全4916件 (4916件中 1-50件目)

ステラ・コール(1999-)の新譜を聴く。EPを含め、今回が4枚目のアルバム。今回はピアノ・トリオとの初のライブ・アルバムで、彼女のジャズ・ヴォーカルを楽しむことができる。筆者は前作の「It's Magic」で初めてお耳にかかったが、ストリングス入りのムーディーな仕上がりで、特に巻き舌のねっとりした発声が印象に残り、あまり良い印象を持てなかった。今回はピアノ・トリオとの共演で、しかもライブということで彼女の素の姿が分かり、以前とはだいぶ印象が変わった。Café Carlyleというニューヨークのサパー・クラブでの録音で、あまり加工されたサウンドではないため、彼女の素顔を身近に感じることができる。曲がアメリカン・クラシックで軽快なものが多いためか、ねっとりした歌声がだいぶ影を潜め、その分、明るく快活な姿が見られた。ところが、前作にも収録されている「It's Magic」を比較したところ、旧録音のほうがあまりべたべたせず、すっきりとした仕上がりだったことが分かった。どうやら無意識に歌っているのではなく、意識的にコントロールしているのだろう。意外に理知的な歌い方をしていることに驚いてしまった。エモーショナルに迫ってくるところなどはアルバムでは感じられなかったことで、ライブとスタジオで異なるパフォーマンスができるのは大きな魅力だ。会話も含まれていて、聴衆との軽妙なやり取りもあり、彼女の人となりが分かる。会話を聞くと歌とまったく同じイントネーションで、歌うように話すようだ。歌ではハスキーなのだが、会話のほうが輪郭がはっきりしているのも、ヴォーカルでは意図的に輪郭をぼやかしているのかもしれない。サウンドをあまり加工していないことも好印象だ。ステージでの振る舞いも堂に入ったもので、観客との軽妙なやり取りを聴いていると、若き日のバーブラ・ストライサンドを思い出してしまった。「Cry Me A River」はベタなバラードなのかと思ったら、カントリー風味の感じられるエモーショナルな歌唱で驚いた。彼女はスロー・バラードを得意としているが、「Anything Goes」のような速いテンポの曲も小粋な味わいがあり、悪くなかった。最後の「Over the Rainbow」では、バースから歌っていて、曲の持つ物語性がより強く感じられる素晴らしい演奏だった。バックは歌伴の名手と言われる人たちが揃っていて、コールの歌を優しくサポートしている。特に、ナンシー・ウィルソンの伴奏ピアニストとして名高いルー・マシューズを彷彿とさせる、洗練されたハーモニーと小粋なフレーズが魅力的なピアノのカナンの上手さが光る。クラブでの録音なので雰囲気はよいが、音の抜けはいまひとつ。また、低音が若干強すぎる感じがする。ということで、これまで彼女のヴォーカルを否定的にとらえていたのだが、今回のライブを聴いて、いろいろな引き出しを持つ才能のある歌手であることが分かった。やはり、録音を聴くのと生を聴くのは大違いということを、改めて認識した出来事だった。彼女は軽妙な聴衆とのやり取りや、堂々たるステージ・マナーなどは立派なものだが、音楽については研鑽を重ねている、いわば発展途上の歌手だ。それを考えると、将来どんな歌手になるのか、とても楽しみだ。Stella Cole:Live at the Café Carlyle (Decca 5750948)24bit 96kHz Flac1.George Gershwin : Love Walked In2.Anthony Newley, Leslie Bricusse : Pure Imagination3.Arthur Freed, Nacio Herb Brown : Singin’ in the Rain Introduction4.Arthur Freed, Nacio Herb Brown : Singin’ in the Rain5.Sammy Cahn, Jule Styne : It’s Magic6.Meredith Willson : Till There Was You7.Isham Jones : It Had to Be You8.Cole Albert Porter : I Happen To Like New York9.Herman Hupfeld : As Time Goes By Introduction10.Herman Hupfeld : As Time Goes By11.Richard Rodgers : The Sound of Music: Something Good12.Farres, Davis : Perhaps, Perhaps, Perhaps13.Arthur Hamilton : Cry Me A River14.Sonny Burke, Peggy Lee : He’s a Tramp15.Henry Mancini : Moon River16.Cole Albert Porter : Anything Goes17.Harold Arlen : When the Sun Comes Out18.Yip Harburg, Harold Arlen : Over the Rainbow Introduction19.Yip Harburg, Harold Arlen : Over the RainbowStella Cole(vo)Michael Kanan(p)Michael Migliore(b)Hank Allen-Barfield(ds)Recorded June 2025 (Live),Café Carlyle, New York City, New York, USA
2026年08月09日
コメント(0)

イギリスのア・カペラ・アンサンブル、VOCES8<のアルバムを聴く。今回は、スウェーデンのバーバーショップ・カルテット Ringmastersとの共演によるもので、シンガーズ・アンリミテッドの傑作ナンバー「フール・オン・ザ・ヒル」を聴いたことがきっかけだ。バーバーショップ・カルテットは19世紀末から20世紀初頭のアメリカで発展した、4人の男性(または女性)による無伴奏のハーモニー歌唱形式という。プログラムは、アメリカの賛美歌、ロシア正教会音楽、ルネサンス作品、現代合唱曲を並べた意欲的なもの。Ringmastersは全曲に参加しているが、ハーモニーが重厚になった一方で濁りはなく、VOCES8の従来の清澄さは保たれている。それはRingmastersが前面に出るのではなく、影のように寄り添っていることからも理解できる。Blake Morganの編曲も、そうした方向性を意識していたように思う。その中でも、ジョバンニ・ガブリエリの「Deus, Deus meus a 10」は、二つのグループが対等に融合した例だろう。ルネサンス音楽とは思えないほど新鮮で豊麗なサウンドで、エンディングの輝かしい響きも鳥肌ものだ。Franz Bieblの「Ave Maria」(1964)は、グレゴリオ聖歌風の祈りとロマン派的な和声が融合した傑作だ。静寂から壮大なクライマックスへ自然に発展する構成で、クラシック作品の中では最も感銘を受けた。Blake Morganの「Loch Lomond (A Folk Fantasia)」は、スコットランド民謡を基にした幻想曲だ。親しみやすい旋律を保ちながら、現代的な和声とドラマティックな展開が加えられている。アルバム中でもスケールの大きい作品だ。難しい技巧を前面に出してはいないが、原曲の魅力が生かされている。Ringmastersらしさが感じられるのは、後半のポピュラー・ナンバーと、「たんたんたぬきの」でお馴染みの讃美歌「Shall We Gather at the River」(まもなくかなたの)だろう。特に「Shall We Gather at the River」のエンディングにおけるパワフルな解放感は比類がない。後半のポピュラー・ナンバーでは、何といっても「フール・オン・ザ・ヒル」が素晴らしい。シンガーズ・アンリミテッドほど音を重ねたアレンジではなく、低音もそれほど強調されていないため、原曲より軽やかな印象がある。非常に難しいスコアだが、健闘している。ただし、ソプラノ・ソロはシンガーズ・アンリミテッドのボニー・ハーマンのような繊細な表現には及んでいない。一方で、女声のハーモニーは実に美しい。男声のけだるい歌い方も魅力的だ。The Jackson 5のヒット曲「I'll Be There」(1970)は、特別凝ったアレンジではないが、わずかにソウル色を感じさせながらも、静謐な佇まいを持っている。後半に向けての盛り上がりも感動的だ。最後は、映画「ノートルダムの鐘」の音楽と、主人公カジモドの切実な願いを描いた「僕の願い」のメドレーだ。イントロから目の覚めるような演奏で、アルバムの最後を飾っている。ということで、ヴァラエティに富んだプログラムで、思いがけず楽しめたアルバムだった。ただ、各グループ単独の曲が収録されていれば、共演による効果がより明確になり、さらに楽しめたようにも思う。また、ジーン・ピュアリングのスコアは非常に難しそうだが、ぜひ彼の編曲を特集したアルバムを制作してほしいと思ってしまった。Voces8&Ringmasters:Shall We Gather(Dacca VCM179)24bit 96kHz Flac1.Robert Lowry: Shall We Gather at the River (Arr. Blake Morgan for Vocal Ensemble)2.Sergei Rachmaninoff: Liturgy of St John Chrysostom, Op.31 - V. Little Entrance. Come, Let Us Worship3.Eric Whitacre: Lux Aurumque4.Giovanni Gabrieli: Deus, Deus meus a 105.Franz Biebl: Ave Maria6.Michael Praetorius / Jan Sandström: Det är en ros utsprungen (Lo, how a Rose e'er blooming)7.Blake Morgan: Moonrise8.Bertil Krigström: In Memoriam (Ring Out Wild Bells)9.Jaakko Mäntyjärvi: Pseudo-Yoik10.Blake Morgan: Loch Lomond (A Folk Fantasia)11.John Lennon / Paul McCartney: The Fool on the Hill (Arr. Gene Puerling for Vocal Ensemble)12.Berry Gordy Jr., Hal Davis, Bob West, Willie Hutch: I'll Be There (Arr. Blake Morgan for Vocal Ensemble)13.Alan Menken: The Bells of Notre Dame & Out There (Arr. Dale & Krigström for Vocal Ensemble)Voces8(vo)Ringmasters(vo)Recorded 2023-2026,The VOCES8 Centre, London, UK
2026年08月07日
コメント(0)

賞味期限がだいぶ過ぎてしまったが、RINAの新作「JOKER」を聴く。リリース元はPlaywrightという、ディスクユニオンの制作部門・DIW PRODUCTS GROUPによる、ジャズ・インストゥルメンタルを専門とするレコードレーベルだそうだ。今回はDIWも出品している、いつものbandcampから¥1600でハイレゾ音源をダウンロードした。このアルバムは彼女の3枚目のアルバムで、本人の言葉によると、タイトルチューンの「Joker」は「ジャズでは極めて珍しい3部構成の組曲」で、映画音楽のように物語性を持たせるため、組曲という形式を採用したという。各パートは、「Part I Red」が音楽表現の方法を見つけた喜び、「Part II The Mask」が演じ続けるうちに「仮面」をかぶり、本来の自分を見失っていく葛藤、「Part III Black」が挑戦を続ける中で、不安や葛藤を乗り越え、解き放たれたJokerの姿を描いているという。Part IIIが最初に完成し、その後にPart I、Part IIが作曲されたとのこと。明るくコミカルでありながら、ペーソスも感じさせる組曲で、彼女の作曲家としての力量が感じられる優れた作品だ。日本人には珍しい、べたべたしないイタリアあたりの乾いた叙情性が感じられる点も魅力だ。特に「Red」は、軍隊のドラムを思わせるスネアの刻みから始まり、イタリア映画のような猥雑な雰囲気を感じさせる。「The Mask」は、ジョーカーの悲哀を感じさせる情感豊かな佳曲である。井上の朴訥なベース・ソロも、曲調によく合っている。「Black」は、哀愁を感じさせながらも疾走する展開が印象的で、なかなか感動的だ。最初の「Set Free」は、速いテンポのハードバップで、ピアノがぐいぐいと迫ってくる。「Room 4J」は王道のハードバップで、都会的なテイストを持ち、ノリの良いフレーズが心地よい。「Dr. Frog Man」は、アルバム唯一のピアノ・ソロ。名前はユーモラスだが、ゆったりとしたリリカルなメロディーに心が洗われるようだ。「Oscar’s Dance」は、オスカー・ピーターソンへのオマージュだろう。タイトルからも分かるように、偉大なジャズ・ピアニストへの敬意を感じさせる曲である。速いテンポの中に、オスカーのピアニズムを思わせるようなフレーズも感じられる。オスカーとの力量差を踏まえたうえで、あえてトリビュートの意味を込めて書いたのかもしれない。「La Rambla」は、スペイン語で「大通り」という意味だそうだ。スペイン・バルセロナの中心街にあるLa Ramblaが特に有名らしい。大通りの喧騒を描いているように聴こえるが、リズム面ではなぜかアフロ・キューバン的な要素を感じさせるところが面白い。最後は「Hello, Again」。速いテンポながら抒情的な作品で、爽やかで前向きな気分を感じさせる佳曲であり、フレージングには松永貴志との類似性も感じられる。使い古された言葉ではあるが、この息苦しい世の中で一服の清涼剤のような曲だろう。アルバム全体を通してRINAのピアノが打鍵の強い、ハンプトン・ホーズ的な手癖を持ったピアニストという印象を持った。ということで、かなり充実した楽曲が並び、彼女の作曲家としての力量が十分に示されたアルバムとして、お勧めしたい。RINA:JOKER(Playwright PWT-147)24bit 96khz FlacRINA:1. Set Free2. Joker - Part I Red3. Joker - Part II The Mask4. Joker - Part III Black5. Room 4J6. Dr. Frog Man7. Oscar’s Dance8. La Rambla9. Hello, AgainRINA(p)井上陽介(b track 1-5、7-9)木村紘(ds track 1-5、7-9)Recorded 2025,NK SOUND TOKYO(東京)
2026年08月05日
コメント(0)

スエーデンのソプラノ歌手アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(1955-)がキャバレー・ソングを歌ったアルバム「ベルリン! ベルリン! ベルリン!~キャバレー・ソングと亡命者」を聴く。キャバレー・ソングというと、どぎつい歌と暗いイメージというのが、多くの聴き手の印象ではないだろうか。筆者も同じで、そのような強烈な表現の歌は時折聴くには面白いが、常に聴き続けられるようなものではないと思っていた。個人的には、知っている歌手がクルト・ワイルの妻であるロッテ・レーニャやウテ・レンパーなど、ごく限られた歌手だったこともあり、キャバレー・ソングに対するイメージが固定されてしまった面もある。今回のアルバムは、オッターがドイツ人ではないこともあり、歴史的背景から距離を置いた視点で歌われているため、その固定されたイメージから解放されているように感じる。実際の歌唱も、隈取りの濃いどぎつい表情は控えめで、これらの音楽がかつて「退廃音楽」と呼ばれていたことを強く意識させない。そもそもこの企画は、指揮者・ピアニスト・編曲家のアダム・ベンツヴィを中心として、失われつつあったベルリンの音楽劇やキャバレー文化を再現する試みから発展したものだ。きっかけとなったのは、1920~40年代のベルリン歌曲や忘れられたドイツの大衆音楽を舞台によみがえらせる活動を行っていたベンツヴィが企画した「Ich wollt’, ich wär’ ein Huhn」(私が雌鶏だったら)という舞台作品だ。この公演は1920~40年代ベルリンの歌を集めたプログラムで、オッターやコミッシェ・オーパー周辺のスタッフも参加していた。その流れを発展させ、より広い内容を持つ形で制作されたものが、今回のアルバムだ。選曲はクルト・ワイルやハンス・アイスラーだけでなく、フリードリヒ・ホレンダー(1896-1976)、ミシャ・スポリアンスキー(1898-1985)、ミヒャエル・ヤーリー(1906-1988)などの作品も収められている。全曲がキャバレーソングというわけではなく、映画音楽なども含まれているが、アルバム全体に変化を与えており、選曲としても効果的だ。オッターは総じてスローナンバーのほうが精彩があり、「Illusions」などのムーディーな歌唱は聴き応えがある。ただし、速い曲では意識的な表現なのかは分からないが、少し後乗り気味に感じられる部分があり、そこは惜しい。インストゥルメンタルで演奏されるロタール・ブリューネの「Kann denn Liebe Sünde sein?」(恋は罪なのか)は、戦前ドイツ映画音楽を代表する一曲だという。そのコミカルで軽快な雰囲気は、当時のドイツの大衆文化を感じさせるものだ。タイトルチューンであるピーター・クロイダーの「Musik! Musik! Musik!」は、レビュー音楽のような無類の楽しさを味わえる一曲だ。オッターは健闘しているが、ここでは少し生硬さが感じられるのが惜しい。ピーター・フェネスの「Merci, mon ami, es war wunderschön」での、オッターによるトロンボーンの物真似も見事なものだ。イントロのギターと、途中から入るピアノだけの伴奏による「Erinnerung an die Marie A」は、シンプルな歌ながら温かみがあり、実に爽やかだ。オッターのヴォーカルも余計な表情を加えない素直なもので、この曲本来の美しさを引き出している。バックを務めるのはベルリン・コーミッシェ・オーパー・サロン・オーケストラという団体で、ここでは10人の奏者がクレジットされている。コーミッシェ・オーパーのピックアップ・メンバーによるアンサンブルで、単独での公演活動も行っている。この歌劇場自体が、オペラだけでなく、オペレッタ、ミュージカル、20世紀作品、軽妙な舞台作品なども積極的に上演しているため、今回のような音楽への適応力も高いのだろう。さすがにアンサンブルには抜かりがなく、明るく風通しの良い心地よいサウンドを聴かせる。キャバレーソング特有の息苦しさが感じられないのは、この演奏陣の貢献が大きい。曲に合わせた編曲も優れており、特にギターの爽やかな音色が効果的だ。時折聴かれるヴァイオリン・ソロの艶めかしい響きも、良いアクセントになっている。ということで、思いがけない録音だったが、練られた企画、選曲、編曲、キャストが揃った完成度の高いアルバムであり、当時のベルリンの雰囲気を生き生きと楽しめる優れた作品だ。ぜひ多くの方に聴いていただきたい。Anne Sofie von Otter:Berlin! Berlin! Berlin! Kabarett und Exil(BIS BIS2827)24bit 96kHz Flac1.Walter Jurmann:Mein Gorilla hat ’ne Villa im Zoo2.Nico Dostal:Heut’ Abend lad’ ich mir die Liebe ein3.Friedrich Hollaender:Illusions4.Michael Jary:Der Onkel Jonathan5.Günter Neumann:Ach, wie schön, man singt immer tiefer6.Friedrich Hollaender:Keiner weiß, wie ich bin, nur Du7.Rolf Marbot:Vorbei8.Hanns Eisler:Über den Selbstmord9.Kurt Weill:Marterl10.Lothar Brühne:Kann denn Liebe Sünde sein?11.Peter Kreuder:Musik! Musik! Musik!12.Peter Fenyes:Merci, mon ami, es war wunderschön13.Hanns Eisler:An den kleinen Radioapparat14.Hanns Eisler:Das Vielleicht-Lied15.Franz S. Bruinier:Erinnerung an die Marie A.16.Friedrich Hollaender:Marion-Tango17.Michael Jary:Oui, Madame18.Lothar Brühne:Der Wind hat mir ein Lied erzählt19.Mischa Spoliansky:Leben ohne Liebe kannst Du nichtAnne Sofie von Otter(ms)Adam Benzwi(p,cond)Salon Orchestra of the Komische Oper Berlin:Daniela Braun(vn, singing saw)Felix Nickel(vc)Arnulf Ballhorn(b)Sebastian Lehne(cl)James Scannell(sax,fl)Matthias Kamps(tp)André Pinho de Melo(tb)Ralf Templin(g, banjo, mandoline)Stephan Genze(ds)Fabian Fredriksson (g tracks 3, 9, 13 and 15)Recorded 2nd–6th September 2024 at Traumton Studio, Berlin, Germany
2026年08月03日
コメント(0)

クリスチャン・サンズ(1989-)というアメリカの技巧派ピアニストの新作を聴く。全くアンテナに引っかからなかったのだが、Reach(2017)以来、このアルバムを含めて5つのアルバムをリリースしているようだ。本当はDelux盤が出るのを待っていたのだ、追加されたのは3曲のボーナストラックだけだったので、安いロスレスを購入した。彼はクリスチャン・マクブライドのバンドに在籍しており、「Out Here」(2013)と「Live at the Village Vanguard」(2015)の2枚に参加していた。特に「Out Here」は、サンズが脚光を浴びるきっかけになった作品だという。筆者は2枚とも聴いていたが、このピアニストは印象に残っていなかった。演奏は彼を含むBetween Then and Now Trioというグループで、デンマーク出身のベース奏者フォネスベックと、スウェーデン出身のドラマー、ラスムス・キールベリという編成。この録音だけでなく、グループとしての活動を継続するようだ。なお、サンズとフォネスベックは以前、同じレーベルからリリースされた「Take One – Live at Jazzhus Montmartre」(2015)で共演していた。(未聴)コルトレーンとジョゼフ・コスマの「枯葉」が融合したような「A Giant Leaves」の新鮮な解釈が気に入ったことが、このアルバムを購入するきっかけとなった。サンズの高速アドリブが聴ける、なかなかスリリングな演奏だった。「A Giant Leaves」のエンディング・フレーズを繰り返しながら、ドラムスがソロを取るという構成もなかなか気が利いている。このトラックは良いのだが、他のトラックはそれほど魅力を感じなかった。その中では自作のバラード「Where the Light Settles」が印象的だった。その澄み切った抒情は聴き手の心に染み渡り、キース・ジャレットのバラードの世界を思い出させるような、自然な呼吸を持った感動的な演奏だった。ベースソロから始まるサンズの「Searching in Sahara」はタイトル通りサハラを疾走しているような推進力のある演奏で、僅かに感じられるアーシーなテイストも悪くない。時折繰り出される高速のアルペジオには、これでもかというほどの凄味が感じられ、エンディングの高揚もなかなかのもの。サンズのテクニックを楽しむならこの曲だろう。フォネスベックの「Where Children Still Play」も、変拍子を用いた洒落た曲で楽しめる。気になったのは「黒いオルフェ」。速いテンポなのは良いのだが、変拍子のコミカルな解釈がやや恣意的で、原曲の持ち味を損なっているように感じられる。例えていえば、エロール・ガーナーのスタンダード解釈に近いスタイルだろう。違いは、ガーナーほど徹底した個性には至っていない点か。「So Tired」は原曲より幾分遅めのテンポで、アーシーなテイストが強調されている。最後のジミー・ジュフリーによるクール・ジャズ的なナンバー「The Cop Out」では、持ち前のテクニックが見事にはまり、圧倒的な演奏を繰り広げている。アルバム全体としては、北欧のメンバーとの共演にもかかわらず、相乗効果はそれほど感じられず、サンズの独走ぶりが目立つ。ベース、ドラムスともにあまり前面へ出てこないのは、その独走ぶりに合わせているためなのかもしれない。俗にいう「才気ばしっている」という表現が適切かは分からないが、サンズは30代半ばを過ぎており、もう少し落ち着いた演奏を期待したい。付け加えるとフレージングが稚拙とは言わないが、練度が足りないところが見受けられた。現在は、テクニックに恵まれたミュージシャンにありがちな「できることは何でも見せる」という方向性が強い。今後の課題は、いかに引き算の演奏ができるかという点にあるだろう。Christian Sands:Between Then and Now(Storyville 1018546)16bit 44.1kHz Flac1.Otto Mortensen : Til Ungdommen / To the Youth (Solo Bass)2.Thomas Fonnesbæk : Hvor børn stadig leger / Where Children Still Play3.Christian Sands : Searching in Sahara4.Luiz Bonfá : Manhã de Carneval5.Otto Mortensen : Til Ungdommen (To the Youth)6.Bobby Timmons : So Tired7.John Coltrane;Joseph Kosma : A Giant Leaves (for Alex)8.Christian Sands : Where the Light Settles9.Jimmy Giuffre : The Cop OutNorth Meets West Trio:Christian Sands(p)Thomas Fonnesbæk(b)Rasmus Kihlberg(ds)Recorded:2025,Copenhagen, Denmark
2026年08月01日
コメント(0)

