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祖母の厚生年金の手続きに必要な除籍謄本などの書類をもらいに母と一緒に区役所へ。請求用紙に記入し窓口へ出したら「除籍の謄本は戸籍の筆頭者、もしくは同じ戸籍の独身のご兄弟しか請求できないよ」 この時点で『タメ語』を使うこの人に不信感を感じたのだけど(-_-;)「へっ????????」考えたら・・祖母の戸籍の筆頭者は60年以上前に亡くなった祖父「祖父は60年前に亡くなっているし、独身の兄弟はいません」って言ったら「ちょっと待ってて!!」←敬語を使えない派遣の女性待つこと1時間以上。。呼ばれて行くと「とにかく無理ですね、ご苦労様でした」(お~い。ちゃんと調べたのか??)話にならないので知人の働く別の課へ行って調べてもらったら祖父祖母と母の親子関係が証明できるように母の戸籍。そして私が直系の孫だと証明する私の戸籍謄本を用意すればでるよ・・とのこと。で、改めて書類を揃え窓口へ。しか~~~~~~~し・・・担当者・・「無理です」の一点張り!!!これ以上の証明があるかもう怒れちゃって・・改めて来ますって諦めた(T_T)帰りに区の機関で住民票などを交付する『サービスセンター』へダメもとで寄ったら、母の戸籍を確認し何も言われずに交付された・・しかも物凄く丁寧な人。そして・・「お悔やみ申し上げます」って言ってくれた。担当者によってこの違いは何??なんだったんだ~~~~私の半日を返せ~~~~夜になって「手続き全部できた?」と、長男からメールが来たので事の顛末を書いて送ったら「お爺さんの位牌を持っていけよ!!」って。笑っちゃったよ。。はぁぁぁぁぁぁ。お役所・・勘弁してくださいよ。しっかし、本籍地と住民登録地・・除籍・戸籍、謄本・抄本・・書類と届出がいっぱい。そして普段、縁のないない私には非常に難しいでございますわ゚(゚´Д`゚)゚明日は、年金事務所へ・・。(ホントは今日一日で終わる予定だったのに~~)
2010.11.29
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『近くの親戚より、遠くの他人』いつもいつも気にかけていただいて本当にありがとうございます。あたたかくて、優しくて・・涙が止まりません。☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡ここから日記(笑)郵便屋さんが年賀葉書の配達にきました。しまった~~~~!!!!キャンセルしてなかったよ(-_-;)「ごめんなさい。急に喪中になってしまいました。。。」って言いお金だけ支払ってハガキをもらうのは止めようとお財布を出したら「胡蝶蘭切手の喪中はがきに交換してきますよ」って言ってくれた。ノルマもあるだろうに・・ホント申しわけない_(._.)_ その代わりに、ゆうパックのギフト品を買うことにしました(#^.^#)これは私の気持ちね。そっか!!喪中ハガキも出さなきゃ!!これも忘れていた。冠婚葬祭のマナー本に(遅くとも11月末までに)って書いてあったよ急遽見本を取り寄せてスタンダードな文面を選び、印刷屋さんに発注しようと準備していたら長男が「お婆ちゃんはそういうの嫌がるよね!!きっと」「だよね(^_-)-☆」「やっちゃう?」「一生に一回だし」「やっちゃおうよ」で・・・・急遽、PCで作ることに・・実家バージョンと自分バージョン(笑)ついでに娘も「私もそれにする~」って。プリンターをフル稼動。関係各位様・・「ふざけてる」って思われるようなハガキが届くと思いますがきっとお婆ちゃんは・・「ハイカラだやぁ~~~~~~~~」って笑ってくれていると思いますのでご理解くださいませ。。
2010.11.28
