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「CONCIERTO(アランフェス協奏曲)」JIM HALLここのところ楽天仲間のみなさんの日記にJAZZの話題が取り上げられているので、ここらでボクも参加させていただきましょう。「好きなJAZZアルバムは?」と聞かれて、まず思いついたのがこのアルバム。あれ、マイルスじゃあないの?とツッコマレそうですが、彼は別格。彼は彼自身が一つのジャンルなんです。聞くところによるとこのアルバム、業界でも名盤と名高い作品らしんですが、出会った頃にはそんなコトなど知る由もなし、純粋に音を聴いて愛聴盤となりました。中学時代にロックを聴き出し、特にギター・サウンドに惹かれた私は、それからジャンルを越えて気に入ったギター・サウンドを探し求めていました。当然、JAZZギターにも関心を持ったのですが、当時の私の感覚にはどれも同じに聞こえてしまい、もう一つ興味を引きませんでした。そんなある日、ながらで聴いていたFM番組(確かNHKの「軽音楽をあなたに」だったと思います。)からこのアランフェスが流れてきたのです。途端に私はこの曲に釘付けになり、即座にアーティスト名とアルバムタイトルを書き写し、レコード屋に走りました。そして付属のライナー・ノーツを見て、ビックリ!参加アーティストは当時JAZZ音痴だった私でも聞いたコトのあるミュージシャンの名前が…ジム・ホール(ギター)ローランド・ハナ(ピアノ)ロン・カーター(ベース)スティーブ・ガッド(ドラムス)チェット・ベイカー(トランペット)ポール・デスモンド(アルト・サックス)これだけのメンツが揃っているワケですから、その演奏がシロウトにも分かる名演であるワケですよねぇ。オマケにオープニングを飾るのが、コール・ポーター作の「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム」なんですから。ジムのこもったようなギターの音色(ウォーム・トーンというのですかね?)が非常に耳に心地良く,また、管楽器のソロがさりげなく絡んでゆき、それを支えるリズム・セクションの厚みのあるバッキングでバランス良くブレンドされています。一枚のアルバムにわずか4曲しか収録されていませんが(アランフェス協奏曲は、アナログ盤の片面をまるまる使う19:23の大作)非常に中身の濃いモノです。この一枚をキッカケにして、ジョー・パス,ケニー・バレル,バーニー・ケッセル,そしてウェス・モンゴメリーと多くのギタリストと出会うコトになりました。そういう意味でもこのアルバムは、私にとっては貴重なアルバムとなったのです。
Jan 28, 2004
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「英吉利の薔薇(English Rose)」FREETWOOD MACヒトが他の動物と決定的に異なるコトのひとつに、"言葉"を操れることがあります。 その言葉を交わすことによって他人と会話するようになり、自己の確立と他人との距離感を測ってきたとも言えるでしょう。そこには自分が体験してきた「真実の話」もあれば、他人から聞いた「噂話」もあります。今日はそんなハナシをテーマにしてみましょう。少し乱暴な例えですが、この会話をするヒトのタイプを大雑把に二つに分けてみました。自分のコト,他人のコトも含めて話をするヒトが"キツネ"。あまり話をせずに、寡黙でいるヒトを"タヌキ"。けれど気を付けなくてはいけないのが、決してキツネの人が口数が多く,流暢に喋るとも、タヌキの人が口ベタであるとは言えないというコトです。これには私にも苦い経験があるからです。十代の頃の話ですが、その頃の私はどちらかというと口ベタで、自分の考えを的確に廻りの人に伝えるのが苦手な方でした。そんな時に事件は起こりました。当時、私には仲良くしていた親友とその彼女がいました。3人でよく遊びに行ったりしていたんですが、ある日その彼の「浮気」を知ってしまったんです。彼が彼女以外の娘と頻繁に会っているというコトを聞かされたワケです。当然彼の素行は不自然になり,彼女も不審に思い始めた頃、私は彼女から相談を受けました。眼を潤ませながら「Chigeさんが知っているコトがあれば、本当のコトを教えて。」そう訴えかける彼女に、私はありのままを伝えてしまいました。今にして思えば浅はかな行動だと思いますが、当時歪んだ正義感に燃えていた自分は、そのコトには気づきませんでした。その後二人は別れてしまい、私も大事な友を二人失いました。そう、その頃の私は口ベタであったにも関わらず、キツネだったのです。それからもしばらくはその本当の意味も分からず、同じような失敗を何度か繰り返した記憶があります。