BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

第3話 消えたアンナ act.21~30


スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.21]







アンナ「……………………。」






アンナは街の一画に立っていた……。






アンナ「ここは?」

街の様子はあのノアボックスの基地内で見た街のシミュレーターと同じ様子だった。
辺りは10数年前の感じがした。
道を行く自動車のデザインが少し古い。
そしてここにはモノレールの駅しかなかった。あの統合されたステーションビルではない。

アンナは歩き始めた。
街の様子も以前の物だ。まだ大きなビルは建っておらず、道路も拡張工事以前の物だった。

アンナ「11年前?」

やはりそんな感じだ。
アンナはなおも歩き進んだ。

そして………、
突然だが…、頭の中で自分の”家”への全ての道順がわかったのだ。
そう、まったく不意にその瞬間は訪れた。
いままで途切れていた事柄が一瞬の内に頭の中で繋がれた。
「なぜ今まで、こんな簡単な事を思い出せずにいたのだろう」とアンナは思った。
パズルは解けたのだ。

アンナは走った。
いつになく興奮していた。
もう少し先に探していた大切な何かがあって、今日それが初めて見つかるような確信が沸いた。







新しく建設されたばかりのニュータウンが建っている場所に出た。
新鮮感覚でデザインされた、コンクリートで作られた街並み。
建物の外壁の色調は限りなく純白に近い白。明度が高く、その白さは回りに植えられた植物と比べても冴え渡っていた。
とても美しい仕上がりだった。
アンナはそのニュータウンの中央に走る幅10メートルはあろうかと思える大きな階段を駆け上がっていた。
この階段は小高い丘の頂上まで続いていた。

左右には段々になったエリアがあり、そこに住宅らしき家々や、何かの施設のような建物が並んでいた。その一番上の一画にアンナの”家”がある筈だ。

アンナ 「その場所に行けば必ずあるわ。」

アンナにはそれがわかった。今はっきりそう感じ取れた。

階段を登り切り、一番上の段に着くと、大きな3階建ての家があった。
その向こう側にアンナの”家”が建っていた事を思い出した。

アンナ「あそこだわ………、あそこまで行けば………。」

アンナは3階建ての家の向こうに回りこんだ。

しかし……、

そこに着くと……。

そこには空き地があるだけだった。
整理された区画があり、それは意外に広かった。だが家の骨組みすら建っていない。
乾いた土に覆われた空き地。

アンナ「そんな?」

アンナはその土地の真ん中まで歩いて行った。
それは自分の足で、その感覚を確認したいという想いからだろうか?

アンナ「……おかしいわ?確かにここなのに…。ここには何もないわ。」







スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.22]


その時アンナはこの間と同じ感覚を味わった。
あの奇妙な男性の感覚。オーラのようにそれはアンナの周りに流れて来た。

振り返ると…、やはりその男性が立っていた。
またもやあの一風変わった服装だった。男性はアンナをジッと見つめていた。

アンナ「……。」

男性「こんにちは。」

男性は初めて声をかけて来た。

アンナ「誰なの?あなたは?」

男性「くくく。知り合いさ、君の。」

アンナ「貴方なんて知らないわ。」

男性「覚えてないのかね?」

アンナ「”覚えてない”?」

男性「君の過去での知り合いさ。」

アンナ「”過去”の?!」

その時、アンナの脳裏にフラッシュバックのように何かが走った。
記憶の洪水のような物が怒涛のごとく押し寄せ、アンナの現在の思考に割って入った。
あまりに速く、あまりに多量に、それは情報の渦となって押し寄せた。

アンナ「ううう!」

アンナは強烈な頭痛に襲われた。
頭を両腕で抱きかかえながらその場にうずくまった。








夢だった……。

アンナは夢から覚めた。
全身にびっしょり汗をかいていた。

アンナ「何なの?今のは?いったい何が見えたの?」

記憶の洪水が押し寄せて来た事は覚えていたが、夢から覚めると「その記憶の内容」は忘れてしまっていた。夢の中ではあんなにはっきり見えた”家への道順”が、もう何も思い出せ無い。

