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『本当は危ない有機野菜』 有機農法なのに農薬被害『本当は危ない有機野菜』で取り上げていたテーマのひとつとなります。今後の研究が進んで、畜産たい肥だけでなく、生ゴミを材料としたリサイクル農法・リサイクル肥料の安全性(除草剤以外の化学物質やカビ毒など)についても、研究が進んでいくことを願わずにはおられません。輸入食料が多く(自給率が低く)耕地面積が少ない国ほど、リサイクルがもたらす危険が増していくことを、我々はもっと考えていかねばならないのではないでしょうか。レイチェルカーソンの思想は、ここでこそ考えられるべきかと。12月07日、朝日新聞2面の記事です。 ↓http://www.asahi.com/science/update/1206/TKY200912060271.html 国内では使われていない除草剤が輸入牧草を通じて国内の牛の体内に入り、その牛のふんや尿から作った堆肥(たいひ)を使ったトマトやキクが生育障害を起こしていたことを、畜産草地研究所などの研究グループが突き止めた。有機農法や資源利用型農業として利用促進されている堆肥で想定外の汚染が起こる可能性が示された。 グループによると、長野県や愛知県などのトマトやミニトマト、キクの生産農家の一部で2005年ごろから、牛の堆肥を使うと葉がちぢれたり、実が細長くなったりする生育障害が起きることが問題に・・・・「 本当は危ない有機野菜 」 「 夢で終らせない農業起業」
2009.12.13
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『本当は危ない有機野菜』の内容で、土壌に関する質問を窓の菜園さんにいただいておりましたので、この場をお借りして、その疑問点にお答えしておく資料を提示しておきたいと思います。疑問点は、次のとおり。1.硝酸態窒素の大量摂取による害を書かれているが、これは有機野菜 に限ったことではなく、むしろ化学肥料の方が多いのではないのか。2.ミネラル欠乏の危険について書かれていますが、化学肥料より有機 物を投入した方がミネラル欠乏しにくくなるのではないのか。3.重金属の蓄積として銅、亜鉛を挙げていますが、銅や亜鉛は植物 や人間に多少は必要ではないのか。1番の答えとしては、家畜糞堆肥の多量施用による対策を研究していいる農水省の試験結果2つをご紹介したいと思います。まずは、「家畜家禽糞に偏った有機栽培土壌の問題点」と題されたこ ちらの試験 。化学肥料を用いておらず、肥料成分の主要な部分を家畜家禽フンに依存していた土壌を3年間分析追跡したもので、非常に興味深い試験結果となっております。また、そのような土壌を改善するには、C/N比の高い未分解有機物を 使用するのが良いという試験 もあわせてご紹介します。C/N比についての 当ブログの解説は こちら 。つぎに2番。有機物を投入した方がミネラル欠乏しにくくなるのではないのではという、疑問についてです。有機物を多投したときの微量要素欠乏ですが、この場合は、微量要素のアンバランスに基づく欠乏が懸念されるのです(上の2つのサイトでもすこし触れられていますよね)。ここでは 現代農業(2002.4)さんの、家畜家禽フンに偏った有機栽培土壌の問題点「有機栽培の圃場でなぜ微量要素や苦土不足が起こったか?」についての説明文をお借りします。以下は説明文↓ 。『牛糞堆肥の平均的な苦土:カリ比は1:1。通常、苦土:カリ比は 2:1が良いと言われる。この堆肥を使い続けると苦土に対しカリ が2倍入り続ける。苦土は葉緑素を作る成分で消費が激しいが、カ リが2倍入るので蓄積され、カリとの拮抗作用が起き、苦土が座れ なくなった。』つまり、微量要素間の拮抗作用という現象が原因だと説明しています。拮抗作用を分かりやすく表現するならば、『ヒトの派閥争い』みたいなものであると私は説明しております。 こちら 。拮抗作用についての、代表的な図は、こちらの養分の拮抗作用の図 をご覧下さいね。