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2020年06月02日
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おはようございます、ひなこです。

「やっと手紙が着いて、やすこさんはこれで安心ですね」
「まあ、そうかな。でもそれは7週間前の手紙だったんでね。娘は心配し続けるだろうね。みちこさんもそんな心配をずっとしてたのかな。もしかして、密かに待っている人がいたりしてね」
「いいえ」私は笑って言いました。「そんな人はいませんよ。でもナカムラさんのことは私も心配です」
「勿論、そうだよね。君はずっとナカムラさんのことが大好きだったのものね」
「はい、私はナカムラさんが好きです。でも、私が心配しているのは、全部やすこのためですよ」
彼はちょっと頭を下げました。「娘のために心配してくれるなんて、君は良い子だね」
彼は、朝の空気を深く吸い込みました。
まだ完全に日中になっていないあの頃の夏の早朝の空は、いつも淡い青色でした。

それも、最初の路面電車がやって来る振動で、飛び立ってどこかへ消えてしまいましたが。
「私もやすこのために心配しているんだ」彼は続けました。
それから、奇妙な表情で私の方を向きました。「我々は二人共私心なく心配しなければならない、そうだよね、みちこさん?」
多分、その時、私はちょっと顔を赤らめました。「何の話でしょう、キノシタさん」
彼は奇妙な表情で私を凝視し続けました。それから上を向き、手を上げました。「あ、我々の路面電車が来た」
私達が乗る橋のところに来る時には、車両はいつも混んでいて、私達は必ず立っていなければなりませんでした。
「キノシタのおじさん」路面電車が再び動き出した時、私は言いました。「このお見合いには喜んでらっしゃると思ってましたけど。二人が結婚するように尽力されたのはおじさんですよね」
「そうだよ」彼は笑いました。「ナカムラ家は、ちょっと説得する必要があったからね。でもみちこさん、君は私の努力をあんまり喜べなかったんだろうね」
「一体それはどういう意味ですか、キノシタさん?」
彼は再び微笑みました。「多分、我々の秘密を分かち合う時なんだろうね。勿論、君はナカムラさんがやすこを選ぶことを望んだんだろうが、君の別の一部が、2人が結ばれないことを望んでいたのではないのかな」
私が否定の言葉を見つけることができたのか、私は覚えていません。多分できなかったのではないでしょうか。

それから彼がこういうのを耳にしました。「それは私も同じなんだ」
彼は、私の驚いた顔を見て笑いました。
「いやいや、誤解しないで。ナカムラ君のことはとても気に入っているよ」
彼はまた笑ったのですが、今度はちょっとぎこちないようでした。

続く。





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最終更新日  2020年06月02日 07時00分09秒
[サー・カズオ・イシグロ作品の翻訳] カテゴリの最新記事


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