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凄まじい暑さの桂林です。太陽が昇ると同時に気温はぐんぐん上がり、瞬く間に30度。このうだる様な暑さの中で、モチベーションを上げてやってくことは至難の業。“苦丁茶”って、むちゃ苦いお茶を2リットルほど飲んでます。効果が出てるのかは不明ですが、このクソ暑さにこの苦さで対抗できるような予感がします。くーーっつ、にがーーい。さあ、やるぞ!ってな感じでしょうか。昨日は最高気温36度とかで、確かめてみたわけじゃないんですが桂林人の男性10パーセントは上半身裸。屋台でビール飲む親父たちは70パーセントが裸ですね。卒業式も終わり、本格的に授業以外の仕事?を始める時間が増えてきました。いま、ちょぴり凝ってるのが、桂林人300人の撮影。といっても、ばかちょんカメラにモノクロームのフイルムを入れ、人物ばかりの撮影をはじめました。バカちょんカメラだから、さっと撮って何事もなかったような撮り方も出来るんです。中国人にこのカメラを“骨董品”と呼ばれながらも10年以上使ってる、アナログの復活です。昨日は、実に60人以上の顔を収めました。同僚達は面白がって、すんなりとカメラに収まってくれます。でも欠点はピースサインをしたりとサービス精神旺盛で演技っぽいこと。人民達と、何かのついでで、話しながらちょっと撮らせてもらうケースがいちばんいいですね。ちょっぴり嫌がりながらも、写ってもいいよって表情がいちばん自然です。一度は、無言でカメラを向けて、スイカの切り売りを路肩で売ってるおばちゃんに怒鳴られました。きっと、当局にでもばれたら、やばいって思ったんでしょうか?。カメラ向けるにはけっこう気をつかいます。モノクロ撮影、“桂林300人”は順調に進行中。夏休み明けに、アート展をやる予定なんです。そうそう、今回中国滞在のメインワーク。日中デザイン、アート辞典の編纂があったんです。 先日の上海で会ったデザイナーの2人も、それぞれ独自に辞書の編纂を進めてたみたいで、それそれの仕事に相互乗り入れするすることになりました。ふふっつ。これで一気に解決!!??
2004年06月29日
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上海から帰り、毎日のように教員仲間、学生達と夜の宴会が続いている。昨日は卒業式。そのせいもあって昨夜は学校生活の最後を名残惜しみながら、学生達、慣れない酒を浴びるように飲んでいました。多くの卒業生が上海、シンセン、広州のデザイン事務所へ就職していく。中国のデザインを引っ張っているのが、30歳前後の連中。わたしの送り出した最初の卒業生たちの世代だ。上海では、昨年の卒業生たちに会ってきた。屋根裏部屋を3人で借りて夢を追っていた。がんばれ、桂林デザイナー!昨晩の宴会とその後に続いたカラオケ大会で、歌いたくもない、“北国之春”を学部の書記から半強制的に歌わされ、やっと卒業生も送り出し、“北国之春”で書記のご機嫌もとったしやれやれ、休み。朝寝するぞーーしかしあさ7時、同僚より電話でたたき起こされる。“今から、スケッチに行くぞ!”あたらしい、スケッチポイントを見つけたらしい。桂林からボロボロ乗り合いバスとオート三輪を乗り継いで行ってきました。“熊村”。明朝の時代の建物がしっかり残ってます。村の中、建物の前を、水路が通ってます。犬が何かと多い村です。アヒルが水路を泳いでます。さっそくスケッチ開始。今日の桂林、気温33度~36度。スケッチブックの上に汗をボタボタと垂らしながらのスケッチ。私にとっちゃ、スケッチは瞑想と同じで、対象を見つめて、手をうごかす行為がとっても気持ちがいいんです。腕と顔が真っ赤っか!
2004年06月26日
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上海のアート、デザインシーンを語るには大まかに4つのポイント。いまや誰もが知ってる新天地。とくにおすすめは、上海に立ち寄るたびに必ず通う、“透明思考”台湾のデザイナーによるものですガラスと金色、黒、朱のカラーリングのコラボレーションがとってもきれい。最近の注目は、なんといってもマイケル、グレーブスが内装を手がけた中国名“外灘3号”英語名“three on the bund”イギリスユニオン保険の建物として使われていたところです。7階建てビルの上には時計台。建物の外観は当時のままで、一階にアルマーニ、3階にコンテンポラリーアートギャラリー“スペース アニュー”中国語で“全新空間”があります。http://www.threeonthebund.com屋上のテラスからのバンドの眺めはすばらしい。この季節、ここでのビールがオススメ!上海駅、蘇州川近く、工場内に点在する30余りのスタジオとギャラリー名前はなんていうのかなあ?莫千山路と西蘇州路の付きあたる附近ほんとに探しにくい。このあたりの地元の人に、へんな芸術家たちがこの辺りに住んでない?って聞くしかないですこの中のひとつアートシーンチャイナは巨大な面積のギャラリーですその本家にあたるギャラリー“アートシーン チャイナ”はアメリカ領事館から威海路を渡り、シンガポール領事館の裏のちっちゃな小道を入ったとこです。ちいちゃなギャラリーですが、表参道あたりのギャラリーの匂いがします。ちょっと、探しにくいかなhttp://www.artscenechina.com泰康路から田子坊の入り口附近から、デザイナー、アーティストのスタジオとショップがビルの中に点在します。代表的なギャラリーはhttp://www.spaceart.com.cnこの隣のインダストリアルアーチストファクトリーには世界各国のデザイナーが事務所を出してました。しかし、日本からのデザイナーはいまだ無し。ここにトップランナーでアトリエを構えるのは、私かなあ?!(かなり本気
2004年06月25日
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昨夜、10時の中国南方航空で桂林に帰りました。いやあ、上海に比べてこの湿気の多さ。上海の高速道の騒音が、ちょっと懐かしいです。国立上海図書館で開催の日本グッドデザイン展のオープニングと、CIデザインの巨匠PAOSUの中西元男氏と日産デザイナー、中村史郎氏の講演に行ってました。展示担当がわたくしのJOCV時代の同僚N、こんどは、T社、現地駐在デザイナーとして帰ってきました。安徽省で建築内装デザインを教えていただけあって、建築デザイン関連の中国語をフルにして中国側スタッフと作り上げた上海赴任一発目の仕事。上海では、ちっちゃな情報を元にアーティスト、デザイナー達の現場と、新しいデザインスポット探ししてました。スポットは徐々に、記録していきたいと思います。そのなかでも、広告代理店上海D通のS嬢に連れてっもらったthree on the band のギャラリーと屋上テラスからの眺めは中国ではこれまで見たことのなかったハイセンス。
