句をつけて何もやらない。そもそも自分は何をやりたいのか?どうありたいのか?明確にないのである。ぼんやりとしたことはあるのだが…。例えば、彼女が欲しい、結婚したい、いつまでも平社員じゃだめだ、給料もっと欲しいとか。具体的、詳細がないので、これじゃあ夢物語。いつまでもかなわぬ、はかない夢のまま。実現する夢とは、明確にビジョンを描くことができ、それに向かって何をいつまでに、と具体的にプロセスまで明確に描けること、それが夢を実現できる人である。そんな人は、はたから見てて、自信にみなぎっているように見えるのだろう。本人は自覚してなくても。頭では、理屈では理解しているが、実践、行動が伴わない。「石橋をたたいてわたる」に例えるなら、石橋をなでて、たたいて、上下左右から眺めて、他の石橋と比較して、調査、検討ばかりして結局わたらない、いや、そもそも渡りたかったかどうか?、ってな感じ。長い年月をかけて自分を蝕んできたコンプレックス、コンプレックスとは、かくも厄介なものなり!
2006年05月31日
好きなもの、古典文学、王朝文学、日本の歴史。平家物語、太平記、徒然草、方丈記、百人一首、伊勢物語、更科日記、源氏物語などなど。栄枯盛衰、世の無常、移り行く世、この世のはかなさを嘆くような話が心に染みる。平家物語は朝廷、貴族から武家社会への移り変わり。太平記は、幕府から朝廷へ、そして南北朝、悪党などの新たな勢力の台頭。この世に久しきもの、変わらぬもの、かけがえのないものなど存在しないのだ。全ては時とともに移り行く。徒然草、方丈記も世の無常さ、流れ行く世を描写する。百人一首にも移り行く憂き世のはかなさを詠んだ句が多数ある。人の心の移り変わりをはかなんだ句もたくさんある。朝廷・貴族が治めていた平安の世を懐かしむ句がたくさんある。また、伊勢物語の主人公である男は、自分を必要のない人間として都落ち、東下りするのである。これら古典文学に高校の時から親しんできた。そんな嗜好も、現世を楽しめない理由かな。京都・奈良・鎌倉へ行くのも好きだ。歴史に思いを馳せ、寺社をめぐり、仏像をみつめ、こころ静かに庭園を眺めているそのひととき、現世の憂い事から解き放たれ、自由になれる至高の時。こんな趣味、お世辞にも前向きとは言えないね。千年以上昔の人が憂き世のはかなさを詠んでいるのと同様、今現在もまた、はかない世である。一流企業、新興企業、政治家、芸能人などなど、飛ぶ鳥を落とす勢いでトップを極めたと思ったら、ある日突然ドン底へ落ちてゆく。このように無常な世、現世にいったいなにを期待しようぞ。現世を生きることに何の意味があろうぞ。そのように思えてしかたがないのである。
2006年05月29日
気がつくと早や三十代半ば、まじめ一筋に生きてきた。仕事一筋に生きてきた。それが結果的につまらぬ人間になってしまっていた。特に20代は出張ばっかりで本当に忙しく生きてきた。趣味も遊びも大してなく、お金も使わず、その暇もなかったし、仕事の疲れで遊ぶ気力もなかった。2~3ヶ月ド田舎に監禁状態のような出張もあった。夜間勤務ばかりの時もあった。そんなこんなで仕事一筋だった。でも仕事に誇りを持つことはできなかった。外仕事で汚れた作業着で汗水流している姿は誰が見ても土方仕事にしか見えないからだ。大卒、技術者とは見えないのだ。仕事でもコンプレックスは増幅していった。黙々とする仕事だったので、コミュニケーション能力は低いまま、会社は男社会、出張中など特に男ばっかり。女性としゃべる機会など滅多になかった。女性との縁は遠かった。でも、恋愛にうつつを抜かすより、今は仕事だろっ!と自分を奮い立たせていた。あるいは、元来、口下手、人付き合いが苦手な自分にとって、黙々とした仕事環境にどっぷりと浸ってしまっていた。仕事一筋、まじめ一筋が自分の誇りと思っていた。しかし、それが如何につまらぬ人間か、最近つくづく思い知らされた。俺の人生は、20代はなんだったのか?今は仕事を頑張る時、と思っていたが、ほどほどに遊ぶべきだったのだ。数年前に転職し、仕事は落ち着いている。今は出張もないし前ほど忙しくない。ふと立ち止まって人生振り返るとこのざまだ。つまらない人間に成り下がっていた。転職先の同僚を見渡すと、けっこう人生謳歌してきているようだ。カルチャーショックだった。環境のせいにするのは良くないが、腐った環境では人間は腐りやすい傾向があると思う。しかも本人が気づかぬ内に腐ってくるのである。よその環境を知った時に初めて腐っていることに気づくのである。そんな環境でも腐らない奴とは、腐りかけの時に気づいて、腐っちゃダメだ、と自己防衛できる奴、抜け出せる奴だろう。自分は気付くのも行動も遅く、「朱に交われば赤くなる」「類は友を呼ぶ」で腐りきってから抜け出した。まだ30代じゃないの、って言う人もいる。確かにやり直せることもあるだろう。ただ、今の自分には何に対しても自信がない。些細なことでもオドオドしてしまう。オドオドして実行しても良い結果は望めないことくらい分かっている。頭では、理屈では分かっていても、行動できないのである。行動の時は、オドオド、緊張して頭が回らない。小さな簡単な事からコツコツと、成功体験を積み重ねて自信に繋げること、これも頭では分かっているが、成功と失敗、一喜一憂、躁鬱の繰り返しである。で、今は鬱状態。
2006年05月28日
生きてて面白くない。つまらない。あした死んでも何の悔いもない。死んでも誰も困らない。仕事は自分の代わりはいくらでもいる。親兄弟が悲しむだけ。身内のために生きてるわけではないのでそんなことは大したことではない。交差点を渡る時、車に轢かれる自分を想像してしまう。ビルやマンションを見ると、飛び降り自殺を想像してしまう。でも自殺する勇気はない。いっそのことひと思いに潔く死ねる方法でもあれば・・・なんてつい考えてしまう。何のために生きているのか、最近また分からなくなってきた。人付き合いを避けるように生きてきた人生、友達と呼べる人もいない。彼女もいない。特にはまっている趣味とかもない。仕事も面白くない。やりがいがない。生きてる目的、理由が分からない。世の中がつまらない。この世がつまらない。何をやっても楽しめない。やる気が起こらない。何に対しても投げやり、批判的になってしまう。ウジウジとマイナス思考ばかりしている。意識はしていないのだが、会話、行動の節々にひねくれた、ひずんだ性格が出てしまっているようだ。溜め込んでばかりいては精神衛生上良くないので、自分を出そうと、しゃべっても、それはそれで会話が議論っぽく、理屈っぽくなってしまい、人との会話が続かない。会話、人付き合いがとことん苦手なのである。そんなひねくれた僕の会話は面白くないのだろう。そんな僕に人は寄り付かないようだ。だめだめオーラが滲み出ているのだろう。特に女性はそういうのに敏感だから、余計に僕に近づかないのだろう。僕から女性に近づくこともないし・・・。コンプレックスの塊みたいな人間です。自分に自信を持てない。必要以上に自分を卑下してしまう。ふか~い負のスパイラルに落ち込んでしまっている。何のための命なのか?
2006年05月25日
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