レスピーギの初期の大規模な管弦楽曲「Sinfonia Dramatica」を聴く。ロバート・トレヴィーノ指揮、RAI国立交響楽団による昨年の録音。トレヴィーノ(1984-)は、アメリカ・テキサス州生まれのメキシコ系アメリカ人。名前は知っていたが、今回初めて聴くと思っていたところ、以前にバスク国立管弦楽団との「AMERICASCAPES」というアメリカの作曲家の作品を集めたアルバムを聴いていたことが分かった。久しく聴いていないが、シャープな演奏だったと記憶している。トレヴィーノは現在この楽団の首席客演指揮者を務めており、本盤は「ローマ三部作」に続くレスピーギ録音だ。彼は「《シンフォニア・ドラマティカ》(1914)はローマ三部作のような描写音楽ではなく、『愛』や『死』といった普遍的な主題を扱う純粋な交響曲であり、ローマ三部作が深みを持つなら、この作品は深みそのものだ」と語っている。それだけこの作品にほれ込んでいるということなのだろう。編成は3管編成でホルンは6本という大規模なもので、演奏時間は50分を超える。第一次世界大戦直前の不安な時代の空気を感じさせる、悲劇色の濃い作品だ。いい曲なのだが、実演や録音にあまり恵まれていないのは、知名度の低さに加え、大編成ゆえの演奏コストが大きな要因なのだろう。第1楽章は25分弱に及ぶソナタ形式で、ラフマニノフの交響曲第2番第1楽章を思わせるほの暗い雰囲気を持ち、冒頭から悲劇色の濃い主題で始まる。巨大な建築物を思わせるスケールを持つが、全体を通してムードは大きく変化しない。第2主題は穏やかではあるものの、悲劇的な色調は変わらない。展開部は勢いよく突き進むのかと思えば意外に穏やかで、作曲者の意図がやや見えにくい点は惜しまれる。緩徐楽章である第2楽章は熱気を帯びながらも透明感のある響きを保っており、本作中で最も感銘を受けた。レスピーギ特有の「夜の音楽」の魅力がよく表れた楽章だ。第3楽章も闘争的な性格を持つが、悲劇的な要素が色濃く、何らかの物語を思わせるスケールの大きな音楽である。終結部で人々が足を引きずりながらゆっくり歩いているように感じられる音楽は、聴き手の心に深く突き刺さる。全く関係ないことだが、ニーノ・ロータの「道」のザンパーノの音楽(組曲「Solitudine e pianto di Zampanò」)を思い出した。同じイタリア人作曲家ならではの感性によるものなのだろうか。RAI国立交響楽団は、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団やスカラ座管弦楽団に次ぐ評価を受けるオーケストラだが、商業録音は多くない。トレヴィーノとのレスピーギ録音の成功を機に、今後さらに録音が増えることを期待したい。今回の演奏を聴くと、指揮者の影響も大きいと思われるが、イタリアの歌劇場オーケストラに特徴的な強靭なカンタービレがあまり感じられない点は、やや物足りなく思えないこともない。しかし、この作品の巨大な構成や複雑な和声は、このオーケストラの透明感のあるサウンドによって明瞭に浮かび上がっている。結局、レスピーギはローマ三部作のような絢爛豪華な管弦楽作品の方向へ進んでいった。しかし、ヒットするかどうかは別として、この作品と同じ方向性をさらに追求していても、優れた作品を残したに違いない。録音は解像度が際立って高いわけではなく、低音の量感も控えめだが、標準的な出来。Robert Trevino Respighi:Sinfonia Drammatica(ONDINE ODE1477)24bit 96kHz Flac1. I. Allegro energico2. II. Andante sostenuto, con grande espressione3.III. Allegro impetuosoOrchestra Sinfonica Nazionale della RAIRobert TrevinoRecorded on 2–4 July 2025 at the Auditorium Rai “A. Toscanini”, Turin, Italy
2026年07月30日
コメント(0)

セシル・マクローリン・サルバント初のオーケストラとの共演作。最初のヴァイオリン・ソロから惹きつけられる。多くの曲が遅めのテンポでしっとりと歌われ、時折訪れる空白も味わい深い。「Send in the Clowns」や「Lush Life」のスケールの大きな歌唱も魅力的だが、特に気に入ったのはワイルの三文オペラからの「Barbara Song」。物語仕立ての楽曲で、彼女のストーリー・テラーとしての才能が感じられる名唱だ。映画を見ているような劇的な展開も素晴らしい。いつものチャイルディッシュな歌い方やデフォルメした発声はあまり目立たない。あくまでも正統的なアプローチで好感が持てる。曲によって表情は異なるが、全体を通して抑制の利いた歌唱が印象的で、デリケートなニュアンスを大切にした丁寧な表現が光る。バックがトュッティになると表情は大きくなるが、その丁寧さは変わらない。通常、ポピュラー音楽におけるオーケストラ・アレンジは画一的で面白みに欠けることが多いが、アーギューの弦を中心とした編曲はオリジナリティに富み、退屈さを感じさせない。サウンドの多彩さと静けさが共存し、実にしっとりとした響きを生み出している。いたずらにブラスを強奏して煽ることもなく、全体の品位が保たれている点にも好感が持てる。マクローリン唯一のオリジナルは「Left Over」だが、これも素晴らしい出来だ。この曲は2015年のアルバム『For One to Love』に収録されており、今回は再録となる。彼女は、このアルバムに収めたスタンダードはいずれも「トーチ・ソング(失恋や切ない愛を歌う歌)」と考えているという。そのため、報われない恋を歌ったこのオリジナルも同じ系譜に位置付けているようだ。曲の出来が良く、他のスタンダードと並べても引けを取らないすぐれた演奏だ。ルグランの「シェルブールの雨傘」も、しっとりとした歌唱が意外で新鮮だった。この曲ではイントロやベース・ソロに寄り添う木管の扱いが実に巧みで、思わず耳をそばだててしまった。エンディングで深々と雪が降るように響くグロッケンの使い方も見事である。ノエル・カワードの「I'll See You Again」は派手さはないものの、ジャジーで洗練された編曲が魅力で、再会を願う心情が自然に伝わってくる。ソンドハイムの「Being Alive」はモノローグのような控えめな編曲だが、次第に心を開いていく様子が感動的だ。惜しむらくはエンディングで、彼女特有の歌い回しが少し顔をのぞかせることくらいだろうか。このアルバムの成功の半分は、ダーシー・ジェームズ・アーギューの編曲によるものだ。スケールが大きく、格調高いシンフォニックなサウンドが実に素晴らしい。また、木管の扱いが巧みで、木管アンサンブルの響きにも卓越したセンスを感じる。メトロポール・オーケストラはこの種の作品への適応力には秀でているが、「格調の高さ」や「音色の洗練」という点では、さらなる向上を期待したくなる。ということで、実に素晴らしいヴォーカル・アルバムであり、ジャズ・ファンだけでなく、ポピュラー音楽を愛する方々にもぜひ聴いていただきたい。official videoCécile McLorin Salvant:With Every Breath I Take(Nonesuch 7559-78961-2)24bit 96kHz Flac1.Cy Coleman / David Zippel:With Every Breath I Take2.Duke Ellington / Mitchell Parish / Irving Mills:Sophisticated Lady3.Stephen Sondheim:Send in the Clowns4.Kurt Weill / Bertolt Brecht:Barbara Song5.Cécile McLorin Salvant:Left Over6.Buddy Johnson:Ever Since the One I Love's Been Gone7.Michel Legrand / Jacques Demy:Les Parapluies de Cherbourg8.Noël Coward:I'll See You Again9.Stephen Sondheim:Being Alive10.Billy Strayhorn:Lush LifeDarcy James Argue(arr.)Cécile McLorin Salvant(vo)Sullivan Fortner(p)David Wong(b)Kush Abadey(ds)Metropole OrkestJules Buckley(cond)Recorded December 9–10, 2025,MCO Studio 1, Hilversum, The Netherlands
2026年07月28日
コメント(0)

presto musicで紹介されていたイギリスの作曲家John McCabe(1939–2015)の交響曲ほかを収めたアルバムを聴く。マッケイブはハイドン、ニールセン、ハヴァーガル・ブライアンの影響を受けた作曲家とされる。イギリスの作曲家ながら、典型的なイギリス音楽に見られる田園風景を思わせる作風ではない。母親がドイツ人、父親が主としてアイルランド系の家系であったことも関係しているのかもしれない。ピアニストとしては、ハイドンやニールセンの鍵盤作品の録音で名高い。作曲でも彼らの影響を認めているようだ。二つの交響曲はいずれも切れ目なく演奏される。交響曲第2番は全体にひんやりとした雰囲気が感じられる。短いモチーフを積み重ね、それが巨大な壁となって立ち上がるようなポスト・ミニマル的な側面もある。個人的にはデュティユーのサウンドを思い浮かべる。そのため終始シリアスな表情が支配し、聴き手は緊張感を持続させられる音楽だ。交響曲第3番「Hommages」は、ハイドンとニールセンへのオマージュとして書かれた作品だ。ハイドンの弦楽四重奏曲の主題と関係があるとされるテーマや、ニールセン「ピアノ組曲」第4曲「Den Luciferiske(ルシファー的な)」から採られた二つの和音が、執拗なリズムとともに挿入される。第2番とはかなり異なる作風で、旋律が長くなり、第2番の冷たい肌触りを残しながらも、明らかに温度感の増した音楽となっている。そのため、第2番ほど緊張を強いられる作品ではない。第1楽章にはシマノフスキーを思わせる妖しい雰囲気が漂う。マッケイブ自身も、「オーケストラの響きのいくつかはシマノフスキーに由来している」と語っている。トゥッティは少なく、木管のソロが多用され、室内楽的な響きの中でオーケストラの妙技が際立つ。第2楽章、第3楽章では珍しくチューバが目立つ。第3楽章冒頭のフルート・アンサンブルも美しい。終盤では第2番を思わせる短いモチーフが執拗に現れ、トゥッティの混沌の中から小太鼓のリズムをきっかけに栄光に満ちたクライマックスを迎えるが、その頂点はすぐに静寂へと消えてしまう。この終結部は、聴き手によっては肩透かしを食らったように感じるかもしれない。チェロ協奏曲は約25分の作品で、第2楽章が約15分を占め、両端の楽章はいずれも5分に満たない。協奏曲とはいえ、チェロの超絶技巧を前面に押し出す作品ではなく、全体に軽やかな仕上がりだ。晩年の作品だけに、人生を振り返るような趣が感じられる。交響曲と共通する冷たい肌触りはこの作品でも健在であり、癖になりそうなサウンドだ。第2楽章「Adagio」は、ゆったりとしたテンポの中でチェロのモノローグを中心に進む。チェロの周囲でさまざまな楽器が明滅するように現れ、味わい深い楽章となっている。この作品でもチューバが単独で現れる場面が多く、マッケイブならではのこだわりが感じられる。チェロのラファエル・ウォルフィッシュ(1953-)は、ガスパール・カサド国際チェロ・コンクール(1977)の優勝者であり、100枚以上の録音を残しているという。筆者はこれまで聴く機会がなかったが、作品によっては自己主張を抑え、音楽に寄り添った演奏を聴かせる奏者であり、この作品にもふさわしい。70歳を過ぎても音程の乱れや技術的な不安定さをほとんど感じさせない点も見事である。ということで、これまで知らなかった作曲家であったが、大変興味深い作風であり、他の作品も聴いてみたくなった。静的な部分の多いアルバムではあるが、ピアニシモの美しさが際立っており、音楽そのものを味わうという点で不満はまったくない。Kenneth Woods John McCabe: Symphonies 2 & 3 and Cello Concerto(Signum SIGCD 1007)24bit 96kHz FlacJohn McCabe (1939–2015):Symphony No. 2 (1971) 1. I. Vivo 2. II. Andante 3. III. Allegrissimo 4. IV. Lento 5. V. VivoCello Concerto "Songline" (2007) 6. I. Allegro vivace 7. II. Adagio 8. III. AllegroSymphony No. 3 "Hommages" (1978) 9. I. Flessible 10. II. Adagio (Fantasia) 11. III. Moderato (Fugue-Variations)Raphael Wallfisch(vc track 6-8)BBC Scottish Symphony OrchestraKenneth WoodsRecorded in City Halls, Glasgow on 9–11 June 2025
2026年07月26日
コメント(0)

ドイツ・デュッセルドルフ出身の歌手Elsa Johanna Mohr(エルザ・ヨハンナ・モーア、1990-)とギターのFlávio Nunes(フラーヴィオ・ヌーネス)によるデュオアルバム「Em Julho」(七月に)を聴く。モーアはブラジル文学を学び、ブラジル文化を研究し、ブラジルの作曲家兼歌手ドリヴァル・カイミについての論文を執筆したという、ジャズの世界では珍しい学究肌の演奏家だ。ディストリビューターによると、このアルバムは『ブラジルの名曲とオリジナル曲を、ジャズの洗練された和声で解釈。親密な歌声と洗練されたギターの精緻な掛け合いで綴る上質なMPBジャズ!』とのこと。モーアのポルトガル語はネイティブかと思うほど自然で、とてもドイツ人とは思えない。現地では「リオのコルコバードで育ったかのように歌う」と評されているようだ。フラーヴィオ・ヌーネスはブラジル・サンパウロ出身で、20年以上のプロ経験を持つギタリストだ。現在はドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動している。彼はポルトガル語圏で使われる伝統的なカヴァキーニョと7弦ギター(セッチ・コルダス)を得意としている。彼らはモーアのデビュー作でも共演しており、息の合ったアンサンブルを聴かせる。プログラムはモーアのオリジナル3曲と、ジョビン、ジャヴァン、イヴァン・リンス、マルコス・ヴァーリ、ロ・ボルジェスら、MPBやボサノヴァを代表する作曲家たちの作品で構成されている。モーアの歌唱は抑制が効いているが、伸びやかな歌声が印象的で、カナダの歌手ダイアナ・パントンを思い出させる。派手さはないものの、音程は確かでフレージングも清潔だ。一見すると素朴に聴こえるが、実際には高度なテクニックに支えられた歌唱であり、相当鍛えられていることが分かる。時折聴かせるスキャットも鮮やかだ。ヌーネスの7弦ギターは低音弦が1本多い分、演奏技術の難易度が高い。それにもかかわらず演奏ノイズはほとんど聞こえず、彼の卓越したテクニックと美しいサウンドが堪能できる。オリジナル曲は3曲で、いずれもモーアの作品だ。残りはブラジル音楽の名曲が並び、ジョビン、ジャヴァン、イヴァン・リンス、マルコス・ヴァーリ、ロ・ボルジェスら、MPBやボサノヴァを代表する作曲家の作品が収められている。1曲目と5曲目では低音の打楽器のような音が頻繁に聞こえる。スルド(大太鼓)を模したように、7弦ギターの最低音弦を親指で強く弾き、直後にミュートする奏法によるものと思われる。最後のイヴァン・リンスの「マダレーナ」では、それまでの抑制された雰囲気が解き放たれ、喜びに満ちた歌唱を聴かせる。全体にブラジルの熱い空気を感じさせながらも、爽やかな風が吹き抜けるような趣があり、この季節にまことにふさわしいアルバム。MPBやボサノヴァがお好きな方には是非お聴きいただきたい、地味だが味わい深いアルバムだ。Elsa Johanna Mohr & Flávio Nunes :Em Julho (Double Moon Records DMCHR 71484)24bit 96kHz Flac1. Paul Sergio Valle:Água de Coco ココナッツウォーター2. Elsa Johanna Mohr:Beijo da Lua 月の口づけ3. Mariozinho Rocha, Marcos Valle, Paul Sergio Valle:Que Bandeira なんて素晴らしい!4. Ênio Flávio Mol, Marcelo Ferreira:Colo de Rio 川の抱擁5. Elsa Johanna Mohr:Jaguar ジャガー6. Lô Borges, Márcio Borges:Tudo O Que Você Podia Ser あなたがなれたはずのすべて7. Elsa Johanna Mohr:Em Julho 七月に8. Haroldo Barbosa, Geraldo Jacques:Joãozinho Boa Pinta 伊達男ジョアンジーニョ9. Djavan:Nem Um Dia たった一日たりとも…ない10. Antônio Carlos Jobim:Corcovado コルコバード11. Zequinha de Abreu:Tico-Tico no Fubá トウモロコシ粉の中のティコティコ12. Ivan Lins, Ronaldo Monteiro de Souza:Madalena マダレーナElsa Johanna Mohr(vo)Flávio Nunes(7 string g)Recorded in August 2025 in Bonn, Germany. Released on 17 July 2026
2026年07月24日
コメント(0)

イブラギモヴァとティベルギアンによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集第1集を聴く。イブラギモヴァは2009~2010年にティベルギアンとウィグモア・ホールでのライヴ録音による全集をリリースしている(未聴)。その時はモダン・ピアノによる録音で、今回はそれから15年ほどを経た再録音である。音楽的な方向性は旧録音と変わらず、さらに成熟した演奏になっているようだ。一聴して感じるのは、ヴァイオリンがさらさらと流れ、ことさら力みを感じさせないことである。従来のベートーヴェン演奏では、ときおり作品の中に剛直さが顔をのぞかせ、それがベートーヴェンらしさとして受け取られてきたように思う。しかし、ここで聴かれる音楽からは、青年期の溌剌とした明るさやユーモアが随所に感じられ、作品が書かれた時代に即したアプローチに思えた。参考までに聴いたクレーメル=アルゲリッチ盤やファウスト=メルニコフ盤でも、従来のイメージ通りの演奏だった。なお、ファウスト盤はフォルテピアノによる録音だと思い込んでいたので、モダン・ピアノだったことを知り驚いた。今回のアルバムでは、フォルテピアノがいわゆる「フォルテピアノらしさ」を過度に主張せず、歯切れがよく反応も鋭敏で、モダン・ピアノに近い印象を受ける。これは18世紀末から19世紀初頭の楽器をモデルとした復元楽器の改良や、録音技術の進歩によるところも大きいのだろう。また、イブラギモヴァが前面に出てこない一方で、フォルテピアノの存在感はかなり強く感じられる。そのため、両者の関係はヴァイオリン主導ではなく、対等な室内楽として成立しているように思う。緩徐楽章でもフォルテピアノの活躍が目立ち、とりわけ第3番第2楽章の深い表現には感銘を受けた。第2番第2楽章のしっとりとした表情も印象的である。速い楽章では、両者の活気あふれる表現とアンサンブルの喜びが存分に伝わってくる。《春》ソナタも、後年の英雄的ベートーヴェンの予兆としてではなく、青年の明るく屈託のない笑顔を思わせる演奏で、作品のみずみずしさがよく表れていた。アルバム全体では、第3番が最も充実した演奏だった。この路線が初期作品の性格によるものなのか、それとも全集全体を貫く解釈なのかは、今後の続編によって明らかになるだろう。録音はバランスに優れた自然なサウンドで、終始快適に聴くことができる。Alina Ibragimova,Cedric Tiberghien Ludwig van Beethoven: The Violin Sonatas I(BIS BIS-2724)24bit 192kHz FlacLudwig van Beethoven:1.ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ長調 Op.12-1(1797–98)2. ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 Op.12-3(1797–98)3. ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.12-2(1797–98)4. ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 Op.24《春》(1800–01)Alina Ibragimova – violin(1570 Andrea Amati)Cédric Tiberghien – fortepiano(Paul McNulty製、1794年製 Anton Walter をモデルとした楽器)Recorded 21–25 July 2025,Wyastone Concert Hall, Monmouth, UK
2026年07月22日
コメント(0)

デイブ・ホーラー(1943-)というトロンボーン奏者がWDR Big Bandと共演した『Chrissie』というアルバムを聴く。Bandcampの新譜案内で知ったアルバムだが、なかなか出来が良かったので、最も安価だったProStudioMastersのカナダサイトからダウンロードした。ホーラーのオリジナル5曲にスタンダード3曲という構成だ。所々に拍手が入っているので、スタジオ・ライブ録音なのだろう。ホーラーは1943年、イギリス・ハンプシャー州リミントン生まれ。1963~1966年にRoyal Academy of Musicで学び、卒業後はBBC Radio Orchestra(1967~1970年)で活動した。その後ロンドンのスタジオ・ミュージシャンとして活躍し、1980年にドイツのケルンへ移り、名門WDR Big Bandのメンバーとなった。2008年に退団(定年退職)し、本作ではゲスト・ソリストとして迎えられ、現メンバーと共演している。そのため、アルバム全体からは、元同僚たちが長年の仲間を祝福しているような温かい雰囲気が伝わってくる。この録音は昨年行われたものだが、ホーラーの演奏はタンギングが明瞭で、余計な雑音のない柔らかなサウンドが印象的である。とても80歳を超えた奏者の演奏とは思えない。曲は「Big Bad G」「Bogey Blues」「Live, Love and Learn」など、スインギーでパワフルなナンバーもあるが、その他の曲で聴かれる淡いパステルカラーのような色調のサウンドが実に心地よい。珍しいのは「Angel Eyes」で、アップテンポかつスインギーな解釈が新鮮だ。WDR Big Bandは時にやり過ぎと思える演奏をすることもあるが、本作ではパワフルな曲でも穏やかな曲でも、その実力を十二分に発揮している。次々と登場するソロも充実している。ソロイストの中では、「Live, Love and Learn」におけるオリヴィエ・ピーターズのスインギーなソプラノ・サックスが気に入った。「Big Bad G」では、ルートヴィヒ・ナスとのトロンボーン二重奏を聴くことができる。また、ブラスが情け容赦なく迫ってくるようなパワフルなサウンドは、いかにもドイツのビッグバンドらしい。ということで、デイブ・ホーラーの作編曲家としての実力と、とりわけ80歳を超えてなお健在なトロンボーンの豊かな響きには恐れ入った。Dave Horler、WDR Big Band:Chrissie(Bass Lion BLM024)24bit 48kHz Flac1.Dave Horler:Live, Love and Learn (feat. Mark Nightingale, Olivier Peters)2.Richard Rodgers / Lorenz Hart:My Romance(feat. Billy Test, Andy Haderer, John Goldsby)3.Dave Horler:Tying the Knot (feat. Ruud Breuls, Jens Neufang, Billy Test, Alec Harper, Hans Dekker, Mattis Cederberg)4.Josef Myrow / Mack Gordon:You Make Me Feel So Young(feat. Frank Chastenier)5.Dave Horler:Chrissie(feat. John Marshall)6.Dave Horler:Big Bad G(feat. Ludwig Nuss, Frank Chastenier, Hans Dekker, Paul Shigihara)7.Matt Dennis / Earl Brent:Angel Eyes(feat.Billy Test, Rolf Marx, Johan Hörlén, Ruud Breuls, John Goldsby)8.Dave Horler:Bogey Blues(feat. Klaus Osterloh, Bernt Laukamp, Mike Smith)Arranged by Dave HorlerDave Horler(tb)WDR Big BandRecorded live in Studio 4, WDR Funkhaus, Cologne, Germany, 2025
2026年07月19日
コメント(0)

スティング(1951-)の新作Night Watch (Live at Rijksmuseum)を聴く。長年の付き合いであるドミニク・ミラー(1960-)との共演で、アムステルダム国立美術館の「名誉の間」とされる展示室において、レンブラントの《夜警》をバックに行われたコンサートのライヴだ。スティングがこの場所を選んだのは、アルバムのテーマである芸術・歴史・物語性と、オランダ絵画を象徴する《夜警》を重ね合わせる意図があったためとされる。選曲は、ポリス時代(1978~1983)から4曲、初期ソロ時代(1987~1993)から5曲、『The Last Ship』時代(2013)から3曲で構成され、スティングとドミニク・ミラーの二人だけで再解釈されている。「Fields of Gold」や「Fragile」では、スティング自身が17世紀のギターを演奏し、ドミニク・ミラーが現代のアコースティックギターで支えている。彼らはさまざまな場所でデュオ演奏を行ってきたが、正式な録音作品はこのアルバムが初めてだそうだ。スティングは10月に75歳を迎えるが、声の張りや艶はほとんど衰えていない。ピーンと張りつめたような独特の緊張感も健在である。そぎ落とされたシンプルな音楽だが深みがあり、男の美学が聴き手にダイレクトに伝わってくる。動画を見ると、絵画に囲まれた空間の中央に円形のステージが設置され、その周囲を聴衆が取り囲んでいる。そうした環境だからこそ、特別に意識することなく自身の心情を吐露できるのだと思う。曲順は作曲年代順ではなく、コンサートとしての流れを意識したものなのだろう。しかし、その流れは極めて自然で、ミュージシャンとしての根幹が変わっていないことを感じさせる。演奏の多くは語りに近く、ドミニク・ミラーのオブリガートも濡れたように美しい響きを聴かせる。動画を見ると、静謐な環境の中で最高の音楽が奏でられるという贅沢な空間を体験できた人々に、嫉妬を覚えるほどだった。録音は、石材や硬い壁面に囲まれた広い空間の特性と巧みな録音技術により、まるで教会での演奏を思わせるような自然な残響を獲得している。スティングが「夜警」の中に溶け込んでいるようなジャケットも秀逸だ。Sting:Night Watch(Live at Rijksmuseum)(A&M 5754647)24bit 96kHz FlacSting:Message in a Bottle(1979)Sting:The Last Ship(2013)Sting:The Night the Pugilist Learned How to Dance(2013)Sting:Island of Souls(1991)Sting:All This Time(1991)Sting:What Say You, Meg?(2013)Sting:Roxanne(1978)Sting, Dominic Miller:Shape of My Heart(1993)Sting:Every Little Thing She Does Is Magic(1981)Sting:Fields of Gold(1993)Sting:Fragile(1987)Sting:Every Breath You Take(1983)Recorded live at the Gallery of Honour, Rijksmuseum, Amsterdam, Netherlands, May 2025
2026年07月17日
コメント(0)