アンナ「……。」

夢の中ではあるが、再び出会ったあの男性が誰なのか、アンナは気にかかった。その男性が吐いた言葉も。

それとアンナは夢の中でちゃんと”家”まで行き着く事が出来た。
その事は、「忘れている何かを思い出しさえすれば、”家”へ行き着く事が出来る」という確信を抱かせた。





委員長「どうしたの?アンナ」

少し眠たそうな顔で目を擦りながら委員長が声をかけて来た。
委員長はリモコンで部屋の電気を点けた。

アンナ「夢を見たの。」

委員長「どんな?」

アンナ「”家”の場所がわかったの。それでそこに行ったの。」

委員長「そう!」

アンナ「でも、”家”は無かった。何も無かった。空き地だったわ。」

委員長「”家”が……、無い?」

アンナ「ええ。代わりに男の人が1人立っていた。」

委員長「男の人が????それは誰?」

アンナ「わからない。でも、私、その人に一度会っているの、昨日。」

委員長「昨日?現実で会ったって事?」

アンナ「ええ。”家”を探しに行った時に。」

委員長「……………………。
じゃあ、その時、見た人が偶然夢の中に出て来たんじゃないの?」

アンナ「わからない………………。」






スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.23]


翌日になってメンバーはホテルをチェックアウトした。

アンナは昨日夢で見たという場所を訪ねてみると言い出した。

神田 「アンナちゃんが行くんやったら、俺も行くで。」                  

神田はクリス・委員長・豪の方に向き直って、

神田 「あっ、君達はもうええよ。帰って昼寝でもしときいや。
後はこの俺に任せてくれ。なんと言っても俺はアンナちゃんの”専属ボディーガード”やから。
ここは俺一人が活躍する。」

委員長「ジロ!」

神田 「 Σ( ̄□ ̄;)  はっ!」

委員長「くくくくくーーーーーー!!」

委員長怒りを貯める。もはやそれはエネルギーを内部に溜め込み過ぎて爆発寸前のように見えた。








アンナは歩き始めた。クリスと豪もそれに続いた。
委員長と神田は置いていかれつつあった。







委員長「 貴方が一番信用できないのよ~~~~~!!!







バキッ!ゲシッ!ドガッ!パシッ!






神田 「うわああああああああ!!!」







アンナは夢に出て来た順路を一つ一つ丁寧にたどり始めた。
昨日見た夢は実にはっきりしていて現実感があった。
歩き始めると、夢に出て来た情報は正しいと確認出来た。
夢の中に出て来たさまざまなストラクチャーは現実にも存在した。
大きな倉庫がある酒屋。囲いのある池。バス停。坂道。雑木林……。

クリス「もしかするとデジャブーだね、その夢。君は以前ここに来た事がある筈だ。その記憶が夢の中に反映されたんだ。」

アンナ「ええ。たぶん、そうだと思うわ。」






しかし……、
しばらく行くとアンナは再び道に迷ってしまった。

クリス「どうした?」

アンナ「ダメ!先へ進めない。また道に迷ったわ。」

クリス「夢で見たのは現実の道といっしょだった?完全に一致したの?」

アンナ「ええ。でも正確に言えば11年前の物といっしょだったんだけど……。」

クリス「そうか。その11年前の道は今はもう変わってしまってて、たどるのは無理なのかな?」

アンナ「途中でどうしても記憶が途切れるの。」

クリス「最後にたどりついた場所って、何か特徴ある?」

アンナ「大きなニュータウンだったわ。階段状になっているの。すごく広いわ。それにその時は新しかった。建物も階段も汚れてなくて、みんな綺麗だった。」

クリス「それならすぐに見つかるよ。」

クリスは小型のコンピューターの端末を取り出した。
そしてそこからネットに繋いで検索を始めた。
アンナがその画面を覗き込む。
2人の体が接近したが、それを見ていた委員長は思わず拳を握り締めた。

委員長「ぐぐぐぐ……。」

クリスは検索を続けたが、過去、この近くに大きなニュータウンが建っていたという情報はつかめなかった。
ガッカリするアンナ。

クリス「それほど大きなニュータウンが本当にあったのなら、検索に引っかかってもいい筈なんだけど……。」






スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.24]