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日常に戻ったと言えども・・ふとした時に涙がこぼれる。。今日は、鍼の日。医院でDrやナースからお悔やみを言われ、祖母の思い出話をされ「元気なお婆ちゃんだったよね」「90を過ぎてあれだけ凛としていたのは格好よかった」などと言ってもらえて涙(´;ω;`)お線香を上げに来てくださった方が「どこの病院で?」と聞いたので「自宅で看取りました」って答えたら「多くの人が自宅で逝きたいと思っているが現実は大変なこと。よくやったね」って言ってもらえて又・・涙(´;ω;`)目の下の皮?がめくれて痛くなっちゃうほど・・娘も同じ。あの宇宙人娘がふとした瞬間に「私ってメンタル弱かったんだ」ってウルウルしているので「弱いんじゃなくてそれが家族ってことだよ」ってふたりしてウルウル・・通夜の日の『怒り』のエネルギーでの(´;ω;`)よりもいい涙だね。
2010.11.25
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昨日の教会のバザーでは息子の同級生がスゴイ頑張っていました。Drの息子に生まれたけど、「農業がしたい」と中学生のころから言っていた彼。そんな彼をご両親が強力にバックアップ。(私とはエラく違う・爆)お上品なママが試食品をせっせとお客さんに薦める・・。普段は総合病院のお偉いさんのパパがみなさんに頭を下げていた・・(そんな場所で顔面麻痺の診察を受けた私)無農薬・低農薬のお野菜や果物がいっぱい。しかもほとんどが100円ほうれん草、レタス、うみたて卵など山のように買ってきました。そこで「お婆ちゃんと約束があるから後で寄らせてね」と言ったので亡くなった事を伝えました。夕方になり、その子が祖母にお線香をあげに来てくれました。我が家は『流しソーメン』や『バーベキュー』『節分』など催しが大好き。この子はレギュラーメンバー(笑)で、いつもお婆ちゃんの隣でご飯を食べていた子。今回も訃報を知らずにお婆ちゃんにいろんなジャムを手作りして持って帰ってきてくれていました。(夏に帰ってきたときにトマトのジャムを約束していたらしい)お婆ちゃんの為に泣いてくれました。息子の友達‥娘の友達・・多くの若い子がお線香を上げに来てくれます。若い子の話が大好きで『鉄腕ダッシュ』のTOKIOが大好きだったお婆ちゃん。みんなが来てくれていいねぇ~。幸せだねぇ~。今日は娘が「お婆ちゃんは菊や百合より派手な花のほうが喜ぶ」と、クリスマス仕様のポインセチアを買ってきました(*´∀`*)このままでは祭壇をデコられちゃうぞ!!!!!!!!!!!キャー(´∀`*)
2010.11.24
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「もうそろそろ、普段の生活に戻らなければ・・」と思いつつなかなか重い腰(大きなお尻・爆)を上げられない私(´ε`;)「何食べたい?」お肉?う~ん、ガッツリ焼肉の気分じゃ無いなぁ・・でもお肉が食べられるところ・・う~~~~ん。ここだ!!!! その名も『チャーハンじじい』(爆)ここは文字通り『チャーハン』がめちゃ旨い!!! あ~~~~~~んど『ニンニクたまり焼き』という焼肉も!でりしゃす 唐揚げは『拳・コブシ』の大きさ。 まさに「満足じゃ!!!!!!」仕出しのお弁当やコンビニごはんが続いたので・・幸せじゃ今日は、祝日。長男の友達で、高校卒業後に農大へ行った子が自分の作った野菜を載せたトラックで帰ってきて教会で即売会を開くそうです。「おばさん、絶対に来てね」ってお手紙をいただいたので行ってきます。安全なお野菜と教会のバザー・・楽しみ♪二男と楽しんできます(#^.^#)
2010.11.23
