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食事をすると、お腹が痛いと言っていました。最初は、「好き嫌い?」と疑っていました....。信頼できるお医者さんを受診すると「お腹がゴロゴロいってます、嘔吐下痢が非常に流行っていますし、その可能性があります。」との診断。しかし、熱はでないし腹痛は治りません。一週間ほど、病状に変化も無かったのですが、嘔吐があったので、始まったのかなと思っていたのですが、かみさんが「なんか、血の匂いがするんだけど...」週末でしたが、急いで総合病院の小児科の救急に相談。すぐ来てくれとの事で受診。血液検査の結果、そんなに悪くも無いので一旦帰宅。便も真っ黒で出血の疑い。便を持って、翌日再度受診。血液の数値も少し悪くなったので、検査入院を薦められそのまま入院。どこからか、出血のようです。頑張れ! 父さんがついてる!!!!!
October 28, 2006
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好奇心を伸ばそうと、いろんな所へ連れて行っています。今回、科学館(?)目的は、プラネタリュウムの施設を利用した「恐竜の3D上映」。凄い迫力で、次男君は怖すぎて眠ってしまいました.....他にもいろんなものがあります。勉強になってる.....かな....
October 14, 2006
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長男君、保育園最後の運動会です。まぁまぁのお天気。配られた園のプログラムには、長男君の書いた「恐竜の絵」が印刷されています。鼓笛では、メイン(?)の大太鼓。最後は、毎年他人の子でも感動して涙してしまう年長さんのリレー。次男君は、一人でちゃんと歩けるかなぁ....そんな楽しみな運動会が、始まりました。どーも、本調子じゃない長男君....動かない次男君....競技中、寒がる長男君...まさか....一緒にする踊りの時には「頭が痛い」となみだ目に....さわると、熱い.....「え?」ひとまず、控え室に行って、横に....「頭意痛いよぉ~、もう、帰って寝たい(涙)」熱の上がってるときはしんどいよね....。鼓笛はどうなる?大太鼓は、長男君一人だけで大きな穴をあけてしまう。何よりも夏から一生懸命練習したことの集大成。出番が近づきます。出番を待つ、大太鼓....担任の先生にも「せっかく一生懸命練習したから、後悔させたくない!」と励まされ、うなづく長男君。やっぱり、しんどそう....でも頑張りました。音楽は、ジュラッシックパークのテーマ曲、元気な大太鼓の音が鳴り響きます。心配そうな次男君。頑張れ!終わると、担がれ控え室へ....「もう帰る?」「..............皆のリレーが見たい。」かみさんが抱っこで観戦。みんな盛り上がってます!僕も、長男君のリレーを撮る為に買ったはず(?)だった一眼レフで夢中でシャッターをきっておりました。終わって表彰式、最後の運動会を終えた、年長さんが一人一人呼ばれ、メダル授与。長男君、動けません。「メダル欲しいなぁ」とつぶやく長男君。「....まぁ、後で貰おう」とさみしくつぶやく僕たち夫婦.......。そこへ、突然のアナウンスとともに先生たちが控え室に呼びに着てくれました。慌てて、長男君を抱きかかえ表に出るかみさん。盛大な暖かい拍手とともに、お友達と一緒にメダルを貰うことができました。感激のかみさんいろんな物が吹っ飛びましたが、先生たちの計らいで感謝感激で思い出深い運動会となりました。
October 7, 2006
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小さい秋を見つけて喜んだ、日曜日。この文を読んで「そうだなぁ、気をつけよう」と思いました。「ほめる」が、なぜいいのかについて、また書いておきたいと思った。「あれしちゃいけない」とか「これしちゃいけない」というふうに、いわゆる減点法で指導していくことが、まったくわるいことだとは思わない。社会のルールに関わるようなことは、そうやって憶えることが多い。だけれど、「それはいいね」「これはよかった」と、ほめられることで人間の可能性が増えるということは、ある。どうしてなんだろうと思っていた。うすうす、わかっていたような気もするのだけれど、犬と遊んでいて、ああそうかと理解できた。わりと、最近のことである。犬に、何をしたら怒られるかを、いくら教えてもやってほしいことに行き着かない。何をしたらほめられるか(ごほうびをもらえるか)がわかったら、それができるようになる。叱って教えるという方法で考えてみよう。例えば、まっすぐこっちに来させたいとする。右に行くのでも、左に行くのでもなく、まっすぐ進ませたいとする。右に行ったら、叱るとする。あなたが犬だったとしたら、右には行かないようにするだろう。しかし、次にどうしたらいいのかはわからない。左に行ってみる。また叱られる。では、どうしたらいいかと、あらためて右に行く。これもまた叱られる。へたをすると、このままその都度叱られて、いつまでも正解にたどり着かないかもしれない。叱られるしつけというのは、「やってはいけないことを、ひとつずつ無数に憶えていく」という方法なのだ。ほめる方法では、まっすぐ進んだときに、ごほうびをやる。右に行こうが、左に行こうが、何ももらえないけれど、まっすぐ進めばごほうびがもらえる。これだけのことだ。ほめる方法というのは、「こうすればいい」ということを教えるから、無数のやってはいけないことを憶える手間がいらない。 「価値観」を共有することができれば、いくらでも可能性は広がるのではないだろうか。「やってほしいこと」「価値あること」が見えていたら、やる側だって、そっちに進めばいいということがわかる。わかることは、できやすい。そういうことなのだと思うのだ。あ、犬のしつけよりも、目隠ししてスイカを割る遊びにもそっくりだ。目隠ししているあなたは、どっちに進んでいいか、どこで棒を降り下ろしていいかわからない状態でゲームをスタートさせる。何もわからないなりに、提案的にどちらかに向かって歩き出す。「そっちじゃない」という声がいくら聞えても、どっちに歩けばいいのかはわからない。なにか正しい方向に向いたときに、「惜しい」とか「いいよ」とか言われたら、どっちにいけばいいかわかるわけだ。だから、いずれ、スイカは割れる。否定や減点でなく、肯定と加点の方法でものを教えていくというやり方は、「やることを簡単に、やりやすくする」ということになる。これは、教える側の価値観を問う方法でもある。「そっちへ行くのがいいんだ」と言いきれる価値観を確かに持ってないと、ほめることはできない。そして、「行けば当たり」になるような方向に、「偶然でも向く」ための労力を惜しまないという、弟子側の覚悟も必須なんだよなー。ああ、ほめあって生きていきたい。これは、ぼくの最大の夢だ。忘れないでおきます。
October 1, 2006
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