BLUE ODYSSEY

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恐怖のホワイトデー


恐怖のホワイトデー [act.1]


 今回の短編はブラックユーモアです。ご注意ください。

なお、この作品はフィクションです。登場する学校・組織・法律等は実在の物と一切関係ありません。

本作は →『バレンタインの戦い』 の続編に当たります。
もしよろしければそちらを先にご覧ください。




それでは本編をお楽しみください。














3月14日…。











『血のホワイトデー法』









同法は『血のバレンタイン法』と並んで、この世でもっとも恐ろしい法律とされる。
なぜこの法律が出来たかについては、長くなるので次の機会に譲るとしよう。



2月14日、それは女性が男性にチョコレートを贈る日である。

3月14日、それは男性が女性にチョコレートのお返しにマシュマロ等の菓子類を贈る日である。



だだ…、この日だけは、その菓子類の中に毒物を混入させて、人を殺してもかまわない。
この日だけは殺人が許される。罪には一切問われない。



2月14日、女の子から本命の男の子に贈られるチョコには当然毒は入っていない。
しかし、それ以外に贈るチョコには必ず毒を盛らなくてはならない。
(ただし、”義理チョコ・友チョコ”についてはこの限りではない。)

3月14日、もちろん本気で好きになった女の子に贈られる菓子類には当然毒は入っていない。
しかし、それ以外に贈る菓子類には毒を盛らなくてはならない。
(ただし、義理で贈る菓子類についてはこの限りではない。)



そして菓子を贈られた人間は………、
必ずそれを食べなくてはならない。その日の内に。

それが法律である。






別名、”血のロシアンルーレット”とも呼ばれる。

この両日、葬儀屋は1年中で一番忙しくなる。




















3月14日。








女性にとっては恐怖の一日の始まりである。







ニ蛭 俊明(ニヒル トシアキ)
男子高校生、2年。

その名の通りニヒルな男。また極度の自信過剰男。
彼は自分で自分の事を”いい男”だと信じて疑わなかった。

だが、先の2月14日、彼は1つもチョコをもらえなかった。
いや、正確に言えば……、その日、クラスの女子が男子全員に配ってくれた”義理チョコ”を除いては。

ニ蛭は敗北感を味わっていた。
他人からの評価(チョコをもらえない事)で自分の人気の無さをはっきり認めなくてはならなかった。
彼にとってはこれは大きな屈辱だった。







 今年彼はわざわざ百貨店に入っている某有名菓子メーカー製のホワイトチョコ買った。
もちろん、なけなしの大枚をはたいて。
5個も買った。
彼はそれを学生服の上着のポケット入れた。








 3月14日。

ニ蛭はポケットを膨らませながら登校した。

学校はもう春休み。しかしこの日はクラブ関係者の登校日と決められていた。
クラブボックスやグランドの”整備・掃除・草むしり”を一斉に行うのだ。
今の時期は、夏頃に行う草むしりと比べると断然マシであったが、それでも新たな雑草達が春先の温かい陽射しに誘われて生命の息吹を上げていた。

ニ蛭はバスケの補欠部員だった。

ニ蛭 「ちっ、おもしろくねえなあ。草むしりかよ!あんなの草を刈り取る機械を買ってきて、それでやりゃあいいんだよ。ケッ!」

ニ蛭は今日が3月14日という特別な日で無ければ、おそらくサボッて登校しなかったと思われる。

ニ蛭は学生服のズボンのポケットに手を突っ込んでとぼとぼと歩いていた。もう少し歩けば学校に着く。
しかし今、彼は大変機嫌が悪かった。






恐怖のホワイトデー [act.2]


 ニ蛭は学校のすぐ近くまで来た。
その時、道の先の方に同じ学校の制服を着た幸せそうなカップルが現れた。

女子学生は少し背が高めで、すらっとした感じ。
顔は色白の美人。長めの髪には少しシャギーがかけられていて、これがまたいい感じに似合っていた。

ニ蛭 「(がーーーーーーーーーーーーーーーーん!