またこの現象は、良質のたい肥でもみられることが多く、 有機栽培を続けている圃場11か所の土壌の物理性・化学性・生物性を10年以上にわたって追い続けた愛知県農業総合試験場の試験では、生物性や物理性は良好になっているものの「化学性については施用有機物中に高濃度で含有される成分が土壌中に蓄積」していくことを報告し、有機物の施用量について注意を喚起しています。この場合の原因も、ひとつは、微量要素のアンバランス。もうひとつは、じつはミネラルは鉱物であるという事実が原因しています。そう、ミネラルとは、無機質/鉱物を表す言葉であり、化学肥料は じつはミネラルを原料・成分としているという現実があります。こちら 。最後に 3番です。たとえば英国では、「家畜ふん尿窒素の年間施用量を、硝酸脆弱地帯外の全ての農地で250 kg/ヘクタール、耕地で 170kg/ヘクタールを超えてはならないとの独自の規定」があるとされています。1反/10アールに直すと、25キロから17キロ/10アールといったわずかの量となります。対して日本は規制なし。家畜ふん特に豚糞と鶏糞は、餌からの銅や亜鉛の重金属が多く含まれているわけですから、量や回数に関するなんらかの規制は必要ではないかと思うのです。もちろん規制がないのですから、被害も分からないという事になってしまっているのが現状です。『たい肥化することで、重金属濃度は濃縮され、銅の場合は、飼料からふんへは4倍、ふんから堆肥へは2倍になる』ことが確認されていることくらいしか調べられていないのです。以上、疑問点について答えせていただきました。窓の菜園さん、よい質問をありがとうございます。新規就農をお考えの方に。 ↓「 夢で終らせない農業起業」 「 本当は危ない有機野菜 」
2010.01.13
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ゴギブリをかっさらう黒い影。H昨年の10月分ですが、次回分の資料のとして再掲載です。 ↓たとえば米ヌカや魚粕だ。このような発酵させて肥料になる生の有機物は、農業用の資材倉庫にはいくらでもある。まして温度と湿度がおもしろいように高い南九州の 夏 。。だから、でるのだ。それが資材倉庫に、ゴキブリが巣くう理由である。そんなある日。木製のパレットに積んであった紙の袋をのけると、いきなりのことでびっくりしたのか、まるまるとしたヤツがパレットから平たくなったコンクリートの上に飛び出してきた。 内側の資材を食べようとして 袋に穴をあけられたら かなわないからな退治しようとして右の手にハエ叩きを手にした、まさにその瞬間だった・・・こちらの動きに気をとられていて注意が散漫になったヤツに、後ろからとびかかる黒い影を見たのは。黒光りするヤツの体は カゴのようなものに囲まれて包まれそのまま動く影といっしょにパレットの陰に消えた。一瞬の出来事だった。そんな動く影はなんであったのか確かめようとして、膝まづいて倉庫の隅にある暗いパレットの陰の部分を覗き込んだ私の目にうつったものは・・・ヤツを咥えた大きなアシタカグモの姿だった。体を裏返しに返されて、すでに足をダラリとさせたヤツの喉元には、アシタカグモの巨大な牙が突き刺さっていた。そうか。ヤツの体を包み込んでいく、動くカゴのように見えたのは、長い・長すぎるアシタカグモの8本の足。あのたくさんの長い足で ヤツは掴まれると同時に体をひっくり返され、喉元に喰らいつかれて連れ去られた のだなと、あの場面の合点がいった。それにしても。普段はほとんど動かないといった風情であるアシタカグモの。獲物を捕らえようとして動くときの、そのスピードの早いことといったら。 ヤツの すぐそまで、ヤツに 気づかれないように最接近し、 ヤツが 平面に降りたその一瞬に勝負をかけて狩りにでた。ということなのでしょうね、きっと。そしてこんな光景をみると信じたくなりますよ、「ヤツ/ゴキブリを退治するために、人為的に アシタカグモは日本に移入された」という説を。その後、食事中のそのアシタカグモには 、お願いもしておきました。अभी भी बहुत धन्यवाद। と 印刷した紙を見せて/笑。 ヤモリもいる倉庫。しかし、そんなヤモリたちがいつも びくびくしているように見えるのは、南九州にたくさん 居ついしまったアシタカグモたちのせいかもしれません。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2014.05.16