サックス奏者のチャド・スミスの凄まじいタンギング・スピードに驚いて購入した1枚。このアルバムは彼が企画を立ち上げたプロジェクトで、1920年代のサックスのパイオニアであるルディ・ウィードフト(Rudy Wiedoeft、1893-1940)の音楽とサイレント映画を組み合わせた「SAX-O-PHILM」という企画を発展させ、1920年代のサックス界のスーパースターだったルディ・ウィードフトの音楽を本格的なオーケストラ伴奏でよみがえらせたものだそうだ。サックスの基礎を築いた人物としてはマルセル・ミュールなどが有名だが、ウィードフトはそれに先駆けてサクソフォンという楽器の可能性を世に知らしめた最大の功労者の一人だという。このアルバムは1920年代を中心としたサクソフォンの知られざるレパートリー18曲を収録している。1920年代初頭、それまで「軍楽隊の楽器」や「珍しい楽器」という位置づけだったサックスを、非常に速いパッセージ、滑らかなヴィブラート、クラリネットのような柔らかな音色、歌うような旋律性によって、一躍「技巧を披露できるソロ楽器」に押し上げた人物とのことだ。当時、彼の人気によって若者の間ではサックスを習うことが流行したという。彼の音楽はジャンル分けが難しいが、個人的にはボードビル音楽の系譜に属するように思う。基本的には超絶技巧を披露する音楽で、後年のピアノの神様アート・テイタムにも通じるようなスタイルだ。とにかくダブル・タンギングやトリプル・タンギングのスピードが半端なく、しかも音の粒が揃っていて、往年のクラシックの巨匠並みの凄味を感じる。超絶的なタンギング・スピードだけでなく、グリッサンドやスラップタンギングも駆使しており、当時は並ぶ者のいないサックス奏者だったようだ。アルバムは、クラシックとジャズの境界がまだはっきり分かれていなかった1920年代アメリカの大衆音楽を再現したもので、ノスタルジーに満ちている。タイトル曲はルディ・ウィードフト自身による1920年の録音がYouTubeにアップされているので、今回チャド・スミスの演奏と比較してみた。ウィードフトのほうが音が太く、グリッサンドを多用している印象を受ける。それに対してチャド・スミスの演奏はやや細身の音色で、クラシック畑の奏者らしさが感じられる。アルバムの音楽は1920年代のポピュラー音楽なので、クラシック作品のような深みを求めても意味がない。むしろウィードフトの音楽を通じて、当時のポピュラー音楽やサロン音楽がどのようなものだったかを知るためのアルバムだろう。曲調が似通っているだけに、編成は曲によってオーケストラ、ピアノ、ハープ、バンジョーなど変化に富んでおり悪くない。デキシー調の「Gloria」や「Canary Cottage – One Step」なども楽しい。ハープが入った曲は、クラシックのブラヴーラを思わせるような技巧誇示型の作品だ。その中でも、ツィゴイネルワイゼンのような展開を見せる「Danse Hongroise」では高速タンギングが披露される。軽快な音楽が多いのは仕方がないが、その中にゆったりとした曲が何曲かあり、そうした曲が現れるとほっとしてしまう。夢見るような「Cloudy Days」や、同系統の曲調ながら高速タンギングが炸裂する「Valse Vanité」などにはノスタルジーが感じられ、往年のサイレント映画を思い起こさせる。カナダのソプラノ歌手ミカエラ・ベネットが歌う曲も2曲収録されている。サックスのオブリガートを伴った歌唱がノスタルジーを誘う。最後にはスクラッチノイズが盛大に入ったモノラル録音風のライブ仕立てによる「Saxophobia」が演奏される。1920年代を偲んでもらいたいという試みなのだろう。映画でもこうした工夫は見かけるが悪くないと思う。ということで、内容は盛り沢山で、昔のポピュラー音楽が好きな方にとっては絶好の聴きものだろう。一方で、クラシック作品のような構成美や深みを求めるリスナーには、ややとっつきにくいかもしれない。【SAX-O-PHILM】【Saxophobia 1920】ルディ・ウィードフト自身の演奏Saxophobia - Celebrating the Sax Craze of the 1920's(Chandos CHSA 5390)1. Rudy Wiedoeft / Domenico Savino : Sax-O-Trix2. Rudy Wiedoeft : Valse Mazanette3. Rudy Wiedoeft : Saxophobia4. Rudy Wiedoeft / Domenico Savino : Dans l’Orient5. Rudy Wiedoeft : Valse Llewellyn6. Victor Herbert : Kiss Me Again7. Rudy Wiedoeft : Sax-O-Phun8. Rudy Wiedoeft / Hugo Frey : Rubenola9. Rudy Wiedoeft : Cloudy Days10. Frederick Hager / Justin Ring : Gloria11. Earl Carroll : Canary Cottage – One Step12. Frederick Hager : Danse Hongroise13. Irving Berlin : You Forgot to Remember14. Rudy Wiedoeft : Saxema15. Rudy Wiedoeft / Hugo Frey : Valse Sonia16. Rudy Wiedoeft : Saxarella17. Rudy Wiedoeft : Valse Vanité18. Rudy Wiedoeft : Saxophobia (Bonus Track – Live)arranged by Lanny Meyers(track 1. 2. 3. 7. 8. 9. 16. 17. ),Lynette Wardle(track 4. 15.),Dan Higgins(track 5),Dan Levinson(track 11),Andrew Cottee(track 12,13)Chad Smith(sax)Lynette Wardle(track 4,15)Dalton Ridenhour(p track 8、10、11、14、18)Mikaela Bennett(vo track 6、13)John Mills(vn) track 11)Justin Quinn(Banj. track 10,11)Andy Wood(tb track 11)Matt Skelton(ds track 11)Sinfonia of LondonJohn WilsonRecorded 2025,St Augustine's Church, Kilburn, London, England, United Kingdom
2026年07月14日
コメント(0)

以前、自費出版したクレア・マーティンとのアルバムを取り上げたことのあるイギリスのトロンボーン奏者、カルム・オーの「Sing Seven Seas – Volume 1」(七つの海を歌う)を聴く。スイング・バンドから民族音楽や映画音楽まで、さまざまな要素が盛り込まれた力作だ。彼の意欲は十分にうかがえるが、言いたいことが多すぎて、まだ十分にこなれていない部分も感じられる。オーケストラとビッグバンドを合体させたような大編成の音楽で、ソリストもイギリスの一流どころが参加している。イギリス的なノスタルジアを感じさせる作風で、刺激を求める向きには少々物足りないかもしれない。金管が活躍する曲が多く、クラシック・ファンにも気に入られると思う。聴き物は「Si Vis Pacem Para Carnyx」(平和を望むなら、カルニュクスを備えよ)だ。タイトルはラテン語の「平和を望むなら戦いに備えよ」と、古代ケルトの戦争ラッパ「カルニュクス」を掛け合わせたもの。カルニュクスは、全長約1.8〜2mのS字またはC字型に湾曲した金属製の管で、上部にはイノシシや龍などの動物の頭部が付いているという。編成は2本のカルニュクスをはじめ、ピッコロ、ホイッスル、アコーディオン、ヴァイオリンなどがフィーチャーされており、ケルト色の強い作品だ。古代ヨーロッパの戦士や儀式を思わせる壮大な作品で、映画音楽を思わせる巨大なスケールが感じられる。カルニュクスは単独では登場せず、冒頭のファンファーレで聴ける荒々しく歪んだような音がそれらしい。テンポが上がると、それまでのテーマにヴァイオリンやピッコロによるケルト音楽風の要素が重なっていく。大変な力作ではあるが、全体に重量感が不足しており、素材を消化し切れていない印象が残るのは惜しいところだ。大編成の曲が多い中、「Tethys(テテュス)」は弦楽器を用いない比較的小編成の作品である。これはギリシャ神話の海の女神テテュスを題材にした作品で、ハープやヴィブラフォン、ピアノなどを用いた繊細なオーケストレーションが美しい。特にオーボエが現れる場面には、雨上がりの爽やかさが感じられる。また、フリューゲルホルンの柔らかなソロは途中で大きな盛り上がりを見せ、胸を打つ。1曲めの「Swipe Right!」は、マッチングアプリで相手に「いいね!」を送るため、指で右にスワイプする動作を指すとのことだそうだ。スイングやバップのテイストが感じられるアップテンポのビッグバンド・ナンバーだ。Duncan Hemstockのスインギーなクラリネットがいい味を出している。「Galt's Motor」は、アイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』に登場する架空のエネルギー装置から着想を得た作品。オフビートのリズムが、機械が回転し続けるような推進力を表している。弦楽器は使われておらず、ビッグバンド編成によるダイナミックでジャズ色の強い曲だ。色彩豊かな木管と鍵盤の涼やかなサウンドが印象的で、スケールも大きい。ギターとテナーサックスのソロも見事である。「Murmurations(鳥の群舞)」は、ムクドリなどの鳥が群れで形を変えながら描く巨大な飛行パターン、いわゆるマーマレーションを描写した曲。雄大なテーマと打楽器の活躍がスケール感を生み出しており、温かみもあって聴き手の心を熱くする。オーの落ち着いた滑らかなトロンボーン・ソロと、チャド・レフコウィッツ=ブラウンの切れ味鋭いテナーソロとの対比も面白い。「The Weaver」(機織りをする人)は、多くの旋律やリズムが絡み合いながら一つの織物を作り上げていくような作品だ。重厚さよりも繊細なオーケストレーションが際立ち、雨上がりのような爽やかさを感じさせる。最後の「jazz.ai」は、AIとジャズの関係をテーマにした音楽物語。ナレーターはカナダの歌手マット・フォーブス。クルーナーらしい落ち着いた語り口が絶妙だ。作曲者によると、ディズニーの『ファンタジア』の「魔法使いの弟子」を、子供たちが楽しめるジャズ版として語り直した作品とのこと。物語の主人公はジャズ学生のSonny Fontaine(フリューゲルホルン)と、大規模言語モデルAIのSweep(テナーサックス)。あらすじは、「ソニーがSweepというAIを作るが、Sweepはどんどん賢くなり、ビバップやジャズ理論を吸収して、やがて人間の制御を超えてジャズ界を支配し始める」というものだ。最後は混沌の末に破滅を迎えるような結末となる。音楽はオーソドックスなビッグバンド・スタイルで、プランジャーミュートを使ったトロンボーンやトランペットの掛け合いも楽しい。最後にソニーが「Stop」と叫び、暴走が止まるという筋書き。対訳が付いていないので細部までは分からないが、『ファンタジア』のテイストを感じさせる楽しい聴き物だった。ということで、アルバム自体の出来は非常によく、スケールも十分で、今年聴いたアルバムの中でも抜きん出た存在だ。一方で消化不良気味な面もあり、今後さらなる成長を期待したい。なお、同時発売のVol.2はビッグバンド中心とのことで、こちらも今後聴いていきたい。Callum Au:Sing Seven Seas – Volume 1(Chairman Music in association with ECN Music CABBDIG003)24bit 48kHz Flac1.Swipe Right!(右にスワイプ!)2.Galt's Motor(ガルトのモーター)3.Si Vis Pacem Para Carnyx(平和を望むなら、カルニュクスを備えよ)4.Tethys(テテュス)5.Murmurations(鳥の群舞)6.The Weaver(機織りをする人)7.jazz.aiAll composed & arranged by Callum Aufeaturing:track 1. Sam Watts(p)、Duncan Hemstock(cl)track 2. Jake Willson(g)、Nadim Teimoori(ts)track 3. Andy Wood(carnyx)、Callum Au(carnyx)、Gareth Lockrane(picc.)、Kay Au(vn/va)、Jessie Grimes(whistle)、Karen Street(accordion)track 4. Tom Walsh(flh)、Andy Wood(tb)、Lauren Weavers(ob/Cor Ang.)track 5. Chad Lefkowitz-Brown(ts)、Callum Au(tb)track 6. Nadim Teimoori(ts)、Anthony Kerr(vib)、John Mills(vn)track 7. Matt Forbes(narration)、Emma Rawicz(ts)、James Davison(flh)、Callum Au(tb)Recorded at Lightship 95 Recording Studios, London, England
2026年07月13日
コメント(0)

以前Presto Musicを見ていたら、指揮者のマイケル・ティルソン・トーマス氏(1944-2026、以下MTT)がお亡くなりになったことが報じられていた。最近の写真を見て随分と老けたなとは思っていたが、亡くなるとは思っていなかった。MTTは2021年にグリオブラストーマ(悪性脳腫瘍)で手術を受け、その後2025年に再発を公表し、闘病を続けながら活動するも、2026年4月22日に自宅で亡くなったそうだ。グリオブラストーマとは、脳内のグリア細胞から発生する最も悪性度の高い原発性脳腫瘍で、増殖が非常に速く、周囲の正常な脳組織に浸潤するため、極めて治療が難しい病気として知られている。WHO分類では最も高いグレード4に分類される。ちなみにMTTはゲイで、夫のジョシュア・ロビソンも今年亡くなっている。筆者はアダムズ、アイブズ、コープランドなどを聴いているだけで、それほど氏の録音を多く聴いているわけではない。印象としては、アメリカ音楽やマーラーで明晰な演奏を行う指揮者であり、ジャズなどのポピュラー音楽にも造詣が深い人物というものだ。個人的にはKeeping Scoreシリーズ(DVD)で楽曲の奥深さを教えてもらったことが懐かしく思い出される。それでSpotifyで彼の録音をチェックしたところ、以前からペンディングになっていた自作曲「アンネの日記から」の録音がProStudioMastersで比較的安価だったので、ダウンロードして聴いているところだ。ディストリビューターのコメントによると、サンフランシスコ交響楽団の音楽監督としての25年と、その最後のシーズンを記念した録音とのこと。因みにこのアルバムは2021年のグラミー賞を受賞している。「リルケの瞑想」(2019)は、オーストリアの詩人ライナー・マリア・リルケ(Rainer Maria Rilke)(1875-1926)による6つの詩をテキストにした作品で、その詩の叙情的な広がりにふさわしい感情豊かな旅へと聴き手を誘う。MTTによると、「私が長年育んできた音楽的動機や和声をもとにした作品で、共通の動機が変奏・再構成され、伝統的な音楽語法を用いて、加齢と孤独を描いたリルケの世界を郷愁に満ちた響きで表現している」とのこと。耽美的な側面も多少感じられるが、全体に清々しく気持ちの良い作品だ。マーラーからの影響も感じられ、MTT独特の優しい肌触りがある。オーケストラのテュッティは少なく、さまざまな楽器が印象的に登場する。MTTのペンの冴えが感じられる作品だ。第1曲「秋の日」は、ノスタルジックな酒場を思わせるピアノやクラリネットが遠くから聞こえてくる。そこからオーケストラのテュッティとなり、MTTの世界が広がる。全体的に晩秋の雰囲気を持つ味わい深い曲だ。中には第3曲「酒飲みの歌」のようなシニカルな歌もある。この曲は酒が擬人化され、主人公が酒と付き合っているうちにすっかり酒浸りになるという内容で、マーラーを思わせる瞬間がある。メゾソプラノで歌われる「私は広がりゆく環の中で生きる」は比較的明るい歌で、青空を鳥が舞うようなのどかで清々しい情景が浮かんでくる。「何度でも」は前半3分ほどがトランペットやホルンの美しいソロを中心とした、悲しみを帯びながらも安らぎに満ちた心温まる長い前奏となっている。声楽が加わると、「何度死んでもまた会いましょう」という内容とともに、にわかに劇的な表情を見せる。「秋」で初めて二人の歌手が揃って登場する。速めのテンポで躍動的な主題が流れ、劇的で映画音楽的な展開を見せる一編だ。後半はやや失速するものの、バス・バリトンの歌唱は語りに近い表現から時に劇的な歌唱まで聴かせ、この曲最大の聴きどころだろう。ハープに支えられながら「Fallen」を何度も繰り返すエンディングは、マーラーの「大地の歌」終楽章「告別」で「ewig(永遠に)」を繰り返す終結部を思い出させる。そこには同じような諦念が感じられ、まるでリルケとマーラーが響き合っているかのようだ。この曲ではバスバリトンのライアン・マキニー(1980-)とメゾソプラノのサーシャ・クック(2018-)が共演している。マキニーは深みのある声で、重力感がありながら重くなり過ぎないところが魅力だ。時に朗々とした歌唱を展開するところも申し分ない。サーシャ・クックは輪郭のはっきりした明るめの声質で好印象だ。「アンネのも日記より」は4部に分かれており、MTTの解説によると、アンネ・フランクと同い年だったオードリー・ヘップバーンに捧げられたメロドラマだそうだ。MTTはアシュケナージ系ユダヤ人であり、主題はユダヤの伝統音楽、とりわけ生命への賛歌であるカディッシュの語法から導き出されている。短いモチーフながら愛らしく爽やかで、強い印象を残す音楽だ。第1部では日記をつける理由が語られ、最後に対話の相手としてキティという架空の友人の名が登場する。第2部ではナチスによる迫害、隠れ家での生活、戦争への恐怖、そしてアンネの内面的成長が描かれる。隠れ家生活を描いた部分では不協和音が不穏な空気を醸し出し、その後バーンスタインばりの変拍子によるリズミックな音楽が展開される。ここでは、ナチスによって「世界全体がひっくり返ってしまった」かのような感覚と、日常生活が徐々に崩壊していく様子が描かれているようだ。第2部の最後は語りがなく、トロンボーンのソロを中心とした音楽となる。ショスタコーヴィチを思わせる圧迫感と恐怖を感じさせる、実に恐ろしい音楽だ。第3部では一転して、自然、恋、自己発見など彼女の幸福な時間が楽しげな楽想とともに描かれ、生きる喜びに満ちている。第4部とされている部分はブックレットの記載によるもので、このアルバムのトラック・データでは第3部の最後に含まれている。浄化されるような気分と晩秋のような雰囲気がある。「人間は本当は心の中では善良なのだ」という有名な言葉とともに手記は終わるが、その後どす黒い感情を呼び起こすような大太鼓のロールが鳴り響き、彼女のその後の運命を暗示しているようだ。全体に暗い題材なのだが、なぜか清々しさが感じられるのは、彼女の無垢な精神に触発されているのかもしれない。ナレーターのイザベル・レナードはアメリカのメゾソプラノ歌手。発音が明瞭で、少女の心情を豊かに表現しており申し分ない。ということで、MTT円熟の筆による力作だったが、難解なところは皆無で、大いに楽しめる作品だった。アメリカ音楽やMTTが好きな方なら、きっと気に入ってもらえると思う。Tilson Thomas: From the Diary of Anne Frank & Meditations on Rilke(SFS Media)24bit 96kHz FlacMichael Tilson Thomas:1.From the Diary of Anne Frank(1990) 1.Part I:The Capture Foretold(捕らえられる予感) 5.Part II: The Final Entry(最後の記述) 9.Part III: Aftermath(その後)13.Meditations on Rilke 13. 秋の日 14. 私は広がりゆく環の中で生きる 15. 酒飲みの歌 bs-br 16. 何度でも inst 17. 想像上の履歴書 bs-br、ms 18. 秋Isabel Leonard(narrator track 1-12)Sasha Cooke(ms track )Ryan McKinny(b-br)San Francisco SymphonyMichael Tilson Thomas Recorded November 15–18, 2018 From the Diary of Anne FrankJanuary 9–12, 2020 Meditations on Rilke at Davies Symphony Hall San Francisco War ,SF
2026年07月11日
コメント(0)

この前Spotifyを聴いていたら、アントニオ・サンチェスのアルバムがお薦めに出てきた。最近は新譜が出ていなかったので、映画音楽の仕事が忙しいのかと思っていた。調べてみると、最新作はテレビ番組の音楽で、その前の2作はラテン色の強いアルバムだった。少し聴いてみたところ、どちらも素晴らしく、思わずダウンロードしてしまった。その中でも、今年リリースされた「Elipsis」を取り上げたい。Elipsisとは、スナーキー・パピーのマイケル・リーグが結成した新グループ「エリプシス」の名前だ。ディストリビューターのコメントによると、『サウンドはアフロ・キューバン音楽をベースにしつつも、マイケル・リーグ的なキーボードとベースの音像、コーラス、ジャズのボキャブラリーなどが混じり合い、現代性が高い解像度で表現されている。』とのことだ。実際、大地から湧き上がってくるような原初的エネルギーが噴出する、凄まじくもダイナミズムに満ちた音楽だった。サウンドデザインも凝っていて、エレキギターやヴォーカルが強く歪んでいるのに対し、ドラムスだけはすっきりとした音作りになっているのも面白い。最初はペドリート・マルティネスの、呪文や儀式を思わせる粗野で圧倒的なヴォーカルに注意を奪われていたが、そのうちリーグによる荒々しいギターやクールなシンセサウンドにも気付いた。このブレンドが何ともいえない味を生み出している。また、時折聞こえるマルティネスのオーバーダブによるバックコーラスも、リーグのミキシングによって呪術的な雰囲気を醸し出しており、実に効果的だ。サンチェスは持続するエネルギーに満ちた重量級のドラミングで、マルティネスのコンガや全6曲で30分ほどのアルバムだが、演奏は濃密な演奏と暴力的なまでの大迫力に満ちており、短さはまったく感じられない。ただ、どの曲も同じ方向性で押し切るため、もう少し変化があればとも思った。ところで、このグループは小規模ながらライブ活動も行っており、その際にはGlenda del E(ピアノ、キーボード、ヴォーカル)が加わっているようだ。バルセロナでのライブ映像がYouTubeに上がっているが、彼女の参加によって音楽の厚みが増していることが分かる。次回はぜひ、彼女を加えたカルテット編成でレコーディングしてもらいたいものだ。録音はニューヨークでドラム、パーカッション、ヴォーカルの基本セッションを行い、そのデータをリーグのスペイン・カタルーニャ州の自宅スタジオへ送り、多数のベース、ギター、キーボード、民族楽器などをオーバーダビングしたものだそうだ。Michael League, Pedrito Martínez, Antonio Sánchez:Elipsis(GroundUP Music RPOZ-10102)24bit8 96kHz Flac1. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Obbakoso2. Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Caminando(歩きながら)3. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Variant(変異)4. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Mi Tambor(私の太鼓)5. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Suuru6. Michael League、Antonio Sánchez:Congo No Calla(コンゴは沈黙しない)Tracks 1, 3–5: Arranged by Michael LeagueTracks 2, 6: Arranged by Michael League & Antonio SánchezMichael League(b,key,g)Pedrito Martínez (conga,Bata drum,vo)Antonio Sánchez (ds)Basic tracks recorded in New York, USA. Additional overdubs recorded in Catalonia, Spain, in 2025
2026年07月08日
コメント(0)