あの子、”葉山美紀”じゃないか!!!!俺の好きな!)」

ニ蛭はショックを受けた。

男子学生の方は、それほどイケメンでも無かったが、やはりスポーツマンタイプで落ち付きのある青年だった。

ニ蛭 「(あのヤロウ。俺の美紀を……………。

ヤツは確かD組みの”柴田”だな?)」

ニ蛭は2人に気付かれぬように、そっと後をつけた。






 その内、2人は路肩で立ち止まった。
柴田はスポーツバッグから、なにやら小さな包みを取り出した。それは白地に水色の文字で「ホワイトデー」と入れられてあった。

美紀 「まあ、ありがとう!うれしいわ!」

柴田「今度、2人で”ディ○ニーリゾート”に行かないか?」

美紀 「うわーーーーー!!」

女の子はうれしそうに頷く。

ニ蛭 「(なんだと?!ディ○ニーリゾートだと?!お前が行くのは10年早いぜ柴田!)」

と、そこへ柴田のクラブの先輩と思しき学生達が6人ほどやって来た。そして、柴田に話かけた。
すると、柴田はその先輩達に向かって頭をペコペコしながら何か謝り始めた。





ニ蛭 「(チャンス到来だ!!!!!)」





ニ蛭は美紀の視界に入る位置に素早く移動し、美紀にクイックイッと手招きした。ニ蛭の仕草はなんとなく不気味だったので、美紀はすぐにそれ気が付いた。

美紀 「?」

美紀は一応ニ蛭の顔は知っていたので、彼の所へ歩いて行った。
そしてニ蛭は、柴田達から死角になっている建物の物影へと美紀を誘い込む事に成功した。

美紀 「なに?」

美紀はそこへやって来るなりそう質問した。
ニ蛭はさももったいぶりながら、ポケットからホワイトデー用の包みを取り出した。

ニ蛭 「これを君に。」

それはハート型の包みだった。

美紀 「えーーーーーーーーーーー!!!!」

かなり驚く美紀。

美紀 「あっ、あの……。私、貴方にチョコなんか渡してないんだけど?!!」

ニ蛭 「いいから、受け取りなよ。毒なんて入ってないからさーー。」

美紀 「悪いんだけど、”私、もうもらった”から、受け取れないわ!」

ニ蛭 「そんなカタい事言うなよぉ~~~~。
いいじゃんか!

俺、お前の事………………、

前から………………。

すっ……………………。

す……………………。

す……………………。

……………………。

…。




……だからさ、毒なんて入って無いしよぉ~~~~」

確かにニ蛭はこれまで美紀にしつこく付きまとっていた。
ニ蛭が美紀に好意を寄せているのは明らかだった。
その事から考えると毒など入ってないと思える。

美紀はその菓子の包みをよく見た。
高級チョコレートかも知れない。
そこで一応それをもらう事にした。

美紀 「じゃあ、”義理”としていただくわ!」

ニ蛭 「(けっ!)

まあいいや。

じゃあさ、食べて!今すぐ!」

美紀 「え?」

ニ蛭 「贈った相手が”すぐに食べて”と言ったら、その場で食べなきゃいけないだろ?

それが法律~~~~~♪」

確かに法律にはそう記されていた。

『”その場で、食べて”と相手から言われた場合、すぐその場で食さなくてはならない。拒否は出来ない』




仕方なく美紀はその場でチョコを食べる事にした。
そのチョコはやはり某有名百貨店の高級ホワイトチョコ。

美紀は丁寧に包装された紙を開いて、中の菓子を取り出した。
包装はしっかりとしていた。開けられた形跡はまったく無い。
つまり、おそらく毒は混入されてないって事だ。

美紀はまるでアクセサリーのようなデザインの1口サイズのチョコを口の中に放り込んだ。

それは実にエレガントな味がした。

美紀 「まあまあね。」

その時、ニ蛭がニヤリと笑った……。


美紀 「……………………。



うっ、



ううっ、



うっ、うううううううううう……。










うげーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」









恐怖のホワイトデー [act.3]


 柴田は”この間部活をサボって美紀とデートに行った事”がバレて、先輩から取っちめられていた。

でもやっと解放された。先輩達は柴田と別れて先に学校へ向かった。

柴田 「たくっ!あの事がバレるとは………。
俺とした事が。

まあいいや!

あれ?美紀のヤツどこへ行ったんだ?

