書きたい事書きたいように書きまくってたら訳解らないバカ長文になってもたので一応警告しときやすー。
まず間違いなく読む意味も意義も価値もないですよー?
警告終わり。
後はしんにゃいw
タレントの「フィフィ」さんとこの記事にあった。
http://ameblo.jp/fifi2121/entry-10923718819.html
で、確かに例えば映画のテレビCMで「泣けました!」とか「感動しました!」とかってあるぢゃない。
まさに「押し売り」
で、フィフィさんの言い分読んでてふと気づいた。
そう言えば「感情」って「他者との情報伝達手段」とイコールなんだよなーって。
彼女の記事内にもあるように「誰かと共有したい」って気持ちって誰しもが持ってる。
例えば他人に好かれたいなら兎に角相手の話を聞け、「うんうん」とか「へぇー!」とか「なるほどー!」とかやれって言う。
人間誰しも結局つまるところ「自分の気持ちを解って欲しい」からだと。
ほんでやー、記事内で「ワイプ」とか「タレントの表情」とかが無いと、なかなか感情が出てこない的な事書いてある。
そりゃそうだよね。
例えば「あくび」は感染る。
「笑顔」も感染る。
「負の感情」もやっぱり感染る。
誰かの感情に反応して「自分の感情」が動く、そしてそれが「感動」の一種であったりする訳で。
んで、そうした性質を利用してるのが「ワイプ」であったり「タレントさん」であったりな訳だ。
昔で言えば、ドリフとかの「笑い声」
あの笑い声専用のおばちゃんの集団とか居るらしいしね。
「周り」が笑っているとうっかり釣られて笑ってしまう、的なね。
で、だからこそ「押し付けられている」のが気に入らない訳だけれどもねw
押し付けられていると言うよりは、仕向けられている、の方がより正確か。
まぁ人によっては「殺人事件」とか「人の命が奪われた出来事」のニュース観るだけで負の感情に苛まされるからテレビ見ないとかって人昔居たなぁ。
感情が引きずられやるいんだろね。
俺はその時々の自分の気分次第だけれど。
機嫌悪いとテレビで赤ん坊の泣き声とか聞こえた瞬間にチャンネル回すなりテレビ消すなりしちゃうしw
んでまぁテレビの「ワイプ」のあれとかって、結局は「他人と良い関係を構築したい奴」が良くやる「兎に角笑顔で」とかと一緒だよなぁと。
無論、それこそが一番嫌いなんだ!って人もいっぱい居るけれど、ただ全体的な傾向としてはやっぱり好かれる事の方が多いんだろうし、だからこそテレビの「ワイプ」だってここまで「あって当たり前」な状態になってるんだろうしね。
だし、それ言い出すなら俺個人としては「アメーバ」とか「ソーシャルゲー系」とか「AKB48系」とか「K-POP」系とかのやり方の方が余程反吐が出る想いだけれども。
が、何故奴らがあれほどの事をやるのか、やり続けるのか、と言えば「それが一番効果的だから」なのだよ。
AKB系の「アコギ」な商いとて、あれが一番稼げるんだからしゃーないっちゃしゃーないんだよ。
言ってしまえば、消えて失くなる気配が全くない「迷惑業者のバカメール攻勢」とか「おれおれ詐欺」と同じ。
利益の追求なんて、結局突き詰めてしまえば「1億人から1円もらええばあっさりと一億円になるよ」だもの。
勿論、ならばどうやって一億人と実際に面会すんの?交通費は?宿泊費とかは?ってなるし、それであーでもないこーでもない、が実際の「経済活動」なのだしね。
で、そうなものだから、ああした「アコギな商売」が幅をきかせる。
つか昔っからそうなのだけれどね。
やってる事は何も変わっていない。
テレビのあれがムカつく、悪い意味で気になる、とかってのは、言ってしまえばそれだけ「はまっちゃってる」って事でもあるし。
しょっちゅー観てなきゃ、最近ワイプ増えたなーなんて感想もつ訳ないからね。
んで話戻してさらにバカ話にしちゃうけど、一億人から一円貰えればあっさり一億円、の事だけれど。
んだら100軒の家から平均幾ら盗めば一億円になるんだろう。
・・・・・・100万だって。
うわぁ。
人数少なくて済むようにしようとすれば、金額が跳ね上がって行くw
なるほどね、薄利多売こそが正義だねw
感情の押し付けも、それが一番確実に多額の利益出せるからこそ、って事だわよね。
外部からの反応で感動(感情が動く)してくれるなら、それが一番楽で確実だものね。
迷惑業者のクズメール攻勢は実質、凄まじい数のメールを送信しまくって、その中の一人か二人が実際に騙されて10万だか100万だか振りこんでくれれば十分儲けになる、だからやってる訳だけども、さっき書いた「一億人から一円貰えば一億円」の場合、どうやって「一円くれる一人に会うのん?」って部分で絶対に1円以上のコストがかかるけれど、迷惑メールの場合コストはほぼタダ、もしくは考慮する必要が無い(コストに対する利益がケタ違いなので考慮する意味がない)
だし、名を変え手を変え品を変え、で億どころか無量大数まで行っちゃうんぢゃねえのってくらい送りつけまくってる訳だからなぁ。
コンマ何%の奴が騙されるだけだとしても、利益出まくるわなぁ。
んーで、さらに話すっとばして、結局「利益」って人口とイコールなんだなぁ。
さらにさらに異次元に話ふっとばして、要は人間の脳みそのやってる事って単なる「反応」だよなぁ。
ゴキブリとかの脊髄反射と大差無いような気がする。
