ぎょう乃介雑記

ぎょう乃介雑記

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2006年05月03日
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カテゴリ: 古典日記


「万葉集」の巻1・2には紀年体のように、天皇の時代ごとにわかれています。

三山歌(反歌2首を含む)は「後岡本宮御宇天皇代 [天豊財重日足姫天皇位後即位後岡本宮]」と、斉明天皇の時代ですが、この後の歌から、「近江大津宮御宇天皇代 [天命開別天皇謚曰天智天皇」とあって、天智天皇の時代となります。

天皇の内大臣藤原朝臣を詔して春山の萬花の艶と秋山の千葉の彩とを競い憐れはびしめたまひし時、額田王の歌を以ちて判れる歌

16「冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は」

訳「春がやってくると、いままで鳴かなかった鳥たちも飛んでき鳴き、咲かなかった花々も咲くけれど、山は木々が茂り山にはいれず、草が深く生い茂り、入り込めない
秋山の木の葉は紅葉し、手にとって賞美し、青々しい葉はそのままでしかたがないと嘆く、それは残念だ、
(でも私は)秋の山が良い。」・・・・(1)

額田王の近江國に下りし時に作れる歌 即ち井戸王の和する歌(18・19略)



訳「三輪山よ 奈良の山々の山すそに隠れるまで、道のかげが重なっていく、この目にはっきりと刻んで見ながら行こうと思うのに、何度もなんどもふりかえって仰ぎ見る山に、くやしいな、心無い雲よ、隠していいものか。(山を隠さないでおくれ。)」・・・・(2)

天皇の蒲生野に遊猟したまひし時に額田王の作れる歌

20「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 」

訳「紫草の野や、人が入っちゃ行けない聖なる場所を行ったり来たり、そんなことしてたら警備が見咎めるでしょう、ああ、あなたは袖をひらひらさせて私の気を引こうとなさっている。」・・・・(3)

皇太子の答へませる御歌 [明日香宮御宇天皇謚曰天武天皇]

21「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも」

訳「紫の花のように白く輝いているあなたを、憎いなんて思ったら、人妻なのにあなたにどうして私が恋心をいだこうか。(決して憎くなんかないよ、だから心惹かれる。)」・・・・(4)

ここで天智天皇の時代が終わります。
そうすると、巻一の天智天皇の時代はすべて「額田王」に関する歌しかないことになります。

「万葉集」には大きく分けて「雑歌」「相聞」「挽歌」という部立(歌の内容による分類)があり、「相聞」は恋に関する歌、「挽歌」は死に関する歌、「雑歌」は行事や叙景その他の歌になります。
巻一は「雑歌」、巻二は「相聞」「挽歌」の部立になります。



ここで、「額田王」の出自を見ると、「日本書紀」の天武天皇の部分に「初め鏡王の娘、額田王をめして、十市皇女(とをちのひめみこ)を生しませり。」とあるのが唯一の記録です。
すると、もともと「額田王」は天武天皇の妻であったわけで、「人妻故に我れ恋ひめやも」は、自分のカミさんを「他人の妻」に擬して呼びかけているところから、「宴会の席の歌」説が主張される根拠がここにあります。

さて、もどって、歌(1)~(4)までを見てみると、(1)で額田王は「春と秋」どちらがいいか判定をし、(2)で近江の国に下っていき、(3)・(4)で天武と贈答をします。この流れに、万葉集の編者の歌物語的な意図を感じます。
三山歌(妻争い)をしているので、「額田王」に「春(天武)」「秋(天智)」のどちらかを選ばさせ、「額田王」は後ろ髪を引かれながら近江に下り(三輪山に別れを惜しみながら)、蒲生野で前夫とこっそり逢う。
この歌の後は「明日香清御原宮天皇代 [天渟中原瀛真人天皇謚曰天武天皇]


十市皇女の伊勢神宮に参赴きし時に波多の横山の巌をみて吹黄刀自の作れる歌」

22「川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて」

訳「川のほとりの聖なる岩々にはコケも生えていない、そのように(十市皇女が)いつも変わらずありますように、永遠の乙女として」

がきます。十市皇女は天武の初めての子供で額田王の娘ですから、ここにも編者の意図があるように思います。

さて、「額田王」は「天智天皇」の葬儀のときの歌を2首歌っていますが、天武天皇にはありません。

天皇の大殯の時の歌二首 (他略)

(巻二「挽歌」)151「かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを [額田王] 」

訳「このようになると事前にわかっておりましたら、天皇の御船の泊まった港を封鎖して出られないように致しましたものを」

そして、この歌があるから、「天智」は「額田王」を「天武」から奪ったといわれるようになった歌、

額田王の近江天皇を思ひて作れる歌一首

(巻四「相聞」)488「君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く」

訳「あなたが来るのをわたしは恋しく待っていると、部屋のすだれがが動くのでドキッとしちゃった、ああ秋の風のいたずらね。」

三山争いから兄弟の妻争いへのお話は、よくある「トンデモ」説と一笑に付す事は簡単です。しかし「額田王」が後に「天智」の元にいったということのほうがロマンとして、素敵なことではないでしょうか。

「歴史」は歴史家の歴史観の数だけ存在していいと思うのです。それは学者であっても、ロマンチストであっても。





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最終更新日  2006年05月03日 08時56分48秒 コメント(7) | コメントを書く
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