その後、皆は連れ立って基地へ帰る事にした。
ノアボックスに戻ると、レッドノアが帰還して来たのでそれに乗る事にした。そしてその中に存在する自分達の自室へと戻った。

レッドノアは簡単なオーバーホールを受ける為、これからしばらく基地に留まるそうだ。





アンナは食事を取ってからこの基地内にあるに[バーチャルルーム]へと向かった。
もちろん引き続き自分の”家”を探す為である。
そこで[タイムトリップ2100 エクストラ]を立ち上げた。
ソフトは瞬時に立ち上がり、アンナは本当にタイムスリップしたがごとく、またバーチャルシティーの中に入る事が出来た。






アンナは再度この仮想都市を探索する。

インターフェースを呼び出して、その検索エンジンを使ってアンナの見た真新しいニュータウンを探したが……、それは引っかからなかった。
クリスが探してくれたのと同様、何も反応は無かった。
そこでまた1つ1つ仮想の街を歩いて探さねばならなかった。

[高速モード]を使えば実際の都市を歩くより早く目的の場所や物を探せる。
スイッチ1つであたかも高速移動できる車に乗ったかのように、周りの景色は流れて行く。
実際の街を歩くより、これならずっと早く目的の場所を探して回れる。
アンナはそれを使って、必死に探し回わった。だが見つからない。

端末で検索してくれたクリスの顔がなぜか一瞬浮かんだ………。

どうしてもあのニュータウンに続く道が発見できない。
バーチャルシティー上でまた道に迷うアンナ。






アンナはとほうにくれて、側においてあったベンチに越しかけた。
実際にバーチャルルームの壁際には休憩用のベンチが置いてある。それが映し出された映像と重なっており、そこに腰掛けて休む事が出来る。アンナはバーチャルシティーの幻影空間にいるままで少し休んだ。



しばらくの間、そこに腰掛けていた。仮想空間にいる事は思いのほか疲れる。[高速モード]だと特にだった。
アンナはこの街に入ると、興奮して、何時間でも探し続けられるような勢いだったが、ついに疲れを感じ始めたのだ。

ベンチに腰掛けながら、「これまでの探索の中で何かが間違っていないかしら」とアンナは考え始めた。
そう、何かが間違っているからたどり着けないのではないかと……。







スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.25]


アンナの方に向かって歩いて来る人物がいた。
かなり先の方にその人物の姿が見えた。
”あの男性”である。
男性は現実や夢の中で会った時と同じ服装をしていた。

アンナは驚いた。ここは仮想の街。しかも設定は11年前。
あの男性がいる筈は無い。





男性はじっとアンナを見つめながら、一直線にアンナの方に向かって歩いて来た。
口元が自信ありげに笑っているように見える。
それはヘラヘラとアンナを小ばかにしているようにも取れなくも無い。
とにかく人を不機嫌にさせる笑い方には違いない。

彼はCGで出来た人物とはとても思えなかった。そこに本物の人間がいるように見えた。
その歩調は少しも慌てる事無く、ゆっくりとアンナに近づいて来た。

彼はアンナの2メートルほど手前で立ち止まった。
そしてアンナを見下ろした。その表情はアンナに話しかけるタイミングをうかがっているように見えた。そこでアンナは自分の方から口火を切って訪ねた。

アンナ「貴方は誰なの?」

男性はニヤリと笑った。どうやらアンナの言葉がおかしくて笑ったようだ。

男性「ふふふ………………。
私が誰だか”まだ”わからないのかね?」

男性はあの時の[夢の続き]の口調そのままで答えた。
その瞬間、さすがのアンナも背中に冷たい物が走った。
それは偶然の一致だろうか?それとも夢に出て来たあの男性が、この目の前のCGの彼そのものという事だろうか?
だが、それは有り得ない………。

アンナ「知らないわ!貴方なんて!」

男性「この感じ、覚えてないのかね?」

そう言われて、アンナは[レイド]との戦闘中に感じた異様な感覚を思い出した。
戦闘中コクピット内にいるにもかかわらず、アンナの全身にその異様な感覚は伝わっていたのだ。