そういや前の日記でホーキング氏がうんぬん書いたけれど、 魂だのなんだのったってやっぱり結局は「定義の仕方次第」だよなぁ。
下手すれば「魂」って言葉は、単なる「無意識」とか「本当の自分」とかって意味で使われてたりさえするし。
けれど俺的には、魂ってのは例えば「肉体と自己」の関係性みたいなもんで。
俺が言うところの「俺」とはこの俺の脳みそが作り出している「言語思考」そのものの事を指しているし、なので例えば全記憶を失ってしまえば今の俺が言うところの「俺」は消えて無くなるけれども、だからと言ってそれでこの肉体が消えて無くなる訳ではない、のような。
さらに、例えばどんなに俺が「善良」であろうと、「邪悪」であろうと、もしこの肉体がひどく弱く、健康でもなく、病弱極まりなかったりしたら、「善良・邪悪」に関係なく、早死にするだろう。
で、俺が言うところの「魂」ってのは生きている俺にとっての「肉体」のようなイメージ、定義で。
が、少なくともその「魂」の定義の絶対条件は「個である」って事で。
が、どこからどこまでが「個」なのよって話も問題で。
例えば俺は俺と言う「個」のみによって「俺」として存在し得るか、と言うよな問題。
うん、無理不可能有り得ない物理法則的に「無い」
例えば「宇宙」だとか「太陽」だとか「地球」だとか。
他の種類の動物植物微生物だとか。
そうした「総て」があってこその「俺」と言う個であって。
例えば、ではこの肉体が土に還ってしまえば「俺と言う個」は完全に消えて失せてしまう、と仮定して。
が、俺の肉体を構成していた「物質」そのものが消えて無くなる訳ではない。
単なる土とか砂とか、海水だとかになったり、雨になってみたり雪になってみたり他の生物の体を構成してみたりとか色々だろう。
であれば、俺が言うところの「俺」という「言語思考の一つの風景」は確かに消えて無くなるが、果たしてそれは本当に「俺」の本質の消滅とイコールとなるのだろうか?と。
勿論俺、つまりこの「言語思考によって捏造されている幻想」の望みは、この言語思考、記憶、思考パターン等がそっくりそのまんま存続し続ける事だ。
なので例えばSFとかで良くあるけれど、脳みそだけ「機械」に移植して生き続けるだとか、脳みその全情報を完璧にコピーすれば「俺」と言う言語思考によって生み出された「幻想」は存続し続けるからOKかもしんない、とか。なる。
なるのだけれど、けれどやっぱり「本質的」にはそれって本当に「俺」なのかしらってなるのよね。
そもそも「本当の自分」なんてもん存在しないんぢゃないか、と想ってるけれど。
んなもんで、ほんだら「神」って結局「総て」なんぢゃね?とか思っちゃう訳だ。
それこそバカ話しに持っていきゃ、実はこの地球は「俺の肉体を構成している分子」の一個なんぢゃね?とかw
で、その分子の表面を這いつくばってる「何者か」が存在してるとして、もしそいつらが「この地球は実はさらにとんでもない大きさの生物を構成している分子の一個に過ぎないんだ!」とか気づけるか?とかw
例えばそれつまり「一匹のアリ」は果たして「一人の人間」と言う存在を知り得るか、的な。
なんでこんな話になったのかw
そりゃ俺がそれ系の事にしか興味がないからぢゃw
しっかしクオリアさえ未だなーんも解からんちゅーに、神だあの世だの事など解ろうはずもないわなw
クオリア以前に、深海やら密林やらの事さえ良く解っとらんし。
うん、やっぱホーキング氏トチ狂ったか、実は単になんかの冗談か洒落かで言っただけちゃうんかいとか想うわなぁ。
まぁ逆に、まるで「神」を自分の召使か何かと勘違いしてるのも嫌だけれど。
神が居るなら何故人間の世界はこんなに酷い事ばっか起きるんだよ、的なあれとか。
無論これはこれで人間結局自分の中からしか世界を見れない、おまけにその「世界」は世界そのものではなく、間接的に「なんかこうなってるっぽいなぁ」って言う「手書きの地図」に過ぎないって事が解るから良いのだけれど。
ましてや例えば「物理法則」こそが「神」であると考えてしまえば、明らかに「神は実在している」と言い張れもする。
なおかつ実は神には複数存在していてー、ってしてしまえば、もうなんでもあり状態にもなる。
どの道特定など出来もしないのならば、いっその事そっちの方が「人間生活的」には適切な気もしなくもないし。
少なくとも、俺が言うところの「俺」ってものが、実質「言語思考」が作り出している「言葉」に過ぎないって事だけは解る。
言語思考が無ければ「俺」とか「ぼく」とか「わたし」とか「じぶん」とか無理だもの。
言葉が存在してないからね。
でも、一度言葉を使って存在するようになってしまっている以上、それこそ言語さえ完璧に忘れてしまうような記憶喪失にでもならない限り、言語によらぬ脳内データ処理がどんな感じなのかとか分かりようもないし、ましてやそれを言語化しようとすれば、一度完全に言葉を忘れ、その後再び言語を操れる状態にならなきゃ出来ない。
例えば普段でも、ろくすっぽなーんも考えずに生活してる時と、あーでもないこーでもないって考え過ぎてる時の俺を比べると、なんか他人みたいな感覚になる事多いし。
勿論どっちも一長一短だし、どっちかだけの状態で一生を送る、って事も起き得ないっぽいし、まして俺は常にブレまくる、と言う「ブレなさ」があるしw
そろそろ飽きた、おしまい。
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