2004年06月23日
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卒業制作発表会も終わり、あとは、卒展の準備。学部の男どもの教官たちと屋台で過ごす、時間が増えてきました。服を脱ぎ捨て、上半身は裸で学校前のメインストリート脇の歩道に簡単なイスと机を並べての屋台は、視覚的にも聴覚的にも、アジアがプンプン。好きなんだよね、この雰囲気。酒がある程度まわってくると、決まって始まるのが中国版じゃんけんポン。お互いば向かい合い、指で数字を出し合いその合計を当てっこするゲームだ。“さあ来い”“兄弟、きょうもいいぜ!”なぜか、広東語の掛け合いで始まる、けっこう粋な“酔っ払い人”ゲーム。この、広東語が私にとっちゃ新鮮で、久しぶりに、ちょこっと努力して覚えてみたいと思ってるんです。がなにしろ、負けると酒を飲まねばならんが辛いとこです。そんな雰囲気の、まもなく学期末を迎え、教師としてはまもなく授業から解放寸前の中国です。でも、わたくし、所属は美術学部なんですが、もう一つ2年生ガイド学部の授業が残ってるんで、弾け飛ぶのはちょっとお預け。。残されたコマは、最後の試験。そうなんですよ、今日中に、試験問題、作らなくっちゃいけないんですよ。CIデザインって教科書すら無い科目なので、どんな問題がいいのか、結構、悩んじゃうんですよね。うーーん、論文形式にしちゃおうかなあ!これだったら、成績にばらつき出ても融通が利きそう。そうしよう、そうしよう。おっと、問題は中国語で作るんだよな。ふーーっ。
2004年06月15日
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その夜、教官たちから罵声を浴びせられた学生から電話。先生、ごめんなさい。彼は、わたしの気持ちを察し、謝りの電話を入れてくれたのだ。たしかに、前の日記にも書いているようにこちらまで、切れそうになるぐらい、攻め立てる教官達にはムカついた。でも、おっしゃってることは、正しい。これが、また困るんだ。担当教官の僕だって、彼の作品のコンセプトは理解しがたい。正論を建てに罵声を浴びせさせないでよ!よっぽど、お前の担当学生のパッケージデザインなんて、既成のパッケージに紙を張っただけだろう、それに比べりゃコンセプトは外してるけど、自分で作り上げてるじゃない!って反論食らわそうとも、思った。でも、感情論で卒業間近、一番大事な発表会をぶち壊したくなかったのだ。本音は、あの口うるさい女性教官と、中国語でやりあっても勝ち目は無いってことがあったからなのかもしれない。呼吸法を駆使して、精神状態を整え、なんにも無かったように淡々とした顔つきで、やり過ごした。なんとか、一発大逆転を願って‥卒業制作発表2日目わが、指導学生の2番手登場。コンセプトはまあまあでも完成度が、これまた一夜漬け。ちょっとは、気合入れてつくれよ!って言いたいんだけど担当学生学費のアルバイトに明け暮れ、作品チェックに持ってきたのは発表会、前前日。すみません1時間で作りました。と学生。卒業制作を1時間かよ!まあ、学費を払えないと卒業できないからな。最後の1日、徹夜して完成度をあげろよって言ってたんだけど1日で何ができるわけでもなく、これまた呼吸法で、教官たちの私の担当学生への罵声をかわすだけ。我が子がいたぶられるような感覚、身が切られるような時間でした。でも、やってくれました。3番手、4番手と誰が見ても独創性、完成度、制作量ともに完璧な作品を発表。教官たちのアクドイ質疑にも、淡々と受け答え。期待が持てるぜ!!2日目、正午前70名すべての制作発表が、10時間に渡る審査会を終了。制作発表はコンペにもなっている、順位がつくのである。いよいよ、すべての集計が終わり、結果発表ややりました、私の指導学生がトップ!!へへへ、賞金600元。これで、帳消し!チャイナの学生の意思を尊重しながら、長所を伸ばすやり方は、時には的を外すけど、俄然、独創性に優れてる!いま、この国に求められてるのは、そろそろ模倣の時期を終えそこから、突き抜けて独創性に目覚めること。トップの呂弁は、模倣専門の頭の固い教官達さえも、納得させる力のある作品だった。桂林で開かれた全国書市に日本より講演に来られた某児童書出版社の常務との約束を果たせました。中国で未だ見ない、なんの薀蓄もない、ただ、見て楽しい児童書の雛形を卒業制作で、私の担当学生が完成!!
2004年06月14日
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昨日のつづきまあ、他の教官から必ず反論来るから、予測回答を準備しとけよって言ったのに。こてんぱてんに、やられてしまって担当学生、あれだけ罵声を浴びてはちょっとかわいそう。学生の発表舞台の前に並んだ、審査席では担当教官が、私だと知って、こそこそと伝言ゲームのように、何かが伝わってくる。ところで、学生の指導やったのか?もちろん、やりましたよ!コンセプトから見直したらっていったんだけど最後は、彼の意思に負けたんだよ。と答えたものの、日ごろ熱心な指導をしないやつに限って、こういう場面では、鬼の首でも取ったかのように大声で、しかも1,2年生と大勢の聴衆の前で攻め立てる教官に、ちょっとむかつくおまえの一方的な意見を学生に押し付けるだけでいいんかい!おまけに、おまえらの作品なんて一度もみたことないぞ。結局、その学生、作品を再提出ってことで決着しましたがわなわなと震えておりました。まあ、学生もあれだけ罵声を浴びれば、ちょっとは、考え直してくれるでしょう担当教官としては、責任を感じるんだけど、あのデリカシーのない罵声を上げる、指導?にはムカツクわい落ち着け、落ち着け。作品の評価より、感情論になっちゃってくそー。
2004年06月10日
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卒業制作発表会が、朝8時半より始まる。わがグラフィック班は2クラス40名。前もって抽選で発表の順番が決まっている。審査は5名の専属教師。ことしも、学生と一波乱ありそうな予感。わたしの指導学生は6人。どういう理由で6名の指導教官になったかは、知らない。はっきり言って問題児ばかり。問題児といっても、自己主張の強い6人だ。午前中は無難に修了。例年に比べ、作品がおとなし過ぎる。もっと、若さをドカーンと表現した作品は無いのかい!。もちろん、デザインはアートと違い対象とするものを、対象とする人に分かりやすく伝達するものであるから、なかなか。若さをドカーンと表現できるには、条件が限られてくるのは仕方ないが‥それにしても、きれい過ぎて、‥なんか、同じような作品ばっかし。じゃじゃ~ん、ついにわたしの一発目の学生登場!どう見ても、的を外した表現。麻薬キャンペーンの公共広告に中国伝統の繍球を使っている。中国滞在7年の私にも意味不明。でも、彼の強い意志で、私にはよく理解できないコンセプトでスタート。おれに分からないから、世界には通用しないよなあ、発想から変えようぜ!って言ったにも関わらす‥やっちゃいました。他の4人の教官から、質問というより罵声を浴びておりました。だから、言っただろう、言わんこっちゃねえ仕舞には指導教官は誰だ!こんどは、私までとばっちり続きはあした