筆者が結構贔屓にしているドイツのソプラノのアンナ・ルチア・リヒター(1990-)のマーラー歌曲集を聴く。以前から気になっていたが、購入するまでには至っていなかった。ところが、BBC Music Magazineのヴォーカル部門賞にノミネートされていることを知り、早速ダウンロードした。気に入らないところも2、3あったが、水準は高い。伴奏も満足度は高かった。彼女はもともとリリック・ソプラノだったが、近年は本人がレパートリー拡張のために声域を下げ、現在は「メゾソプラノ」として活動することも増えているらしい。このアルバムでは声質自体はソプラノだろうが、サウンドはかなりメゾ寄りで、それが落ち着いた雰囲気を生み、マーラーに相応しい歌唱になっていると思う。プログラムは「少年の魔法の角笛」から8曲と、「亡き子をしのぶ歌」全曲という構成だ。「少年の魔法の角笛」は、曲によって不自然だと感じる箇所があった。レガートではなく、一語一語を念押しするような歌い方になったり、感情を出し過ぎていると思われる場面があるのだ。例えば「ラインの小さな伝説」では、感情表現を控えめにし、曲そのものに語らせるようなアプローチが欲しかった。もっとも、この曲集は場面設定や登場人物が多岐にわたり、曲ごとにアプローチを変える必要があるだけに、それだけ難しい作品なのだろう。筆者のデフォルトは全曲ではないが、イボンヌ・ミントンがショルティの指揮で歌ったアルバムだ。言葉のニュアンス付けと交響的な流れがうまく両立した好例だと思う。今回のこのアルバムで特に上手くいっているのは「美しいラッパが鳴り響くところ」と「原光」だ。ただし、「美しいラッパが鳴り響くところ」はまだ感情移入が過多で、少し大げさなクレッシェンドには何が起こったのかと思わされる。一方、「亡き子をしのぶ歌」は解釈の幅が比較的狭く、内省的な作品であり、全曲を通して一貫した感情で歌うことができるため、現在のリヒターには適したレパートリーだろう。あまり感情移入し過ぎないフラットな感覚なので違和感はなく、演奏を楽しむことができた。バックはカナダ出身のジョルダン・デ・ソウザ指揮、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団。歌手との距離感が絶妙で、申し分のないサポートぶりだった。普段は録音の細部が気になるものだが、今回は録音についてあれこれ考えることもなく、快適に聴くことができたのは精神衛生上大変良かった。今回の場合は演奏のほうに気を取られていたという面もあるが、スケール感こそ大きくないものの、透明度の高い録音だったことは間違いない。ヴォーカル作品で時折気になる声の崩れもなかった。ということで、期待した割には不満が先に出てしまうという展開になった。それだけ「少年の魔法の角笛」が音楽的に難しい作品であることが、今更ながら感じさせられた。Anna Lucia Richter:Songs Of Fate(Myrios Classics MYR036)24bit 128kHz FlacGustav Mahler:Des Knaben Wunderhorn(少年の魔法の角笛)より1. Wer hat dies Liedlein erdacht?(この歌を作ったのは誰?)2. Rheinlegendchen(ラインの小さな伝説)3. Das irdische Leben(この世の人生)4. Verlorne Müh'(無駄な骨折り)5. Des Antonius von Padua Fischpredigt(パドヴァの聖アントニウスの魚への説教)6. Lob des hohen Verstandes(高き知性への賛歌)7. Wo die schönen Trompeten blasen(美しいラッパが鳴り響くところ)8. Urlicht(原光)Kindertotenlieder(亡き子をしのぶ歌)9. Nun will die Sonn' so hell aufgeh'n!(いま太陽は明るく昇ろうとしている)10. Nun seh' ich wohl, warum so dunkle Flammen(いま私はわかる、なぜあのように暗い炎だったのか)11. Wenn dein Mütterlein(おまえのお母さんが)12. Oft denk' ich, sie sind nur ausgegangen!(私はよく思う、あの子たちはただ出かけただけなのだと)13. In diesem Wetter!(この嵐の中で!)Anna Lucia Richter (ms)Gürzenich-Orchester KölnJordan de SouzaRecorded: 2025, Studio Stolberger Strasse, Köln, Germany
2026年07月05日
コメント(0)

ランディ・ナポレオン(1978-)というギタリストの企画した、エレクトリック・ギターの五重奏(ギター・クワイア)にピアノ・トリオが加わるという珍しい編成によるアルバム『Waking Dream』を聴く。同種の録音は他にあまり例がないと思われるが、本作は非常に成功した試みだ。この録音の肝は、エレキ・ギターの特性を巧みに生かしている点にある。特にサスティン(音の伸び)の長さや音量を揃えやすいことが効果的に作用しており、アコースティック・ギターではなかなか得られないサウンドを実現している。そのため、楽曲もギター・クワイアの特性を生かしたゆったりとしたテンポのものが中心で、そのまろやかな響きに身を委ねるのが実に心地よい。また、ピアノが加わることで、ギターだけでは単調になりがちなサウンドに適度な変化を与えている。本作はギター・アンサンブルの響きを味わうことに主眼が置かれているため、技巧を誇示するようなアドリブはほとんど登場しないが、それがかえって作品の魅力を高めている。曲目はナポレオンの作品が4曲、アメリカの作曲家・プロデューサーであるGregg Hillの作品が6曲という構成だ。しかし、アレンジはすべてナポレオンが手がけているため、全曲がナポレオンのオリジナルと言われても違和感はない。気に入ったのはラテン・フレーバーあふれる「The Speckled Frog」で、クインシー・デイビスのラテン色豊かなプレイが光る。聴いていると南国の空気を感じさせる一曲だ。タイトル・チューンの「Waking Dream」も印象的で、ゆったりとした流れの中にアメリカ西海岸の穏やかな風を思わせる優しさが漂う。「Cafe Brasilia」も題名どおり爽やかなナンバーだ。硬質なリリシズムを感じさせるピアノや、全編を通じて積極的に楽曲を推進するドラムスなど、リズム・セクションも好演している。テンポの速いハードバップ・ナンバー「The Singer」では、ぐいぐいと迫ってくるギター・ソロが実にご機嫌だ。曲によってはゲストのホーン奏者が加わり、サウンドが単調になることを防いでいる。「Riverside Blossoms」で聴かれるマイケル・ディースの温かみのあるトロンボーンも魅力的だ。アルバムは賑やかな「Boom Boom」で締めくくられる。この曲では五人のギタリストにまんべんなくソロが割り振られているようだが、音場の広がりがそれほど大きくないため、各人のプレイを聴き分けにくいのが惜しい。録音は温かみのある音色が印象的で、Troubadour Recording Studiosの音響特性によるところが大きいようだ。ただし、ギター・クワイアの音像が他の楽器に比べてやや大きく、長時間聴いていると少々疲れを感じる。とはいえ、エレクトリック・ギター・クワイアという新しい領域に挑んだ本作は、見事な成果を収めた一枚だ。続編も期待したい。Randy Napoleon:Waking Dream(OA2 Records OA2 22241)24bit 96kHz Flac1.Randy Napoleon : Super Moon2.Gregg Hill : The Speckled Frog3.Gregg Hill : Waking Dream4.Randy Napoleon : Two Thoughts5.Gregg Hill : Cafe Brasilia6.Gregg Hill : The Singer7.Gregg Hill : 52 Pickup8.Randy Napoleon : Riverside Blossoms9.Gregg Hill : Jo Jo Jo10.Randy Napoleon : Boom Boomall arranged by Randy NapoleonRandy Napoleon(g)Luke Sittard(g)Chris Minami(g)Jocelyn Gould(g)Ben Turner(g)Rick Roe(p)Rodney Whitaker(b except track6,7)Quincy Davis(ds except track6,7)Anthony Stanco(tp track 2)Michael Dease(tb track8)Walter Blanding(ts track10)Langston Kitchen(b track 6,7):⑥⑦Michael J. Reed(ds track 6,7)Lynne Brown(guiro track2)Recorded November 18–19, 2024,Troubadour Recording Studios, Lansing, Michigan, USA
2026年07月03日
コメント(0)

Salzburg Wind Philharmonicという吹奏楽団の録音が大量にリリースされていることを知り、その中からオリジナル作品を集めたアルバム「Salzburg Wind Philharmonic vol.11」を購入した。このバンドは日本ではあまり知られていないが、世界最高峰の吹奏楽団の一つとされている。このシリーズは最近配信が始まり、その流れでダウンロードサイトでもカタログに掲載されるようになったようだ。この楽団は常設ではなく、演奏会ごとに編成されるプロジェクト型の吹奏楽団であり、ルツェルン祝祭管弦楽団と同様の形態といえる。ベルリン、ウィーン、コンセルトヘボウ、バイエルンなど、ヨーロッパの名門オーケストラの団員が多数参加している。当初はザルツブルク・モーツァルテウム大学のオーケストラ組織として活動していたが、年を追うごとにプロ奏者の比率が増し、活動範囲の拡大に伴って2022年に大学から独立した。指揮はホルン奏者であり元モーツァルテウム音楽院教授のハンスヨルク・アンゲラーが務めている。コンサートマスターはベルリン・フィル首席のフックスが担当しているようだ。現在までにCD約45タイトルの充実したカタログを誇り、現在は自主レーベルBPS Recordsからリリースされている。SpotifyでSalzburg Wind Philharmonicのvol.1~vol.12やベートーヴェン、「アルプス交響曲」などをつまみ聴きした。アレンジ作品が多いがサウンドは非常に充実しており、通常の吹奏楽団にありがちな貧弱さはなく、厚みがあってオーケストラに遜色しない響きであった。ワーグナー「神々の黄昏」の「夜明けとジークフリートのラインの旅」や「葬送行進曲」では、オーケストラと比べるとスケール感では及ばないものの、ソロの完成度は高く、全体のサウンドも十分に説得力があった。サウンドは意外にも地味な印象。アメリカのバンドのような明るく突き抜ける響きではなく、暗めで抑制された音色であり、派手さよりも緻密さを重視したアンサンブルだ。そのためパワーで圧倒するタイプではなく、むしろ玄人好みのバンドだ。ただし、このアルバムでも十分に分かるが、いざっとなった時のパワーは凄味がある。AIのおすすめとして「アルプス交響曲」が挙げられたが、高価であり、配信で聴ける録音の多くが編曲作品であったため、今回は管楽器のみの作品を集めたvol.11をeclassicalからダウンロードした。vol.11はクルト・ワイルのヴァイオリン協奏曲、ベルトルト・フンメル《ファウストの情景》Op.72b、ミーナス・ボルブダキス《Chorochronos II》という現代作品を組み合わせた内容であり、いずれも国内での演奏例はほとんどないと思われる。クルト・ワイル《ヴァイオリンと吹奏楽のための協奏曲 作品12(1924)》は、木管10名にトランペット、ホルン、ティンパニ、打楽器、コントラバス4という編成。初期ワイルらしい新即物主義的でやや辛口な語法ながら、透明感があり過度に暗くならない音楽で、非常に聴きやすい。ストラヴィンスキー《兵士の物語》(1918)との類似も感じられる。またヴァイオリンと管楽器の掛け合いが魅力的で、ヴァイオリンの涼やかな音色も心地よい。特殊編成のため演奏機会は多くないが、初めてでもすんなり耳に入ってくる作品で、もっと演奏されてもよい曲だろう。ワイルの隠れた名曲?昨年BISからリリースされたHK・グルーバーの《7つの大罪》を中心としたアルバムにも収録されていた。録音はBIS盤の方が優れており、この曲を聴くなら同盤を推したい。ドイツ生まれのベルトルト・フンメル(1925–2002)は戦後ドイツを代表する作曲家であり、ベルク、メシアン、さらに師であるハーラルト・ゲンツマーやヒンデミットとの精神的な連続性を語っている。十二音技法に全面的に依拠することなく、調性感をある程度保持しながら現代的語法を展開した作風を持つ。代表作として《Sinfonietta for Large Wind Orchestra(1970)》や《Chorale for Band "Tier"》などがあり、吹奏楽作品として重要な位置を占めている。《ファウストの情景》はゲーテの『ファウスト』を題材に、管楽オーケストラによる交響詩的な6曲構成の組曲として描いた作品であり、打楽器が大きく活躍する。難解な現代音楽ではなく、ストーリー性とユーモアを備えた聴きごたえのある作品だ。旋律や和声にはメシアンの影響も感じられ、興味深い語法となっている。邦人作曲家を思わせる和声が現れる場面もあり、国内の吹奏楽団で演奏されても不思議ではない完成度を持つ。難易度は高いが演奏効果も大きく、ぜひ取り上げてほしい作品だ。最後の《Chorochronos II》はミーナス・ボルブダキス(1974–)の作品。彼はギリシャ・クレタ島出身の現代音楽作曲家である。タイトルはギリシャ語の「空間(Choros)」と「時間(Chronos)」を組み合わせた造語。全体にクールな雰囲気が漂い、荒々しいティンパニと多数の打楽器が強烈に活躍する作品であり、他の楽器も持続的なエネルギーを放っている。グロッケンやチャイムなどが組み合わさったガラスを連想させるきらびやかなサウンドが耳を引く。打楽器の扱いが非常に興味深く、高音域を多用する金管なども含めて難易度は高いが、実演で聴いてみたい作品だ。ということで、国内では知られていないとはいえ、大変充実した作品がならんだ優れたアルバムだった。このアルバムの配信を機に、多くの吹奏楽団で演奏される機会が増えることを期待したい。Salzburg Wind Philharmonic vol.11(BPSRECORDS-Volume_11 )24bit 44.1kHz Flac1.Kurt Weill: Concerto for Violin & Wind Orchestra, Op. 12 第1楽章 Andante con moto 第2楽章 Notturno:夜想曲らしい静謐さの中にも不安が漂います。 Cadenza Serenata 第3楽章 Allegro molto6.Bertold Hummel: Faust Scenes, Op. 72b Incantation Seduction Dance of Unhappy Spirits Witches' Sabbath Gretchen (Intermezzo) Fair and Faust's Journey to Hell12.Minas Borboudakis: Chorochronos II Benjamin Schmid(vn track 1-5)Peter Sadlo(timp,perc. track 12)Salzburg Wind PhilharmonicHansjörg Angerer
2026年06月30日
コメント(0)

ドラマーのニール・グレイによるハードバップ・セッション「In The Street」を聴く。Cellar Liveからのリリースで、このレーベルはPresto Musicで安価に購入できるうえ、録音・演奏ともに優れたアルバムが揃っているため、最近よく聴いている。ニール・グレイは西カナダのジャズ・シーンで15年ほど活動してきたドラマーで、このアルバムが初の本格的なリーダー作とのこと。ありふれたジャズでが、勢いのある演奏と優れた楽曲、そして透明度の高い録音が魅力で、何か新しいものを求めるのでなければ文句の付け所がないアルバムである。プログラムは最後のヴォーカル・ナンバーを除き、すべてグレイのオリジナル。メンバーはほとんどが気心の知れた仲間とのことだが、演奏にだれるところはなく、終始ノリが良い。典型的なハードバップだが、ジュリアン・ボルコフスキとコリー・ウィーズによるフロントのハーモニーが実に心地よい。ボルコフスキのリー・モーガンばりの柔らかなサウンドが、その魅力に大きく貢献している。ケベック出身のフランス系カナダ人ジャズ・ピアニスト、ブルーノ・ユベールのピアノは、ブロックコードを交えた骨太なバップ・スタイルで、ソロにもソニー・クラークを思わせる味わいがある。ミディアム・テンポの演奏が多い中では、ラテン・テイストの「Latin Fiasco」が異色の存在である。タイトルは「ラテンの大失敗」という意味らしいが、ユーモアに富んだ楽しい曲である。「Somewhere」はやや速めのテンポながら、しみじみとした味わいを湛えた佳曲。朴訥としたタッチが、かえって魅力につながっている。「Shotgun Blues」は物騒な題名だが、典型的なハードバップのブルースで、コリー・ウィーズの骨太なアルトによるファンキーなソロがご機嫌。ボルコフスキのトランペットも軽快な持ち味を発揮している。「Seymour Street Shuffle」もテンポの速いブルースで、ここでもウィーズのブルージーなソロが光る。ボルコフスキのトランペットも健闘している。リーダーのドラムスが前面に出る場面は少ないが、バンド全体を後方から巧みに支えている。最後の「Night and Day」には、バンクーバーを拠点に活動するLeila Naderiがゲスト参加している。高音がきつめで、あまり若さを感じさせない歌唱。また歌はややエキセントリックで、それまでのよくブレンドされたサウンドとは調和していない。このトラックはなくても良かった。ということで、気心の知れた仲間たちとの日常の一コマを切り取ったようなアルバムで、新たな発見こそないが、肩の力を抜いて楽しむことができる。意欲的な作品や奇抜な趣向のアルバムが多い昨今だからこそ、このような作品の存在意義は大きい。こうした地味ながら味わい深いアルバムこそ、長く聴き継がれていくに違いない。ジャズならではの魅力を備えた一枚だ。Neil Gray:In The Street(Cellar Live CMF030325)24bit96kHz FlacNeil Gray: 1.Frankie's Ghost2.For Those In The Back3.It Wasn't Was It4.Latin Fiasco5.Somewhere6.Shotgun Blues7.Seymour Street Shuffle8.Cole Porter: Night and Dayall composed by Neil Gray except track8Neil Gray(ds)Bruno Hubert(p)Julian Borkowski(tp)Cory Weeds(ts)Conrad Good(b)Leila Naderi(vo track 8 only)Release Date: October 31, 2025Recording Date: Not specifiedRecording Location: Not specified (Vancouver, British Columbia, Canada)
2026年06月28日
コメント(0)

最近お気に入りのフランスのテノール歌手、シリル・デュボアの新録音『So Poetique!』を聴く。本作は、ヴェネツィアに拠点を置くフランス・ロマン派音楽(1780~1920年頃)の研究・普及機関、Palazzetto Bru Zane(仏ロマン派復興機関)との共同制作によるものだ。最近はBru Zane単独ではなく、アルファレーベルの録音にBru Zaneが協力する形での制作が増えているように感じる。ほかにもApartéやHarmonia Mundiとの共同制作が目立つ。このアルバムの狙いは、あまり演奏されない作品群の中に埋もれた「失われた宝」の再発掘だそうだ。全曲が管弦楽伴奏による豪華な編成で、通常のピアノ伴奏版と比べると実にゴージャスな仕上がりだ。ピアノ伴奏版との直接の比較はしていないが、聴き手のイマジネーションをかき立てるサウンドが魅力的だ。デュボアの歌唱は期待にたがわぬ見事な出来で、その美声にうっとりとしてしまう。一方で、曲によっては表現がやや大きすぎるように感じる場面もある。収録曲はいずれも短いが、バラエティに富んでいて飽きさせない。なかでも、フォーレの「イスパハンの薔薇」の優美な旋律、サン=サーンスの夢見るような「法悦」、そして彼のエジプト趣味を反映したスケールの大きな「ナイル川の日の出」は聴きごたえ十分だ。初めて聴く作曲家の作品の中では、ベンジャミン・ゴダートの「3つの詩的断章」の明るくふんわりとした抒情が印象に残った。また、トンベルの「ピレネーの子守歌」は、持続音(ドローン)や旋法的なメロディーによって、異国情緒あふれる歌の世界を聴かせてくれる。フランクの「行列」は宗教的な雰囲気こそ感じられるものの、流麗な旋律と劇的な表情によって、いつものフランクとは異なる一面をのぞかせるのが意外だった。実はフランクはオペラも何曲か書いており、その片鱗がこの曲からうかがえるのも大変興味深い。書き始めるときりがないのでこのあたりまでにしておくが、どの曲も魅力的で、未知の宝物を発見したような喜びを味わわせてくれる。ブリュッセル・フィルのサウンドは、それほど洗練されたものではないが、そのことがかえって、デュムソーの指揮ともども、少し前までフランスのオーケストラに息づいていた独特の香りを伝えており、大変魅力的だった。録音は悪くないのだが、このレーベルの最近のヴォーカルアルバムはサウンドが前に張り出しすぎて、雰囲気を損なっているような気がする。特にこのようなフランス物の時は、もう少し奥行きをもった音にして欲しい。録音にクレームをつけたが、演奏、選曲とも素晴らしく、未知のフランス歌曲に出会いたければ、ぜひお聴きいただきたい。このアルバムを聴けば、幸せな気分になれること請け合いだろう。Cyrille Dubois:So Poetique!(ALPHA 1214)24bit 96kHzFlac1. Charles Gounod:Le Soir 夕べ2. Benjamin Godard:Embarquez-vous ! さあ船出しよう3. Camille Saint-Saëns:Aimons-nous 愛し合おう4. Louis Vierne:Chanson d'automne 秋の歌5. Théodore Dubois:Printemps 春6. Benjamin Godard:Trois Fragments poétiques, Op.13 - I. Lamartine 3つの詩的断章 第1曲「ラマルティーヌ」7. Charles Gounod:Ma belle amie est morte 私の美しい恋人は亡くなった8. Gabriel Fauré:Les Roses d'Ispahan イスパハンの薔薇9. Fernand de La Tombelle:Berceuse pyrénéenne ピレネーの子守歌10. Jules Massenet:Le Poète et le fantôme 詩人と亡霊11. Augusta Holmès:Ne nous oubliez pas ! 私たちを忘れないで!12. Benjamin Godard:Trois Fragments poétiques, Op.13 - II. Alfred de Musset 3つの詩的断章 第2曲「アルフレッド・ド・ミュッセ」13. Fernand de La Tombelle:Sonnet d'Estienne de La Boétie エティエンヌ・ド・ラ・ボエシーのソネット14. Gabriel Fauré:En prière 祈り15. Théodore Dubois:Pourquoi les oiseaux chantent なぜ鳥は歌うのか16. César Franck:La Procession 行列17. Félicien David:La Vengeance des fleurs 花々の復讐18. Benjamin Godard:Trois Fragments poétiques, Op.13 - III. Victor Hugo 3つの詩的断章 第3曲「ヴィクトル・ユーゴー」19. Camille Saint-Saëns:Extase 法悦20. Ambroise Thomas:Le Soir 夕べ21. Camille Saint-Saëns:Lever de soleil sur le Nil ナイル川の日の出Cyrille Dubois(t)Brussels PhilharmonicPierre Dumoussaud Recorded at Flagey Studio 4, Brussels, Belgium, 31 March–4 April 2025
2026年06月26日
コメント(0)

ギタリストのミック・グッドリックとピアノのフレッド・ハーシュによるデュオ作「Feebles, Fables & Ferns」を聴く。これは、1988年に録音されたECMの未発表音源を収めたアルバムだ。グッドリック(1945-2022)はこれまで聴いたことのないギタリストだったが、1970年代前半にゲイリー・バートンのグループに所属し、若きパット・メセニーとも共演している。その後もチャーリー・ヘイデンのリベレーション・ミュージック・オーケストラやジャック・デジョネット、スティーブ・スワローらのグループで活躍したという。彼の大きな功績は、ビル・フリーゼル、ジョン・スコフィールド、マイク・スターンなど、錚々たるギタリストを育てたことにあるようだ。芸風は派手さを避けた知的で繊細なスタイルで、ハーシュとの相性も良い。アルバム全体には動きがあるものの抒情的な雰囲気が漂い、これまでリリースされなかったことが不思議に思えるほどだ。驚いたのは、ハーシュがかなり饒舌なピアノを弾いていることだ。現在の彼は抒情的ながら寡黙なスタイルなので、そのイメージで聴くと意外に感じられる。当時は音数の多いスタイルだったが、病気などを経て大きく芸風が変化したのだろう。個人的には初期のロジャース曲集を愛聴していたが、その後長いブランクを経て現在のスタイルに接したため、なおさら驚きが大きい。タイトル曲の「Feebles, Fables & Ferns」は、Feebles(弱々しいもの)、Fables(寓話)、Ferns(シダ植物)という単語を並べたもので、特別な意味はないようだ。やや速めのテンポによる抒情的な作品で、ギターとピアノの掛け合いが聴き手を優しく包み込む。聴き終えた後には幸福感が残る。近年スタンダード化しつつあるスティーブ・スワローの「Falling Grace」も、アドリブの応酬から始まり、最後にテーマが現れる構成だ。楽器編成は異なるものの、チック・コリアとゲイリー・バートンのデュオを思わせる熱のこもった演奏で、実に素晴らしい。次の曲は、グッドリックの「Away 10」とスワローの「Amazing」のメドレーだ。ゆったりとしたテンポで慰めに満ちたメロディーが流れ、心安らぐひとときを味わえる。4曲目の「Five Excursions」は、アルバム最長となる9分余りの作品。フリー・インプロヴィゼーションによる演奏で、5つの部分に分かれているようだ。無調的に聴こえるが、クラシック音楽のような厳格さや冷たさを感じさせるほどではない。その中でピアノはかなり冷たく聴こえる一方、ギターにはそこまでの冷たさがなく、そのため緊張感はあまり強くない。ユニークでなかなか興味深いトラックだ。スタンダードの「Out of Nowhere」は、速いテンポによるフリーフォームの掛け合いが続き、最後にテーマが現れるしゃれた構成で、テーマが現れた瞬間に思わずニヤリとしてしまう。ハーシュの「Heartsong」は、まるでメセニーの作品を思わせるような、アメリカの田園風景を連想させる懐かしさを湛えた曲で、心温まる演奏となっている。マル・ウォルドロンの「Soul Eyes」は、ミディアム・テンポによるさらりとした表現ながら、しみじみとした情感が込められている。通常のバラードとは一味違う、リズミカルなピアノのコンピングが心地よい。ということで、軽量級の作品ながら、これまで未発表だったとは思えないほど完成度の高いアルバムだった。ジャズに安らぎを求める聴き手なら、期待を裏切られることはないだろう。Gary Burton Quintet 1974 feat. Pat Metheny, Mick Goodrick, Steve Swallow, Bob MosesMick Goodrick,Fred Hersch:Feebles, Fables & Ferns(ECM ECM2876)24bit 88.2kHz Flac1.Mick Goodrick: Feebles, Fables & Ferns2.Steve Swallow: Falling Grace3.Mick Goodrick / Steve Swallow: Away 10 / Amazing4.Mick Goodrick & Fred Hersch: Five Excursions5.Johnny Green: Out of Nowhere6.Fred Hersch: Heartsong7.Mal Waldron: Soul EyesMick Goodrick(g)Fred Hersch(p)Recorded: August 1988, Classic Sound Studio, NYC
2026年06月24日
コメント(0)