私がタヌキになろうと自覚しだしたのは、酒場のマスターという立場になってからのコトです。お酒の席では、あらゆる人々が様々な会話をしたり,行いをして過ごします。その中にはモチロン「真実の話」もあれば、実際にはありもしない「噂話」もありましたね。ですから、いちいちそれらを真に受けていては大変です。また、人から聞いた話であっても、受け手によっては「~という話を○×のマスターがしていたよ。」と言われてしまっては、全責任が覆い被さるワケですから。それからはほんのわずかなコトでも、それこそ"タヌキ"のようにとぼける技を身に付けました。ウチの店にたびたび異なる娘と訪れるようなヤンチャなお客様でも、本命の彼女と来店した際は「オゥ、久しぶりやなぁ。半年振りかい?」と、表情ひとつ変えずに言ってみたりもしました。お陰で「あそこのマスターは口がカタイ。」と言われ、いろんな方の秘密の話も教えてもらいました。それこそ、墓場まで持っていかなくてはならない話がたくさんあります。その時のクセが今もついていて、今は逆に「秘密主義者」ということで、相手に不審に思われるコトもあります。キツネとタヌキ。どっちがどうというコトではなく会話をするときは、時と場合と相手を見てしなければならないですね。結局"言葉"という道具も使い方次第で、便利なモノにも危険なモノにもなるんだなぁと思う今日この頃です。*本来なら今日のテーマに沿って「噂」を取り上げようかとも思ったが、オイラにとっては"フリートウッド・マック"といえば、こっちの方がしっくりくるのである。当時、ロックのルーツを探る旅をしていたオレたちが"ジョンメイオール&ブルース・ブレイカーズ","テン・イヤーズ・アフター","クリーム"と共に愛聴していたグループである。奇異なジャケットからは想像もつかない程の渋いブルースを聴かせてくれる。あのサンタナの出世作である「ブラック・マジック・ウーマン」も、実はこのグループのリーダーであったピーター・グリーンの作品。今夜はこのナンバーを聴きながら、久しぶりにバーボンでも飲んでみようか?*
Jan 24, 2004
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「LIVE IN JAPAN」DEEP PURPLEなにやら世間のオヤジたちがROCKをし始めたらしい。といっても、今流行しているJ-POPだのハードコアだのではない。およそ30年ほど前の、自分達が若かりし頃の’70年代から’80年代のロックらしい。会社帰りに楽器店に立ち寄り、ショウウインドウに並ぶ"GIBSON "やら"Fender"に眼を輝かせているらしい。そう、単に聴くだけでなく自ら楽器を手にし始めたらしいのである。何故、今オヤジたちがROCKへと向うのか?オイラなりに考えてみた。その1.今まで家族の為に仕事一筋に頑張ってきたが、子供も成長し、手が掛からなくなってきた時期。その2.不景気のあおりで残業も減り、余暇に使う時間が増えた。その3.メディアの企画,制作現場に同年代の人間が増えて、tv,RADIOなどの媒体に、自分たちが昔慣れ親しんだ曲が採用されるようになり、耳にする機会が増えた。その4.釣りもゴルフも今やオンナ子供もたしなむようになり、自分だけの楽しみの分野が減ってきた。 などなど・・・まあ理由はさておき、一時期音楽と無縁の生活を続けていたオヤジたちが目覚めたのである。世の中不条理な事件が数多く起こり、「癒し」の音楽がブームになっている時期にハードロックをやり始めるなんて。でも、まあいいか。日頃のストレスを音楽にぶつけて発散してるんだ。そいでもって若かりし頃の熱い情熱を再燃させて、あの頃の自分を取り戻すのも・・・変に物分りが良くなって老け込むのには、まだまだ早いよ。自分だけでもいい。ギターをかき鳴らしながら、心の中でギターヒーローになりきってやろう。そして納得いかない時には遠慮せず、シャウトしようぜ!というワケで、今日の一枚はコレで決まり。*当時、"ライブ イン ジャパン"といえば間違いなくこのディープパープルのライブ盤のコトを指すのが、オレ達の合言葉だった。それからロックアーティストには「武道館ライブ」がメジャーの代名詞にもなったように思う。"ハイウェイ・スター"から始まり、ギターフリークなら御馴染みの"スモーク・オン・ザ・ウォーター",そして長いアドリブの掛け合いで幕を閉じる"スペース・トラッキン"まで全7曲。当時のバンドメンバーの油の乗りきった演奏が堪能出来る。この一枚によってロックバンドのライブ様式が形作られたといっても過言ではない、マスト・アイテムである。*
Jan 19, 2004
