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2020年06月03日
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おはようございます、ひなこです。

「でも、ナカムラさんは、おじさんを一人にしてしまいますね」と私は静かに言いました。
彼はもう一度微笑み、少し頭を下げました。「年寄りはわがまま言っちゃあいけないよ。彼が無事に帰還することを心から祈っているよ」
「私もそうします」
「君は良い子だね、みちこさん。君は幸福な人生を送るに値するよ。本当に、こっそり待っている人はいないのかい?」
この時は、私は否定することができました。
直ぐ、彼の降りる駅が近づいてきました。
彼は一礼してから、より一層しっかりとブリーフケースを腕の下に持ちなおしました。
そして、あの夏の他の朝同様、私は、彼の小柄で前屈みな姿が朝の人混みの中に消えるのを見ていました。

私が奇妙なかたかたいう音を聞いたのは、私が地下階にいた時でした。まるで屋根の上の雹がパタパタたてる音のようでした。
変だな、と私は思いました。でも、仕事を続けました。
上階に移動して、建物のずっと端にある窓を通して太陽の光がさんさんと照っているのを見て、益々困惑しました。
じゃあ、あれは雹ではなかったのでしょう。
でも、私は帰宅するための路面電車の中で二人の男性が話しているのを耳にしました。
なにやら一機の長い飛行機が、その日の夕方空襲し、市の西側辺りに爆弾を一つ落としたようでした。
負傷者はいないようでした。
私の近くにいた男性が、奇妙な作戦だと言いました。
アメリカ人は何を考えているのだろうか、こんな所に飛行機を一機送って爆弾を一つだけ落とすなんて。もしかしたら、戦争にはまだ負けていないのかもしれない。
その男性が路面電車を降りた時に、私は彼のシャツの片袖が空虚にその使い道なくひらひらはためいているのに気付きました。
電車の席に座っていた私の背筋に冷たいものが走りました。そして、私は窓の外を移動する街の明かりをじっと見つめました。






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最終更新日  2020年06月03日 08時33分39秒
[サー・カズオ・イシグロ作品の翻訳] カテゴリの最新記事


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