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今日は、地域の産業まつりがあって車両展示をするから一日忙しい・・と仕事に出かけた長男。 届いた写メがコレ 仕事とは言え、こういうのと小さな子供が大好きな息子。めっちゃ楽しんでいるんだろうなぁ・・
2010.11.23
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昨日、ウチの子たち3人がが祖母の祭壇(後飾り)をガサゴソと移動。「何やってるの??」って言ったら「この(祭壇の)向きだと、お婆ちゃんがTV見られないから移動」って!時代劇、特に水戸黄門が大好きだったお婆ちゃんを特等席へ移動。「ほ~ら、これで黄門様が見えるよ」て遺影の向きまで変えちゃった・・。。。。万が一、叔母達が来たら「この方角は・・」とか文句を言いそうだけど我家的にはOKです。。葬儀後の雑事・・お手伝いいただいた近隣の方へのお礼駐車場をお貸しいただいた方へのお礼ご香典をいただいた方へのお返しの手配・・そして料理屋さん、酒屋さんなどへの支払い役所の手続き・・葬儀社への支払い・・忙しくしている間も子供たちを仕事へ行かせ、二男のお弁当作り予約をしてあったインフルエンザの予防接種などやることがいっぱいのまま早くも初七日です。両親と母の従兄弟、そして私と二男だけ・・お経のあいだ、涙をポロポロ流していた二男にお坊様が「今、思うことをお話ください」って言ったら二男が「骨になったお婆ちゃんを見たけど・・まだ・・いなくなってしまったって思えない」って話しながらも大泣き。その後、仏教の色々な教えを話してくださいました。そして、見送りに出た私に「心が豊かないい子です。これからも上手にお育てなさい」っておっしゃってくださいました。元々色々な思いを内に秘めてしまう子なので(火葬場へいくこと)や(拾骨)は見せないほうがいいかな・・って思ったけどお坊様に『思い』を話せたのでこんなときに不謹慎な言葉だけど『成長』を感じました。きっとあの世とやらにいるお婆ちゃんも喜んでいると思います。まだまだやらなきゃいけないことが一杯!年内は忙しい日々が続きそうです。決算!!!!!!!!!!まだ手もつけていません!!!!!!!!私は完全にキャパをオーバー今まで、基本的に一人でやってきたのでこういう時に人に頼めないのがツライところ(-_-;)この際、期日までにやればいいやとのんびり構えて・・税務署の年内最終日に滑り込みの予定ヽ(´Д`;)ノ
2010.11.21
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亡くなる前日、祖母を見舞った『毒叔母』が言い放った言葉・・「姉ちゃん(母)とヨッコ(私)がお婆ちゃんの側を離れなかったから病んでも看ることがことができなかった・・」「もっと話したい事がたくさんあったのに姉ちゃんとヨッコのせいで・・」怒鳴られ、なじられた・・今までの私の日記を読んでくださった方には、『毒達』の言葉がどれだけ自分勝手なのかお分かりだと思います。通夜・告別式では悲劇のヒロインでお互いを慰め合い。お互いに「本当によくやったね」「おばあちゃんは幸せだね」「家で送ってあげられてよかったね」って大泣き。何をやったんだ?何回家にきたんだ?夏に末期癌だと診断されて、伝えてから2回!だよ。2回!!その後は「おばあちゃんの掛け軸は私がもらう」と押入れやタンスをゴソゴソ。(あー\(◎o◎)/!やっぱりやったな)生きている間には音沙汰なしだった人達が、当たり前に威張りくさり通夜の遺族席へ。毒叔母ばかりではなくその夫、子、孫たちまでもが毒だった。会ったこともない従兄弟の嫁が「おばあちゃんおばあちゃん」と泣き叫び私には、「通夜の日の晩御飯を用意しろ。」「子供にはお子様ランチを注文しろ」「葬儀の日の昼ご飯はどうするんだ・・」そんなことまでも言われた。両親と私たち家族、弟家族はまるで蚊帳の外。