2004年06月09日
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久々に楽天日記の興味あるページをじっくり読みました。ぐぐっと、惹かれるところをお気に入りしたり記入されてる名句をノートに書き込んだり。ずいぶん、エネルギーもらいました。アクセスカウンターが上がるだけのことはありますね。僕自身、何回も、おんなじページにアクセスかけてるもんね。先般のストレス入院もあり正直言って、長時間パソコンの前に座ると、頭痛のする状態が続いてたんで、久しぶりのネットサーフィン。パソコン使いたくても、体が言うことをきかなくなって元デザイナーとしちゃあ、パソコン使えなきゃ、包丁を持てなくなった料理人と同じ。元デザイナーって自分で言ってるんだから、失格でも良いんだけど、時々、元デザイナーのかけらがむくむくっとじゃまをして、現在の長時間でのパソコン使えない状態はとても複雑、それがアレルギーとなれば悩みは一層です。でも、きょうは、通院中の桂林中医院での針とマッサージがいよいよ効いてきたのか調子がいいんです。桂林の奇峰への早朝登山を始めてやっと1ヶ月。こっちの方との“合わせ技”もあるのかな。楽天の先輩方のきらりと光る名文に接して、パソコン体質アレルギーを克服ずべく一層精進いたします。体調良くなったら、アクセスカウンターレースにも参加しますね。あすは、いよいよ卒業制作発表審査会。
2004年06月08日
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シトシトと雨の降る桂林です。卒業制作指導も、残すところ3日。発表会を終えると、また学生達が去って行く。学生から開放される喜びと、ちょっぴりのさみしさの季節にはいってきました。毎年、発表会終えると、桂林を離れる学生達から毎晩のように宴会、カラオケと引っ張りまわされるんです。酔っ払った口から、泣きながらこれまでの日本人に対する感情を話す学生。愛国教育の中で、日本人に対するこれまでの思いの本音が出るんです。先生と共有の時間を持ててから、本当の日本人が理解できました。先生は、私たちが聞いてた日本人とは違う!って言うんです。こっちは、こっちで、“えっ。そんなことおもってたんか!”自分の“所属チーム国”を考える暇さえなく学生たちの中に、どっぷり入り入ってたのでそういう、本音を聞かされるとおいらが、学生にとて良い日本人であろうがそんなこと、、どーでも良くそれより、反日の根深さに少々げんなり。さて、今年は‥
2004年06月05日
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最近、涼しかった桂林です。曇り空で、ちょっと涼しい日を狙っていました。目的は、華南アートのメッカ愚自楽園。園内の林の中、池の周りに配置された彫刻を見て回るだけで2,3時間。広い園内を回るのは涼しくないとね。ここは、台湾資本で開発され周りの山水世界を生かした中国初のオープン彫刻美術館。たしかアートアドバイザーは日本のM商社に居た台湾人です。学芸員の間でも、最近注目され始めた場所。初めて行ったのは、オープンしたばかりの2年前だった。ただ、だだっ広いだけだったのに久しぶりに行って、ビックリ。作品も充実してきた。日本人作家の作品もチラホラ。ここで、ワークキャンプ張って作品を仕上げたという。情報知っていたら、毎日でも通い詰めたのに。アートと言うだけで、心を擽られる私です。
2004年06月03日
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先週末、外語学部主催、英語.日本語劇コンテストが開催される。日本語劇は日本語でやるんだけどなに言ってるのか、よくわからん。そこんところがおもしろい。なんとなく、日本語っぽいんだ。あ、学生達に失礼ですね。ストーリーも監督も、衣装も、配役もすべて学生。2ヶ月近く準備した成果の発表会でした。美術学部は、卒業制作発表会まで1週間を切った。卒業制作なんにもやってない、学生達がひっきりなしに言い訳にやってきます。どうすんだよ!
2004年06月02日
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朝5時、起床。トレーニングのあと、ガイド系の授業準備。引き続きCIデザイン。自分のCIをやろう。そこで、今日のテーマは“私はだーれ”今日から1週間、自分がするべきこと自分がしたいことをランダムに羅列させる。1時間を過ぎた休憩時間、学生から先日、体育館で唄った“島唄”のリクエスト手拍子までもらうと、仕方ないがんばっちゃいました。おまけに学生と“明明白白”のディユエットまで、自己表現授業と称してカラオケ大会に変身。27日の日記 (PM 08:22)朝5時、起床。トレーニングのあと、ガイド系の授業準備。引き続きCIデザイン。自分のCIをやろう。そこで、今日のテーマは“私はだーれ”今日から1週間、自分がするべきこと自分がしたいことをランダムに羅列させる。1時間を過ぎた休憩時間、学生から先日、体育館で唄った“島唄”のリクエスト手拍子までもらうと、仕方ないがんばっちゃいました。おまけに学生と“明明白白”のディユエットまで、自己表現授業と称してカラオケ大会に変身。
2004年05月27日
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きょうは、猛暑。といっても、33度くらいかな。7,8月に比べれば大したことはない。7、8月を乗り切るためにも自己管理。退院してから当分の目標を体力作りに置く。目標が体力作りって、ちょっと違うんじゃってな感もする。が、あの入院、人生のゲームセット寸前?を体験しちゃうと、他のことなんて、どーでも良くなっちゃった。ここ、最近、感覚的にスコーンって抜けなかったのも体力の衰えと、自己管理がかなりの部分影響していたことは間違いない。トライアスロンのトレーニングやってるときは、全て調子よかったもんなあ。今回の入院は、からだの悲鳴だったんでしょう。という訳で、ストレッチ、心肺機能トレーニングに1日2時間。
2004年05月25日
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夕方から、桂林在住の日本人子女家族が、我が家に集まる。こんな、田舎の桂林でも、ちらほらと現在は3家族。といっても、我が家を除けば、両親のどちらかが中国人なんですが。
2004年05月24日