クロノスカルテットのゴスペルの女王 マヘリア・ジャクソン(1911-1972)へのオマージュを記録したドキュメンタリー的なアルバム「Glorious Mahalia」を聴く。このアルバムは、単なるマヘリアのレパートリー集ではなく、語りを含む大変凝ったアルバムだ。アルバムは下記のように3部に分かれている。1. 1957年シカゴ・ライヴ(歌)2. 1963年Studs Terkelとのインタビュー(語り)3. 新録音のインタビュー(Clarence B. Jonesなど)前半はStacy Garropによる、マヘリアの語りを含んだドキュメント的な作品だ。単一の音源に基づくものではなく、複数の歴史的記録を編集・再構成したものらしい。後半は公民権運動に関するキング牧師の思想を題材にしたコラージュ的な作品だ。クロノスらしい政治的メッセージを含んだ刺激的な内容で、クロノスのファンには訴求力があるだろうが、純粋に音楽そのものを楽しみたい向きには必ずしも向かないだろう。筆者自身も好んでこうした作品を聴きたいとは思わないが、マヘリアの歌と同様に重厚な語りが強く印象に残った。多くの聴き手の関心は、マヘリアとクロノスがどのように融合しているかに向かうだろう。しかし、マヘリア本人の歌唱が聴けるのは「Sometime I Feel Like a Motherless Child」1曲のみで、やや肩透かしを食らう感はある。とはいえ、この1曲の説得力は圧倒的だ。ヴォーカルに絡みつくクロノスの濃厚なサウンドも強烈で、頻繁に用いられるグリッサンドはフィドル的な語法としてゴスペルによく馴染んでおり、極めて効果的に使われている。マヘリアの録音に含まれていたピアノ伴奏もそのまま使用されているようで、ヴォーカルとともに当時の雰囲気を伝えてくれる。その素朴な味わいは実に魅力的だ。仮に後から録音した伴奏を重ねていたなら、この雰囲気は生まれなかっただろう。マヘリア・ジャクソンのレパートリーの一つとして知られるAntonio Haskellのゴスペル曲「God Shall Wipe All Tears Away」のジェイコブ・ガーチクによる編曲は、1937年録音のEstelle Allenのオルガン伴奏を弦楽四重奏で再現することを発想の出発点としている。ヴィオラがマヘリアのヴォーカルを担い、他の3人がオルガンの和声を受け持つ構成とのことだ。オルガンを思わせる重低音が印象的だ。ザカリー・ジェームズ・ワトキンス(1980-)の「Peace Be Till」は、オークランドを拠点とする作曲家・電子音楽家による作品だ。ワトキンスは実験音楽、即興、電子音響の分野で活動しているという。キング牧師のスピーチライターだったクラレンス・ジョーンズ(1931-2026)のインタビューをもとにした「Peace Be Till」は、「キング牧師との出会い」、「キング牧師の演説の力」、「I Have a Dream演説が生まれた背景」、「公民権運動における音楽の役割」、「今日の社会正義への思い」という5部から成る。クラレンス・ジョーンズの野太く熱のこもった語りは圧巻だ。一方、音楽は存在感こそ大きいものの、語りに積極的に絡むというよりは脇役に徹している。音楽自体は比較的分かりやすいが、ときおり挿入される効果音は浮遊感を生み出しており、必ずしも効果的とは感じられない。むしろ弦楽器と語りだけで構成した方が良かったように思う。ヘリコプターのローター音を思わせる効果音が断続的に現れるが、ベトナム戦争を暗示しているのだろうか。アーカイブ音源を含め録音の質は大変良好だ。しかし、語りとその他の音響要素とのバランスはあまり良いとは思えず、扱いの難しい素材であることを感じさせる。ドキュメンタリーとして、あるいはサウンドそのものを楽しむ作品としては興味深く、試みとしても評価できる。ただし、政治的メッセージが前面に出ており、純粋に音楽作品として聴くには無理があると思う。Kronos Quartet:Glorious Mahalia(Nonesuch 7559-79137-2)24bit 96kHz Flac1. Stacy Garrop: Glorious Mahalia Hold on Stave in the ground Are you being treated right Sometime I feel like a motherless child This world will make you think6.Antonio Haskell(arr. Jacob Garchik):God Shall Wipe All Tears Away 7. Zachary James Watkins:Peace Be Till I.Doors of Justice / Black Thread(夢と正義の扉) II.Protest(抗議・デモ・社会運動) III.Copter(キング牧師とジョーンズの協働) IV.Symphony of Social Justice(社会正義の交響曲) Ⅴ.Tell 'em about the dream(未来への希望と継承)Kronos Quartet:David Harrington(vn)John Sherba(vn)Hank Dutt(va)Sunny Yang(vc)Mahalia Jackson(archival voice)Recordede 2022,Lucas Valley Rd, Nicasio, CA
2026年06月22日
コメント(0)

ここ数年続いているプレスティッジのマイルス・デイヴィスの年代別録音集シリーズ?の1956年版。例によってリマスター盤で、有名なマラソン・セッションに加え、ソニー・ロリンズが参加した1956年3月16日のセッション(Collectors' Items収録)の3曲が収められている。このセッションでは、ロリンズのすっとぼけた味わいのあるプレイ(特に「Vierd Blues」)が全体をリラックスさせており、マラソン・セッションの緊張感とのコントラストが顕著だ。ロリンズの円熟した音楽と、若々しいがまだ発展途上のコルトレーンの音楽の違いがよく分かるともいえる。個人的には『Collectors' Items』をまともに聴いたことがなかったので、興味深く楽しめた。マラソン・セッションについては、アナログ盤やCD、『The Legendary Prestige Quintet Sessions』(2006年)などで散々聴いてきたはずなので、新たな発見はなかった。しかし、改めて聴くとコルトレーンの出来がここまで不安定だったとは思っていなかった。現在では当たり前に聞こえるマイルスやガーランド、フィリー・ジョーの演奏語法も、当時は最先端の表現だった。この録音を評価するには、その後のジャズが、彼らの成果の上に築かれてきたことを踏まえる必要がある。今回はほぼ続けて聴いたが、全体としては普段着のセッションという印象だった。かつて正真正銘の名盤として喧伝されていた頃に聴いていた時とは、こちらの精神状態も明らかに違っているのだろう。良く言えば客観的な聴き方であり、悪く言えば現代の基準で聴いているともいえる。なお、曲順はロリンズのセッションが先頭に置かれているものの、マラソン・セッション部分はクロノロジカルな配列ではなく、『Cookin'』『Relaxin'』『Workin'』『Steamin'』の収録曲が混在している。Craft Recordingsは意図的に「アルバムとして聴かせる流れ」を重視して再編集したという。そのため、これらの録音を熟知している聴き手にとっては、かえって新鮮に感じられるかもしれない。昔は名演だと思っていたバラードが意外に平凡に聞こえ、その一方で「Half Nelson」「I Could Write A Book」、ロリンズ作の2曲などは勢いがあり、コルトレーンも懸命なプレイで周囲に引けを取らない演奏を聴かせていた。速いテンポの曲でのチェンバースのベースが凄いことに気づいたのも収穫の一つだ。名演の誉れ高い「Blues By Five」は現在の耳で聞いても良かった。個人的には、編集によってアルバムのイメージから解放されたためか、速いテンポの曲でのライブさながらの熱演の魅力を再認識させられた、という感想だ。リマスターによる音質向上はあまり目立たないが、音量を上げてもうるさくならず、SN比はかなり改善されている。ただし高域の抜けは今ひとつで、このあたりがリマスターの限界かもしれない。できれば大音量で聴いた方が、この演奏の真価は伝わりやすいと思う。特にバラードは全く別物に聞こえるとは思っていなかった。ただ、音量を上げるとマイルスよりコルトレーンの音量が大きく感じられ、結果としてコルトレーンの野暮ったさがかえって目立ってしまう。ガーランドのピアノはやや抜け切らない印象だが、フィリー・ジョーのドラムスはかなり鮮明に聴こえる。Miles Davis:Miles '56(Concord 7274564)24bit 192kHz Flac1.Dave Brubeck, Iola Brubeck : In Your Own Sweet Way2.Miles Davis : No Line3.Miles Davis : Vierd Blues4.Dave Brubeck, Iola Brubeck : In Your Own Sweet Way5.Erno Rapee, Lew Pollack : Diane6.John William Coltrane : Trane's Blues7.Jack Yellen, Herb Magidson, Sammy Fain : Something I Dreamed Last Night8.James van Heusen : It could happen to you9.John Gillespie : Woody'N You10.Ahmad Jamal : Ahmad's Blues11.Richard Rodgers :The Surrey With A Fringe On Top from Oklahoma!12.Richard Rodgers : It Never Entered My Mind from Higher and Higher13.Edward Heyman, Victor Popular Young : When I Fall In Love14.Kenny Clarke, John Gillespie : Salt Peanuts15.Miles Davis : Four16.Miles Davis : The Theme17.Miles Davis : The Theme18.Frank Henry Loesser : If I Were a Bell19.Thelonious Sphere Monk : Well, You Needn’t20.Thelonious S. Monk, Charles Cootie Williams, Bernard D. Hanighen : ‘Round Midnight21.Miles Davis : Half Nelson22.Harry Warren, Joe Young, Mort Dixon : You're My Everything23.Richard Rodgers : I Could Write A Book from Pal Joey24.Sonny Rollins : Oleo25.Sonny Rollins : Airegin26.Miles Davis : Tune Up27.Benny Carter, Spencer Williams : When Lights Are Low28.Red Garland : Blues By Five29.Richard Rodgers :My Funny Valentine from Babes in ArmsMiles DavisPaule Chambers(b)Sonny Rollins(ts track 1-3)Tommy Flanagan(p track 1-3)Paul Chambers(b track 1-3)Art Taylor(ds track 1-3)John Coltrane(ts track 4-29)Red Garland(p track 4-29)Philly Joe Jones(ds track 4-29)Recorded at Van Gelder Studio, Hackensack, NJ, on March 16, May 11, and October 26
2026年06月20日
コメント(0)

以前聴いて気に入った古楽グループのラ・タンペートの最新作を聴く。この団体は一応古楽アンサンブルに分類されるが、古楽を素材として用いながら、それを現代的な表現へと再創造するグループだ。合唱と器楽は曲ごとにさまざまな編成で演奏される。古い題材を扱いながらも、現代に生きるまったく新しいイメージの音楽を生み出しており、聴くたびに心を躍らせてくれる。今回はフラメンコとルネサンス音楽を融合させたプロジェクトだ。Bomba Flamenca(フラメンコの爆発)という少々物騒なタイトルだが、ベースとなるのはミサ曲で、そこにスペインやアフリカの伝承音楽が挿入される構成となっている。フラメンコが前面に出ているわけではないので、それを期待すると肩透かしを食うかもしれない。本作は、「中世スペイン → ルネサンス・スペイン → 地中海・アラブ文化圏の影響 → カール5世の死」という流れを、音楽によって描いた歴史絵巻のようなアルバムだ。副題は、このグループの音楽監督シモン=ピエール・ベスティオンが構想した「皇帝カール5世のための架空の追悼ミサ」。史実の再現ではなく、16世紀スペインの豊かな音楽文化を、レクイエムの典礼構造に沿って再構成した舞台作品とのことだ。カール5世は16世紀ヨーロッパ最大の君主の一人で、スペイン王であると同時に神聖ローマ皇帝でもあった人物だ。ジャケット写真は、皇帝の葬列が砂漠を静かに進む光景を思わせる。通常のミサ曲の間に挟まれた北アフリカ(第1曲)、アラブ・アンダルシア(第5曲)、セファルディー(ユダヤ系スペイン、第11曲)、モサラベ典礼(第12曲)のナンバーは、スペインや北アフリカの雰囲気を強烈に感じさせる。これらの曲がアルバム全体に鮮烈な印象を与えている。冒頭の「Taqsim(即興前奏曲)」では、バグパイプの持続低音、ドゥルツィアンの賑やかな響き、そして時折聞こえるサックバットの咆哮が織りなす、途方もないスケール感に度肝を抜かれる。特に気に入ったのは第11曲「Irme kero madre a Yerushalayim」。15世紀末にスペインから追放されたユダヤ人たちによって伝承されてきた歌で、旋律には日本の歌謡曲にも通じる親しみやすさが感じられる。伴奏もどこかチンドン屋を連想させて興味深い。第12曲「Vidi sub ara Dei」はモサラベ聖歌だ。グレゴリオ聖歌によく似ているが、スペイン固有の典礼音楽であり、その起源はグレゴリオ聖歌よりも古いとされる。タイトルからフラメンコ作品集を想像しがちだが、実際には純粋なフラメンコ・アルバムではない。それでも「フラメンコの源流」や「フラメンコ的な情熱」を感じさせる曲は随所にあり、第8曲、第9曲、第11曲、第17曲などがその好例だ。個人的には、第17曲「El fuego」の沸き立つようなリズム感が印象的だった。また、合唱と伴奏が一体となって躍動する第9曲「Ad mortem festinamus」(『モンセラート赤い写本』所収)も強く心に残った。第9曲はヴォーカル・ソロが次々と交代していく点も聴きどころだ。一方、通常のミサ曲のナンバーは単独で聴けば十分に優れた演奏だが、これらの強烈な個性を持つ楽曲に挟まれると、やや印象が薄くなるのはやむを得ないかもしれない。全体としては、スペインや北アフリカを思わせる荒々しく生命力に満ちた音楽と、ルネサンス期の静謐な音楽が融合した、不思議な魅力を持つアルバムだ。古楽やクラシックの愛好家よりも、むしろワールドミュージックや民族音楽に関心のある人に強く訴えかけるアルバムだと思う。何度か聴いているが、そのたびに新たな魅力を発見できる。味わうほどに奥行きの深さが感じられる、含蓄に富んだ優れたアルバムだ。Bomba Flamenca(Alpha Classics ALPHA 1216)24bit 96kHz Flac●PROCESSIO(入場行列) チュニス遠征、イタリア戦役、新世界遠征の記憶1. 北アフリカ伝承:《Taqsim(即興前奏曲)》2. クレマン・ジャヌカン/マテオ・フレチャ:《La Guerre(戦争)》抜粋 ~ 《La Bomba(爆弾)》抜粋●INTROITUS(入祭唱) 憂愁を抱えた皇帝(Requiem aeternam)3. ルイス・デ・ナルバエス:《Mille regres》千の後悔●KYRIE 敬虔な男の祈願と後悔(Kyrie eleison)4. クリストバル・デ・モラレス:Missa Mille regretz: Kyrie eleison》5. アラブ=アンダルシア伝承:Nawa athar●GRADUALE(昇階唱) 正しき者への永遠の光と記憶(Requiem aeternam)6. ニコラ・ゴンベール:Musae Jovis●TRACTUS 原初的恐怖に集団で立ち向かう(Absolve, Domine)7. 《カリクスティヌス写本》(パリのアルベール師作とされる):Congaudeant catholici 抜粋●SEQUENTIA(続唱) 五世紀に及ぶレコンキスタ(Dies irae)8. フアン・デル・エンシーナ:Una sanosa porfia9. 《モンセラート赤い写本》:《Ad mortem festinamus》10. トマ・クレキヨン:《Lamentationes hieremiae prophetae: Mem》●OFFERTORIUM(奉献唱) アブラハムに与えられた契約の約束(Quam olim Abrahae)11. セファルディー伝承:Irme kero madre a Yerushalayim12. 《シスネロス・モサラベ聖歌集》:Vidi sub ara Dei●SANCTUS 最後のカロリング皇帝の栄光と衰退(Sanctus & Benedictus)13. ペドロ・デ・エスコバル:《Missa pro defunctis: Sanctus & Benedictus》14. マルブリアノ・デ・オルト:《Lamentationes hieremiae prophetae: Gimel》●AGNUS DEI 不死か、それとも死後の生命か?(Agnus Dei)15. ペドロ・デ・エスコバル:《Missa pro defunctis: Agnus Dei》●COMMUNIO(聖体拝領唱) 慈悲と母性的優しさの力(Lux aeterna)16. アントニオ・デ・カベソンに基づく:《Magnificat》●ABSOLUTIO(赦祷) 最後の言葉:「主よ、炎から私を救いたまえ!」(Libera me, Domine)17. マテオ・フレチャ:《El fuego》18. クリストバル・デ・モラレスに基づく:《Parce mihi, Domine》La TempêteRecorded in March 2025 at Temple protestant du Saint-Esprit, Paris (France)
2026年06月18日
コメント(0)

マルタ・サンチェス(1983-)というマドリード生まれのピアニストによる、プリペアド・ピアノを用いたジャズ・アルバムを聴く。彼女はニューヨーク大学への留学を経て、現在はニューヨークを拠点に活躍するジャズ・ピアニストだ。デヴィッド・マレイ・カルテットのピアニストとしても知られている。今回のアルバムを含め、リーダー作は8枚を数える。今回のアルバムは初のピアノ・ソロ作品であり、しかもプリペアド・ピアノによるフリーフォーム的な演奏を収めた意欲作だ。フリーフォームではあるが打鍵は力強く、「Frost Bloom」に聴かれるように構造は堅牢で、セシル・テイラーを思わせる瞬間も少なくない。一方で、ときに柔和なフレーズも現れ、彼女のラテン的な感性もあって、難解な音楽という印象はまったく受けない。もっとも、プリペアド・ピアノゆえに雑音のような響きも交じるため、多くの聴き手の支持を得られる作品とは言い切れないだろうが、非常に興味深いアルバムだった。個人的には、「Inward Loop」や「Pygmora」で聴かれる、ガムラン音楽を思わせるシャンシャンと鳴るサウンドがやや耳についた。加工されていないピアノに近い響きの部分では、彼女の堅牢なピアニズムが際立つ。「Espejos」や「The Regret」のような、クラシック的で穏やかな曲調も魅力的だ。最後の「One for Blake」では、リズミックで明るい左手のテーマの上に、右手の鮮明な不協和音が重ねられる。それまで比較的柔和な雰囲気で進んできた流れに対し、終曲ではその緊張感が聴き手に強いストレスを与えるという凝った構成になっている。意図的な演出であることは理解できるものの、少なくともエンディングについてはあまり好ましいものとは感じられなかった。録音はまずまずだ。プリペアド・ピアノ特有の立ち上がりの速いサウンドのためか、ときおり歪みを感じる場面があり、それが少々気になった。Marta Sánchez:For The Space You Left(Out Of Your Head Records OOYH 043CD)24bit 96kHz FlacMarta Sánchez:1.Frost Bloom2. Inward Loop3. Snowing in the Woods4.Estalagtita5.Espejos6.Echolord7.The Regret8.Pygmora9.One for BlakeMarta SánchezRecorded February 2024 at Opus Studios, Berkeley, California
2026年06月16日
コメント(0)

スイスのヴォーカリスト、エリナ・ドゥニとイギリス出身のロブ・ルフトのギターによるデュオの新作『Reaching for the Moon』を聴く。このコンビでは『Lost Ships』(2020)、『A Time To Remember』(2023)に続く3作目となる。キャッチーなメロディーがあるわけではなく、ひたすら暗い――それが筆者の彼女のヴォーカルに対する印象だ。彼らのオリジナルは3曲収められており、前作までと同様の叙情的な路線を踏襲している。その中では、アコースティック・ギターやエフェクトをかけたエレクトリック・ギターが使われている「Foolish Name」で聴かれる、スパニッシュ風味のリズミックなギターが印象的だ。フランスのシャンソンに触発された「Magnolia」は、静かな中にほのかな甘い香りが漂うような夜の音楽。また、オリジナル以外の選曲も優れており、大変興味深い音楽が演奏されている。アルバニア・コソボの伝承歌、イタリアのカンツォーネ、フランス歌曲、ペルシャの子守歌、アメリカのスタンダード、日本映画音楽、フリージャズの名曲などが並ぶ。アルバム全体は世界を旅するような趣だが、思索的なテーマで統一されている。彼女の歌唱スタイルは曲によって大きく変わることはなく、例えていえば、すべてがドゥニ流に染め上げられているといったところだろうか。良し悪しは別として、高名な歌手が何を歌ってもその人自身の音楽になってしまうのと似ているかもしれない。前作までと同じく、ルフトのボリュームノブ操作によってアタック音を消し、弦楽器のように音を立ち上げる「ボリューム・スウェル」というテクニックが多用されている。亡くなった恋人を思いながら、月明かりの港で死を待つ老人を描いたナポリ方言のイタリア歌曲「Cammina Cammina」は甘く切ない。一方で、コソボ民謡「Ani More Nuse」のように、ドゥニのパーカッションが加わったリズミックな曲もある。この曲では、ルフトのギターによるコンピングも気が利いている。イランの歌手・作曲家マフサ・ヴァフダットの「Leili Lullaby」は、オリエント・ムードあふれる楽曲で、ペルシャ語で歌われている。子守歌でありながら太鼓が入るところが意表を突くが、イランの子守歌ではそれほど珍しいことではないらしい。1936年にコソボのプリズレンで生まれたアルバニア系作曲家アキル・コチの「Zambaku i Prizrenit(プリズレンの百合)」は、民族音楽の香り高い佳曲だ。最後のオーネット・コールマンの「Lonely Woman」は、テンポを落として幻想的な世界を描いている。その後テンポが上がると、打楽器とスキャットが加わり、楽曲に新たな表情を与える。ということで、最初はそれほど強い印象を受けなかったが、何度か聴くうちに彼女の独特な音楽観の良さが伝わってきた。そして、本作が前2作とは段違いに優れた内容であることも分かった。今後もこの独自の路線を貫きながら、聴き手を楽しませ続けてほしいと思う。Elina Duni & Rob Luft: Reaching for the Moon(ECM 2866)24bit 88.2kHz Flac1. Irving Berlin: Reaching for the Moon2. Pino Daniele: Cammina Cammina3. Gabriel Fauré: Les Berceaux4. Traditional (Kosovo): Ani More Nuse5. Elina Duni, Rob Luft: Foolish Flame6. Mahsa Vahdat: Leili Lullaby7. Akil Koci: Zambaku i Prizrenit8. Shigeru Umebayashi, Krzysztof Komeda: Yumeji's Theme / Sleep Safe and Warm9. Elina Duni, Rob Luft: Magnolia10. Elina Duni, Rob Luft: Your Arms11. Ornette Coleman, Margo Guryan: Lonely WomanElina Duni(vo,perc.)Rob Luft(g)Recorded June 2025 at Studios La Buissonne, Pernes-les-Fontaines, France
2026年06月14日
コメント(0)