泣くひまもなく、やらなきゃいけないこと・決めなきゃいけないことが次から次へ・・毒達は要求ばかり。亡くなってから仮通夜、通夜と一睡もしていない私たちを労ってくれたのは両親とお付き合いのある他人様だけ。取り引き先への連絡は自分がするよと言ってくれた方もいた。母の友人の一人は私の手を握り「わかってる。わかっているからね」って言ってくれた。(この人のほうが『毒』よりもおばあちゃんに会ってる!!)通夜の晩、喪服を取りに家に帰ったときに娘が泣いた。長男が泣いた。「悔しい悔しい」って泣いた。二男までもが「嫌だ嫌だ」「俺達だけでお葬式ってダメなの?」って泣いた。ウチの子たちは介護から看取り、葬儀手配・・本当に本当にものすごく手伝ってくれた。本当なら私たちがお婆ちゃんを失った悲しみに浸かりたい。お婆ちゃんの横にいたかった・・でもそれは祖母の子供である『毒叔母達』に譲ろう・・と、私たちなりの精一杯の配慮。そんな中で『毒達』の横暴。眠っていなくて身体もつらかったけど、それ以上に精神的につらくなっちゃってやりきれない思いが爆発しちゃったんだろうね。悲しい日に「悔しい悔しい」って泣くあの子たちの姿は一生忘れられないと思う。「私たちはお婆ちゃんを送ってあげることだけ考えよう」「毒達は放っておこう」そういうのが精一杯だった・・納棺の時も私は雑事に追われてその部屋にすらいられなかった。でもおばあちゃんはいつも娘の化粧を見ては「おばあちゃんにもやってよ」と言っていたので(コレだけは!!!!)と思い「化粧はこの子に」と担当者に伝えてあった。担当者におばあちゃんの思い出話をしながら娘が最後の化粧をしたら「曾孫のくせに図々しい」と『毒』に言われたらしい。(思い出話中に担当者に「おばあちゃんの好物は?」と聞かれたが『毒達』は答えられず娘が答えたのが気に入らなかったみたい)葬儀もまるで自分たちのもの。散々騒いで両親にも私たちにもただの一言もお礼を言わずに帰って行った・・(葬儀後のお金の話を避けたくて逃げたんだな!!!!)あとで香典袋を開けたら(人に話せば笑っちゃうような)金額だった。正直言って「子や孫まで10人だよ!何食食べた?メシ代の心配くらいしろよ」って思った。言わないけどね。誰一人、葬儀に係る費用の心配をしなかった。期待はしていなかったがひどすぎる・・お金の話をしたくはないが、現実。別にお金に困ってはいない。でも腹が立つからそれも言いたくなる。普段からお婆ちゃんによくしてくれていればこんな思いもしなかったはず。「姉妹だもん。せめて最後くらいは・・」母の気持ちを思うと胸が痛い。母がまた、父に「お父さん、ゴメンね」って謝り、父は「ウチのおばあちゃんだからいい」と言いきってくれた。。。弟が「赤字だったら俺とお姉で手伝おうぜ」って言った。(もちろん父がそうさせないことはわかっているけど)『毒達』は誰もお金に困っていない派手な暮らしをしているんだよ!!!!通夜の席でも「○○に旅行に行った」「何十万、何百万の○○を買った」なんて大風呂敷を広げて喋っていた人たち。父も母も予想はしていた事だけど、ここ3日間の奴らの横暴さに更にショックを受けていた・・両親の知人、友人の温かさが身にしみた・・。そして・・お婆ちゃんが70歳まで暮らした長男とお嫁さんがお葬式代・香典・後に支払う病院代の心配をしてくれた。叔父も(何があったのかはわからいが)『毒達』と離れたくてお婆ちゃんをこちらへ預けたらしいことがわかった。そして・・父を労ってくれた。こういう時に人の情や優しさが身に染みる。「お義兄さん(父)に迷惑をかけないように兄弟姉妹できちんとやろう」叔父はそう言ってくれたのだが結果はコレ。。バカな『毒達』・・・・・・・・おばあちゃんには悪いけど、もうこれで縁が切れます。縁を切ります。★今まで私の『毒叔母話し』を読んでくださった方、ありがとう。ここでだけ毒を吐きました。