わずかにアンナに頭痛が起こった。
その男の感覚はまさにその戦闘中のレイドそのものだった…。

アンナ「レイド?!貴方はレイドなのね?!」

男性「くくくく………。」

男性は狡猾な余裕の笑みをこぼした。

男性「それはご想像に任せる。今日はその話をしに来たんじゃない。ただ、挨拶代わりにやって来ただけだ。」

アンナ「なぜ私の所に?」

男性「君がスポルティーファイブの中で最強だからさ。」

アンナ「私が?最強?」

男性「まあ、その内意味がわかる。君さえいなくなれば、あんな兵器など怖くない。」

アンナ「……なんですって?!」

アンナは身構えて怒った。

男性「くくくく………。だが、今、この場で君を”デリート”しようとは思わない。安心しろ。」

アンナ「帰って!!!」

アンナは初めて激怒した。

男性「わかった。帰るとしよう。女性を怒らせる事は私の主義に反する。
では、また会おう。」

そして男性は素直に帰ろうとしたのだが、帰り際、振り返って思わぬ言葉を吐いた。

男性「そうそう、君の”出生の秘密”を知りたくはないかね?」

アンナ「何ですって?!」

男性「かつて君の家はこのプログラムの中にも存在していた。
だが、今ではそれを探し出す事はできない。」

アンナ「なぜその事を……?」

男性「[完全融合タイプのバーチャルリアリティーシステム]を使って16年前のこの場所に潜れ。
君がそこに来れば”家”に案内する。」

アンナ「???その話は本当なの?」

男性「では待っているぞ。」

そう言って男は立ち去った。ゆっくりとした歩き方で。
パッと消えるのかと思っていたが、そうではない。
アンナの視界から完全に消えるまで、男はゆっくり遠方まで歩いて行った。

アンナ「”完全融合タイプのバーチャルリアリティーシステム”?」

アンナはその後ログアウトした。







スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.26]


アンナは自室に戻り、ベッドの上に横になった。
全身に疲れが出ていた。仮想の街は疲れる。気が付くと知らない内に体にきていた。
仮想の街を歩くという事は、体をあまり動かすわけでは無いので体力的には疲れない筈だが、そこを歩くと五感に受ける情報量がどうしても精神的な疲れを導き出してしまう。
知らない内に徒労する。それが”仮想現実”だった。

アンナは脱力感の塊のようになった。
しばらく考えた後、アンナはこの事をクリスに相談しようと思った。
彼女はクリスの部屋に向かった。
クリスの部屋に行こうと思うと疲れている筈の体が自然に動いた。







彼女がクリスの部屋を訪ねたのは初めてなので、玄関口に立っているアンナを見た時、クリスは内心驚いたが、それを表には出さずに彼女を部屋の中に招き入れた。
アンナは遠慮もなくクリスの使っているベッドの上に腰掛けた。
それは女の子らしい自然な動作だった。
そしてアンナは自分から喋り始めた。

アンナ「どうも最近、正体不明の男性と会うの。」

クリス「どこで?」

アンナ「いろんな所で。
今日はソフトの中で会ったわ。[タイムトリップ2100 エクストラ]というソフトなんだけど。
夢の中でも現実の中でも彼に会った事があるの。」

クリス「夢の中でも……?君の見る夢はただの夢じゃないからね。詳しく話して。」

アンナはクリスがこういう不条理な話でも疑わずに聞いてくれるタイプの人間だとわかっていた。
だからアンナはクリスを訪ねたのだ。
アンナはクリスにその人物の事を詳しく話した。

クリス「何者だろう?確かに君の言う通りレイドかも知れない。」

アンナ「その人が言っていた”完全融合タイプのバーチャルリアリティーシステム”って何?」

クリス「ああ、テレビで見た事がある。
ここの[バーチャルルーム]よりもっと凄い擬似世界を体験させてくれるマシンだ。
人間の体の神経に直接信号を送って来るんだよ。だから本物とまったく同じ感覚で擬似の街を歩ける。その街へ実際に行ったという感覚が本物にあるんだ。
その中では風も気温も感じる事が出来る。」

アンナ「その機械はどこにあるの?」

クリス「大型アミューズメントパークが導入したのを聞いた事があるよ。
人気があって、いつ行っても待ち時間が長いんだけど。」

クリスはネット上でそのマシンを検索した。
すると、その筐体 (きょうたい)を設置しているお店が見つかった。
「平均待ち時間は3時間ぐらい」とあった。
3時間待ってやっと約10分間体験出来るらしい。