美紀----ーーーーーー!」

柴田は必死で美紀の姿を探した。
すると……、目の前で数名の警官達が集まっているのが見えた。
そしてその足元に倒れた人の足先が少しだけ見えた。

柴田は嫌な予感がした。
全力でそこに走って行った。
そこに寝ていた見覚えのある女の子の足。

柴田 「このソックスのワンポイントの絵柄。まさか……。」

柴田は警官達の身体を押しのけて、倒れている人物の顔を見た。

そこで、柴田が見たものは…………、

変わり果てた美紀の姿だった。












柴田 「美紀ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」












ニ蛭 「あはははははは!スカッとしたぜ!」

学校に着いたニ蛭。
この後、彼は同じような悲劇を3度ほど生み出した………。
そのたびに、パトカーと幌付きの軍用トラックが学校の中に出入りした。

ニ蛭 「くそっ!どいつもこいつも!俺の好みの女に目をつけやがってーーーーー!!!
でもいい気味だ!
あはははははは!!!!!
今日はサイコーだ!
3月14日は俺の為に用意された日だ!!」









 ニ蛭がクラブボックスへ入ろうとすると、そこのドアが少し開いていて、中にいる女子達がヒソヒソ話しているのが聞こえた。
こういうナイショ話の陰口はニ蛭は大好きである。彼はそっとそのドアの隙間から耳をそばだてて中の声を聞いた。

「聞いた?今日、もう4人も女の子が亡くなったんだって。」

「えーーーーーーーーーーーー!!」

「美紀・みどり・さやか・真子……。ねえねえ、この名前、どっかで聞いたこと無い?」

「え?さあ?」

「あーーーーーーーーーー!
それって、”補欠”のニ蛭のヤツが好きだとか言ってた子ばっかジャン!」

「ホントだ!」

「すると犯人は…………。」

「そう!ニ蛭のヤツよ!きっとそうだわ!」

「アイツ!法律悪用してんジャン!!!!

これは腹いせの犯行だよ!
アイツ、バレンタインは誰からもチョコもらえなかったって。”義理”以外は!
それでだよ!!!」

「くそーーーー!ムカツク事しやがってーーーーー!
いいかニ蛭!来年のバレンタインをみてろよ~~~~~~!!!」

そこまで女子達が喋った時、ニ蛭はワザと大きな音を立ててドアを開いた。

女子達は文が悪そうに、クラブボックスから立ち去った。


ニ蛭 「ケッ!人の噂話しやがって!どうせお前らは俺のアウト・オブ・眼中だぜ!」


ニ蛭は捨て台詞を吐いた。







恐怖のホワイトデー [act.4]


 そして下校時間になった。まだ昼前だが。

ニ蛭は下駄箱の所で、ブツクサ文句を言いながら、雑草のせいで草色に汚れた靴を清掃用の雑巾で拭いていた。

ニ蛭 「ちっ、先輩のヤツ。俺を草むしりにコキ使いやがって!くそっ!むかつくぜ!」

すると目の前を「椎名」が通り過ぎた。




ニ蛭 「(がーーーーーーーーーーーーーん!!

俺、アイツの事好き!マジ好き!
あのボーイッシュで、ちょっとやんちゃな所やハギレのいい喋り方がたまらん!!!)」

他には人影は見えず、椎名は1人きりのようだ。

ニ蛭 「チャンスだ!」

ニ蛭はポケットからチョコの包みを取り出し、
オオカミが獲物を狙うがごとく、素早く椎名の元に走りよった。

ニ蛭 「椎名ーーーーーーーーーーーーー!!!」

そう言い掛けた時、横から

春日 「椎名さん!!!」 

と、春日君登場。

ニ蛭はなぜか条件反射的に、近くの下駄箱のロッカーに身を隠す。
そこから春日と椎名のやり取りを見ていると、今日もいっしょに仲むつまじく下校するようである。
今や2人はラブラブの仲。
青春とは、この2人に取っては、甘く切なく、楽しく素晴らしく、そして甘酸っぱい物だった。
2人の恋は始まったばかり。今の2人は会うたびに胸が締め付けられるような感覚を味わっていた。






 手を繋いで校門をくぐる春日と椎名。

ニ蛭 「ケッ!」

ニ蛭はこの2人の後をこっそりつけた。

ニ蛭 「おもしろくねえなーー!」





 今日はまだ時間が早い。それに春休みが始まったばかり。時間の流れはゆったりである。
春日と椎名は制服のまま、帰り道から少し離れた所にあるショッピングモールを眺めて歩いた。