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昨夜は、体育館でboomの島唄を歌う。1000人近くの前では、さすがに緊張。中国語バージョンで台湾の周華健が海角天涯というタイトルで唄ってるのでこのメロディー学生達の耳にもちょっとは馴染んでいるんじゃと、選んだ次第。終わると、汗がだらだら。頭痛がしなくなってから初めての日曜。朝から、アニメ、るろうに剣心と、木村拓也主演のプライドのビデオを見る。夕方から、中心広場にて、夏服の買い物。西洋料理の旨い店を偶然に見つける。コーヒー付き、アメリカンセットで47元。画材やで、次の制作の為の画板を10枚ほど購入。久々の買い物で過ごした1日だった。
2004年05月23日
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夜7時から、民間民族芸術表演大会が学校体育館で開かれる。プロデュースは親友のR。精華大芸術学院卒業の芸術スペシャリスト。かれから外教として、日本の民謡を歌ってほしいとの要請。うーーん、民謡なんて歌ったこともない、
2004年05月22日
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外教仲間のアルジェリア系フランス人アブラハムアメリカ人のアレンが自宅にやってくる。アブラハムは豚と酒には一切手を出さない、イスラム教徒。アレンは禅とサムライに興味を持つ。イスラムと、アメリカコンビ。イラクではイスラムとアメリカグループがやりあってる。ここでの個人は、宗教は違えどおなじ中国の地に暮らす数少ない外国人としてなかよくやっている。“個”と、その集合体の“国”の違いを感じる。内陸桂林でやっと手に入れた冷凍サーモンを使っての寿司。赤飯、てんぷら、など思いっきり日本食を作る。二人とも食べる前にテーブルに並んだ品々を写真撮影、視覚的にたのしませてくれない中華料理に比べ初めての体験を精一杯記録していった。
2004年05月21日
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ひさびさ、体調の良い朝です。最近、日課になった近くの公園の桂林特有の奇峰に登り人民達と一緒に奇声を発してストレス発散してきました。午後からは、1ヶ月ぶりの授業。CIデザインのためのワークショップやったんだけど設問に文句をたれる学生が多く、ちょっと、失敗。来週は完璧さ!!
2004年05月20日
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ななんと、入院してました。ここ最近のメルマガを読み返して見てもなんだか、もやもやっとして、ピリッとしない状態。ピリリと利かない“わたし”案の定でした。ピリリを邪魔する病魔の影が忍び寄ってきていたみたいです“病魔の影”って、ちょっとオーバーかな。時は、黄金周。中国版ゴールデンウィーク初日。積み重なったデザインPC作業のやりすぎで頭がクラクラ。以前は、まったく感じなかった事なんだけど同時進行中の絵画制作の画材の匂いで吐き気までしてきちゃって‥その夜、仕事場からの帰宅中突然襲われたスコールで体中、ずぶ濡れ。深夜、発熱。頭痛。鼻水。まあ、ここまでは普通の風邪だと思いますよねえ。授業も、連休で休みだし、ちょっと体を休めば治るだろう、ところが、2日目、3日目と猛烈な頭痛と猛烈な眼の奥の痛みで“人生ゲームセット”寸前。遂にギブアップ。桂林人民第一病院に即入院になりました。CT撮影したり、眼圧検査したりと中国にしては、がんばって検査してもらいました。診断結果は、神経性頭痛。まあ、大したことなくってよかったですでも気分は、ホント“ゲームセット“でした。ストレスから来るらしいです。そんなに、ストレスを受けてる感覚無いんですけどねえ?でもちょっとだけ、思い当たることがあるんです。生活リズムの乱れ。たばこはプカプカ。白酒はグイグイ。仕事場での徹夜。家族がチャイナに来てから、ちょっと自己管理を怠っちゃって家に帰れば、日本と同じ空間があること幸いに単身で居るときより、生活リズムが乱れてたんですなんだか、甘えちゃってたんですね。トライアスロンにドップリはまって“健康の為なら死んでもいいって”(笑い体を鍛えてたころもあったけど、ここ半年、すっかり体調管理と鍛錬ともおさらばしてました。だから、スコーンと抜けない時期が続いていたんですね人民病院退院して、医者(西洋医学)からの勧めで今は、桂林市中医病院(漢方)に鍼灸とマッサージに通ってます。顔と、頭のツボに針を刺されます。鍛錬のため、近くの奇峰に登って日の出を拝んでます。山頂の石に座り、瞑想したりと気分はすっかりオリエンタルな精神世界です。あはは‥、文章にすると、なんだか、急に仙人、いや隠居老人ですねえ。たしかに、隠居老人みたいなんだけど若いときには、もっとこんなことやってた。いまから思えば、かなり変わった若者ですね。聖地巡りしたり、体の経穴覚えてみたり般若信教唱えたり、振り返ると、多感な高校時代、1年間の入院中体のはじめて三途の川の入り口見ちゃって以来、わたしの人生インド放浪、チベット放浪とオリエンタルな精神世界へぐぐっと、引っ張られ。ある時期からこんどは、デザイン事務所つくったり、組織つくったりと、別の世蛎感叛・遒巴甘・慇犬冒畭・愼海靴討澆泙后久しぶりの、シンクロニシティ。素敵な経営者に出会えました。http://www.fukuinkan.co.jp/index.html_________________________________________ ※中ぐらいの留学生情報。 高1長女。ちょっぴり学校嫌いが始まったようですこの学校(広西師範大附属2中)は北京大、精華大などへ進学するエリート学校らしいんです。校長決済で留学してるので、そんな学校とは知りもせず中国語が理解できるにつれてどうも、エリート学生同士の足の引っ張り合いが鼻についてきたらしい。でも、元来日本ではテニス入学で、学業のあの、練習に比べれば大したこと無いって言ってます。わたしの大学の学生と気があって遊んでます。わたしの大学は低レベル校(笑い。中1次男。中間テストで国語、すなわち、中国語が点数いちばんよかったらしいまさか!?試験問題の作文パートをおもいっきり日本語で書いたらしい、担任(国語)がいっぱい点数をつけてくれたらしい。そんなのあり??でも本人は感激してました。地理科目の試験問題をみせてもらうななんと、明の時代からの中国固有の___島に、近年日本が領土主張をはじめた。などなど、げげっと思わす問題もでも、現地校は、たまらなくおもしろいらしい。土日はいろんな学校の連中とバスケットしてます。
2004年05月19日