アンナ「10分?10分しか体験できないの?」

クリス「人気があるからね。それにこの筐体はどこにでもあるわけじゃないんだ。
置いてある所はまだ少ない。筐体の価格が異常に高いんだ。」







クリスから話を聞いた後、アンナは自室に戻った。
そしてネットで検索して[完全融合タイプのバーチャルリアリティーシステム]についてもっと詳しく調べた。

それはある企業が製作したシステムで、筐体さえあればその仮想都市にオンラインでどこからでも入れる。
筐体は専用の物で、カプセルの中にベッドがあるような形になっており、この中に寝そべると直に視神経に情報が信号として流される仕組みだ。
神経に直に信号を送るため、確かな実感としてバーチャルシティーを体験出来るのだ。それは[バーチャルルーム]の物よりさらに強力である。

この筐体の価格は驚くほど高い。筐体を含めたシステム一式の価格は10億ぐらいすると言われている。ゲームセンターのような場所に設置されている事もあり、いくらかのお金を払えば短い時間だが一般の人でも体験する事が出来る。

この筐体の中に入って得られる情報はあまりにも強烈で、「人間はあまり長くこの中に長くいてはいけない」とさえ言われている。
なぜならこの中にいると何をするにも楽なのだ。
基本的に寝たままでいられるので体力消耗も基本的には無い筈だ。
ただしバーチャルシティーは現実の物と少しも違わないため、使用するモードによってはそこから精神的な徒労を受ける。

この街ではビルの壁にもたれる事も出来るし、窓ガラスにぶつかる事も出来る。
風や匂い、寒さなども体感できる。

道を行く自動車に近づいてはいけない。跳ねられる。
もっとも、最初潜る時に設定を安全なモードにしておけば、例え自動車にぶつかったとしても痛みは感じない。






スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.27]


アンナは検索して[バーチャルリアリティーシステム]がどこかに近くに無いか探してみた。
すると何とノアボックスがこの筐体を研究用に1台所有しているという記事を見つけた。
そこからたどると……、矢樹博士の研究室が1台購入していたのがわかった。名目はシミュレーターの研究用だった。

そこでアンナはそれを借りる事にした。
意を決して矢樹の所に向かった。
矢樹は何を言ってくるかわからない。余計な詮索をされて、心無い言葉を投げかけられるかも知れない。
しかし、アンナの決意は固かった。







アンナ「自分の記憶の中にある自分の”家”を探したいんです。」

矢樹の研究室で、アンナはそれだけ言った。
矢樹は深く詮索しなかった。
あっさりと貸す事を承諾してくれた。
それはアンナという少女が、普段から興味本位であれやこれやといろんな事に首を突っ込むタイプの人間では無いと矢樹は知っていたからだ。
また、アンナはこれと決めたら1つの事を追求する人間とだという事もわかっていた。
矢樹はこの研究室内にいる時は普段の荒々しさは無く、オペレーションルームでのあのマッドサイエンティスト的な口調はあまり見受けられなかった。
アンナにとってはこの事は驚きであった。





それはさて置き、アンナはとにかくここからバーチャルシティーへと没入する事にした。

プログラムは[タイムトリップ2100 エクストラ]のさらに上位バージョン[タイムトリップ2100 リアル]だった。
基本的な情報は[タイムトリップ2100 エクストラ]と変わらないものの、その再現力は凄まじい。
アンナが通常のパソコンから入った[タイムトリップ2100]が同じような家、同じような地形を共通パーツで再現しているのに対して、こちらの方はかなりの数の専用パーツを持っていた。それは実際の現地の写真や航空写真等を元に自動作成された物らしかった。
電話ボックス、ガードレール、カーブミラー。そして立ち並ぶ住宅。さらにその住宅のデザインは一件一件違っていた。
また建物の内部も再現され、家の中が見えると、そこには精密に再現された家電が並んでいる。それで、まったく現実の世界ような錯覚があるらしい。






この仮想現実に入るのは実はいろいろな意味で危険だ。
その為、矢樹がいろいろ初心者モードにセットしてくれた。
安全な緊急時神経切断モードも設定した。危険になれば、直ちに五感に直結していた信号が遮断され、痛みやショックを感じる事も無い。