椎名はあるお店の前で、急に立ち止まった。
それは春日にはよくわからないが、そこのウインドウには綺麗な女の子用の服がディスプレイされてあった。
その中の1点をじっと眺める椎名。

春日 「あっ、椎名さん……。この服気に入ったの?」

椎名 「そう!前からずっと気になっていたの!1点物で、サイズもちょうど私に合うの!
でもって、高いから誰も買わないw 
私もお金がないから買わないけどwww」

それは、最新の家庭用ゲーム機が一台買えるようなお値段だった。

しかし何を考えたか春日、急に椎名にこう言った。

「あーーーーーーーーーーー!ゴメン!
僕ちょっとトイレに行きたくなっちゃったーーー!!
悪いけど、ほら、あそこのベンチに座って待っていてよ!」

と、春日が指差したのは”かなり離れた所にあるベンチ”だった。

椎名 「なっ、なんで、あんなトコで?遠いなあ!」

と言いながら椎名が振り返ると……、すでに春日の姿はそこには無かった。

椎名 「まったく!ムード無いなあ!
この大事な日に、女の子待たせといて”トイレ”??
はあ~~~~~~~~~。雰囲気ぶち壊し……。」



しかたなく椎名はその”遠いベンチ”目指して歩き始めた。







恐怖のホワイトデー [act.5]


ニ蛭 「くくくく……!これはチャンスだ!!!!」

ニ蛭はここぞとばかりに、1人きりになった椎名の元に駆け寄った。
そして握りしめたチョコの箱を、挨拶も無しで、椎名の目の前に差し出した。
驚く椎名。

椎名 「あれ?ニ蛭君?!!」

ニ蛭 「なあ、椎名よお~~~~~!俺と付き合わねえか~~~~~?」

椎名 「なんなのよ!いきなり!!!」

椎名はニ蛭の軽すぎるノリについていけない。いや椎名だけでなく、他の女の子もだが。

実は椎名は人気のある女の子だった。
おおらかで活発。顔もそこそこかわいい。
けっこう彼女を狙っている男子は多かった。
でもこの間の2月14日から、”椎名はついに春日と付き合い始めた”という噂が広がっていた。
そこでニ蛭は捨て身の行動に出たわけだが……、いかんせん唐突すぎた。



ニ蛭 「だめ?」

椎名 「ダメ!!!!!」



ニ蛭 「じゃあ、せめて俺からの贈り物を受け取ってくんない?
俺の熱いハート入りのホワイトチョコ」

椎名 「(うえ~~~~~~~~、ゲップ!)」

でも、差し出された包みのロゴを見ると……、それは某有名メーカーの高額な高級菓子だった。

椎名 「(うわーーーー!高級品だわ!私が食べてみたかったヤツジャン!)」

ニ蛭 「俺の気持ちだよ。受け取ってくれよぉ」

椎名 「(うっぷ!暑苦しい!)…………また今度ね!」

椎名は言葉は軽いが、決して尻軽な女の子ではない。
きっぱりと断った。
だが……、

ニ蛭 「おいおい、法律を忘れたわけじゃあるまい。

『3月14日、男性から菓子を受け取ったら、食しなければならない』

だったよな?
これを破れは、一生警察に追われる身になるぜ。そして捕まれば後の人生全てを離れ島の刑務所で暮らすんだ。」

椎名 「なっ…………?!」

ニ蛭 「それが法律だよな?そうなりたくないだろ?!受け取れよ!」

そう言って上から包みをつまむような変な手付きで菓子を持って、椎名に渡そうとした。

椎名 「(うわ~~~~~!変な手付き!)

待って!私は貴方にチョコを渡してない!だから私には拒否権があります。

『チョコを渡してない男性からの菓子類のプレゼントは断れる。』

それが法律!」

ニ蛭 「くくく、なんだよ椎名ぁ~~~~~。俺はもっとお前がおりこうさんなのかと思っていたぜ。」

椎名 「???…………。
とにかく!!!”あげてないんだから、もらわない”!!!」

ニ蛭 「そうかな?俺、もらったぜ。お前から」

椎名 「えっ?」

ニ蛭 「確か……2年B組では……、男子全員にあげたよな。チョコを。」

椎名 「え?!」

椎名は思い出した。確かにニ蛭の言う通りだった。
2年B組、つまり椎名のクラスの女子は、全員でお金を出し合って”義理チョコ”をクラスの男子全員に配ったのだ。
それは男子が可哀想に思えたから。
だから女子全員で相談して”毒無しのチョコ”を渡したのだ。