言葉遣いも酷くて見苦しくてごめんね。嫌な想いをさせてごめんね。これにて終了します。これからはおばあちゃんの思い出話をしながら家族だけで穏やかに暮らせることを願っています。(´;ω;`)おばあちゃんとはいっぱい喧嘩もしたけどね・・誰よりも一緒にいました。誰よりも可愛がってもらいました。いつも私の病気の心配をしてくれました。家族でした。お正月もクリスマスも、お誕生日もいつも一緒だったんだよ。最期の時もずっとずっと細くなっちゃた足をさすっていました。。私のおばあちゃん・・でした・・『明日も「おばあちゃん、ご飯だよ」って呼んじゃいそうだね・・』二男の言葉にやっと(もういないんだ)って現実を感じました。やっと今日・・小さなお骨になっちゃったおばあちゃんと話ができそうです(ーー゛)
2010.11.17
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15日、日付が変わった頃に祖母が逝きました。宣告よりもあまりにも早く・・「ゆっくりでいいよ」って言ったのに・・病院はイヤ。家にいたいと言っていた祖母。在宅ホスピスのDr、ナース・・皆さんに本当によくしていただきました。昏睡状態になる直前、二男に「50円玉がいっぱい入った貯金箱をあげる」って言ったので「ありがと。もらうね」って私が言ったら、長男を指差して「大きいの(長男)が怒っちゃいかんから100円あげて」って・・みんなで大笑い。。最後までおばあちゃんらしかった・・ご心配をおかけした皆様、優しいお言葉をたくさんたくさんありがとうございました。祖母に感想を聞くことはできませんが私と母の自己満足ですが・・『自宅で』という約束を守れました。今回、急変を病院へ連絡から診断、葬儀社への連絡日程決めから昨日の通夜・今日の告別式・・祭壇も引き出物も料理も皆への連絡、ご挨拶も100%全て私と弟、ウチの子供達でやりきりました。。両親の関係で大掛かりなお式です。弔問客も沢山きていただきました。市長をはじめ、お付き合いのある議員さん、弁護士さんなど公私共にお忙しい方たちも通夜、告別式にかけつけてくれました。多くの方に囲まれ、おばあちゃんは照れていたことでしょう・・毒叔母達は相変わらずで・・あまりに大変で、あまりに理不尽なこと続きで・・それでも「怒らないでお婆ちゃんを送ろう」を心に留めてやりきりました。まだ泣けていません。。。。。。。もう一度だけ・・次の日記で毒を吐かせて下さい。
2010.11.17
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今朝の往診のときにDrが検査の結果を持ってきた。「少し早くなるかも」・・・・・・・検査結果上で相当悪いらしいDrに「痛くて辛いようなら入院させて、ウツラウツラの状態で逝かせたい」って相談したら「痛みがないように全力でバックアップするから家で看取りましょう」って言ってくれた。二日間、ずっと考えていたことがある。私のプライドや母の怒りは祖母には関係ない。娘たちに会いたいのなら会わせてあげようって答えを出した。毒叔母2の自宅へ行った。で、今の状態を話し「私や母のことが嫌いでも憎くても構わない。会いに来てあげて」と頼んだ。毒叔母2は、母の愚痴。姉妹の愚痴を延々と私に話したがその後、実家に来てくれた。祖母の弱りように驚いていた・・毒叔母1にはどうしても連絡が出来なかったんだけど毒叔母2から聞いたんでしょう。すぐに夫婦で来た。彼女はやっぱり主演女優賞・・・・「おばあちゃん、死なないで~~~~~~」と、派手にやらかしてくれた。毒叔母1が部屋から出た途端、おばあちゃんが私にウインクして「よっちゃん、お母さんに私はまだ死に急いでないって言っておいて」って笑ってた。おばあちゃんこそ女優だ!毒叔母1の演技?を見抜いていたぜ!!!でも、はっきりとしていたのはそのときだけ。後は、犬が吠える度に「●●(二男)が帰ってきた?」もう朝も夜もわからないのに「7時半なのに●●が帰って来ない」ってうわ言のように二男の話ばかり。ありがたいです。。その後、弟と叔父にも連絡をした。みんなが会いに来てくれて嬉しそうだった。自己満足だけど私も(会わせてあげればよかった)って後悔しなくていい。泣きすぎて頭が痛くなっちゃった。母は私以上に大変です。頑張っています。泣きながらも『現実』を考えなきゃいけない時です。