バーバラ・ハンニガン=イェーテボリ交響楽団によるアメリカ音楽を特集したアルバムを聴く。彼女は2019-2020シーズンからこの楽団の首席客演指揮者務めている。硬派なアルバムが多い印象のハンニガンにしては意外な選曲だが、以前にはガーシュインを特集した「クレイジー・ガール・クレイジー」をリリースしており、ポピュラー系の音楽と決して縁遠いわけではない。今回のアルバムはガーシュイン、コープランド、リチャード・ロジャース、その他という変則的なプログラム。ガーシュインはロバート・ラッセル・ベネット編曲による交響的絵画「ポーギーとベス」。コープランドは「ダンス交響曲」。リチャード・ロジャースの「回転木馬」からは「回転木馬のワルツ」。さらにビル・エリオットとハンニガンによる歌入りの管弦楽組曲「At The Fair」が収められている。ガーシュインはイェーテボリ交響楽団のサウンドが実にゴージャスで、おそらく既存の録音を上回る出来栄えだと思う。イェーテボリのサウンドは透明感があり濁りが少ない。リズムはしなやかで機動性にも富み、本場アメリカのオーケストラ以上に華やかで、ワクワク感が半端ではない。以前レビューしたロウーバリ指揮によるシベリウスの一連の録音でも感じたことだが、いつの間にかこのオーケストラが驚くほど上手くなっている。ネーメ・ヤルヴィ時代にはそれほど高い技量を感じなかったので、ロウーバリ時代に一気に進化したように思われる。ハンニガンはどの曲でも適切なテンポを採り、外連味のない解釈を聴かせる。ガーシュインの交響的絵画「ポーギーとベス」は充実したサウンドで、音楽として弱いところも上手くカバーされていて、大変充実した演奏だ。エンディングの高揚感もなかなかのものだ。コープランドの「ダンス交響曲」は筆者にはあまり馴染みのない作品だ。ゾンビを題材にしたバレエ音楽を改作したもので、全体に暗い雰囲気を持つ。手持ちのドラティ=ダラス交響楽団盤と比較しながら聴いたが、テンポはドラティの方がわずかに速い程度で、大きな違いは見つからない。ところが、なぜか第2楽章 Andante moderato はハンニガン盤の方が2分半ほど長い。特に明記されていないため、詳細に比較してみないと理由は分からない。この楽章後半の阿片常習者の場面では、十分に間を取りながらじっくりと進行し、身震いするような迫力が感じられるので、そのあたりが要因かもしれない。第3楽章でも大太鼓の重量感あふれる強打が印象的で、スケールの大きさを感じさせる。このアルバムの中では最も聴き応えのある曲だ。Richard Rodgersの「回転木馬のワルツ」は、当初ロバート・ラッセル・ベネットがオーケストレーションを担当したが、その後ロジャースの要請でドン・ウォーカーが再オーケストレーションを施した版による演奏である。オリジナルより約2分長く、オーケストレーションも厚みを増しており、このミュージカルの魅力的なサウンドを存分に味わうことができる。タイトル・チューンの「An American Dream?」は、6曲のアメリカ音楽の断片を凝縮したような作品で、アイヴズを思わせる接続曲である。しかし2分足らずと短く、あまり面白いとは思えない。両脇を固めるポピュラー・ナンバーは「Have I Stayed Too Long at the Fair?」と「Don't Rain on My Parade」。ムーディーではあるが、こちらもあまり面白くない。ハンニガンのヴォーカルもねっとりとして感情過多に感じられ、あまり好みではない。編曲もそれほど優れているとは思えなかった。Barbara Hannigan:An American Dream?(Alpha Classics ALPHA1222)24bit 96kHz FlacGershwin: Porgy and Bess, a Symphonic Picture (Arr. for Orchestra by Robert Russell Bennett) 8.Arlon Copland: Dance Symphony 11.Richard Rodgers: The Carousel Waltz (Arr. for Orchestra by Don Walker) Barbara Hannigan (b.1971) – Bill Elliott (b.1951):At The Fair Orchestral Suite With Soprano(arr.Barbara Hannigan,Bill Elliott) I. Billy Barnes:Have I Stayed too Long at the Fair? II. An American Dream III. Jule Styne:Don't Rain on My Parade Gothenburg Symphony OrchestraBarbara HanniganRecorded in November 2025 at Gothenburg Concert Hall, Gothenburg (Sweden)
2026年06月12日
コメント(0)

ジョー・ロバーノの新譜「Paramount Quartet」を聴く。アルバム名をグループ名にした、ギター・トリオにサックスが加わった編成だ。パラマウントと言えば映画会社を思い出すが、この名前には「決意表明」「最重要のもの」「新たな高みへの上昇」という意味合いが込められているという。要するに、新たな高みに到達したというロバーノの宣言のようなものだろう。常人ならこんな言葉は気恥ずかしくて使えないものだが、あえてこの名前を掲げたのは、彼の並々ならぬ自信の表れなのだろう。穏やかな性格で知られるロバーノにしては珍しいことだ。最近のロバーノの作風は耽美的な演奏が続き、筆者はやや食傷気味だったが、本作ではそうした色合いが後退し、推進力のある音楽が繰り広げられている。ギターがレイジというのがみそで、フリーゼルやジョン・スコフィールドならこうはいかなかっただろう。レイジのギターとロバーノのテナーが積極的に絡み合う。レイジの硬質なギター・サウンドが、ロバーノのともすれば耽美に傾きがちな音楽に鋭い刺激を与えている。ロバーノがメゾ・ソプラノサックスを吹く「Amsterdam」のようなナンバーは、ブルーノート時代のウェイン・ショーターを思わせるサウンドで、宇宙空間のような広がりを感じさせる点も点数が高い。バラードはヘイデンの「First Song」とショーターの「Lady Day」のみだが、過度に耽溺しないところがいい。「First Song」のイントロにおける、心を洗われるような清冽なギター・サウンドが印象的だ。ギター・ソロも音数を抑え、間を生かした表現になっている。「Lady Day」はビリー・ホリデイに捧げられた曲で、ショーターの「The Soothsayer」に収録されていた。こちらもギターのイントロから始まり、味わい深い演奏が繰り広げられる。「Fanfare for Unity」はテンポの速いラテン・フレーバーを感じさせる曲だ。テナー、ギターともに活力に満ちたプレイを聴かせる。他の曲では比較的控えめなドラムスとベースも、ここでは存在感を発揮している。「The Great Outdoors」もメゾ・ソプラノサックスによる演奏だ。この曲もショーターの影響を感じさせるフリー・フォームの楽曲である。全体に浮遊感があり、4人の絡みが楽しい。ゴスペル風で陽気な「Congregation」でアルバムは締めくくられる。レイジの優れたコンピングとファンキーなソロが楽しめ、エンディングは昔の西部劇に出てきそうな雰囲気を醸し出している。ということで、このアルバムがロバーノの言う新たな高みかどうかは分からないが、少なくともスタイルが変化したことは確かであり、レイジが新たな触媒として機能していることも間違いない。今後の展開が期待される。Joe Lovano:Paramount Quartet(ECM 7851791)24bit 88.2kHz Flac1. Charlie Haden: First Song2. Joe Lovano: Amsterdam3. Joe Lovano: The Call4. Joe Lovano: Fanfare for Unity5. Wayne Shorter: Lady Day6. Joe Lovano: The Great Outdoors7. Joe Lovano: CongregationJoe Lovan(ts,G mezzo-soprano sax,tarogato)Julian Lage(g)Asante Santi Debriano(b)Will Calhoun(ds)Recorded February 2025 at Studios La Buissonne, Pernes-les-Fontaines, France
2026年06月10日
コメント(0)

度々話題にしているstereo誌連載中の「超絶音源チャレンジ」に載っていた一枚。この連載は以前、「今月の変態ソフト選手権!」というタイトルだった。名称が変更された当初は連載が終了したのかと思い、落胆したものだった。この連載でたびたび取り上げられていることもあり、またワコーレコードの録音は音が良いため、このブログでも何度か紹介している。今回はジュゴンボーイズ(The Jugong Boys)による演奏だ。古楽を専門とするグループだが、一般的なクラシック演奏家のイメージとは異なる自由で親しみやすい雰囲気を持っている。このグループの正式メンバーはチェロとチェンバロのデュオで、今回はリコーダーが加わっている。編成は五弦チェロ、リコーダー、チェンバロという、トリオ・ソナタにも通じる構成だ。バロック音楽の演奏だが、力みがなく、楽しさに満ちている。聴いているうちに、かつて流行したアンサンブル音楽三昧のテイストに通じるものがあることに気がついた。良い意味で堅苦しさがなく、気軽に楽しめる音楽だ。このアンサンブルで特に興味深いのは五弦チェロの存在だ。低音域が充実しているため、音楽の土台がより明確になっている。また、聞き慣れない2段鍵盤付きチェンバロも印象的だ。二つの弦列を備え、あらかじめ設定した音色を曲に応じて使い分ける仕組みらしい。いわばオルガンのストップ機能を備えたチェンバロのようなものだ。そもそもこの曲自体が「2段鍵盤付きチェンバロのための練習曲」と明記されているらしい。リコーダーは斉藤文誉氏と平尾清治氏による6種類の楽器が使用されている。これはリコーダーだけで全音域をカバーするためであると同時に、「室内合奏として演奏したら」というアルバムのコンセプトを反映したものでもあるらしい。また、音色の変化をつける目的もあり、感覚としてはサックス奏者が複数の楽器を持ち替えるのに近いのかもしれない。AIとのやり取りを通じて、ゴルトベルク変奏曲がアリアの旋律ではなく、低音声部と和声進行を基盤とした変奏曲であることを知った。以来、低音部の動きに注目して聴いている。今回の編成では高音部が比較的軽やかで、五弦チェロの存在感が際立つ。そのため、チェンバロやピアノの独奏では捉えにくいバスラインの進行や和声の変化がよく分かる。さらに、各変奏に共通する骨格も感じ取りやすく、個人的にはこの作品を理解するうえで大変参考になった演奏だったと思う。アリアは最後が最初より11秒ほど遅く、単純なダカーポではなく、リコーダーと5弦チェロのユニゾンが目立つ。録音はノイズ感がまったくなく、各楽器の音の粒立ち、透明度とも文句なしの出来だった。また音場の静けさもめったにきくことの出来ないものだった。ということで、本盤はゴルトベルク変奏曲への理解を深めるうえで大いに役立っただけでなく、優れた編曲と堅苦しさのない伸びやかな表情によって、純粋に音楽を楽しませてくれるアルバムだった。Goldberg Variations en concert by The Jugong Boys(Waon Records WAONCD620)24bit 192kHz FlacBach: Goldberg Variations, BWV 988 (Arr. for Recorder, 5-String Cello & Harpsichord by Takuya Nemoto) 根本卓也(2段鍵盤チェンバロ、編曲)山本徹(5弦チェロ)本村睦幸(リコーダー)Recorded 11-13. Jun. 2024,Gotanda Cultural Center Hall
2026年06月08日
コメント(0)

スエーデンのドラマー、ピーター・ダネモ(1961-)が2015年にスエーデンのノルボッテン・ビッグバンドと共演したアルバム「Hedvigsnäs」を聴く。全曲ダネモの作曲による大変意欲的な作品だ。オーソドックスなビッグバンド編成だが、シンセなども使われ、新しい感覚の曲もある。全体的に暗い表情を持ち、ビッグバンドらしい派手なブロウはあまり聞かれないが、音楽そのものは非常に面白い。個人的にはジョージ・ラッセルをクールにしたような感じだと思う。常にすべての楽器が鳴っているわけではなく、ピアノ・トリオのコンピングを中心とした部分も多い。最初の「Antoine」はダネモの顔を思わせるような、頑固で堅牢なテーマに金管の鋭いヒットが入る、なかなかハードボイルドな作品。アルトのソロもバックに負けない激しさが感じられ、聴いていると冷や汗が出てくるような緊張感がある。暗いムードのハードブロウな演奏だ。続く「Prelude」はシンセが加わり、無機的なサウンドが流れるなか、リズム感の希薄な浮遊するような音楽が続き、テナー・ソロが入ってからはビッグバンドらしいサウンドになる。バスクラリネットのソロに変わってからは、不協和音を含むクラスター的な響きとなり、テナーもこの音楽に沿った思索的なソロを展開する。「Monolithos」もクラスター的なサウンドのイントロから始まり、トロンボーン・ソロやベースの動きが不思議な空間を感じさせる音楽だ。「5-56」という変わったタイトルの曲は、スウェーデンでよく知られている潤滑・防錆スプレーの商品名「5-56」であると同時に、小節線の間の拍数を意味するそうだ。変拍子の曲だが、それをあまり感じさせず、終始クールな肌触りを保ち、熱いアルト・ソロとのコントラストがいい。「Synthesis」は小品で、電気的に処理されたエコーを伴うサウンドが遠くから聞こえてくるなか、Peter Lindhamreのトランペット・ソロが入る不思議な音響空間だ。やがてバックのサウンドは電気的なノイズのように変容していく。小品ではあるが、アルバムの中ではかなり個性的な作品だ。後半、多重録音のトランペットが終わると、ドラムスがマーチの断片のようなリズムで入ってくる。「Woodland」も静かな曲。ベースのアルコ・ソロにバスクラリネットやフルートが重なる木管アンサンブルのようなサウンドで、ジャズからはかなり離れた音楽になっている。そこは好みの分かれるところだろう。個人的には、静かに地響きするようなバスクラリネットのサウンドがなかなかいい感じだ。「Rudhme」はダネモ自身の説明によると、古ノルド語(Old Norse)で「赤面」「頬を赤らめること(blush, blushing)」を意味する言葉で、ダネモはこの曲を「足元に確かな地面があるかどうかも分からないまま、未知の世界へ飛び込んだ経験」と呼んでいる。全体に内省的で静的な作品で、トロンボーンやフリューゲルホルンのアンサンブルに続き、フルートに支えられたベース・ソロや、その後のトランペット・ソロは、静謐ななかに静かな感動を呼び起こす。タイトル曲の「Hedvigsnäs」は、ダネモが幼少期を過ごした農場の名前だ。スウェーデンへの賛歌のような清新な気分を感じさせる曲である。イントロの金管アンサンブルから全編にわたって静かだが崇高な気分に満ちており、ピアノ・ソロも個性的で、慰めに満ちた感動的なトラックだ。最後の「Even in the Odds」は、odd(奇数・不規則)を掛けた言葉で、「奇数拍子を偶数のように聴かせ、偶数拍子を奇数のように聴かせる実験」という意味らしい。全体に静謐さを感じさせる音楽だ。前半はソプラノサックスのソロが中心で、テンポが上がっても変拍子は変わらないが、やがてトロンボーンのスインギーなソロを交えたノリのいい音楽へと変化する。最後まで淡々と進み、突然終わる。アップコンバートしての試聴だが、サウンド自体はそれほど厚くなく、すっきりとした音で古さを感じさせなかった。ノルボッテン・ビッグバンドは初めて聴いたが、ソロを含めて大変上手いバンドで、他の録音も聴いてみたい。このアルバムの未収録曲や新作を組み合わせた「Resonansium」というアルバムもあるらしいので、機会を見つけて聴いてみたい。Peter Danemo & Norrbotten Big Band:Hedvigsnäs(Prophone PCD162)16bit44.1kHz FlacPeter Danemo:1. Antoine2. Prelude3. Monolithos4. 5-565. Synthesis6. Woodland7. Rudhme8. Hedvigsnäs9. Even in the OddsPeter DanemoNorrbotten Big BandPeter Danemo(cond,electronics, electronic treatment)Adam Forkelid(p)Christian Spering(b)Konrad Agnas(ds)Norrbotten Big BandRecorded live at Kulturens hus, Luleå, Sweden in November 2015
2026年06月06日
コメント(0)

今話題の?ペルシャ音楽とバロック音楽の対話をコンセプトとした、中近東の民族音楽のような趣のアルバム。出会いはティネケ・ステーンブリンクが2022年にスイスのシャフハウゼンで初めてコンスタンチノープルと出会い、キヤの声の柔らかさと力強さ、そしてバロック楽器とカヌーン、セタールの融合に深い印象を受けたことに始まる。オランダの古楽アンサンブルHolland Baroqueは、双子の姉妹であるジュディスとティネケ・ステーンブリンクが率いるオランダのピリオド楽器オーケストラ。単なる「歴史的再現」にとどまらず、バロック音楽を現代的な創造の素材として扱うのが特徴で、ジャズ、ワールドミュージック、ゴスペルなどとの共演を積極的に行っているという。「楽譜は未完成の芸術作品である」という考え方のもと、編曲や即興を取り入れながら独自のサウンドを築いている。Constantinopleは、イラン出身の音楽家 キヤ・タバシアン(1976-) が2001年に創設した、カナダ・モントリオールを拠点とする音楽アンサンブル。ペルシア音楽を中心に、アラブ、オスマン・トルコ、地中海世界、さらにはヨーロッパ古楽までを結び付ける活動で知られている。古い音楽をそのまま復元するのではなく、異なる文化の出会いから新しい作品を生み出すことを理念とし、世界各地の音楽家との共同制作を続けている。Constantinopleのメンバーは5~6人程度のようだが固定ではなく、プロジェクトごとに編成が変わる。今回のアルバムでは、セタール、カーヌーン、打楽器の3名で参加している。セタールはペルシャ由来のリュート属の楽器で、ペルシア語で「三弦」を意味するが、現在は4弦で演奏されている。お馴染みのインドの民族楽器シタールとは共通のルーツを持つという。カーヌーンは箱状の胴に弦を張った撥弦楽器で、箏のようにつま弾いて演奏する。音色も箏に似ており、聴きようによっては日本的な響きにも感じられる。打楽器はペルシャ由来のトンバクという片面太鼓や、ダフと呼ばれるタンバリンの祖先ともいえる大型のフレームドラム(枠太鼓)などが使われているようだ。「17〜18世紀ヨーロッパ」と「ペルシャ世界」には共通する旋法的な感覚があり、多少のずれはあるにせよ、この組み合わせが成立するのも納得できる。アルバムタイトルからも想像できるように、本作の本質は単なるクロスオーバーではなく、バロック音楽とペルシア古典音楽が会話するような音楽を目指した点にある。ペルシャ音楽の旋法(ダストガー)の「シュール」や「ホマーユーン」系統の旋律感覚は、バロック音楽のモード(教会旋法)と意外なほど自然に結び付いている。編曲はジュディス・ステーンブリンクが担当している。ステーンブリンク姉妹によるオリジナル曲も、クラシックとペルシャのテイストが自然に交じり合っていて悪くない。全体としては西洋音楽よりもペルシャ音楽寄りの作風だが、メロディアスな曲が多く、なかなか楽しめる。ディデム・バシャールの「Echoes of the Throne Room」はヴァイオリンの高音のユニゾンがペルシャの澄み切った朝の雰囲気を連想させ、カヌーンで奏されるペルシャ風の7音音階による主題が宮廷を連想させる瞑想的な気分になる。ジュディス・ステーンブリンクの「Welcome」は、明るくリズミカルで推進力のある楽しい曲だ。途中で現れるヴォーカルも屈託のない表情を見せてくれる。サアディー(1213頃–1291年)の詩と、Francis of Assisi(1181頃–1226年)の『被造物の賛歌(太陽の賛歌)』に基づく「Walking in the Desert」は、約8分に及ぶアルバム最長の曲で聴き応えがある。イントロはカーヌーンのソロと思われ、ペルシャ音楽の雰囲気が濃厚だ。バックではハープが静かに鳴っているが、ハープがペルシャ音楽に意外なほどよく合っている。曲は雰囲気の異なる複数の部分が連結された組曲風の構成で、ペルシャ色が強い。トンバクは音量こそ大きくないものの、低音の響きによって確かな存在感を示している。キヤ・タバシアンの「Bood Amma Naboud」は、失われた女性の記憶や面影を追う歌。イントロはセタールのソロで始まり、セタールとヴォーカルが見事に調和する。そこから一気にペルシャの祈りや黙想に近い世界へと引き込まれる。キヤ・タバシアンのヴォーカルはストレートな歌唱で、抑揚はほとんどなく、音の周囲を細かく装飾するペルシャ古典声楽のスタイル。日本の演歌や民謡の節回しを連想させる部分もあり興味深い。全体としてはコンスタンチノープルの音楽が前面に出ており、オランダバロックはそれを支える役割に回っている印象だ。両文化が静かに共存する作品としては成功していると思う。個人的にはマクラフリンのシャクティのように、両者がバチバチとやり合う場面があっても良かったと思う。タバシアンによるセタールのデモ演奏バシャールとグラハムのデュオHolland Baroque、Constantinople:Dialogos(PENTATONE PTC 5187 493)24bit 96kHz Flac1. Didem Başar (arr. Judith Steenbrink) : Echoes of the Throne Room2. Tineke Steenbrink : Frate Vento3. Kiya Tabassian : Heaven Lives in the Other4. Judith Steenbrink : Welcome5. Tineke Steenbrink (arr. Judith Steenbrink) : Angelus Bells6. Ali Ufki (arr. Judith Steenbrink) : Muhayyer Semai7. Tineke Steenbrink : Walking in the Desert8. Kiya Tabassian (arr. Judith Steenbrink) : Bood Amma Naboud9. Kiya Tabassian (arr. Judith Steenbrink) : Dream of Hope10. Judith Steenbrink : Lauda11. Judith Steenbrink : Sia Laudato San FrancescoConstantinople:キヤ・タバシアン(セタール/ヴォーカル)ディデム・バシャール(カーヌーン)パトリック・グラハム(perc.)Holland Baroque:ジュディット・ステーンブリンク(vn)カタリナ・アレクシッチ(vn)アンドレイ・カポル(vn)クロエ・プレンダーガスト(vn)ジョセフ・タン(vn)ヨナス・クレブス(vn)アレクサンドル・テュルメル(vn)マルグリット・ワッセルマン(vn)マルタ・ヒメネス(vn)アドリアン・ロドリゲス・ファン・デル・スポール(vo)トマシュ・ポクシヴィンスキ(vc)ティネケ・ステーンブリンク(org.,harp)Recorded: October 2025, Pieterskerk, Utrecht, The Netherlands
2026年06月03日
コメント(0)

BIGYUKIのEP「John Connor」を聴く。John Connorとは皆さん多分ご存じの映画ターミネーターに登場する人類レジスタンスの指導者のこと。BIGYUKIは以前からこの人物に興味を持っており、「Greek Fire」(2016)の収録曲「John Connor」についてBIGYUKIは、「荒廃した世界に人間性を取り戻すレジスタンス的なイメージ」と説明していた。 「Greek Fire」での演奏はヴォーカルが入り、シンセの打ち込みが暴力的なヒップホップで、従来のBIGYUKIのイメージそのものだったが、今回はソロ・ピアノということもあり、削ぎ落されたピアノ・プレイが清冽な美しさを感じさせる。ところがそこに宇宙飛行士が管制と会話をしているようなノイズっぽい音が被さっていて、ジョン・コナーを意識させる宇宙を想像する音作りになっている。もう一つのバージョン「John Connor II」では、静かなピアノのモノトーンに、会話みたいに聞こえるサウンドと脈拍のようなサウンドが重なって不思議な空間を感じさせる。今回のアルバムはBIGYUKIのピアノやシンセに徳井直生のプログラミングが加わって、前作の暴力的な色合いを残しつつ、BIGYUKIの清冽なピアノソロも楽しめる。特に徳井直生のプログラミングが絶大な効果を発揮していて、広大なサウンド空間を楽しむことが出来る。このアルバムでは徳井の開発しているAI音源Neutoneを使用している。このシステムは所望の音源をAIのいろいろな音響モデルの一つに変換するということらしい。なので、音源自体はミュージシャンが作成し、それをモデルを選ぶことで、そのモデルの音になるようなイメージらしい。例を挙げると、人間が「アー」と歌う→AIモデルがそれをチェロのような音に変えるようなプロセスだ。なので、カエルの鳴き声をチェロのような音にするというようなコマンド一発で出来るまでには至っていない、発展途上の技術のようだ。また、この技術はCPU負荷が大きいのでライブでの使用には課題が多いが、これも時間の問題だろう。いまのところ実験段階で、著名なミュージシャンが使っている例は見当たらないようだが、今後のブレイクを期待したい。最後はロックバンドNirvana が1991年のアルバム Nevermind に収録された代表曲「Lithium」。原曲のような普通のロック仕立てではなく、ここでも寡黙なピアノが響く。そこにノイズとも虫の音ともつかないようなサウンドがまとわりついていて不思議な感じがする。このすばしっこく、まとわりつくサウンドは、時代は違うが冨田勲がムーグで作ったサウンド空間の感性との類似性を感じた。ということで、演奏もさることながらAI音源Neutoneの使用が大変興味深く、EPながら歴史的なアルバムとして記憶に残る存在になりそうだ。BIGYUKI:John Connor(Decca 5768036)24bit 96kHz Flac1.平野雅之 :John Connor I2.平野雅之 :Nunu3.平野雅之;Abbey Smith :In a Spiral4.平野雅之 :John Connor II5.徳井直生;平野雅之 :Dawn6.Kurt Cobain :LithiumBIGYUKI(p,Synth,drum maschine)Nao Tokui (Sound Programming, Drum Programming)Recorded 2020-2025,Studio DedeIkebukuro,Tokyo
2026年06月01日
コメント(0)