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中国大陸から新年のお喜びを申し上げます。日本ではきょうから仕事初め?いよいよ2004年がスタート。中国桂林での元旦は、新しい年を迎える感覚が、まったくないので平日となんんにも変わらない淡々とした日々です。“新しい年が来たんだ”って、気分にはなれません。桂林晩報(夕刊)の全面見開で掲載されていた紋付袴姿、小泉首相の靖国参拝の写真でそうか、日本じゃ新年なんだ。ってな感じです。年明け早々の靖国問題、桂林在住日本人の私にとって、学生達から『先生、靖国問題どう思われますか』って質問攻勢、けっこう怖い‥。 (にが笑い過敏すぎる中国。無神経過ぎの日本。日本に居るのと違い、海外に居ると日本人としてのメンタリティーを問われるんですよ。誤解を恐れずに言うならば○○人って、区別が結構メンドクサイ。イラクの自衛隊派遣を切っ掛けに、あんまりきな臭い年にならないことをお祈りいたします。思い起こせば1997元旦JOCVのメンバーとして初めて桂林到着。当時の私は、売られていく子羊のように学校迎えの、おんぼろ車に乗ったことを覚えています中国語もろくに喋れず、右も左も分からないままここでの初めての生活をスタートさせました。それから、早いものでもう7年。山水画の里、桂林は凄いスピードで変化しています。この中国の大変化を現在もしっかり脳裏に焼き付けているところです。某氏からは、『脳裏に焼き付けるのはそれぐらいにしてそろそろ刈り取りにはいれよ!』って、声が聞こえてきそうです‥(笑いこちらでは元旦ではなく農暦の旧正月を祝うので、1月1日はなーんにもない元旦です。とは、いっても平日より、ちょっとお祝いムード。“せっかく日本人”のわたくしは、日本の元旦紹介とばかり学校近くに借りた新しい新居にて、お世話になってる中国人スタッフとお雑煮ありの、蟹の味噌汁ありのぜんざいありの、日本酒ありので昼過ぎから、夜まで過ごしました。日本の味覚、堪能してくれたみたいです。今年の旧正月、春節は1月22日。勤務先の大学は週末から春節休みに突入します。夏休みと並んで、1ヶ月に渡る大型休暇です。!私のほうは、仕事としての日中デザイン用語辞典作成と福岡、田川市美術館より推薦出展依頼のあった作品の制作に入る予定です。ところで12月21日。“小さな留学生達”が中国北京に、いよいよ、到着しました。はい、わが長女と、次男です。それと、彼らのおかあさん。あっ、わたしのインド放浪時代からの連れ合いでもあります。“小さな留学生達”っていっても、高1と中2です“中ぐらいの留学生達”です。北京の街の大混乱の交差点をスイスイ渡る人民に京劇と雑技に、冬の万里の長城の寒さとスケールに“すごい、すごい”とはしゃいでます4日間の北京滞在を終え年の瀬、迫る12月26日1年間の滞在先広西壮族自治区、桂林に到着しました。まるで、旅行団!!桂林空港で大勢の出迎えを受けての桂林入りでした受け入れ先の師範大附属第二中学は試験中、あいにくとというか、ラッキーと言うべきか試験が終わると、春節(中国の正月)休みが始まるそうで、本格的授業開始は2月からです。授業開始までの間、中国語の特訓です。1月中旬までは私が担当。後半は中国人の先生にバトンタッチします。なにしろ、内陸桂林に日本人学校あるはずもなく現地校なのでちょっと、いや、かなり大変です。中国側も、こちら側もはじめてのことだらけ手探り状態で、一歩一歩進めています。そんなこととは知らず、“中ぐらいの留学生たち”は覚えたての中国語で中国人民と結構たのしくやってます。今月のアートシーン=========================================================○中国美術館(北京)12月24日中央美術学院(中国最高美術学府)の卒展覧会。ある作品に思わず目がとまる。中国では極まれな日本人美術留学生の作品だった作品から、わたしと同じ匂いを感じ取った。=========================================================○北京大山子芸術区12月24日中国現代美術発信地!。北京東京画廊はその中でも際立ってます。いろんな作家のアトリエが工場跡地に点在。なぜか、訪問者は外人ばかり。ある作家から通訳を頼まれる相手はフランス人。英語から中国語へと通訳。日本語を介さない通訳も最近では多くなった。でも、とっても、適当かも?!=======================================================○広西特色旅行工芸品設計コンペ審査会12月6日我が校の旅行商品研究所主催のコンペの審査地域特産工芸品の審査です。あたらしいアイデアがいっぱい。中国のパッケージデザインは今が花盛り。過剰包装だって気がついてくれればいいんだけどね。はい、そうです気づかせるのは、私の仕事でした=======================================================
2004年01月06日
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わが校の商品研究所が公募していた新工芸品コンクールの審査発表と、座談会がありました。作品のレベルは、それなりに今までみたことのないアイデアなんだけど、なぜこうなんだってコンセプトが弱い。判り易く言えば、その土地でしかできない工芸品の表現力の弱さ。素材の使い方、デザインの表現力が、デザインを表面でしかとらえてない感じの作品が多かったことです。でも、評価したのはこういう産官学の審査会がはじめて桂林でも開かれることになったんですよ
2003年12月08日
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先日からディスクトップ型パソコンのご機嫌が悪くなり、ノート型パソコンに変えて書いていたんですが、これまた、カーソルを置いた処に文字がちゃんと打てないって現象がはじまったんです。パソコン上に記録をとることができなくなってました。もちろん日記帳にでも記録すればいいんでしょうが、悲しいかな、一度パソコン上での記録に慣れてしまうとなかかな元にはもどれないものですね、記録を取れないと、なんだか淡々と時間だけが過ぎていくようで、1日なにしてたんだっけ?と、ふと真空状態に入ってしまう日が多かったような気がします。やっとディスク型PCが復活したみたいです。なにが原因だったのかよくわかりません。記録を取れなかった間の最大の出来事は個人的にはアートの制作がいよいよ始まったってとこでしょうか。畳2枚程の大きさの真っ白いキャンバスが部屋の中央に鎮座してます。その白さのなかに、今からわたしの世界を構築して行くんですけど、テンションがあがってくるなんとも言えない気持ちを楽しんでる状態です、なかなか最初の一筆を置けません、いざ筆をおくと一挙に書きあげたいと思っています。昨日は新校舎の起工式がありました。広西省の副主席の臨席もあり、桂林の奇峰群をバックにした新校舎の建設がはじまりました
2003年12月07日