2010.11.10
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今日は、遠足。場所は・・小学校のときに宿泊訓練に行った場所(笑)山ん中!「また、寒い時に行くのかよ」は二男の言葉(^0_0^)寒かった宿泊訓練がめっちゃ印象に残っているようで体操服の下にアンダーアーマーを着込んでいました。メインはウォークラリーだって。(結局、歩いて暑くなってアーマーを脱ぐに一票)御弁当は鮭のおにぎりってリクエスト。フレークはNGって言われたので(面倒なので)昨夜のうちにグリルで焼いちゃった(笑) 相変わらずの超手抜きで代りばえのない弁当ですが・・鮭のおにぎり昆布のおにぎりエビフライ大学芋卵焼きタコウィンナーシャウエッセンポテトとチーズの豚肉巻き肉団子(甘酢あんかけ)みかん桃のゼリーぜ~~~~~んぶ、二男の好物だよん(*´∀`*)雨上がりで足元も悪く、寒い日だけど楽しんでおいでね~~~~さぁ~~~~~~~今日も1日忙しいぞぉ~~~ヽ(*´∀`)ノ
2010.11.09
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二男を迎えに行き、海岸近くの駐車場でボー(´
2010.11.07
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今日は、日曜日。長男はいつものようにカレンダーに関係なくお仕事。娘はGACKTのライヴで神戸へお出かけ。二男は『砂浜が侵食するのを塀を作って防ぐ』堆砂垣プロジェクトっていうものに参加するため早朝に海岸へ出かけた。今頃、汗をダラダラ流して、穴を掘って塀を作っているでしょう(-^〇^-)う~~~~~~ん。良いことだ。それぞれを送り出し、洗濯を干し終わって祖母の所へ行こうと思ったら母から電話。「午後からシーツ交換とお風呂を手伝って欲しいから午前中はゆっくりしていいよ」と、いうことで思いもかけずにできた時間・・自分の部屋にコタツを出しました。寒い間中、みんながこの狭い部屋に集まって今年も丸いこたつは大活躍するでしょう(笑) おまけ・・・・あ!おまけのほうが画像が大きいぞ(爆)
2010.11.07
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昨日は、めっちゃ忙しかった。朝11時に鍼の予約済み。予約はしてあったけど、祝日明けだったので激混み。待たされました~~~~~。最近は頭のてっぺんから、爪先まで鍼をさします。やっぱり麻痺をしている顔と頭がメインなんだけど・・毎回髪の毛が邪魔で看護師さんが結んだり、ピンで留めたり苦労しています。で、突然思い立って(更に短く!!!!!!)切ることに!ついでに縮毛矯正もしちゃおう!!で、病院からメールで予約。治療後、美容院の時間まで少しあいたので実家へ。市の介護認定委員がいた。(一応私も同じ部署に所属しています・笑)続けて訪問の看護師が来た。どちらも顔見知り。することはわかっているので、どちらも説明は私に向けて・・介護の認定委員は、ケアマネジャーと事業所の選定の話。「自分でやる?」「いや。どこか他、良いところを紹介して!」母は相変わらず、暴走?いや!脱線して余計な話ばかりをしていて先に進まない。聞かれること、決めること、言わなくてはいけないこと、全てわかっているから短時間で済むことなのににとイライラする私。看護師は「点滴をするから2時間後に抜いてね」「ラジャ~~」な~んて話をしていたらベンツのトラックが来た。嫌な予感。ピザの移動販売をしている友人が突然庭で店開き。(聞いてないよぉー)「持ち帰りのケース新しくしたから見て」なんて言い出すし・・通りがかりの人が早速買いに寄るし・・おばあちゃんは点滴が漏れて血液がいっぱい。シーツ交換もしなきゃ・・もー次から次へで頭がドンガラガッチャッタ・・テンヤワンヤ・・そうこうしているうちに美容院の予約時間。今回は縮毛矯正中、髪の色がめっちゃ抜けて・・ヤンキーになっちゃったよ(爆)((((;゚Д゚))))娘は「いい色」って言ったけどさ・・ちょっと恥ずかしい・・矯正が定着?する頃、染めなきゃね。(でもね。実のところ、髪の色がここまで明るいと色白に見えることを発見)3時間で縮毛矯正が終わって、戻ったら魚釣りに行ってきた長男が「サヨリ大漁・・よろしくね」(-_-;)※注※この場合の「よろしくね」はお腹とウロコを取って冷凍してね・・ってこと。あ~面倒くさい夕方、ドラッグストアに出かけ、使い捨てのシーツとレトルトの介護食を購入(朝は、スープや軟らかく煮てある『お汁粉』や『甘酒』のようなものがイイとばあ様がご所望・爆)決算期に突入。忘年会の準備もある。もう何が何だかわからないよぉ~~~~~~~~~~~~。ちなみに・・今日突然美容院へ行ったのは『現実逃避』だって娘に言われた。それもありだよね(^_-)-☆
2010.11.05
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文化の日。二男は高校サッカーの応援のため、朝6時半登校。(もちろんお弁当持ちです!)今日は寒いだろうなぁ・・試合の進行は学校の公式twitterでわかるのでちょこちょこ覗いています。 (ホントに便利な時代です最近コレばっかだね!)先ほど後半がはじまったばかりで0-0。あと二つで全国。頑張って欲しいです。ナビスコカップも決勝!ジュビロガンバレ!!そんな私は5時起きでお弁当を作り、二男を学校へ送り帰宅。。洗濯を干し終わり、ひと息つこうと思ったら母から「往診のDrが来た」お呼び出しの電話があったので実家へ。昼を前にギブホットカーペットに寝っ転がってゴロゴロしています(爆)サッカー大好きなのでどっちも行きたかったなぁ。★皆さん、楽しい休日をお過ごしください\(^o^)/
2010.11.03
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ドラッグストアで紙おむつを選んでいたら涙が出た。恥ずかしいくらい泣けた。先週の木曜まではリュックを背負い、電車に乗って老人センターへ遊びに行っていた。先々週は市のスポーツ祭でビリヤード競技、シニア部門で最年長優勝。新聞社の取材を受けた。トロフィーと賞状を持って帰ってきた人が・・ご飯はおかゆ。そして紙おむつ・・しゃべるのも記憶が混乱してきた。時間の感覚もおかしくなってきた。70代まで過ごした叔父の家を思い、長い事会っていない孫を思う祖母。あの子たちは今、ドイツとカナダ。何もしてあげられないし、連絡をしても帰ってくることはないと思う。私は、職業で多くのご老人と関わってきたが何一つわかっていなかったと今になって思う。この数日で急な老いと終末を感じる。可哀想で可哀想で・・・せめて今夜もおかゆを食べるその横で大きな声で『バカ話』で笑う私。何かできることはないだろうか?元気な時に優しくできなかった事が悔やまれる。みんなに心配をかけてばかりの親不孝、婆不幸者の私は考える
2010.11.02
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