ぎょう乃介雑記

ぎょう乃介雑記

PR

×
2006年05月04日
XML
カテゴリ: 古典日記


「鏡王女」は「額田王の姉か。藤原鎌足の正妻。不比等の母」(『万葉集 上巻』伊藤 博 角川文庫)とありますが、舒明天皇の皇女だという説もあり、「額田王」との関係は、不明としている人が多いです。

歌は、「天智天皇」との贈答歌(巻2 92)、「中臣鎌足」との贈答歌1首(巻2 93)、「春雑歌」(巻8 1419)、
そして、

     額田王の近江天皇を思ひて作れる歌一首

488「君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く」

訳「あなたが来るのを恋しく待っていると、部屋のすだれがが動くのでドキッとしちゃった、ああ秋の風のいたずらね。」

の後に載っている、



489「風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ」

訳「あなたが風だけにしろ恋うているのはうらやましい。訪れる人とてない私は、風だけでも来るかと待つのなら、こんなに嘆きはしません。」(488に唱和した歌)
                  (『万葉集(1) 中西 進 講談社文庫』より)

巻8にもこの2首が同じ順番で重複して出てきます。そこで、「唱和した歌」という考え方が出てきたのでしょうか。また、天智天皇との歌のやり取りもあるので、そのへんで「額田王」や「天智天皇」との関係から類推して「額田王」に近い人と考えたのかもしれません。

でも、前記の訳はあまりにも「鏡王女」がかわいそうです。「訪れる人もない」なんて。
この1首はもともと独立している歌で、「君」を思う歌じゃないのかと思うわけです。

そこで私案をひとつ。

訳「風が吹くだけで、あなたのことを考えるのはステキなこと、そして、風が吹くのを待っているだけなら、ほんと、苦しくないよ。でも、待っているのは風じゃなくてあなたなのよ、だから苦しいの。」

こんな、普通の恋歌だと思うのだけれど・・・。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年05月04日 16時36分59秒 コメント(10) | コメントを書く
[古典日記] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ぎょう乃介

ぎょう乃介

フリーページ

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: