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日本時間の二年前の今日朝6時半、ジョージ・ハリスンがこの世を去った。昨夜のクラプトンは”Holy Mother”をジョージに捧げたと勝手に解釈している。だって、そうだろ?じゃあなきゃ、何故この曲を今回のツアーのセットリストの中に入れたんだよ・・・。二年前の今日、僕は以前の仕事で知り合った某フランス人の経営する恵比寿のCafeの開店二周年パーティーでずうずうしくもDJを遣らせていただく事になっていた。数日前からあれこれと悩み、なかなかどんな曲を回すか決めかねていた。そんな調子でパーティー当日まであと数日と言う頃に、そのニュースが世界を駆け巡った。「元ビートルズのジョージ・ハリスン氏、もってあと一週間ほどの命か?」僕は突然、パーティーのDJはジョージの曲で通そうと決めた。ジョージへの僕が出来るエールとして。30分ほどの持ち時間分の選曲を決め、当日レコードを抱えて僕はいつものように会社に出社した。パーティーは8時スタートなのでそれまでは仲間と時間を潰すことにしていた。しかしその日の5時頃だったであろうか。僕はその訃報をネットで目にしたのは・・・。「元ビートルズのジョージ・ハリスン氏、死去」僕は仕事が手につかなくなった。そしてしばらくすると、猛烈に不安に襲われた。”よりによって、こんな日にジョージの曲をDJで回すなんて・・・。”「あざといヤツだ」と思われないだろうか?でも、俺がジョージの曲を回したいと思った気持ちは、そんなもんじゃあないんだけど・・・。でも、最終的にはジョージの曲を回す事に決めた。他人になんと思われようと良いじゃあないか。俺のジョージに対する感謝の気持ちだ。パーティーはなかなかの盛況ぶりで、店内はお客さんで一杯だった。Cafeにお似合いのこ洒落た音楽を流すDJの中、約30分のジョージ・ハリスンの歌声は間違いなくバタくさく浮いた存在であっただろう。でも、ノリの良い曲の時には体を揺らしてくれている人もちらほらではあるが見受けられた。今日の朝、このジョージがこの世を去ったなんて知ってる人は殆ど居ないだろう。そりゃあそうだ、そんなエピソードをおめでたいパーティーの場で持ち出すほうが不謹慎ってもんだ。自分の持ち時間が終わり、のんびりビールを飲んでいると、見知らぬ男の子が近寄ってきた。彼は、僕に握手を求めてきてこう言った。「今日、ジョージ・ハリスンの曲が聴けるとは思っていませんでした。感動しました。ありがとうございます。」ジョージ、あなたのおかげでROCKにハマッた僕は、あなたのお亡くなりになった日にDJにハマリました。ありがとう!安らかにお眠りください。ALL THINGS MUST PASSSunrise dosen’t last all morningA cloudburst dosen’t last all daySeems my love is up,And has left you with no warningBut it’s not always going to be this greyAll things must pass, all things must past away朝陽の輝きはずっとつづくわけではない午後の夕立も夜までつづくことはない愛する女(ひと)との恋も今は終わり彼女は別れも告げずに去っていくだけど、この灰色の日々もいつかは終わるすべては移り変わっていくすべては過ぎ去っていくby George Harrison 1970
2003年11月30日
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N西先輩と武道館にクラプトンを観に行った。クラプトンは90年のジャーニーマン・ツアーから観るようになった。それ以来毎回欠かさず足を運んでいる。だいたい二年に一度のペースで来日しているので、相当の回数観てきたことになる。今回のツアーではセットリストの中に”Can’t Find My Way Home”と”Holy Mother”が含まれており、この二曲だけでも充分楽しむ事が出来た。特に今日11月29日という日に聴く、”Badge”と”Holy Mother”には特別の思いを勝手に抱いた。その事については明日改めて。しかし5時開演っていうLIVEはさすがに初めてじゃあないかなぁ。終わって会場を出ても、まだ7時過ぎだなんて。おかげで飲む時間が長すぎて・・・。
2003年11月29日
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今日もいい天気。なんとなく多摩川沿いを自転車で走りたくなったので、二子玉川から川崎方面を目指す。そのままの勢いで川崎大師へ。お参りを済ますとさっさと川崎駅に戻る。得意のパターンで本屋でガイドブックの立ち読みをしたが・・・。いや~っ、川崎のガイドブック系って無いんですね。仕方ないので駅周辺をぶらぶらと散策。すると他のお店と比べて昼前にもかかわらずやけに混んでいる中華料理屋を見つけて入る。「ニラレバ炒め」とライスをチョイス。うん、今日も当たりでした。美味しかった・・・。その後はドトールでのんびり読書三昧。今日もいいお休みでした。
2003年11月26日
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前回の休み同様、今日も25℃近い暖かい一日となった。こういう日が自分の休みに当たるのはありがたい。いかに日頃の行いが良いかという事だ(?)。今日の自転車行脚は「清澄」に行く事にした。何故か?自分でも特に理由は思い当たらない。先日浅草まで行った時に昼飯を食べる店を探そうと立ち読みした下町ガイドブックで、その名称が気になっただけだ。偶然、たまに観るTV番組のテレビ東京でやっている「アド街」(正確な番組名までは憶えていない・・・)の明日22日の舞台がズバリ「清澄」だと知り、先んじてやろうという意味のわからない意欲が沸いた為もある。その番組のHPに掲示板があり、「清澄」に関する書き込みがあったので、それを昨夜チェックしておいた。まあ、簡単に言って、「下町」ですな。清澄庭園脇の交番で自転車を留める場所を聞くも、特に無いとの事。「しいて言えば」と言う事ですぐ近くの図書館周辺を教えてもらいそこに駐輪。清澄散策の開始である。初めに行ったのは「出世不動尊」。俺も欲深い男だ・・・。続いては「深川江戸資料館」。江戸の人々の生活ぶりを感じさせる、街並みのパノラマがなかなか楽しい。これで入場料大人300円は良心的だと思いましたよ。週末とはいえ平日昼前でも結構混んでました。その後は街並みを散歩して、少し早めの昼食。通常清澄といったら、「深川めし」って話になるのだろうが、あえて掲示板で気になった洋食食堂に行ってみる。当てずっぽうに歩いていたら大きな通りの交差点にその店はあった。名前は”実用洋食「七福」”。「実用」って文字がインパクトある。外観がちょっとさびれた(スミマセン!)感じなのと、入り口のまん前まで行かないと中が見えないので一瞬ひるむも、掲示板の書き込みを信じ中へ。思ったよりも中は広く(一杯で40人くらいは入れるだろうか)早い時間(11時半頃)にもかかわらず店内は4割方は埋まっていた。全員男性(笑)。ほぼ全員中年以上。近所のサラリーマン風が中心に、ガテン系の方と近所のご年配って感じ。日替わり定食の「トンカツ定食」650円をチョイス。思った通りボリューム満点でなかなか美味しかった。お勧めです!※ちなみに翌晩の「アド街」ランキングでは19位でした。微妙・・・。「多くの芸能人も足を・・・」みたいな切り口で紹介してたが、壁に色紙がたくさん貼られてたのもイマイチ記憶にない。その後は食後の散歩で「清澄庭園」へ。まあこんなモンね、って気分で1時頃には清澄を後に。翌晩のTVで「東京都現代美術館」の存在と、現在の催しが”ガウディ展”である事を知りショックを受ける。もっと調べておけばよかった・・・。その後は清澄から一路自由が丘へ。前の日偶然にナムコがスイーツのテーマパークをオープンさせる事を知り、覗いてみる事にした為だ。2時過ぎには自由が丘に到着。いつもの某場所に愛車を停め、探し始める。私はこういう時、人の流れで目的の場所をすぐ見つける才能がある。それくらいはって言われるでしょうが・・・。今回もすぐに発見。件の場所は新しく出来たスーパー「クイーンズ伊勢丹」の2階にあった。「クイーンズ伊勢丹」も内見会を催しており、地元の人々がたくさん訪れていた。2階もそうだったのだが、こういう時必ず関係者ヅラした”オヤジ”たちが数人、いたるところに固まって偉そうにくっちゃべっているんだよなあ。ほんと邪魔なんだよね、あの方々。自分を客観視する事って大切だなって自戒を込めて思います、いつも。問題の「スイーツ・フォーレスト」の印象。「なんか、学園祭の出店みてえだな!(笑)」せっかくだからなんか買おうと思い、ソフトクリーム屋があったので列に並ぶ。もうすぐ俺の番って時に、後ろにいたスタッフ風の男が「こちらです」と女の子を俺の後ろに招きいれた。どっかのTVだか記録用だかの撮影のためのタレントらしい。その見た事のない一見キャバクラ嬢風(失礼!)の子を撮影するためにライトが浴びせられ、恥ずかしい事この上ない。自分の分を受け取ると、脱兎のごとく照明から逃れる。お店の前のイスがひとつ空いているのを目ざとく見つけそこに腰掛けソフトクリームを食べながら、そのキャバ嬢、じゃあなくてタレント嬢のカメラに向かっての可愛い(?)食べた感想を眺めていた。外に出たところで、ご近所の奥沢に住むN西先輩にばったり出くわす。お茶でもと言いながら近くのカフェで3時過ぎからビールを飲み始める。先ほどのオヤジ達をどうこう言う資格はありませんね。むしろ、よっぽど・・・。その後、N西先輩の同期で同じく奥沢に住むY下先輩も合流。結局、11時近くまで飲み続けてしまった。もちろん危ないので自転車は自由が丘に放置したまま帰宅。翌日は仕事中は若干の二日酔いに悩まされ、帰りは自転車を取りに自由が丘に再び出向き寒い夜の帰路となった。でも、楽しい休日でしたよ。ほんと!
2003年11月21日
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2ヶ月ほど前から水を飲むようになった。1日に1.5~2リットル。単なる水という訳ではない。「活性水素水」という代物である。仕事の関係先から頂いたスティック上の物をペットボトルに入れておく。約20分後には水分中に水素が多量に含まれた「活性水素水」となる、らしい。こいつを日中仕事中に1リットル、帰宅してから0.5リットル飲んでいる。効能はリーフレットによると・・・。水素水は体内の活性酸素を除去します。活性酸素は呼吸、ストレス、食品添加物、飲酒、喫煙、激しいスポーツ、紫外線などによってどうしても発生してしまうものですが、酸化作用が特に強いので、体内を酸化して老化、万病の元になるといわれています。水素水は水素をたっぷり含んでいます。水素は体内に入ると、酸素の働きで活性水素(原子水素)に分解され、活性水素は活性酸素と結びついて水に変化することで、活性酸素を体内から消去します。との事。実際飲みだしてからトイレに行く頻度が上がった。排泄する量も多い気がする。そして、なによりも・・・体重が減りだした僕は身長が174cmある。このところは体重は67kgぐらいを前後していた。自分としてはベスト体重は63kgと考えている。これまでの人生(ちょっと大げさな表現だが)でこれくらいの時が一番快調だったと記憶している。一時期70kgに届いてしまった時は、本当に体が重たく感じられた。休みの日によく自転車に乗るのも「少しでも運動を」の気持ちからだ。それが、この水を飲みだしてから痩せたのである。今日の朝測定したところ64kgであった。ウエストに余裕を感じてきた。逢った人に、アゴのあたりが締まったと言われた。水を飲むようになってこれまでの生活と変わった点は、まずいわゆる「清涼飲料水」を全く飲まなくなった事だ。コーヒーやお茶など、以前はちょっと喉が渇いたと感じると自販機に足が向いていた。思い出してみれば、この二ヶ月自販機で何かを買った覚えが無い。実に経済的である。なにしろ、今は例のスティックの入ったペットボトルに水道の水を汲んで飲んでいるのだから。また、1日に2リットル近い水を飲んでいる為、夜の晩酌がチョットで満足できてしまうのだ。このまま自分の体がどこまで変化していくか、楽しみである。
2003年11月20日
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遂に「白髪染め」をした・・・。髪はかなり多いほうだと思う。父親ははっきり言って「ハゲ」ている。俗に言う遺伝とやらを子供の時分は気にしていたが、”中年”と呼ばれてるであろうこの歳になってもほとんど髪の量に変化を感じないので多分父と同じ道は歩まないのだろうと思う。その代わりなのだろうか、自分でも気がつかない内に白髪が多くなっていた。特にサイド、耳の上が多い為なかなか自分では気が付かないでいた。先日の小学校のクラス会の写真を見た時に驚いた。「しっ、白い・・・。」高校生くらいから通い続けている床屋で思い切って染めてもらう事にした。なにしろ始めての経験だったので、時間がかかった事に辟易したが白髪の無くなった自分は新鮮だった。でも、これから毎回これを繰り返すのかと思うとちょっとなぁ・・・。歳を重ねるって、ほんといろいろ大変です。
2003年11月13日
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突然ですが、僕はバツイチです。ちょうど十年前に一人モンに戻りました。先月10月後半の祝日、小学6年の時のクラス会がありました。数十年ぶりの再会を楽しんだ夜だったのだが、その中の一人A君(旧姓はT君だったのだが、婿養子になった様子)が現在の僕の仕事に興味を持ち、後日改めて呑もうという事になった。その後メールにてやり取りをした際、彼の会社(独立して自分で経営している)が世田谷の用賀であることを知った。そして、社名も教えてもらった時妙な胸騒ぎがした。「用賀?○○○○(※彼の社名です)?むむむ・・・。」メールのシグネチャーにある彼の会社の住所をYahoo!の地図で調べた。「やっぱり!あそこだ・・・。結婚してた時住んでたマンションだ!」彼は十年前、僕が儚かった結婚生活を送っていたマンションに仕事場を構えていたのだ。しかしまだ疑問が残る。何故彼はマンションの名前を社名に冠したのであろう?答えはしごく単純なものであった。そのマンションは、彼の義理の親の持ち物だったのだ。そして、僕は十年前彼の義理のご両親の隣りの部屋を借りていたのだ。今日彼A君ともう一人、今回のクラス会の幹事として頑張ったY君とかつての地元三軒茶屋で呑んだ。先日同様思い出話、特にその場に居ないクラスメイトのその後のそれぞれしか知らない「ここだけ話」で盛り上がったが、ふとA君の顔を見ながらかつての僕の女房だった女性のことを思い出した。無意識の内にいつのまにか封印していた思い出達が・・・。あの時、彼女が飼っていたシーズー犬はまだ健在なのだろうか?僕が脱いだ靴下をうれしそうに噛み付いていたっけ・・・。
2003年11月11日
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東高円寺のCLUBにてF村氏が仕切るイベントにDJとして参加。イベントが始まるまでの時間はN西先輩の知り合いがやっている下北沢のダーツバーの一周年パーティーに顔を出す。まだ早い時間だったので、入りは今ひとつ。10時半ごろお店を出る。その頃にはお客さんの入りも良くなってきた。経営も順調な様で、結構なことです。タクシーでCLUBへ。ちょうどOPENの11時に入ることが出来た。今回のイベントは僕も知っているBANDが中心でプラス3BANDとそれぞれのメンバーがごっちゃになったセッションをラストにその合間を5名のDJが繋ぐという構成。僕はDJ2番手として12時頃から約30分の持ち時間を受け持った。最近のBANDで固めたがリアクションはいまいちでした。トホホ・・・。次回、リベンジを誓う!その後はのんびりと各BANDを楽しませてもらう。どのBANDもストレートなROCKで結構いい感じ。個人的には好きなタイプでよろしくってよ。そうこうしていたら最後にもう一度回す機会を与えられた。早速リベンジの機会が!今度は結構受けることが出来た。かなりの数の人が踊ってくれたんだけど、まあ酒も結構入ってる時間だもんなぁ。しかし一番受けたのが「松平健」の曲っていうのも・・・。PLAY LISTRound 101.SECOND SATURDAY/Forty-nine Percent02.THE VINES/Sushinin03.SUGARCULT/Saying Goodbye04.MANDO DIAO/The Band05.COTTON MATHER/AMPs Of Sugarland06.JET/Are You Gonna Be My GilrRound 201.KULA SHAKER/Grateful When You’re Dead02.THE STONE ROSES/Elephant Stone03.OASIS/Rock’n’Roll Star04.松平 健/マツケンでGO!05.KULA SHAKER/Hey Dude06.松平 健/マツケンマンボ
2003年11月07日
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十数年振りに眼鏡を新調した。クラプトンが今回の来日公演ポスターの写真でしている「カトラー&グロス」の眼鏡がいい感じなのだが、そこまでは予算が・・・。結局、前回の眼鏡やコンタクトも購入している店で選ぶ事にした。基本的に普段はコンタクト(O2)を着用しており、眼鏡は夜にコンタクトを外した後にする程度なので今までのもので何の不自由も無かった。今回購入する事になったのは、単純に酔っ払って柄を曲げてしまった為(涙・・・)である。今回の購入に当たって視力を測ったところ、前回と同じレンズでは1.0から1.2に変わっているとの事。ようは視力が若干ではあるが回復しているというのだ。テレビに読書、その上公私ともにネットとなると回復する原因が全く思い当たらないのだが。そもそも自分は子供の頃は視力は悪くはなかった。いや、むしろ「イイ」方だったはずである。両親・姉も視力は良い。そんな状況の中で視力を落としたのは中学3年の時だった。授業中の姿勢が悪かったのである。たった一年の間で、あっという間にみるみる落ちていった。その後の高校時代からは眼鏡をかけ出したが、かけたり外したりを繰り返していた為に、ますます視力低下に拍車を掛けてしまった。結果大学時代からコンタクトを着け始めるのだが、最終的に視力は0.1以下となってしまった。一度学生時代にこんな目にあった。コンタクトを着けていない状態であまり土地勘の無い池袋を歩いていた時のことだ。視力の悪い人間は少しでもピントを合わそうと、無意識のうちに目を細めてしまう。これが睨んだような表情になるのだ。そして、運悪くその目つきで怖いオニーサンを見てしまったのだ。何も言わずに黙って睨みながら近づいてきたそのオニーサンから逃げる為、夢中になって池袋を彷徨ったあの日・・・。そもそも視力を低下させた理由からして情けない。中学3年の時だった、なんて言うと「受験勉強」と思うのが普通であろうが、そんなえらいもんじゃあない。好きな女の子がクラスに居たのだ。斜め後ろに座ってたその子の視線を勝手に気にして、無理に首を曲げた「みょ~な」姿勢をしていたからなのだ。別にその子は俺のことなんて気にも留めていないのに、単なる自意識過剰だったわけだ。あの時、普通の姿勢でいたらなぁ。そんな甘酸っぱい(?)思い出を思い出させてくれた眼鏡さん、これからよろしくね。十数年頑張ってくれたこれまでの眼鏡さん、お疲れ様でした。どうもありがとう!
2003年11月05日
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先日の上野・湯島めぐりに味をしめ、今日は浅草まで足を伸ばした。先日よりは出発時間が遅かった事と、スピードもゆっくり目だった為到着は11時頃。隅田川川岸の公園にある駐輪場に愛車を停め、まずは腹ごしらえと考え”ROX”中の書店にてガイドブックを立ち読み。めぼしいお店を探す。直ぐ近くに「ハヤシライス」が評判の洋食屋「カミヨシ」があることが解り、即決定。場所を確認してからは11時45分のオープン時間まで周辺を散策して時間を潰す。50分頃「カミヨシ」についてビックリ。平日にもかかわらず、店内はすでに満員直前。あと数分遅かったら確実に待たされるところだった。カウンター席に通されて「ハヤシライス」とビールを注文。周りを見渡すと、たいていの人が「ハヤシライス」を注文していた。立ち読みしたガイドブックに「一日限定50~60皿。早めの注文を。」と書いてあったが、はは~ん、そういうことねっと納得。席待ちの人もいるようだったので、ささっと食べてお店を後にする。感想としては、うん、美味しかったですよ。次回は是非「ビーフシチュー」を食べたいと思いました。食後は東武線改札前のドトールにてひと休みの読書タイム。隣り合わせた男女二人組みが会話から俺と同業者であることが解り、いけない事とはいえ読書のふりして耳をダンボにする。どこも大変なんですなぁ・・・。でも、ほんと何処にどんな奴がいて聞き耳立ててるか解りませんな。いい教訓になりました。でも、名前は忘れましたが会話の中に出てきた○○課長。部下には厳しいくせに、自分は「体調が優れない」なんてな理由で毎日出社が11時過ぎってのはいかがなモンかと。同業他社の私にまでその存在が知れ渡りましたよ。自分の知らないところで話題にされるってのは、されないよりは大したモンだとは思うけど・・・。第一京浜を進み白金に近づいたところで最近ご無沙汰なフランス人某氏に会いたくなり、彼のレストランに向かう。ところが残念ながら本日はお休み・・・。「あれ、月曜定休のはずだったのに・・・。」と思ったが、そういえば昨日は祝日だった事に気付く。そうか、振り替えでお休みなのね、と納得。まあ、また来るかってことであとにする。目黒通りを進んだところで、こんどは小学校時代の同級生のお店(お花やさん)の事を思い出す。前を通ったらお店のカウンターに彼を発見!今度は無駄足にならなかった。二週間ほど前、彼が幹事として頑張ってくれたおかげで小学6年のクラス会が催された。彼も含めて殆どの連中と20数年振りに会う事が出来た。その際、驚くような事実をたくさん知り、人との「縁」の不思議さを痛感させられた。その辺の話は今後ゆっくりと書き込める機会があると思うけど。ともかく今日もいい休日であった。また今日みたいな暖かい日が休日にあたるといいなぁ。今度は何処行こうかな。
2003年11月04日
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LIVEのハシゴをした。一発目は赤坂。「BOZO」なるオヤジ(失礼!)バンド。N西先輩はじめ総勢5名で臨む。基本はクラプトンのコピー。本物同様、始まりはアコースティックでまったりと、次第にノリのいい曲で盛り上げるって構成。某音楽プロダクション社長のT橋さん(1週間前のDJイベントを行った茅ヶ崎のBarのオーナーの1人でもある)のBANDということでN西先輩に誘われた。”LITTLE WING”の歌い出しをボーカルがとちってたのはご愛嬌って事で・・・。1時間ちょっと位のSETだったろうか、9時前には赤坂を後にした。二発目はやはりN西先輩の知り合い(今度は20代)のドラマーがいるBANDを観に渋谷へ。ところが、行って解ったのが開始が深夜0時との事。それまではラブホ街にあるソウルバーで時間を潰す。今度のBANDは3人編成。ギター・ベース・ドラムスで、やってる音楽もインストでまさに「ベック・ボガート&アピス」!かなりカッコイイBANDでした。LIVE終了とともに、翌日が仕事の為1人だけお先に失礼させていただいた。他の連中は休みだもんなぁ・・・。人の演奏してるところを観てると、自分もやりたくなって来るもんですな。そういえば、ちょうど一年くらい前になるんだな。結婚式の二次会でやらして貰ってから。スタジオに入りたい・・・。
2003年11月01日
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