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「SACRED LOVE」STING今日、陸上自衛隊の先遣隊約40名が"人道的支援"のため、イラクへと旅立った。オイラが見ていた情報番組で、その報道と共に気になる数字を取り上げていた。アメリカ占領軍は開戦以来、すでに496名の死者を出している。その中で非戦闘中での死者が153名。そして、その内の約7人に一人の割合になる21名が自殺者である。*数字はMBS毎日放送「ちちんぷいぷい」より引用*戦地での非日常で過酷な環境,異国の人々との言語によるコミュニケーション不足,そして何よりまわりの人間が全て「敵」に見えてくる心理的プレッシャーなど。出発前には母国での熱い支持を受け、強い使命感で旅立ったとしても、今まで経験したことのない状況におかれた兵士たちは、次第に目的意識を失い,無力感に襲われ、ついには自ら命を絶つことになるのだ。かつて、ベトナム戦争や湾岸戦争を経てきた米軍兵士たちのこの数字。そして第二次世界大戦以降、戦地に出向いたことのない我が国の自衛隊が、依然戦闘行為の行われている地域のある国ヘ出向くのだ。戦地で命を落とすのは、何も戦闘行為による敵の砲撃によって「名誉ある死」ばかりではないのである。*前作「BRAND NEW DAY」が発表された当時は21世紀を迎える直前でもあり、何か世界情勢が好転するような期待を持って愛聴したものであった。しかし9.11テロに始まる世界の混乱によって、その期待は見事に裏切られてしまった。彼自身もアーティストとしての無力感を味わったはずである。あれから2年。彼は一時的な感傷や悲哀に囚われずに、ゆっくりと時間をかけて言葉と音符を紡いでゆき、ようやく一枚の作品に仕上げてきた。<聖なる愛> その詞の中には、声高に反戦を詠ったモノや、やテロに対する憎悪というフレーズはほとんど見当たらない。まるで一編の抒情詩のような作品群である。しかし、聴きこんでいくうちに彼の内なる言葉が響いてきて、それはやがて実体のあるメッセージとなってオレの海馬にインプットされてしまった。近年彼が「ハイブリット・ミュージック」と名付けたあらゆるジャンルの音楽を融合させたスタイルは本作品でも冴え渡っている。ゲスト・ミュージシャンにフラメンコ・ギターの名手,ヴィンセント・アミーゴ、R&Bの女性ヴォーカリスト,メアリー・J・ブライジ、そしてシタール奏者,アニューシュカ・シャンカール(あのラヴィ・シャンカールの娘でノラ・ジョーンズの異母姉妹)などが参加。特にお薦めは、新加入のピアニスト,ジェイソン・リベロによる「ネバー・カミング・ホーム」後半のピアノソロ,「シェイプ・オブ・マイ・ハート」のライブテイク,変則拍子のゴキゲンなファンク・ナンバー「ライク・ア・ビューティフル・スマイル」e.t.c*
Jan 16, 2004
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「H2O」DARYL HALL&JOHN OATESここ数年、成人式にて問題化している新成人たちのバカ騒ぎ。今年もご多分に漏れず夜のニュース番組のトップ項目を飾っていた。もうホントに勘弁してもらいたいものだ。あんな稚拙で醜い映像が世界に配信されたら、それこそ世界中の笑われ者になる。TVのコメンテーターが言ってたっけ。*と、ここまで書き綴ったところで友人から呼び出しのTEL。続きは帰宅してから書きこみますんで、お楽しみに・・・**続きです*「30年ほど前と比べると、今の人たちは実年齢よりマイナス7歳したぐらいでちょうどイイですよ。」と。というコトは今の成人はオイラたちの中学生レベルだろうか?そういえばあの映像ではしゃいでいる姿は、中学時代の思い出にオーバーラップして見えたものだ。今や今の大人たちが描いている「成人式」のあるべき様式は、今の若い世代に求めても無理なんだろう。だって、彼らが成人式に求めているモノは、役人や知識人というエライ方々のお話ではなくて、単に離れていた幼なじみとの再会や晴れ姿のお披露目ショーなのだから。ここらで自治体も、形骸化した成人式のカタチを変える時期なんじゃないだろうか?そこで提案。いっそのこと、成人式をその彼らの手に委ねて自主運営させれば良い。式の1年程前にどんな内容にしたらよいかコンペにして、式に参加する人のみで投票して択ぶ。たとえどんなモノが択ばれても部外者は一切関知しない。そして開催中に起こったトラブルも、全て彼らに解決させる。そういう過程を経ることによって、本当に「大人になる」という意味を感じ取れるのではないかい?今、この国に必要なのは(政治,経済,外交も含めて)他者から与えられた環境の中で物事を考えていくのでなく、その枠組み自体も自らで取り決めて運営していくコトではないかな。先日、NHKの番組で対談していた村上龍氏と利根川進氏の話を思い返しながらフト思いついたオイラの考えである(この内容については、後日取り上げてみたいものだ。)それと最後にオイラから一言。これだけ少子化,高齢化社会が進んでいる現代。「若い」というだけのコトは、それほど値打ちのあるモンじゃないと思う。これから大事なのは、どのように素敵に歳を積み重ねていけるかじゃよ。*"ホール&オーツ"といえば、MTVブームを挟んだ’70年代から’80年代に空前のヒットシングルを連発した人気デュオである。その洗練された作品群は,いわゆる"ポップスの王道"を行くようなものばかりではあるが、その根底に流れるものは、彼らが愛して止まない"R&B"への限りない敬愛と尊敬の思いである(今回のタイトルも彼らのシングル曲にはありましたが、残念ながら入手できず今回はこのアルバムにてご勘弁を。「MANEATER」「ONE ON ONE」等を収録)*
Jan 12, 2004
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「Songs In The Key of Life」STEVIE WONDER昨日、スティービーワンダーのライブに行ってきました(at 大阪城ホール)ここしばらく彼のアルバムを耳にする機会もなく、それほど積極的に行くつもりは無かったんですが、知り合いの22歳の若い娘に「彼氏と観に行く予定やってんけど、仕事でドタキャンされたんよ!Chigeさん付き合ってよ~」と泣きつかれたら、行かないワケにはいきません。オマケに彼女はかなりのベッピンさんやし、まるで不倫デートのノリで行ってきました(デヘッ!)会場に着いてからビックリしました。平日にも関わらずほぼ満席で、客層も若いコから家族連れ,白髪まじりの年配の方もいらっしゃいました。確かにオイラの世代にとっては偉大なスーパースターではあったけれど、しばらくメガヒットを記録していたわけでもなく、どちらかというと業界のメインステージからは少し距離を置いているように思っていたものですから。ステージ上は楽器とPAのみ。実にシンプルなセッティングが、大御所の力量と自信の表れに映りました。オープニングはスローなバラッドから。曲名はわかりませんでした。シングルカットされていないアルバムからのモノと思われます。けれど、非常に心地よく思わず夢心地になりそうなくらいの、美しい曲でした。2~3曲スローが流れました。不思議だったのは、数千人許容するホールであったのに、まるでこじんまりとしたクラブでのLIVEの様な親近感があったコトです。中盤に差し掛かり、CMでもおなじみの「愛するデューク」が流れ出すと、会場はにわかにオールスタンディング状態に。久々のLIVE鑑賞で少し照れもあったのですが、隣の彼女に促されてオイラも腰をあげました。そこからはもう往年のヒット曲のオンパレードとなり、ホールは巨大なクラブと化しました。一度でもチャートを賑わした曲はほぼ全曲といっていいほど惜しみなくやってくれました。あ、そうそう彼自身のプレイでドラムソロなんぞも披露してくれました。メインの締めくくりは「I JUST CALL TO SAY ”I LOVE YOU”」。もちろんアンコールもありました。たっぷりと。ただひとつ残念だったのは、それまでほとんどMCを入れてなかったスティービーが、その際に私達にメッセージを送ってくれたときのコト。はっきりとした内容は分からないのですが、「今日はボクのLIVEに来てくれてアリガトウ。みんな楽しんでくれたかい?ボクも皆とこのハッピーな時を過ごせてホントにハッピーだったよ。だけれどね、こうしてボクたちがハッピーな時間を過ごしている間にも、世界の何処かでは悲惨な現実が起こっているんだ。だから、ボクと一緒に唄ってくれないかい?」(たぶん、こんな内容でした。)そして口ずさんだのが、あのJ.レノンの「GIVE PEACE A CHANCE」でした。ところが、残念ながらその日のオーディエンスには唄えなかった。オイラも大きな声で口ずさんだけれど、ワンフレーズで終わってしまった。(これが「イマジン」だったら、もっと多くの人が唄えたかも?)けれど、それを差し引いてもとても心に残るLIVEでした。連れの彼女も大変感動して、最後はウルウルきたと言ってました。*”ステレオ”というモノがまだ一般家庭に行き渡っていない当時、中学生だったオイラが初めて自腹で手に入れたアルバムである。数ある彼の作品の中でも珠玉の一枚と言い切ってしまおう。今回のLIVEでも、このアルバムからの曲が数多く取り上げられていた。特にアルバムのオープニング曲「ある愛の伝説」は、30年近く経った現在でも是非耳にして欲しい作品である。*
Jan 7, 2004
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