PR
カレンダー
コメント新着
キーワードサーチ

九年前、乳がんが見つかった。
告知を受けたとき、私は「もう長くは生きられないかもしれない」と思った。
ちょうどその頃、元アナウンサーで、歌舞伎俳優の配偶者が乳がんで亡くなったばかりだった。連日の報道を見ながら、がんとは命を奪う病気なのだと強く印象づけられていた。
だから、自分が乳がんだと知らされたときには、目の前が真っ暗になった。
ところが、主治医の言葉は私の予想とは違っていた。
「今は、がんでなかなか死なない時代です。その代わり治療は長く続きます。お金もかかりますよ。仕事は辞めないほうがいいです。」
そのときは、その意味がよく分からなかった。何よりもまず、生きられるのかどうかが気になっていたからだ。
しかし九年経った今、あの言葉は驚くほど正確だったと思う。
私は今も病院に通っている。
入院したのは手術の前後だけだった。生命保険の給付金も、その期間に対して支払われた分だけである。
けれど治療はそこで終わらなかった。
診察、検査、薬の処方。再発していないか確認しながら、長い時間をかけて病気と付き合ってきた。
振り返ると、仕事を辞めなくて本当によかったと思う。
治療費のためだけではない。
もし仕事を辞めていたら、私は「がん患者」として毎日を過ごしていたかもしれない。
実際にはそうではなかった。
仕事をし、家事をし、友人と会い、季節の移ろいを楽しむ。その日常の中で、ときどき病院へ行く。
私の生活の中心にあったのは、がんではなく暮らしだった。
治療は暮らしの一部ではあったが、暮らしそのものではなかった。
九年前、私は「がんになったら死んでおしまいだ」と思っていた。
けれど実際には、がんと共に生きる時間が始まったのだった。
長い通院生活は決して楽ではない。それでも、仕事や家事に追われながら病院へ通う日々を重ねてきたおかげで、私は病気だけに自分を支配されずにすんだ。
今日もまた診察の日が来る。
けれど私にとって病院は人生のすべてではない。
病院の帰りには買い物をし、家に帰れば夕食の支度をする。
そんな当たり前の日常の中に、九年続く治療がある。
夏の思い出「枝豆をもぐのは子どもの仕事… 2026.08.03
夏と足湯と冷たいジェラート 2026.07.26
【実話】雷のあとに見えたもの 2026.07.24