『バレンタインディーに女子から1度チョコをもらえば、後から差し出されたチョコは断れる。』

それが法律だった。
だから自分のクラスの男子全員に渡した。そうすれば、自分のクラスの男子の命は助かる可能性が高くなるから。

だが、椎名はこのニ蛭も同じクラスだという事を忘れていた。彼はある意味存在感がヒジョーに薄かった。

椎名 「(しまった!確かに”2年B組の女子”として、私は彼にチョコを渡した事になってるんだわ!!)」

ニ蛭 「くくくく!理解したようだな。」

椎名 「でもあれは”義理チョコ”……」




ニ蛭 「 ”義理”でも”本命”でも関係ねえーーーーーーーーーーーーー!!




もらった事実はあるんだからな!
さあ、今日はお前の為にワザワザ買って来た”ホワイトチョコ”を食べてもらうぜ!」

椎名 「うっ……………………。」






恐怖のホワイトデー [act.6]


ニ蛭 「さあ、食べてくれ!今すぐ!

『”その場で、食べて”と相手から言われた場合、すぐその場で食さなくてはならない。拒否は出来ない』

それが法律だったよな?」

椎名 「(ニ蛭のヤツ、いったいどういうつもりかしら?何を考えてるのか見当もつかないわ……。)」

椎名は噂で、今日この学校の女の子4人が亡くなった事を知っていた。

椎名 「(それはまさかニ蛭が……………。)」

ニ蛭 「食えよ!いますぐ!!」

椎名はホワイトチョコを箱からつまみ出した。
しかし、包装やチョコの形はしっかりしていて、後から毒を入れたような痕跡は何も無かった。

椎名 「(一応毒が混入された跡は無いわ。ふう。
でも、なんで、”今すぐ食べて”と言うのかしら?)」

椎名の全身には震えが走っていた。

ふと目を移すと、モールの中の”普段は車が入れないスペース”に、パトカーが止まっているのが見えた。
そのドア付近に持たれかかっていた警官がこっちの様子をうかがっていた。
その警官はラフにポケットに手を突っ込んでいた。
それに顔には帽子の影がかかって、目は見えない。それがとても不気味な感じがした。

ニ蛭 「毒なんて入っていないからよ~~~~。
なにせ、

俺……、

俺…、

お前の事が……、

す…、

す、

……………………、

き、

だからさ!」







椎名 「(げーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!)」







ニ蛭 「…………返事は?」

椎名 「は???? 返事?なんの?」

ニ蛭 「告白の返事だよ」

椎名 「”告白”ーーーーー?!!」

ニ蛭 「そう!今の”告白”ジャン!」




椎名 「(げーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!


今のが告白?????
カンベンしてよもう~~~~~~~~~~~!!!)」

ニ蛭 「おい!返事くれよ!男から告白されたら、返事返さなきゃいけないだろ!!」

椎名 「へっ?!
でも、”必ず返事を返す”なんて法律は無いけど…、一応マナーとしてはそうね。

じゃ、返事します。



あーーーーーーーーーーーーーーーーー、

まことに残念ですがーーーーーーーーーーーーーー、

ニ蛭君、

私にはもう”好きな人”がいるのです。

だーーーーかーーーーらーーーー、

すいませんが、貴方の気持ちはーーー、

いただけません!」



その時、ニ蛭が凄みを効かせて睨んだ。それはまるでヘビの目のような感じだった。例えるなら、犯罪者のような冷たい視線。

椎名 「(げっ!なんなのいったい?!)

ごっ、ごめんさないニ蛭君!!!

とにかくダメなの!私には好きな人がいるから!」

ニ蛭 「じゃあ、とにかくチョコ食えよ!」

ニ蛭はさらに凄みを効かせた。その声は突き刺す様な冷たさを持っていた。

椎名 「(あちゃ~~~~~~。春日のヤツぅ!
今日はなんで、アタシにまだホワイトデーのプレゼントをくれてないのよ!
そうすればニ蛭のは断れたのにーーーーーーーー!!!


バカ!


バカ!


バカ!