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カッパもでそうな長田峡。次回関連の資として昨年分の2話、再掲載です。 ↓ひさしぶりにクマゼミが騒がしくなった15日朝。気温が体温よりも熱くなりそうな気配だったので、涼を求めて三股町の長田峡へ行った。 都城から北郷に抜ける33号線にのり、この案内板が見えると そこが長田峡。この峡谷は、鰐塚山地南斜面のシラスや溶結凝灰岩の層からなる日南層群(7千万年前~2千6百万年前)の台地を、沖水川が侵食してつくりだした峡谷なのです。 車を駐車場に置き、その駐車場からせいぜい10段ほど階段を降りるだけで すぐに深山の趣きを感じられるのが、この渓谷の最大の魅力なのです[東京の等々力渓谷の立地を連想させられますね]。お薦めは下流側から。 幅10メートルほどの川の流れに沿って設けられている遊歩道を、上流に向かってのぼっていくと、数分もしないうちに川の様子が荒々しく変化します。ののの 堰[せき]です。 この9メートルほどの堰から、ごうごうと勢いよく流れ落ちる大量の水。この水のつくり出す水しぶきが、ひやっとした清涼感をつくり出します。ののの その堰の上流では、堰の下とはまたちがった表情を見せてゆったりと流れる沖水川。ワサビが自生したり、清流にしか棲まないといわれているカワネズミがいるという、流れる水そのものの清らかさ。この汚染されていない水の存在もまた、この峡谷の魅力なのです。つづく。 沖水川周辺では、河童は“がぐれ”とよばれています。そのがぐれ。 2枚目・右上の写真の 川岸の平らになった岩のあたりに座って 腰掛けていそうな、そんな気がしてしまいます。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」 三股町由来のカッパのはなし。gb前回は、長い年月をかけて沖水川がつくり出した長田峡をご紹介しました。そして、この長田峡の周辺では、 ● 沖水川周辺では、河童は “がぐれ” と よばれていること ● その がぐれ に関するはなしが 伝承されているというお話を、すこしばかりさせていただいたのです。そんなことを考えながら毎年夏が近づくたびに涼を求めて長田峡の周辺に通っていたのですが・・・本年の4月末に 寝耳に水のビッグニュースがとびこんできました。なんとそれは、「都城市にある都城島津伝承館にて4月19日から6月22日までの間、江戸時代に三股町の川岸で銃殺されたカッパの手足が初公開される」というもの。その都城島津伝承館によるカッパの手足の写真 こちら 。そしてこの展示に関する新聞記事が こちら となります。この新聞記事にはありませんが、じっさいにはもっと詳しい謂われが、この手足とともに伝わっており、その添付文書によると 文政年間、侍の上村休助が現在の三股町梶山でカッパを銃で射止めた後、急病 になったが、 友人の大川原世則が修験者にまじないを頼み回復。世則は休助か らお礼にカッパの両手足をもらい、 一対を同家に献上したと記されているのだそうです。カッパの手足が本物か否かももちろん気になりますが、それよりも事件に関する詳細と関係する人物のはなしが、このような文章という形としてはっきりと残っているのがすごいなと、でかけていった都城島津伝承館でカッパの手足を眺めながら、わたしは思いました。ちなみに 添付文書にある三股町梶山。この場所は 長田峡よりも 下流にあります。・・・ということはですよ、 梶山よりも沖水川の上流にあたる長田峡や、もっと上流には いまでも カッパ/がぐれ が いてくれないかなぁって ねがわずにはおられませんでした。つづく。 それにしても上村休助さん。見かけたカッパをいきなり[だと思う]撃つって いうのも、すごく豪胆ですねっ。よっぽどカッパが悪さしてたのかしらん。 「夢で終らせない農業起業」「里地里山複合大汚染」
2015.09.03
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