ノアボックスが所有する[バーチャルリアリティーシステム]のカプセルは1つのみ。
カプセルは[一人用]となっており、複数の人間は入れない。
他の人は外でモニターするのみだった。

アンナは体感用の専用スーツを着た。それは体にぴったりフィットした薄手の生地の物。
それを身を包んでカプセルの中に横たわった。
スーツのコネクターからは何本もの線やチューブが繋がれていた。

ここでアンナは眠りに入る。そしてレム睡眠に近い状態で、バーチャルシティーに入るのだ。








アンナは目を閉じた。

女性そっくりの合成音声でアナウンスが流れた。
柔らかい声だ。

ソフトの確認、注意事項の説明が話された。
その後、それはこう告げた。

「ただいまより、もう1つの現実世界にご案内いたします。
心の準備はよろしいですか?」

アンナ「はい。」

「では参ります。」








心地よい香りが風と共に流れて来た。







スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.28]


 次の瞬間、アンナは街の中に立っていた。
まぎれも無く現実の街だ。そう感じ取れた。

肌や空気の感覚もある。
靴を履いている事も認識出来た。そこにはやわらかい靴下も存在している。
足先で靴を少し横に動かすと、靴底からはジャリジャリと砂粒の感覚まであった。

映像も現実そのものだった。
まさにそこは「普通」の景色が再現されていた。







アンナは歩き始めた。
地面の感覚がある。温まったアスファルト。影の部分の少しヒヤッとする冷たい道脇のコンクリート。
太陽のやわらかな陽射しが頬に当っているのも感じた。温かい。
また、着ている服装は没入用のあのスーツではなくて、あらかじめセットしておいた服装に変わっていた。
ジーパンのスカートと白いTシャツ。






アンナは不思議な感覚に捉えられていた。
ここが仮想の世界だとは認識しているのだが、どう見ても本物にしか見えないからだ。
それでいて、どこか心の片隅にはホンのかすかな違和感が残っていた。
その違和感こそが、この世界を「擬似の世界」だと認識させてくれていた。
だが、この世界に何時間もいてそれに慣れてしまうと、もはやこの世界を周りから得られる感覚だけで擬似世界だと判断する事は難しくなる。





視線を移すと、頭上にはビルが建っていた。
そのビルの中には人影が見えたし、今、自分が立っている歩道には人の往来があった。
歩道の先の方から1人の少女がこちらに向かって小走りに走って来た。アンナと同じ年頃の女子学生。
その少女はアンナのすぐ横を通り過ぎた。
その瞬間、軽めの香水の匂いがかすかにしたし、空気の揺れも少し感じた。
今、通り過ぎたのは本物の人物にしか見えなかった。
誰かがオンラインで操作している人間かも知れないが、それにしてもよく出来ていた。
実体の無い物とはとうてい思えなかった。

またその後には下を向きながら歩くサラリーマンがやって来た。どこにでも見かける光景。まさに「本物」の世界だ。





それからアンナはさっそうとこの世界を自分の足で歩き始めた。







スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.29]


ここでの移動には小型の特殊な車を使う事も出来る。
[コミニュティーカー]と呼ばれる機械だ。
現実の世界にある自動車を真似て作られている。
そして自動車そっくりの動きもする。
この車は設定によっては、空も飛べるしテレポートも出来た。
しかし、あまりその機能を使いすぎると、ここでの現実感が薄れるのだが……。