ジョアン・ファレッタ(1954-)という女性指揮者による、ストラヴィンスキーの新古典主義時代の「おとぎ話」を題材にした、幻想味豊かな作品を集めたアルバム。「夜鳴き鶯」「妖精の口づけ」組曲、「プルチネルラ」組曲などを収録しており、最近ストラヴィンスキーを聴く機会の多い筆者にとってはタイムリーな録音だ。バッファロー・フィルはあまりなじみのない団体だが、重量感がありながら機敏でバランスの取れたサウンドが曲にふさわしい。ファレッタは初めて聴くと思っていたが、Naxosの「HOLST: Cotswolds Symphony」を聴いていたことが分かった。ただ、そのときの印象は残っていなかった。ファレッタは明晰ですっきりとした音楽運びで、アゴーギクもほとんど用いない。だからといって表情が淡泊なわけではなく、ストラヴィンスキーの音楽を自然に造形している。「夜鶯の歌」は異国趣味と重量感の両方が求められる曲だが、ファレッタの音楽は過度に濃厚にならず嫌味がない。バッファロー・フィルも重量感のあるサウンドで応え、彫りの深い音楽を聴かせる。この曲で活躍する管楽器はいずれも精彩に富み、作品の魅力を存分に堪能できる。「牧神と羊飼いの娘」は3曲からなる歌曲集で、ストラヴィンスキーの《変ホ長調交響曲》に続く作品2だという。オリバー・ナッセンのストラヴィンスキー集(1997)で聴いていたはずだが、まったく記憶になかった。これはプーシキン(Alexander Pushkin)の同名の詩集からの抜粋による作品で、カナダ生まれのスーザン・プラッツ(Ms)の歌唱が実に素晴らしい。歌詞はロシア語だが、ネイティブ歌手ほど粘りつくような歌い回しではなく、個人的には心地よく聴くことができた。「妖精の口づけ」は全曲から聴きどころを抜き出した「ディヴェルティメント」と題された組曲で、昨年グスターボ・ヒメノのアルバムで聴いていた。この曲も最近耳にする機会が増えたように思う。ナッセンの全曲盤しかなかった時代を考えると、良い時代になったものだ。この演奏も鮮明なサウンドと、ヒメノ盤に比べてやや遅めのテンポによって、じっくりと描かれている。第2曲「スイス風舞曲」では、中間部で珍しくためを作っているのが印象的だ。第4曲「パ・ド・ドゥ」も耽美的ではあるがべたつかず、その色彩の美しさが際立つ。最後は「プルチネルラ」組曲。全曲盤のヒメノ盤と比較しながら聴いた際、調の異なる曲があることを初めて知った。全曲版(1920)→組曲版(1922)→改訂組曲版(1949)という変遷があり、今回の録音は改訂組曲版によるものだった。改訂組曲版は室内オーケストラ編成だが、全曲版に比べてサウンドが貧しくなったという印象は受けなかった。もっとも勢いのある終曲も、全曲版に劣らない出来栄えだ。この曲でも潤いを帯びた管楽器のサウンドが美しく、エッジの効いた新古典主義という印象はあまり受けない。録音は潤いがあり、豊かな残響を伴ったサウンドだ。アルバムの「おとぎ話」というテーマにふさわしく、聴き手を夢心地にさせてくれること請け合いだ。JoAnn Falletta Stravinsky:Fary Tales(naxos 8.574735)24bit 6kHz Flac1.Chant du Rossignol (‘Song of the Nightingale’) (1917, after the opera The Nightingale [1914]) 5.Favn i Pastushka, Op. 2 (‘The Faun and the Shepherdess’) (1906)8.Divertimento (1934, arranged from the ballet Le Baiser de la fée [1928])12.Pulcinella Suite (1922, rev. 1949) Susan Platts(ms track 5-7)Buffalo Philharmonic OrchestraJoAnn Falletta
2026年05月30日
コメント(0)

ラーシュ・ヤンソンの新譜はギタリストのErik Söderlindとの共演アルバム。彼らはWhat The Moment Bringsというアルバムでも共演していた。今回も同じメンバーによる演奏だが、録音日時が分からないため、同一セッションかどうかは不明だ。「What The Moment Brings」はかなり抒情的で、ピアノとギターの絡みも実に美しかった。今回はフォークやカントリー系のアメリカン・ミュージックの肌合いが強く、聴き手を突き放すような感触がある。特にエリック・ソーデリンのオリジナルはその傾向が強い。「Jazzmusikal 1B」などは、パット・メセニーを思わせるアメリカ南部の風景が浮かんでくる。敢えて前作との差別化を意識したアルバム作りなのかもしれない。ハイテンポで進行する「Donna Andrade」はキャッチーなメロディーで、聴き手の心を弾ませる。フランス語と英語を混ぜたしゃれたタイトルの「Les French Alps」は、リリカルながら推進力に富んだ魅力的な演奏。後半ではポール・スヴァンベリのドラムスが激しく躍動する。同じくソーデリン作の「The Gardener」は、イントロのギター・ソロのとろけるような音色が実に美しい。テーマも愁いを帯びたボサノヴァ風で好ましい。エンディングも美しいギター・ソロで締めくくられる。ヤンソンのオリジナルもリズミックな曲が多く、北欧的というよりアメリカ的な乾いた感触が強い。タイトル曲「Why Does Rain Fall」は軽快なテンポに乗り、アメリカ東海岸を思わせる乾いた風が感じられる爽やかな作品。ヤンソン、ソーデリンともにノリの良いソロを展開し、スヴァンベリのリズミックなシンバルワークも心地よい。ニクラス・フェーンクヴィストのメロディックなベース・ソロも魅力的だ。ロック色の強い「Grandpa Funk」では、ギターのアーシーでパワフルなソロが聴かれる。ピアノのシングルノートで始まる「One Who Knows」はアコースティック・ギターを用いた暗めの色調のリリカルな曲。哀しみを帯びたベース・ソロ、それに続くピアノ・ソロも聴き手の心に響く。アコースティック・ギター・ソロもシンプルながら余韻が深い。「I Am That」もアンプを通さないアコースティック・ギターを使用しているが、カントリー風にはならず、彼らのサウンドに溶け込んだ清々しい演奏となっている。「Ravel」はラヴェルを意識した和声の中に、なぜか「春の祭典」の断片も聞こえてくるユニークな作品。アルバム最後を飾るソーデリン作「Garden Of Unknowing」は抒情的な作品だ。テーマの感動的なメロディーが素晴らしく、派手なことはしていないのだが、メセニーを思わせるように徐々に高揚していく展開に心を揺さぶられる。録音は前に張り出すような豊かなサウンドで、ジャズ録音として申し分ない出来。ただ前作同様ギターの音量が大きめで、うるさいほどではないものの、バランスにはやや疑問が残る。ということで、前作とは異なるテイストながらヴァラエティに富み、曲ごとのばらつきも少ない。彼らの懐の深さを感じさせるアルバムだった。メセニー好きの琴線にも触れると思う。是非お聴きいただきたい。Lars Jansson-Erik Söderlind:Why Does Rain Fall(Prophone PCD400)24bit 48kHz Flac1.Erik Söderlind:Iris2.Lars Jansson:Why Does Rain Fall3.Lars Jansson:Grandpa Funk4.Erik Söderlind:Jazzmusikal 1B5.Lars Jansson:Stop Those Waterfalls6.Erik Söderlind:Donna Andrade7.Lars Jansson:One Who Knows8.Erik Söderlind:Les French Alps9.Lars Jansson:I Am That10.Erik Söderlind:The Gardener11.Lars Jansson:Grandpa Dancing On The Table12.Lars Jansson:Ravel13.Erik Söderlind:Garden Of Unknowing Lars Jansson(p)Erik Söderlind(g)Niklas Fernqvist(b)Paul Svanberg(ds)Recorded: December 2025、 RMV Studio, Stockholm, Sweden
2026年05月28日
コメント(0)

ファビオ・ルイージがダラス交響楽団を指揮した2024年のセミ・ステージ形式によるワーグナーの「ニーベルンクの指環」全曲を聴く。ワルキューレや神々の黄昏の名場面をちょい聴きしたところ、素晴らしく明晰な演奏で、何よりデトロイト響の馬力ある演奏が見事だった。いつもならそれで終わってしまうところだが、この全曲盤のハイレゾがpresto musicで、何と一万円ほどで入手できることを知り、思い切ってダウンロードした。ラテン系の指揮者らしく、ドイツ流の、よくいえば重厚、悪くいえば重ったるく見通しの悪い音楽ではないところが、最近の筆者の嗜好に合っていて誠に結構な演奏だった。これから順に聴いていこうと思うが、歌手陣も思いのほか素晴らしい。他の録音では楽劇ごとにキャストが変わることも多いが、この録音ではほぼ固定されており、同じ歌い手で通して聴けるのは実にありがたい。歌い手もルイージの音楽に沿った人選がなされているようだ。ブリュンヒルデのリーセ・リンドストロームだけが力演型で、他には絶叫型の歌手はいない。男声も女声も透明感とエッジの効いた声の持ち主が多く、実に気持ちがいい。ヴォータンのマーク・デラヴァンは、明晰な歌唱ながら重量感も備えた好演だった。「ワルキューレ」第3幕の「ヴォータンの告別」は、オーケストラの感動的な音楽と相まって、この楽劇のハイライトだろう。ジークムントのクリストファー・ヴェントリスは若々しさを感じさせる明晰な歌唱だが、フレージングには少し気になる部分もあった。ジークリンデ役のサラ・ヤクビアクはリリック・ソプラノだろうが、ややドラマティック寄りで、個人的にはもう少し軽い声のほうが望ましかった。「ジークフリート」のタイトル・ロールのダニエル・ヨハンソンは、若々しさに満ちた爽やかなジークフリート像を作り上げている。ミーメ役のミヒャエル・ラウレンツは邪悪さを感じさせながらも、過度に誇張した表現にはなっていない。ホルン吹きなら誰もが注目する第2場のホルン・コールは、遅めのテンポと豊かな響きによる実に余裕のある演奏。普通なら速いパッセージは勢いで駆け抜けがちだが、ここでは一音一音に余裕があり、まさに悠然とした演奏になっていた。ファーフナー登場後の圧倒的なホルン・サウンドにも圧倒される。アンドリュー・ハリスのファーフナーも、徒に凄味を強調するのではなく、理性的な大蛇?を演じていた。「神々の黄昏」でも、ジークフリートのラインへの旅と呼ばれるプロローグ第2場をはじめ、デトロイト響の圧倒的なサウンド、特に高弦の鮮烈な響きにはしびれる。ここでもホルン・ソロが実に素晴らしい。葬送行進曲の息の長いフレーズ、圧倒的な量感ともに申し分ない出来。クライマックスの「ブリュンヒルデの自己犠牲」でも、リンドストロームは多少絶叫調ながら、疲れを感じさせない立派な歌唱を聴かせる。エンディングは悲劇的でありながらカタルシスも感じさせ、感動してしまった。不満を挙げるなら、「ラインの黄金」と「神々の黄昏」で聴かれる3人のノルンの合唱が、ビブラートの統一を欠き、清純な乙女というより年増女の合唱のように聞こえ、あまり気持ちの良いものではなかったことぐらいか。ブックレットは286ページに及ぶ大部なものだが、リンクが貼られており、各楽劇の解説へ容易に飛べるのもありがたい。録音はライブとは思えないほど鮮明かつ整っており、バランスも申し分ない。セッション録音と言われても不思議ではない出来である。欲を言えば、低音の量感がもう少しほしかったところだろうか。プロデューサーは、ホーネック=ピッツバーグ響の録音で知られるディルク・ソボトカ。ブルックナーの交響曲第9番でプロデューサー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。スラトキン=デトロイト響とのチャイコフスキー交響曲全集も手掛けているようだ。幕ごとに拍手が入っているが、その熱狂ぶりは凄まじく、日頃は拍手に否定的な筆者でも今回の処理は歓迎したい。いずれにしても、1876年にバイロイトで「指環」全曲が初演されてから150年という記念すべき年に、これほど素晴らしい録音がリリースされたのは実に喜ばしい。是非多くの方にお聴きいただきたい。Fabio Luisi Wagner: Der Ring des Nibelungen(Delos DE3624)24bit 192kHz Flac1.Wagner: Das Rheingold 2.Wagner: Die Walküre 3.Wagner: Siegfried 4.Wagner: Götterdämmerung Dallas Symphony Orchestra,Fabio LuisiRecorded at Morton H. Meyerson Symphony Center, Dallas, Texas, USA, 1 & 4 May, 13 October 2024
2026年05月26日
コメント(0)
2週間くらい前、キッチンにいてふと横を見たら、虫が大量発生していた。窓の下にも大量に落ちている。取りあえず、箒で集めてゴミ箱へ捨てた。その後調べてみると、羽蟻のようだった。どこから出て来たのか分からないので、しばらく様子を見ることにした。数日後、前よりは少ないものの、また出て来ていた。建物が食われている可能性もあると思い、AIで探した駆除専門業者に調べてもらった。ところが点検口の場所が分からない。取りあえず、畳敷きの部屋に点検口を作ろうとしてコンパネを切ってみたが、通気口のようなものがあって侵入できなかった。どうしたものかと思案していたところ、妻が点検口の場所を思い出してくれた。入ってもらったところ、床下がだんだん狭くなっており、肝心のキッチンまで行けないという。仕方がないので、いつも利用している建築業者に、キッチンへ点検口を作ってもらうことにした。ある日ふと見ると、壁のコーキング部分に小さな穴がいくつも空いているのに気が付いた。おまけにその穴から羽蟻が這い出しているのを見てしまった。ようやく侵入口が分かったのはよかったが、まずは塞がなければならない。そこで、コーキングをして何とか応急処置をした。多少はましになったものの、柔らかいため完全には侵入を防げない。そのうち床からも這い出してくるようになったので、そこもコーキングで塞いだ。業者に話を聞くと羽蟻は5月から6月にかけて発生し、その後は出ないという。白蟻は日中に大量発生して、その後窓際・照明周辺・床に羽だけ大量に落ちるという。筆者の家の状態に酷似している。次の週に点検してもらったところ、やはり柱が食われているようだった。そのため、柱に穴を開けて薬剤を注入し、周辺一帯にも予防的な薬剤散布をすることになった。今週、ようやく処置をしていただいた。その時に業者さんが薬剤を注入している時に音を聞かせてくれて、この音は木材の振動や羽の音で仲間に危険を知らせる役目があると説明してくれた。処置が終わった後現在まで3日経過してが、薬剤の匂いがなかなか取れない。時間が経てば収まると思っていたが、少し頭がくらくらするので、人体に全く影響がないとは言い切れないようだ。肝心の費用だが、10坪で8万円とAIに教えてもらった相場より少し割高な気もするが、仕方がない。これで取りあえず大きな心配はなくなったように思う。ただ、条件次第だが効果は5年くらいしか持たないようなので、油断はできない。最近の薬剤は昔のような強烈な有機塩素系ではなく、比較的人体や環境への影響を抑えたものが多いため、「長期間ずっと残留する」というタイプではなく、定期点検前提の運用になっているとのこと。筆者の家の場合「実際に営巣していた可能性」があるので、1〜2年ごとの点検はかなり重要で、油断は出来ないようだ。ということで、悩みは尽きないが、今回利用した業者は診断は無料とのことなので、定期的に点検を依頼しやすそうなのが、せめてもの救いだ。
2026年05月23日
コメント(0)

テナー・サックスのマーク・ターナー(1965-)のECMからの新譜「Patternmaster」を聴く。取り上げた理由は、以前聴いた「Return from the Stars(2022)」が印象的だったため。今回のアルバムは、ターナーのテナーとジェイソン・パーマー(1979-)のトランペットによる2管編成で、ピアノレスという変則的な構成。全体にさっぱりした肌触りで、聴後感がいい。オーネット・コールマンを思わせるフリー寄りの演奏と、ショーター時代のマイルス・クインテットのサウンドが混じり合ったような音楽だ。全体にクールなサウンドだが、テナーとトランペットの音色が柔らかく、オーネットのような刺激の強さがないことが聴きやすさにつながっている。ターナーはテナーながら細身のサウンドで、パーマーも柔らかく細身の音色のため、両者の相性はかなり良い。どちらも押しの強いタイプではなく、ターナーのオリジナルと相まって、清潔感のある音楽性と、音が途切れた瞬間に現れる空間の響きが心地よい。彼らを支えるベースのジョー・マーティンとは2000年代初頭からの付き合いで、「Lathe of Heaven(2014)」から正式メンバーとして参加。ドラムスのジョナサン・ピンソンは、前述の「Return from the Stars」からの参加のようだ。ピンソンのドラムスは手数が多いが、うるささはなく、音楽にビート感と緊張感を与えている。全曲ターナーのオリジナルだが、ヴァラエティに富んでいる。過度にシリアスにならず、ときおりユーモアさえ感じさせるところは、オーネットにも通じる。全編を通して水準の高い演奏だ。ショーターの「ピノキオ」のコード進行に基づいた「Patternmaster」は、バップ風のテーマとハーモニーのミスマッチが新鮮。ベースの強靭で深みのあるサウンドが魅力的な「Trece Ocho」。「It Very Well May Be」は、テンポが頻繁に変化し、ぎくしゃくした感触のテーマながら疾走感のあるユニークなトラックだ。トランペットとテナーによる比較的長めのソロが聴きもの。彼らのソロを力強く支えるベースとドラムスのバッキングも見事だ。ベースソロから始まる「Lehman's Lair」は、サスペンス調のテーマが印象的で、テナーとトランペットの絡みがなかなかスリリング。エンディングでのホーンによる複雑な急速音型のユニゾンも、静かな興奮を呼び起こす。ミディアムテンポの「The Happiest Man On Earth」は、マイルスの「オール・ブルース」の跳ねるリズムを思わせる曲。テンポは一定だが、2ホーンによる不協和音が不思議な感覚を生む。ホーンのソロはいずれも落ち着いたものだが、トランペットが突然激しさを見せる場面がアクセントになっている。最後の「Supersister」は、彼のFlyというトリオの「Sky & Country(2009)」に収録されていた曲で、当時約10分だったものが12分に拡張されている。曲自体は、忙しなく動くドラムスに乗ってテナーがソロを展開する構成だ。「Sky & Country」でドラムを担当していたのはジェフ・バラードだった。彼はシンバルワークを控えめにし、時にマレットも用いており、個人的には今回より優れたパフォーマンスだったと思う。そのためか、今回の演奏ではシンバルによる細かなビートがやや煩わしく感じられる。今回は「Sky & Country」の演奏にトランペットが加わり、サウンド、音楽ともに豊かになった。しかし、曲そのものは暗いムードが強く、あまり面白いとは感じられなかった。アルバム全体の出来はかなり良いが、最後の「Supersister」の印象によって、やや評価を下げてしまったように思う。録音は極めて鮮明で、各楽器のサウンドがヴィヴィッドに伝わってくる。Mark Turner:Patternmaster(ECM ECM 2835)Mark Turner:1. Patternmaster2.Trece Ocho3.It Very Well May be4.Lehman's Lair5.The Happinest Man On Earth6.SupersisterMark Turner(ts)Jason Palmer(tp)Joe Martin(b)Jonathan Pinson(ds)Recorded April 20, 2024,Studios La Buissonne, Pernes-les-Fontaines, France
2026年05月21日
コメント(0)
政府は2026年5月、この制度を盛り込んだ著作権法改正案を閣議決定したという報道を知った。これは、CD・配信音源・ストリーミングなどを店舗や施設でBGMとして流した際、これまで十分な対価を受け取れなかった歌手・演奏家・レコード会社にも使用料を分配できるようにする新たな権利とのことだ。文化庁によると、同種制度は既に142の国・地域で導入済みで、日本だけ制度が不十分だったため、海外で日本の音楽が使用されても、日本人実演家に十分な対価が支払われない問題があったという。つまり、国際水準に合わせる動きということになる。ミュージシャンにも使用料が分配されること自体は望ましいと思うが、一方で意外な弊害もありそうだ。対象は、喫茶店、ホテル、商業施設などの「公の場」やイベント会場での音楽利用を指している。音源はフィジカル媒体だけでなく、配信音源なども含まれる。導入にあたっては、さまざまな問題が予想される。例えば、小規模店舗の負担増、飲食店のBGMコスト増、「既にJASRACへ支払っているのにさらに徴収されるのか」という二重取り感、街中でのBGM減少などが挙げられる。そのため、小規模事業者への減免や、非営利・無料利用の除外なども検討されているようだ。CDやレコード1枚ごとに逐一課金することは現実的ではないため、店舗種別、面積、客席数、利用形態、営業規模などを基準に決められるようだ。JASRACによる徴収と同様に、指定団体が一括徴収し、その後分配する形になるらしい。厄介なのは、「伝達権」という言葉が含まれている点だ。これは、単なる音源再生だけでなく、「音を公衆に聞かせる行為」全般を対象に含めたい意図があるようだ。そのため、コンサート会場での開場中のBGM、休憩時間の音楽、開演前アナウンス後のSE的音源、終演後の退場BGMなども対象になるとみられる。この場合、ホールや興行主などが徴収対象になる可能性が高い。結局、分配は統計に頼らざるを得ず、チャート上位の楽曲ばかりが恩恵を受ける偏った結果になってしまう。これは従来から問題視されているようだが、精密な調査が不可能である以上、避けられない現象なのだろう。音楽鑑賞そのものが主目的ではない一般店舗のBGMについては、とりあえずAI生成音楽で代替できる部分もありそうだ。しかし、音楽を聴かせること自体が価値となっている施設には影響が出る気がする。ジャズ喫茶は、その代表例だろう。店舗数の減少も進んでおり、最悪の場合、この業態自体が消滅する可能性も考えられる。栄枯盛衰は世の習いなので仕方のないことではある。それでも、なんとかこの日本独自の文化だけは残ってほしいと思う今日この頃だ。
2026年05月19日
コメント(0)

最近注目しているサントゥ=マティアス・ルーヴァリのシベリウスの新譜を聴く。今回はヴァイオリンのアヴァ・バハリを迎えてのヴァイオリン協奏曲と《四つの伝説曲》という組み合わせ。どちらも劇的で濃厚な味わいで、シベリウス特有の北欧の寒々とした景色というより、熱いシベリウスが展開される。アヴァ・バハリは1996年スウェーデン・ヨーテボリ生まれのイラン系スウェーデン人だそうだ。サウンドは透明だが線の細さは感じられず、確信に満ちた表現で、良い意味で押し出しの強さを感じる。そうでなければ雄弁なバックに埋没してしまっていたかもしれない。バハリの演奏は充実したサウンドと確信に満ちたフレージング、何よりもその熱気が実に素晴らしい。今回の組み合わせは単なる話題性ではなく、ルーヴァリのサウンドに適したヴァイオリニストとして選ばれたように感じる。結果として両者の個性が見事に融合し、非常に完成度の高い協奏曲となっていた。ルーヴァリの指揮も、意外な箇所での強調など新しい発見があり新鮮だ。参考までにジャニーヌ・ヤンセンの第3楽章の演奏を聴いたが、リズムが曖昧に感じられ、がっかりしてしまった。《四つの伝説曲》は、「トゥオネラの白鳥」以外はまともに聴いたことがなかったはず。これらも分厚いハーモニーと鮮烈なサウンドによる大変充実した演奏だった。ルーヴァリ一流の彫りの深い劇的演出も効果的で、こんなに面白い曲だったのかと目から鱗の演奏だった。特にレンミンカイネンが冥界で殺される場面を描いた「トゥオネラのレンミンカイネン」は、暗くどす黒い殺気が感じられる凄味のある演奏で、不協和音の強調とともに聴き手の心にグサッと突き刺さる。実に恐ろしい音楽だと実感する。レンミンカイネンが殺され、川に投げ込まれた後の死と冥界の静寂を描いた場面も、それまでの痛ましい場面のあとだけに一層印象深い。死から蘇ったレンミンカイネンの帰還を描く「レンミンカイネンの帰郷」も印象的だ。爆発的な演奏だが、帰還の喜びを表すというより、まだ死を引きずっているような影が感じられる。しかし曲が進むにつれて、喜びがあふれていくレンミンカイネンの心情が伝わってくるような演奏だった。やはりこの人の劇的な演出力は、他の指揮者に比べてもずぬけている。録音は圧倒的な量感がありながら透明感も十分で、シベリウスの音楽を存分に堪能できる。Sibelius:Violin Concerto - Lemminkäinen Suite(Alpha ALPHA1215)24bit 96kHz FlacSibelius: Violin Concerto in D minor, Op. 47 Sibelius: Lemminkäinen Suite, Op. 22 I. Lemminkäinen and the Maidens of the Island II. The Swan of Tuonela III. Lemminkäinen in Tuonela IV. Lemminkäinen's ReturnAva Bahari(vn track 1-3)Gothenburg Symphony OrchestraSanttu-Matias RouvaliRecorded in September 2024 (Lemminkäinen Suite) & April 2025 (Violin Concerto) at Gothenburg Concert Hall, Gothenburg (Sweden)
2026年05月17日
コメント(0)