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来年度9月から、学校が新校区に移る。今の約22倍の広さである。学校の新校区指揮部とデザイナー教師たちで、新校区のカラーイメージと建築物の外観イメージ、象徴性などなどの打ち合わせ。新校区の着工式は12月6日。広大な荒涼とした敷地を歩く、周囲約3,5キロ。校内には秦の時代の運河が残っている。バックには桂林独特の奇峰群。夜、工芸品コンクールの審査のため桂林入りしている広西芸術大学の先生達から食事によばれる。
2003年11月30日
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相変わらす、天気の移り変わりの激しい桂林です。突然の暖かさに、昨日は夜中の蚊に悩まされ、ちょっと睡眠不足。江南大学のY老師に桂林の“特産品”を昼食にご馳走と桂林の北に位置する霊川県(地名)に美術主任らと向かう。はて、“特産品”って? ひ、み、つ。この“○○鍋”、中国で初めて食することになった時は、“なんで、こんなもん食べるんや”って思ってたのに、在中の月日も流れるうちに。最近では、感覚も麻痺してきたのか、なんの感情もなく淡々と食べている自分がいる。入り口に吊り下げられて、こんがり焼かれているその○○を見ても、単なる物体、食い物としか見えなくなってきた。 うーーーーーーん。この現実、アート制作のための材料を発注に、馴染みの画材屋へしかし、ちょっとした手違いもあり、出直すことになった。帰宅後、わたしのPCに見知らぬメールが‥ななんと、画材屋の小姐。なななんと、MSNのチャットで、打ち合わせ。言語の選択がうまくいかず、文字化けにも、めげず仕舞にはピンイン(中国語の発音記号?)を使って打ち合わせ。メールは返事が来るのに時間がかかるが、チャットなら即決!早いよ!、そうか、チャットって手があったんだ。画材が届いたら、すぐに制作にはいる。春節明けの展覧会に向けて、いよいよ脳内でバラバラになっているクリエーティブエネルギーの回路を繋ぐ時期にはいってきた。これまで、潜在意識下に蓄えた情報を咀嚼し、イメージとしてアウトプットする作業だ。この時期が、アーティストとして一番幸せな時間、いや、一番の苦しい時間にもなりうるんだよね。アウトプットしてるときの、いちばん良い状態は、何にも思わず、ただ、ただ制作に没頭すること。なんだが、これがまた難しい。体の感覚がクリアーになるまで余計なものをそぎ落とす。マラソンのスタート前にコンディションをベストに持っていく感覚かな、?夜、体育館にて工芸美術系、優秀学生の表彰式。
2003年11月26日
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気が付けば5日間も記録をとってない。何する訳でもないのに‥ちょっと、体調悪いかなあ。この、片田舎桂林で、“同胞”の方々と会う機会がありました。一人は看護婦さんで、もう一人は保母さん、看護婦さんと保母さんって、やさしそうで音の響きが、なんだかいいですよね、 ね!。(笑いでも、チャイニーズの看護婦さんって、想像しただけでも恐ろしい。あの白衣に,さらに恐怖心が増しますが‥でも、でも,ふたりとももちろん日本人女性。わたくしと同じく、某国家機関機構からの派遣です。メンタリティーギャップと、“みしみし”、“ばかやろー”の軍隊日本語攻撃、おまけに対中国ODA批判の中で、なんでこんなとこに、いるのと、時には、自問自答しながら、同僚中国人達の、どーしようもない“おせっかい”に感謝しながら、なんとか桂林組3名は任務遂行中!!です。昨日は無錫軽工業大学美術学院、現在改め、江南大学美術学院の楊氏が桂林入り。氏は中国環境デザインではトップ。わが校で二日に渡る集中講義。大教室は他校の学生、教職員まで詰めかけ熱気むんむん。それにしても午前3時間、午後2時間半の講演にもかかわらず、学生を集中させて聞かせる語り口には感動です。アイデアの出し方の講義は、私のオリジナルって思ってたんですが、やっぱり大陸中国。いましたねえ!。巡り合えました。そんな訳で、氏の講義の中国語の表現が、私にとっては、とってもいい教材。久々に、学生気分。
2003年11月25日
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広西師範大学美学理論班にて、日本文学講座、講演者は哲学者S氏。通訳は中国側M副教授。わたしは補助通訳を担当する。いや、担当させられる。講演会に限って言えば、中国人への講演は中国人通訳。その逆の場合は日本人のほうが良いと思う。なにしろ、聴衆にとってスムーズに言葉が流れるほうがいいからね。でも、ビジネスに限って言えばそうとも言えないかー。聖徳太子から明治維新前までの日本古典文学を3時間にわたる講義。話が源氏物語になってから、固有名詞オンパレード。M氏、途中でさすがにギブアップ。わたしに、目配せで補助通訳の依頼。デザイン、アート系ならなんとかなるけど。日本文学って専門外、恥ずかしながら源氏物語も読んだことが無い。背景がわからないと通訳しにくいんだよね。一条天皇の中宮、彰子の仕えの紫式部は源氏物語を‥てな、感じ。えーーーと、日本語をそのまま中国語読みすりゃいいんだけどさ中宮って、なんじゃ?あのーーー。うわーーー。やばい
2003年11月20日
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私の住まい、ここ教員宿舎の5階からは、 眼下の池で釣り糸を垂れる老人と 、 それを取り巻く桂花(きんもくせい)の並木が見えます 。 どーーんとした、いかにも中国って天気だけど、 適当な気温で、まあまあいい感じの桂林です! 木々の間には、教職員の子供たちのため フィールドアスレチックまであるんですよ。 さっきまでの子供たちと、校内の学生の喧騒はどうしたんでしょうか? シーンと静まりかえた校内です。 さあ、そこで問題! なぜ、突然校内が静まり返ったんでしょう? ヒント1、週末をのぞいて毎日同じ時刻になるとこういう状態なんですよ。 ヒント2、エネルギー充電? そうそう、“お昼ねタイム”に突入したんですね。 これから、2時すぎまでまで 校内の多くの“人民の皆さん”は、ベッドの上なんです。 今年6月まで外人教師棟に住んでました。 でも、この部屋 どーも、気分が落ち込み、 なんだか、ストレスを感じる部屋だったんです。 同僚の“風水が悪い”の一言で ええーーい、とばかり 好条件の外人教師棟から バスタブなし、トイレは××の 中国人教師棟に引っ越しました。 ここからの、眺めは最高です! 風水もばっちし! ところで、風水って知ってますか? はなしは、遡って97年 初めて中国での生活のスタートしたとき 同僚教師から言われました、 おまえの部屋は、風水が悪い! あそこに、住むと必ず離婚するよ! わたくし、当時も“地球内別居中”だったから、 似たようなもんだったのかも‥ いま、その部屋には、 そう忠告してくれた 張本人が住んでます。 先月、 奥さんに “逃げられた”そうです。じゃん、じゃん !恐るべし中国、風水!!! しゃおちゅあん仲麻呂、最新のアートシーン=================== ●中国美術の30年 ○中国美術館(北京) ○10月21日ー ※中国美術の最高峰の美術館 1年かけてリニューアルオープンしてました。 チケットに、なんと企画展のMOが付いていたのには ビックリ。 中国美術の変遷が、よくわかりました。 次の、企画展は日本人作家、下保昭。 ====================== ●上海貝富環境芸術 ○上海トリエンナーレを企画運営してる会社 女性社長はキュレーター、作家の3足のわらじ 日本語も流暢。芸術系の通訳を一緒に担当。 おかげでトリエンナーレへの参加依頼まで受けちゃった! 海外生活って、こんな出会いが面白いんです! ====================== ●中国少数民族美術展覧会 ○桂林博物館 ○11月9日 ※全国レヴェルの作家が集合しました でも、作品が漢化されてて、少数民族の作品らしくないよ! 漢化って、漢族の文化になって行くことです。====================== ●ひらがな、カタカナの成り立ち ○広西師範大学美術学部(桂林) ○11月10日 ※日本人書道家、S女史による講演 その夜は、みんなで手作りの寿司パーティー ====================== ●龍生少数民族山岳地帯考察 ○11月13日ー15日 ※トン族、揺族の美術工芸品をしっかりビデオに 収めてきましたよ!近日ネットで公開!! ====================== ●桂林日本文化研究所構想 ※桂林に、M新聞の協力で 美術書を含む、5万冊の本が届いています。 10万冊が目標。 いよいよ 研究所設立に向けて、中国側の設立準備委員会を スタートさせます。私は、なぜか?中国側の設立メンバー 日本側がNPOを立ち上げる予定。 顧問は、ななんと、元京芸大学長、 仏教学者のT.U氏か? =======================
2003年11月19日
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突然、冬になったり、また夏になったりと 気温の変化が激しい中国桂林です. おとといの、東京国際女子マラソン 高橋尚子選手の走り、 中国からネットナビで 逐次書き込まれる経過情報で、彼女の走りを 頭の中に浮かべながら見て?ました。 トライアスロンをやってたせいなのかなあ ネット上の随時変わる、書き込みだけで けっこう楽しめるんですね。 とくに、彼女がエチオピアのランナーに抜かれる場面 おもわず、マウスを握り締めてしまいました。 ネット上の仮想空間でイメージできる彼女は、 初めての敗戦なのに、さわやかイメージ ちょっと、素敵に見え?ました、
2003年11月18日
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金曜日から、桂林北西部の龍生少数民族自治県に行ってました。広西自治区って言うぐらいですから、この辺。中国の中でも少数民族のとくに多い地域なんです。今回行った龍生各少数民族自治県は揺族とトン族が比較的に多い自治県で、おなじエリアに住みながら家の作りが揺族は3階建て、トン族は2階建て。女性の髪の長さが成人女性の場合、揺族は地面に着くほど長いなどの特徴があります。実は、この山岳地帯今回で3回目なんです。以前、考察課って授業で生徒を引率して来たことあったんですよ。トン族の民家に1週間ほど泊り込んで、撮影やら、スケッチやらをする授業なんです。なんだか、引率っていうより聞き取れない少数民族の話す中国語に参ってしまって。私の方が引率されてました。ぼろぼろに朽ちた家々の風情が日本のどこかの農村に似ているようで、まだ夜が明けきれぬ時間、かまどから立ち上る煙の匂いが郷愁をさそってたんです。今回はそれから5年ぶりの訪問。そんなわけで桂林の町並みがここ数年で大変化したんだから、山岳地帯の変化ってどうなってるか、興味深深だったんですが、いやあ、おったまげました。集落へ入る谷沿いの何箇所かにチケット売り場があるんです。観光地化ですよ。あんな山奥にTOTOの水洗トイレがあったんです。うんー。なんて言っててよいのやら。でも、デザイナーの立場から見れば、中国によくありがちなミスマッチじゃなくって周りの風景に溶け込んでたのは救いでした。
2003年11月17日
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これといって、特別なこともなく普通の日を過ごしています。朝6時半起床。学生たちとグランドを走り、学校近くの桂林米粉店にて朝食を食べ、教員宿舎でコーヒーを飲みながらメールチェック。中国側のデザイン教師を日本で受け入れてくれる可能性のある大学院に連絡取ったりなどなど。美術系教官室へ、先生たちと冗談を言い合いながらなんとなく過ごす。学校内に立ち上げた日月魚設計公司にてスタッフの作ったデザインをチェック。夕食はスタッフたちと一緒に学校裏門に立ち並ぶ火鍋店にて鍋をつつく、以上、なんの変哲もない一日。
2003年11月13日
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広西師範大学、美術学部にて日本人書道家Sさんの講演と実演。内容はひらがなの成り立ち、カタカナの成り立ちなど通訳は中国初のデザイン博士、日本滞在11年の“帥民風”。講演後、帥氏美術館にて寿司パーティーで打ち上げ。http://www003.upp.so-net.ne.jp/rasa-dsn/
2003年11月12日
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うはあ。朝寝坊。気が行けば8時半じゃん。定刻のあさ7時、学校のスピーカーから流れる大音響の中国国歌でも目が覚めなかった昨夜、カラオケ屋?で1時過ぎまで‥中国にてはじめて、ウイスキーなるものジャックダニエルのロックを飲んだ。きょうの夜、広西師範大学で“ひらがなって?”の講演をやるんですが、その講演のため桂林入りしていた日本人書道家○女史と、中国の受け入れ側で、講演前日にも関わらず夜遊びしてました。ちょっと、頭痛し。日中デザイン用語集作成のためネット上のデザイン用語、現代美術用語を採集。この仕事1年で終わるんだろうか‥
2003年11月11日
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先日まで30度を越える暑さだったはずなのに今日の寒さったらなんてこった。ジーンズの上に防寒用のズボンを履きダウンジャケットを着ています。なんなんじゃ、桂林。真夏から真冬へ、ここでの冬も4回目だけど、景色がいいのに天候はほんとに奇怪(チークワイ)←中国語※桂林の連中がよく言ってる桂林天気非常奇怪。8時過ぎ、西山公園にある桂林博物館に中国少数民族促進協会の絵画展を鑑賞に行く。桂林工学院の学生たちから、なぜか取り囲まれるどうも、少数民族と勘違いされたみたいだそりゃ、日本人だって漢族に比べれば少数民族には、違いないけど、‥グランドではきょうもこの寒さのなか、運動会が開かれている。近くの中学専科学校がグランドを借りているみたいです。夜、帥民風、広西師範大学副教授と歩行街、喫茶店にてお茶。結構高い、コーヒーが35元なんて、日本より高いじゃん、
