「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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「万延元年のフットボール」
読んだ動機はノーベル賞作家の代表作で、直接受賞するきっかけとなったのがこの小説と聞いていたから。4割の興味と3割の義務感、2割のチャレンジ精神。そして残りの1割は作品名に「事件の匂い」を感じたからだった。万延とは、1863年。桜田門外の変が起こり、水戸浪士が大老井伊直弼を暗殺した年だからだ。水戸浪士をサッカー選手に見立ているのかも、と予想して読み始めたが、まったく違いました(笑)。
この小説のテーマは「人間を暴力・破滅に向わせる要因」「ハンデ・因果を背負う生き方」だろう。主な登場人物は皆、どこか生きていることの苦しさを深刻に感じている。ハンデという物質的な苦しみ、または、先祖からの因果を心にとげのように刺している。
物語が進むにつれて、社会生活を人間がしていく上での、残酷なまでの苦悩が次々に現れてきて、最初に思ったのは、「大江氏というのは、およそ社会およびその構成要因である個々人を悪意ある目で見ている」ということだった。精神的に救済されずに外界から遮断された「谷間」で生きる人たち。その「谷間」でいたって当然に行われている差別、偏見、憶測などなど。民度が低いといっちゃえば簡単だが、その原因を過去から遮断されることなく続けられている日日の歴史の積み重ねだとして大江は捉える。どろどろとした因果を自分の精神の規範として取り入れ、積極的にその因果関係で自らの首を締めたがっている弟「鷹四」。私は、彼は甘ったれた青年にすぎないと思う。衝動的で分別のない青年で自意識過剰かつナルシスティックで秘密主義で偏執狂だから始末が悪い。自分が抱えるすべての悲劇を環境要因のせいにして、自ら「自分と自分をとりまく周囲の人たち」を幸せにするために何かしたかというと、何もしていない。スーパーマーケットを襲ったりするのは、あれは、自分の苦しみを癒すため意外の何ものでもない。つまり、きわめてセルフィッシュで、視野が狭いトラブルメーカー、狂人だ。
日本で一番太った女「ジン」の恥辱に満ち満ちた生活と彼女に接する際の主人公「蜜」の心理風景は、興味深かった。ジンの子供達を見ていると、ある致命的な傷を受けた小動物を、助からないことを知りつつ一生懸命看病したときのことを思い出す。
この子たちが将来ちゃんと幸せで苦痛のない一生を送って欲しいと思ったのだが、この「谷間」で、こんな暴力と残酷な光景を見て育ってしまったら、精神の深いところに取り返しのつかない痣が出来てしまうのだろう、と思う。
読み物としては全編に人間のしょーもない「性」が深い洞察力をもって描かれているので、傑作だと思うが、悲劇としては、シェークスピアの「オセロー」「リア王」ほとの格調と普遍性はない。「部落的空間描写」では、中上健次の作品ほど、心理描写に長けてはない。
むしろガルシアマルケスの魔術的リアリズムに似た持ち味がある。
だから、もし映画化されれば、日本映画の傑作になるのでは、とも思った。
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