この車はどこにでも置いてある。そして誰もが自由に使っていい。またどこで乗り捨てて来ても構わない。それにどれだけ使おうが使用は無料である。

アンナは路上に連なって何台も止めてあるそれらの中の1台に乗った。
中は1人乗りで、居心地が良かった。

それで約束の場所に向かった。休憩用のベンチが置いてある場所。
搭載されている擬似カーナビでやっとその位置を探し当て、着いた先でコミニュティーカーを降りた。






アンナはそこにあったベンチに座って待っていた。
あの男が来るのかは半信半疑だった。

やがて道の先の方から、約束通りあの男が歩いて来た。
優雅に余裕を持ちながら、一歩一歩歩を進める感じで歩いて来る。
少々顎を上げてニヤついて笑っている。

まさに彼は生きている感じだった。
彼は実在の人間に見えた。
夢の中で会った時も、他のソフトの中で会った時も、それは少しも変わらない。






男性はアンナの前で立ち止まり、やや太目の両腕をいっぱいに広げて、うれしそうにこう言った。

男性「ようこそ。我がいとしの”姫君”よ。」

その姫君という言い方に内心ムッとするアンナ。
彼はそれでも狡猾に笑い続けた。
アンナは毅然とした態度で言い返した。

アンナ「約束よ。案内してくれるって。」

男性「くくく……。
そんな約束はしていないな。」

アンナ「え?」

男性「フフフ……。
私と少しこの街を歩かないか?
その為に君を呼んだのだ。」

アンナ「何ですって?!!」

男性「そうすれば、約束の場所を教えてやらない事もない。」

アンナ「話が違うわ!」

男性「急に、君とデートしたくなったのでね。今日はいい天気だし、街を歩いているとそんな気分になった。
君は魅力的な女性だ。それに私に少しも気を許さない。そこがまたいい。
君は強気な女性だ。
また普段から、決して他人に気を許したりはしない。
あの[マギ クリス]という男を除いてはな。」

アンナ「くっ!」

男性「少しばかり私の気まぐれに付き合ってもらおう。
私がしばらく楽しめれば、その後、約束の場所を教える。」

アンナ「…信用出来ないわ。」

男性「では、止めるかね?
いいんだよ、それでも。
私は消える。そして2度と”教える”などとは言わない。」

アンナ「……………………。」

アンナは考えた。ここで彼の機嫌を損ねては、家への道が分からなくなる。

アンナ「わかった。いっしょに歩けばいいのね?それだけでいいのね?」

男性「フッ。」






スポルティー・ファイブ 第3話 消えたアンナ [act.30]


アンナはその男性と並んで歩き始めた。
前方には何という事もない平凡な道が続いていた。

男性「いい世界だろう。
この世界は天候その他何でも思うがままに変えられる。
金さえ払えばどんな願いでも叶う。
通勤時に人ゴミや雑踏が嫌いなら、自分専用の地下鉄を引く事も出来る。」

アンナ「……。」

男性「人とのいざこざが嫌いなら、そう設定すればいい。
自分の回りはいつもNPCだらけになるが、それでも良い環境は得られる。そして一生何も問題は起こらない。」

アンナ「……。」

男性「なんでも自分の思うがままさ。ある意味気楽な世界だ。」

アンナはこういった話が嫌いだった。うんざりだった。
すぐにこの男性の事が嫌いになった。

男性「嫌かね?こんな話。
しかし人類はそれを望んだのだよ。
何にでも満足の行く世界、苦労の無い世界。
それは最初崇高で甘美な世界に思えた。
だが、同時にそれは退屈な世界でもあったのだ。
それでも、人類はその世界を手に入れようと躍起になった。そしてやっと手に入れた。
その後、人類に待っていたのは退廃だけだった。」

アンナは「(この男性は何を言っているのだろう……。)」と思った。

男性「人類は敵を作り出してしまった。
その敵はNPCかも知れないし、誰かが操作しているものかも知れない。
だが、実はその敵は”必要な存在”だった。だから生まれるべくして生まれて来たのだ。
それが無くては人類は生きて行けない。
人類と言うものは心の奥底では常に敵を求めているのだよ。
退屈過ぎると人類は生きて行けない。敵を作り、戦わなくては生きて行けない。」

アンナ「それがレイド?!」

男性「フッ!だが、私はレイドとは明言していない。」

アンナ「じゃあ、その敵と言うのは?」

男性「今、その質問に答えるわけにはいかない。」

アンナ「……………………。じゃあ、質問を代えるわ。貴方はいったい誰?」

男性「私の正体?勝手に想像すればいいさ。
私の正体など、君は本当は興味ない筈だ。
君が興味あるのは[マギ クリス]。彼だけだ。」

アンナ「……約束よ。”家”に案内して!」

男性「まあいいだろう。
しかし次の機会もこうして私に会ってくれるかね?」

アンナ「嫌よ!」

男性「……では教えられないな。」

アンナ「なんですって?!」





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