バカバカバカバカバカバカァーーーーーーーーーーーーーーーー!)」







恐怖のホワイトデー [act.7]


警官はまだジッと椎名達の様子をうかがっていた。さっきから2人のやり取りの一部始終を見られていたようである。もはや、言い逃れは効かない。

ニ蛭 「食えよ!」

ニ蛭も警官達のようにポケットに手を突っ込んだ。
そして、ちょうど彼の目の位置にだけ影が垂れ込めた。これも警官と同じ。
不気味だった……。

椎名 「ゴクッ!」

ニ蛭 「どうした?法律だぜ!
確か、この法律を破った者は……、”一生結婚できなくなる”っていう法律もあったよな!!」






椎名 「(ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!)」






『血のバレンタイン法・血のホワイトデー法を破った者の婚姻届は受理できない。
また、教会はいかなる理由があろうとも、これらの法を犯した者の式を挙げてはならない。』

椎名の目の前で、憧れていた結婚へのイメージがバラバラと崩れていった。
そこに春日の顔が浮かんでは消えた。

椎名 「(くくくく……、これを食べないと結婚できなくなるのかあーー。グスン!
さりとて、一生逃亡生活をするってわけにも行かないし…。)」

椎名は覚悟を決めた。

大きく開けた椎名の小さな口にホワイトチョコを突っ込もうとした時、
ニ蛭が不気味に笑っているのが見えた。
それはまるで、映画の中に出てくる殺人鬼の笑い方にも似ていた。
椎名は背中に冷たい物が走った。







 そこへ、ちょうど、美紀のご両親が喪服を着て歩いている姿が遠巻きに見えた。ご両親はとても悲しそうに涙ぐんでおられた。

椎名 「(つまり美紀はもうこの世にいないという事ね……。いったい誰が殺したの?
まっ、まさか……、
確か、ニ蛭っていつも美紀にモーションかけてたよね……。
するとやっぱり!!)」

椎名はそのホワイトデーのチョコをショッピングモールのタイルの上に投げ付けた。

ニ蛭 「なにするんだよーーーーーーーーーーーー?!!!」

ニ蛭はムカツクと言った感じで、いきり立った。

そして………、
胸のポケットから、白いホイッスルを取り出した。

これは警官がいつも持ち歩いている白いホイッスルと同じ物。
2月14日と3月14日の両日のみ、一般人が鳴らしてもいい事になっていた。
これは警官を呼ぶ合図だ。
菓子を渡した相手が”それを食べない”と拒否したり、逃亡した場合にはこれを鳴らして警官を呼ぶ事が出来る。

ニ蛭は顔を真っ赤にしながら、思いっきりホイッスルを吹いた。ジッと椎名の目を見つめながら。
椎名の目には、ニ蛭の表情や行動は異常そのものといった感じに映った。



笛の音を聞いて、すぐにさっきの警官達がやって来た。まず2名の警官が椎名の両腕をしっかりつかんだ。
さらにもう1名、さっきからこっちの様子をうかがっていたあの警官が、ゆっくりとした動作で”椎名がタイルの上に投げ捨てたホワイトチョコ”をひろいあげた。

警官 「食べ物を粗末にしちゃいけないな…。」

警官は不気味に落ち着きはらった感じで喋った。その声には抑揚が無い。
おまけにまたも帽子と影のせいで警官の目は隠れて見えなかった。

そしてその警官は、チョコに付いた砂粒を乱暴に払うと、急に椎名の顎に手をかけ無理矢理その口を開かせた。

椎名 「うぐぐぐぐぐぐ………!」

警官 「渡されたモンは食べなきゃな。それが法律だ!」

警官の肩越しに、またもニ蛭が不気味に笑ったのがチラリと見えた。警官達の乱暴な行動を止めようともしない。楽しんで見ているだけだ。

椎名 「(毒が入っている!)」

椎名はそう直感した。

警官がチョコを椎名の口に差し込んだ時!






「待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」






と、誰か叫んだ。






恐怖のホワイトデー [act.8]


 それは春日だった!春日は皆が集まっていた所へ走って来た!




春日 「何をしてるんです?!彼女はそのプレゼントを食べなくていいのに!!」




警官は椎名の口からチョコを引き抜き、

春日に対して「法に背く気か?」と聞いた。

春日 「いえ!彼女はもう男性からホワイトデーのプレゼントをもらっています!!」 

椎名 「(へっ?うそ?)」

警官 「ほう。誰からもらったのかね?嘘を付くとそれも法に触れるよ。」

春日 「僕からです!!」 

警官は「やれやれ…。」といった感じで、一度肩を上げて見せた。

警官 「……そうかね。
でも嘘はいかん。虚偽の事実が証明されれば、一生孤島の刑務所に入れられる事になる。」

春日 「本当です!彼女の鞄の中を見てください!」 

警官は素早く乱暴に椎名の鞄を開けた。

そこには……、白いハンカチで包まれた何かが入っていた。



警官 「一応、調べさせてもらうよ。」

警官はその包みを解いた。
そこから、

『椎名さんへ、春日より。』

と、書かれたハート型の包みに入ったホワイトチョコが出て来た。

警官 「フッ!」

警官は笑った。そして椎名の両腕をつかんでいた2人の警官に手を振って合図した。その警官達は椎名から手を放した。

椎名はサッと警官達から離れて、春日のやや後に回り込み、彼の腕をギュッと握り締めた。
春日も椎名をかばうように、警官達とニ蛭を睨みつけた。



ニ蛭はこの様子を見て、大げさに顔を歪めて悔しがった。

ニ蛭 「くくく……、もう”もらっていた”なんて………………。
くくっ、くそーーーーーー!!」

すると椎名はニ蛭を睨んでこう言った。

椎名 「帰れ……」

ニ蛭 「へっ?」









椎名 「 帰れーーーーーーーーーーーーー!!!








椎名が怒った!

ニ蛭 「うう……………………。」

ニ蛭は情けない顔になりながら、慌ててその場から立ち去った。

さっきの警官は春日と椎名に軽く一礼した。
そして帽子を深く被り直して、何事も無かったかのようにパトカーの所に戻って行った。他の2名の警官もその後に続いた。










春日 「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 

椎名 「あ・り・が・とv なかなかやるジャン!春日も!ちょっと惚れ直したv」

春日 「こんな事もあるかと思って……、君の鞄の中にこっそり入れて置いたんだよ!」 

椎名 「きゃあーーー!!ちょっとだけかっこいい!」

春日 「じゃあ、椎名さん。改めて……」 

と言いながら、春日はさっきのホワイトチョコの包みを椎名に差し出した。

春日 「食べてくれる?今ここで」 

椎名 「うんv モチロン!」

椎名は丁寧にそのチョコを紙のケースの中から取り出した。
そして美味しそうなチョコの塊を満足気に眺めた。

椎名 「貴方のなら安心ねv」

春日 「そうだね」 

椎名は微笑みながら、ホワイトチョコを口に放り込んだ。





パクッ!





春日 「実はそれ、僕の”お手製”なんだ」

椎名 「あれ?春日、クッキングなんて出来たっけ?」


ムシャムシャ……。


椎名 「う~~~~~~~ん、
お味の方は…………、














……………………。














うっ、














ううっ、














うっ、うううううううううう……」














椎名は呻きながら、口を両手で押さえた。




椎名 「うううううう……」




横で春日が笑っていた。














椎名 「 うげーーーーーーーーーーーーーーー!!
















THE END























じゃなくて!

続きますw



椎名 「うげーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

マズぅ~~~~~~~~~~~~!!!」

春日 「そっ、そんな筈は………?」 

椎名 「何これ?このチョコは?!
食ベられたもんじゃない!!!うげ~~~~~~~~!!」

春日 「ちゃんとレシピ本見て作ったんだけどなぁーーー?」 

椎名 「ぜったいこれ、なんかの分量間違えてる!!!!ペッ!ペッ!
も~~~~~~!貴方って人は、いつもムードぶち壊しなんだから!

はぁ~~~~~~~~~~~~~~~。」

春日はシュンとなった。
しかし、その時、春日は片手に下げていた紙バッグの中から包みを取り出した。

春日 「これあげるから、機嫌直して!」 

それは包装紙に包まれた何かだった。
椎名が乱暴にその包みを開けて見ると、そこには椎名が欲しがっていた”あの服”が入っていた。」

椎名 「きゃーーーーーーーーーーーーー!vvvvv」

春日 「さっき、買って来たんだ。トイレに行くとか言って。これで機嫌直してよ。」 








椎名 「まっ、これなら、いっかv」











THE END






 今度はホントのTHE END。
一応ハッピーエンドです。

あまり、深く考えずにお読みください。
あくまでブラックユーモアですから。
雰囲気を楽しんでください。



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