2003年11月09日
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昨日今日と大学の運動場では、運動会が開催中入場パレードから始まるが、各学部それぞれ嗜好を凝らした演出で、観閲台の前で練習の成果を発表。わが工芸美術系は選抜された女生徒のストリートダンス。ちょっと前には、ここ中国では到底考えられなかったパレードを終えると、プログラム第1番。学部対抗“健美操”。“健美操”って? はい、エアロビのことです。いやあ、結構うまいじゃん。なんだか、元気、元気、学部の応援団の黄色い声援を受けて、これまた盛り上がりました。そういう今も、グランドでは、太鼓の音と大声援が響いてきます。ちょっこら見てきますね。見てきました。いやあ、学部対抗のリレーは盛り上がりました。60メートルリレーなるもの初めて見ました閉会式の表彰式では、学部の仲間が表彰されるたびに大声援と、胴上げ!日本ののりのりの高校レベルが、ここ中国のこの大学では繰り広げられています。なんだか、改革開放で育った世代は元気です。でも、しっかり反日の教育を受けてるんで心のどっかに、なかなか超えられない壁があるのも事実、その事実も含めて、一緒にアートしていこうと思っています。
2003年11月08日
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11月だというのに、30度を越す暑さの桂林です。東京での語学トレーニングを終えたのが9月の半ば鹿児島でたくさんの送別会とたくさんの“もうかえってくるな!”の声を受け(笑い再び東京へそして、中国北京での最終研修を終え桂林に到着いたしました。いや~、長かった。やっと現地到着です。今回は以前のように,学校からの私個人に対する要請ではなくJICA(国際協力機構)からの派遣です、そんな訳で,微妙に以前とポジションが違ってるんです。それでもって,派遣前のトレーニングメニューがてんこ盛り。やっと、すべてのプログラムを終えて現地到着しましたいやあ、ほんとに長かった。現在の日中関係といえば,今月にはいってからも西安の寸劇事件をはじめちょっと、ギクシャクODA批判のなかでの中国での活動です。さ~~て、今回、どういった滞在になるのでしょうかわくわく、どきどきです。今回の中国側の要請は、あたらしいデザインとアートの紹介そして中日アート交流なんです。どういうプログラムを組むかは、すべて任されています。ちょっと、生活待遇がよくなった分ちょっと、責任分が増えました。そんな中、最初の仕事をはじめました。昨日は、日本から現代アートの大御所、飯塚八朗氏(75歳)を迎え講演会開催!!スライドで世界各地にある氏の作品紹介のあとは、学生達の素直な現代アートに対する疑問、質問に飯塚氏が淡々と、回答!学生;日本的デザインの風格ってなんですか?学生;日本では漫画が盛んですか、漫画って芸術ですか?学生;抽象的表現には、民族性が感じられないんですが?などなど、さすが中国って思わせる質問あり~のです。学生;飯塚先生がパブリックアート(彫刻)を製作されるとき伝統的感覚や、日本的なものをどうやって表現されていますかその辺は、どうお考えですか?飯塚氏;日本で生まれ、日本食たべて、それでもうじゅうぶん日本的。伝統とか日本的ってとくに考えて製作したことないなあ大事なことは、アートを通じたコミュニケーションなんだよ。こんな、感じのやりとりです。通訳は、大変!ちょっと、訳し方の表現をあやまると誤解が誤解を招き、西北大学寸劇事件みたいになり兼ねない。そう、そうその大変な通訳とは、私のことです。いやあ、美術的感覚表現の通訳って美術の背景とその国の背景がわからないと、相手がなにを言ってるのか、なにを言いたいのか理解できないんで通訳にならないんですよ。そのうえ、美術の専門用語でしょ。でも、政治の通訳よりはずーっと、気分的にリラックスアートって、生命に関わる問題ってあんまりないもんねそれゆえに、芸術での相互理解できる安定した時代の大切さをひしひしと感じています。中国大陸、桂林で、学生に自分の得意を授業して“みたい”!作品展やって“みたい”! なんかようわからんけど、“みたい”と思われるあなた!!あなたの“みたい”を、かたちにしませんか!?今月のアートシーン●森美術館10月18日オープンの美術館東京六本木、六本木ヒルズ[アートにみる幸福えの鍵]※オープン2日目に行きました破壊的な表現のコレクションが少なくて個人的には好きな企画展でした。破壊的表現って、人を惹きつける力はあるんだけれど‥この企画展における古典から現代美術まで日本画、アジア、西洋、フィルムやビデオ、政治、社会、多様な作品をうまく組み合わせたキュレーターの力に感服します。本物のりんごをポツンとおいてあるだけのオノ ヨーコの作品 近づきすぎて、係員に注意されるおばちゃん達の団体が微笑ましいでした。おばちゃん;本物のりんご?係員;はい、そうですおばちゃん;これってアートなの?ここから、延々と係員の説明がはじまる。ジョンレノンとの出会いから、りんごの作品ができるまできっと、毎日、なんどもおんなじことをくりかえし説明しているのだろうなあ。●東京都現代美術館[ガウディーかたちの探求]ガウディー独特の建築造形その自由で複雑な形が、素材を生かし実に、幾何学的で規則正しいものかがわかりました。仕方ないことかもしれませんが、ちょっと、パネル展示が多すぎたよこの企画展で印象にのこった言葉。建築は光を整え、彫刻は光と戯れ、絵画は色による光の再生である。光は中庸でなければならず、ありすぎても、すくなすぎてもいけない。↑中国人には、この感覚むつかしいかも‥僕自身、デザインとくにポスターを作るときは光の表現に結構こだわるんですよ越後妻有と直島でみた、“ジェームス・タレル”には、めちゃ感激だったけど光をテーマにした作家に、ここ最近、ぐいぐい引っ張られるんです。●北京東京芸術工程北京朝陽区大山子。ありました、やっと探しあてました。銀座の東京画廊が北京に進出したことは知ってたんですがなにしろ場所がわからない。2日がかりで、探し当てました。レンガ造りの工場跡を利用したギャラリーとカフェ、そして作家のアトリエが工場跡地に点在してます中国にも本格的な現代アートエリア出現!それにしても。あのトイレは凄まじかった、あれも、アートしてたんだろうか?
2003年11月05日
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