ミーシャ・ツィガーノフの2024年リリース作「Painter Of Dreams」を聴く。最近特に気に入っていて、繰り返し聴いているアルバムだ。Criss Cross盤は価格が高めでなかなか手を出しにくいので本作は確かバーゲンで入手した記憶がある。ミーシャ・ツィガーノフは1969年、ロシア・サンクトペテルブルク生まれ。音楽院卒業後、1990年代にアメリカへ移住し、現在も当地を拠点に活動している。ロシア出身とは思えないほど、アメリカ西海岸のミュージシャンを思わせる明るく開放的な作風が特徴で、しかも非常にメロディック。ジャズの醍醐味をビビッドに伝えてくれる音楽だ。一方で、楽曲構造はかなり複雑で、おそらくロシアの名門サンクトペテルブルク国立音楽院仕込みの作曲技法が生かされているのだろう。緻密なスコアと名手たちによるアドリブが融合したサウンドは、個人的にはSFJAZZ Collectiveを思わせる部分が多い。実際、サックスの2人とベース奏者はSFJAZZ Collectiveのメンバーでもあり、そう感じるのも自然だと思う。プログラムは6曲のオリジナルと2曲のスタンダードで構成されている。オリジナル曲はいずれも完成度が高く、複雑な構成を持ちながらも非常にメロディックで、聴き手に自然と入り込んでくる。タイトル曲「Painter Of Dreams」は、リリカルなメロディとホーンとヴォーカルのユニゾンが実に心地よい。後半のアルトとトランペットのバトルも聴き応え十分だ。ホーン陣は突出したソリストを作るというより、3者が均衡の取れた素晴らしい演奏を繰り広げている。 Alex Sipiaginはやや細身ながら、フリューゲルホルンを思わせる柔らかな音色とメロディックなソロが印象的だ。2人のサックス奏者は言うまでもなく大御所で、安定感抜群。通常はテナーとアルトが並ぶとアルトが埋もれがちだが、本作ではそのような印象は全くない。ジョナサン・ブレイクのドラムスも貫禄十分で、「Up Journey」でのパワフルなプレイが特に耳を引く。また、「April」後半で繰り広げられる息詰まるようなサックスバトルも大きな聴きどころだ。オランダ出身の女性ヴォーカリスト、ヒスケ・オオスターワイクは、フィーチャーされるというよりホーンとのユニゾンで用いられる場面が多い。その独特のヴォイシングは、どこかダーシー・ジェームス・アーギューを思わせる。ツィガーノフ自身のプレイは全体にリリカルな方向性が強く、アコースティック・ピアノの出番はそれほど多くない。はっきり前面に出ているのは、「Up Journey」「Painter Of Dreams」「Seeley Street Song」あたりだろうか。ラテンテイストの「Chain Of Events 」もアクセントになっていて、悪くない。2曲のスタンダードも凝った編曲が施され、実に楽しい。「Long Ago And Far Away」では、トランペットとアルトが奏でるテーマがシンコペーション処理され、不思議なバウンス感を生み出している。スピード感溢れるアルト・ソロにフェンダーローズのコンピング、それをプッシュするドラムスも聴き応え十分だ。最後の「I Loves You Porgy」は遅めのテンポで進み、ホーンのハーモニーが聴き手を夢心地にさせる。この曲でもツィガーノフのフェンダーローズとミニムーグの使い方は絶妙で、特にミニムーグの饒舌なフレーズが強い印象を残す。ということで、ツィガーノフを初めて聴いたが、演奏・楽曲ともに充実しており、優れた編曲センスが光る、耳だけでなく知的好奇心も満たしてくれる満足度の高いアルバムだった。録音も刺激的な音を強調しない自然なサウンドで、楽器の分離も良好で、この充実した演奏にふさわしい仕上がりになっている。未聴の方には是非お聴きいただきたい傑作だ。yutube Misha Tsigaonv:Pinter Of Dreams(Criss Cross Jazz CRISS1421CD)24bit 96kHz Flac1. Misha Tsiganov:Elusive Dots 12. Misha Tsiganov:April 3. Misha Tsiganov:Up Journey 4. Misha Tsiganov:Painter Of Dreams 5. Jerome Kern:Long Ago And Far Away 6. Misha Tsiganov:Seeley Street Song 7. Misha Tsiganov:Chain Of Events 8. George Girshwin:I Loves You Porgy Misha Tsiganov(p)Miguel Zenon(sax)Alex Sipiagin(tp)Johnathan Blake(ds)Matt Brewer(b)Guest:Chris Potter(sax)Hiske Oosterwijk(vo track track 2, 4,6,8)Recorded January 6, 2024、at Samurai Hotel Recording Studio, Astoria, New York City
2026年05月15日
コメント(0)
連休前に泳ぎに行っていて、肩と手がだいぶ痛くなった。その前から、泳いでいる途中でも肩が痛くなっており、だましだまし使っていた。ところが今回は、さすがにダメかと思い、スイミングを休んで鍼灸や整骨院に行った。その間もAIに症状について相談したところ、インピンジメントだろうという結論になった。この症状は、肩の隙間が狭くなり、腕を動かす際に腱や筋肉が挟まれて痛みや違和感が出るというものだ。MLBの佐々木朗希が昨年この症状を発症し、しばらくDL入り(現在はIL:Injured List=故障者リスト)したことを思い出した。筆者の場合は突然なったわけではなく、持病のようなもので、痛みが出るたびに注射を打ってもらったり、湿布を貼ったりしていた。しかし最近は、それらがほとんど効かなくなっていた。今回は本格的に痛くなってしまったので、いつものようにAIで相談したところ、インピンジメントらしいことが分かった。それまでは、痛くなると妻に踏んでもらったり、湿布を貼ったり、寝るときに指圧器を使ったりしていた。しかし朝起きると、かえって痛くなっていることも度々あった。AIに聞いたところ、これらの処置は逆効果で、痛みが出る手前まで動かしながら回復を図るのが基本だということだった。驚いたのは、整骨院でインピンジメントを知らなかったことだ。ただ、先生を責めても仕方がない。そこで、理学療法をしているところをAIに聞いたところ、今通院している整形外科でも理学療法を行っていることが分かり、今日早速通院した。筆者はMRIを使えないので、CTで診断できないかと尋ねたが、CTでは見つからないだろうと言われた。仕方がないので、理学療法の治療を受け、そのあと肩を温めてもらった。すぐに効果が現れるわけではないので、しばらく定期的に治療してもらうことにしたい。スイミングは、痛みの出ない泳法に限って許可されたので、しばらくはそれに従ってみようと思う。残っている畑仕事や庭木の剪定もやらなければならないが、少しずつやるしかないと思う。
2026年05月13日
コメント(0)

小林愛実のコンサートが三井住友海上文化財団の助成で、何と1000円で聴けることを知り、足を運んだ。前回は産後で体調があまり良くなかったようで、出来も今ひとつだったことを覚えている。その点、今回はほとんどミスがなく、極めて安定した技巧を示していた。だから良かったかというと、それは別問題。今回はオール・シューベルト・プログラムで、個人的には即興曲を除くとあまりなじみのない曲が並んでいた。事前に彼女のシューベルトの音源をチェックしていたのだが、今回演奏された曲はひとつもなく、予習にはならなかった。今回の演奏は表現は抑制的で、アゴーギクもほとんどない。そのため音楽に停滞感はないのだが、出汁の効いていない味噌汁のようで、曲の良さがあまり伝わってこない。特にピアノ・ソナタ第16番は、もともとそれほどなじみのある曲ではないにせよ、まったく面白く感じられず、「こんな曲だっただろうか」と思ってしまった。これがシューベルトの最初に出版されたピアノ・ソナタとは信じがたい。あとで他のピアニストの演奏を聴くと、それなりに面白かったので、今回なぜここまで退屈に感じたのかは自分でも分からない。ダイナミックスの幅が狭く、アゴーギクもほとんど感じられない平板な演奏だったからだろうか。以前の第19番のピアノ・ソナタを含むアルバムはそれなりに楽しめただけに、一体どうしたのだろうと思ってしまう。参考までに内田光子の演奏も聴いたが、まるで別の曲のようだった。鈴木の演奏は、第1楽章はカチッとした仕上がりで、ダイナミックスの幅も狭い。第2楽章の変奏は各変奏の対比がくっきり浮かび上がり、悪くなかった。第4楽章はダイナミックスの幅が狭く、メリハリに欠ける演奏で、曲が終わった後の聴衆の反応もいまひとつだった。即興曲は、今回の演奏会ではまずまずの出来だろう。第1番は弱音を重視した表現だったが、後半に低音域の小さな爆発があり、それがなかなか面白かった。第2番は、この曲集の中では最も有名な曲だろう。テンポは速めだが、どこまでも続いていくような息の長いスラーが実に美しかった。第3番、第4番は曲自体の良さもあり、それなりに聴かせるが、驚きはなく、どちらかといえば平板な演奏だった。アレグレット ハ短調 D915 は初めて聴く曲で、二つの旋律から構成されていた。何度か不協和音が現れ、最初はミスタッチかと思ったが、繰り返し現れるので少し驚いた。不協和音といえば魔王にも頻出すると言われるが、実際に聴いてみても、特に不協和音が際立つようには感じなかった。おそらく意図的に強調していたのだと思うが、曲を知らない者からすれば、ミスタッチと思ってしまっても無理はないように思う。最初の「高雅なワルツ集 D969」 は演奏頻度の高い曲らしいが、筆者にとっては初めて聴く10分ほどの曲集で、あまり面白くなかった。似た曲想の曲が多く、対比もあまり明確ではないうえ、旋律にも強い魅力を感じにくい。そのため、初めて聴くと魅力が伝わりにくいのかもしれない。ということで、個人的には、これほど退屈な演奏会はあまり経験がない。曲ごとの出来不出来というより、曲へのアプローチそのものが、自分とは大きく異なっていたのだと思う。技術的には、前回聴いた時には一部不安定なところもあったが、今回はミスタッチもほとんどなく、極めて完成度が高かった。サウンドも柔らかく、潤いがある。それなのに、個人的にはなぜこうなったのかまったく分からず、終始退屈に感じてしまった。たぶん、他の人とはかなり違う感想なのだと思う。鈴木愛美 ピアノ・リサイタル「シューベルトは人知れずやってくる」シューベルト:高雅なワルツ集 D 969 Op.77シューベルト:即興曲集 D 899 Op.90休憩シューベルト:アレグレット ハ短調 D 915シューベルト:ピアノ・ソナタ 第 16 番 イ短調 D 845 Op.42アンコール楽興の時 第2番鈴木愛美(p)2026年5月8日 盛岡市民文化ホール 中ホール 10列8番で鑑賞
2026年05月11日
コメント(0)

ビル・エヴァンスのワシントン州シアトルのペントハウスでのライヴのハイレゾを聴く。高くてなかなか手が出なかったが、最近ProStudioMastersで比較的安価に入手できることを知り、DSDは高価なのでFLAC 192kHz版を入手した。このアルバムは、これまで海外ブートレグやラジオ音源の流出盤が存在していたが、2017年にResonance Recordsから正規版が発売され、今回の音源はそのハイレゾ版である。2017年版には、音源の徹底的な修復とマスタリング、未発表テイクを含む網羅的編集、豪華なブックレットなどが付属していた。ハイレゾ版なのでブックレットは付かないものと思っていたが、貴重な写真やインタビューを収めた19ページのPDFが付属しており、大変ありがたい。このアルバムは、公式録音の存在しなかったベーシスト、Eddie Gomezと、ドラマーのJoe Hunt(1938-)によるレアなトリオの1966年5月、シアトルのジャズクラブでのライヴ録音である。ラジオDJのJim WilkeがKING-FMの自身の番組用に録音したもので、オリジナル・テープからのリリース。ブックレットによれば、この録音はゴメスとBill Evansの共演を記録した現存最古の音源だそうだ。ジョー・ハントとの録音は、本作のほかには『Bill Evans - The Secret Sessions』しか残されていないようである。ゴメスのインタビューによると、1965年、彼は20歳でGary McFarlandのバンドに所属しており、Sadao Watanabeも一緒だったという。その年の後半にはGerry Mulliganのバンドで活動していた。当時、ヴァンガードに出演していたエヴァンスのトリオと共演する機会があり、それが縁でエヴァンスから声をかけられた。最初のツアーはシカゴのLondon Houseから始まり、Shelly’s Manne-Holeや、本作の舞台であるペントハウスでも演奏した。ジョー・ハントもこのツアーから参加した。顔見知りではあったが、一緒に演奏するのはこの時が初めてだったという。エヴァンスは、コードネーム付きのメロディだけを記した曲集をステージに持ち込んでおり、そこには彼のレパートリーがすべて収められていた。これは黒いルーズリーフ式の本で、エヴァンスが曲名を呼んだり演奏を始めたりすると、ゴメスは必死にページを探したそうだ。若き日のゴメスの姿が目に浮かぶようで微笑ましい。実際の演奏でもダブルストップを聴かせる場面があり、とても20歳のベーシストとは思えない。彼の早熟ぶりがよく分かる。この時期のエヴァンスは、ゴメスの自由なソロへの対応を模索していた最中だったようだ。当初はゴメスのソロ時にコンピングを行わなかったが、本作の頃には少し伴奏を付け始めていた様子が録音からうかがえる。12日と19日では19日のほうが精彩があるように思う。特に「How My Heart Sings」の溌溂とした演奏や「Autumn Leaves」でのゴメスとハントのデュオの部分など興味深い。また、ジョー・ハントのインタビューではエヴァンスの物静かで、演奏に細かな注文を付けない人物像が語られており、エヴァンスの音楽への姿勢がよく分かる。ただ、演奏が終わるとすぐに姿を消してしまったという話には思わず笑ってしまった。ということで、本作は従来の“発掘音源”とは異なり、若き日のゴメスの奮闘ぶりが聴けるという新たな視点が楽しめるアルバムだろう。なお、Bandcamp版に収録されていたイントロは2xHD版では省かれ、演奏のみ10曲が収録されている。録音はモノラルながらノイズが少なく、まとまりのある音である。欲を言えば、高域がもう少し伸びていればさらに良かった。CD版を確認していないため、今回のハイレゾ化による効果がどの程度かは分からない。Bill Evans Portraits at the Penthouse: Live in Seattle(2xHD 2XHDRE1294)24bit 192kHz Flac1.E. Zindars : How My Heart Sings2.T. Monk : Round Midnight3.J. Mercer : Come Rain or Come Shine4.Bill Evans : Nardis5.Bill Evans : Time Remembered6.A. Newley : Who Can I Turn To7.L. Carter : Detour Ahead8.J. Mercer : Autumn Leaves9.E. Zindars : How My Heart Sings10.S. Cahn : I Should CareBill Evans(p)Eddie Gomez(b)Joe Hunt(ds)Recorded on May 12(track1-4) and 19(track 5-10), 1966 at the Penthouse jazz club in Seattle, Washington
2026年05月09日
コメント(0)
Youtubeを見ていたら、福岡県で初の四年制の音楽大学が誕生したというニュースが出ていた。 福岡国際音楽大学というところで、所在地は大宰府。入学予定者は91名(音楽表現専攻:67名、音楽ビジネス専攻:24名)とのことだ。音楽表現専攻は楽曲制作(作曲)、声楽・ミュージカル、ピアノ、管弦打楽器に分かれ、音楽ビジネス専攻は音楽ビジネスとミュージック・テクノロジーに分かれているようだ。音楽表現専攻が、ピアノ以外は「管弦打楽器」という形でまとめられていて、従来の音大の考え方とはかなり違うように思う。現在、音大は定員削減が続き、受験者数も半減している状況だ。彼らが卒業したあと、果たして十分な就職先があるのかは、かなり厳しい感じがする。ヴァイオリニストで元東京藝大学長の長澤和樹氏や、さだまさしといった著名人が名を連ねており、新設大学としてアピールに余念がない。授業料は初年度160万〜164万5千円程度と、比較的低く抑えられているのも魅力だ。また、音楽ビジネス専攻というのは目新しく、こちらには一定の需要がありそうに思う。オーナー企業は、医療・福祉系の学校を多数運営する学校法人高木学園で、福岡国際医療福祉大学や福岡医療経営学院なども運営している。福岡国際音楽大学では、音楽と医療・福祉の融合を掲げ、音楽療法士の育成にも力を入れるとのことだ。その意味では、普通の音楽大学とは一味違う特色のある学校のようだ。ニュースではホルン専攻の女子学生のことが報じられていたが、未来がいばらの道であることは確かで、あとは個人の頑張りにかかっていると思う。ところで、AIの発達で演奏家の需要は減っていくように思っていたが、スタジオ関係は確かに減少するあろうが、ロイヤル・フィルの音楽監督であるヴァシリー・ペトレンコの「ライブ芸術はAIの影響を比較的受けにくい」という意見は説得力がある。
2026年05月07日
コメント(0)

ラトビア出身のアコーディオン奏者クセーニャ・シドロワ(Ksenija Sidorova)の現代曲を集めた意欲作「Prophecy」を聴く。現在は配信のみでの供給のようだ。共演はパーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア・フェスティバル管弦楽団。ブックレットにはヤルヴィとシドロワの初めての出会い(電話での会話)がコミカルに描かれている。『10年以上前、深夜にパーヴォ・ヤルヴィから「やあ、パーヴォだよ。」という突然の電話があり、トゥールの協奏曲の共演を持ちかけられたシドロワは驚きつつも即答で引き受け、パルヌでの再会を約束した。』という内容。実際に「やあ、パーヴォだよ。」と言ったかは分からないが、ヤルヴィの気さくな性格がよく表れた興味深いエピソードだ。このアルバムはバルト諸国(エストニア、ラトビア)の作曲家による現代作品で、シドロワとヤルヴィの共同プロジェクトとして録音された。曲は前述のトゥールのアコーディオン協奏曲「Prophecy」、トヌ・コルヴィッツの4曲からなる「Dances」、ペーテリス・ヴァスクスの「The Fruit of Silence」が収録されている。最初のエルッキ=スヴェン・トゥールの協奏曲「プロフェシー」は「予言者」の孤独を主題に、独奏と管弦楽が溶け合う流動的音響を展開する約20分の作品。幻覚的な中間部も印象的。現代音楽的なサウンドで、アコーディオンは管弦楽と自然に溶け合う。ボタン式アコーディオン(クロマチック・ボタン)のために書かれているため、鍵盤式とは配列の思想が異なる。ボタン式はボタンが密集しているため音の跳躍が容易だが、鍵盤式で同様のパッセージを弾くのは技術的に難しく、作曲者自身も今回の演奏に驚いたという。現代音楽としては比較的分かりやすく、変化に富んでいて聴き応えがある。曲はゆったりした部分とテンポの速い活発な部分などに分かれるが、詳細な構成は把握しにくい。カデンツァは明確には設けられていないが、音楽が途切れる箇所の独奏部分がそれに近い役割を果たしている。独奏部分のひんやりとした質感も印象的。伴奏は弦が主体で、特に低弦の厚いハーモニーが強い印象を残す。木管は彩りを添える役割。金管はほとんど出番がなく、主にテュッティで現れる程度。打楽器は控えめだが、前半のヴィブラフォン、終盤の木魚やシロフォンが効果的。終盤の急速なテンポアップと徐々に高まる盛り上がりは、規模は大きくないながらも興奮を誘う。エストニアの作曲家トヌ・コルヴィッツの「Dances」はシドロワの委嘱作品。トゥールとは対照的に、静謐で詩的、透明感のある響きが特徴。民謡や自然への感受性が強く、音の余白や色彩を重視する。「Dances」は抒情的で繊細だが、ところどころ南米、とりわけアルゼンチンを思わせる雰囲気が感じられる点がユニーク。1楽章「Darkness (cadenza). Under the Cajun Moon」のカデンツァでは、Air soundやBellows noiseと呼ばれる空気音、bellows shakeなどの特殊奏法が用いられている。2楽章「Passacaglia」は形式感を強調せず、ゆったりとしたテンポで抒情が流れ、清澄な弦のハーモニーが美しい。3楽章「Siciliana」は6/8のリズムを感じさせる穏やかな楽章で、弦と木管の淡い色彩の中をアコーディオンが自在に動く。続く「Sarabande」は遅いテンポでシンフォニックに進む終曲で、約3分半と短く、盛り上がりを強調せず静かに終わる。最後のエストニアの作曲家 ペーテリス・ヴァスクスの「フルーツ・オブ・サイレンス」は合唱曲の編曲。アコーディオンの持続音とヴィブラフォンの透明な響き、弦の豊かなサウンドが敬虔な雰囲気を生む。終盤、弦の持続の上にアコーディオンが重なり、静かに曲を閉じる。ということで、バルト音楽の現在を反映した優れた内容のアルバムだった。特殊な内容だが、興味のある方にはぜひ聴いていただきたい。Tüür: Prophecy liveKsenija Sidorova:Prophecy(Alpha ALPHA1198)24bit 48kHz Flac1.Erkki-Sven Tüür(1959-):Prophecy2.Tõnu Kõrvits(1969-):Dances I. Darkness (cadenza). Under the Cajun Moon II. Passacaglia III. Siciliana IV. Sarabande 6.Pēteris Vasks(1946-):The Fruit of Silence(Arranged by George Morton for accordion, vibraphone and string orchestra)Ksenija Sidorova(accordion)Estonian Festival OrchestraPaavo JärviRecorded 2024,Pärnu Concert Hall, Pärnu, Estonia
2026年05月04日
コメント(0)

カナダのベテラン・ピアニストのベニー・セネンスキー(1944-)が8人のホーン奏者と組んだデュオアルバム「Duos」を聴く。セネンスキーはカナダ出身のジャズピアニスト、オルガニスト、作曲家で、ピアノ・トリオを中心にモダンで質の高いジャズを長年演奏してきた実力派だ。8人のサックス奏者(テナー5、アルト3)と10曲を演奏している。 Pat LaBarbera(1944-)とKirk MacDonald(1959-)のみ2曲に参加。オリジナル7曲とスタンダード3曲という構成。多くがテンポの速い曲で、ノリの良い演奏を理屈抜きに楽しめる。オリジナルもスタンダードに劣らない出来。ホーン奏者のスタイルはストレートアヘッド〜ハードバップ系で大きな違いはないが、サウンドの差異が興味深い。カナダ勢(Perry、MacDonaldなど)にアメリカの強力ゲスト(Alexander、Herring、LaBarbera)が加わり、バランスの良い顔ぶれとなっている。中でもKirk MacDonaldのややざらついたメタリックなサウンドが異彩を放つ。演奏はいずれも水準が高く、優劣つけがたい仕上がりだ。その中では、アルトのPJ Perry(1941-)による「I Hear A Rhapsody」が、やや細身ながらノリの良い演奏。Pat LaBarberaのテキサステナーを彷彿とさせる「I Thought About You」は力強く迫る。 エリック・アレキサンダー(1968-)との「Lolito」は、速いテンポながら哀愁あるメロディが心地よい。エリックは手堅い出来だが、メロディックで流れるような急速調のアドリブが光る。Cellar Liveのオーナーであるコリー・ウィーズ(1975-)の「My One & Only Love」は唯一のスローバラード。バラードながら躍動感があり、ピアノも機敏で、凡庸に陥らない点が見事だ。Kirk MacDonaldとの2曲では、楽曲の出来が良い「One Is Enough」が印象に残る。Vincent Herringとの「Come To Me」はやや速めのリズミックな演奏。セネンスキーのブロックコードによる力強いバッキングが支えるが、アルバム中ではやや地味な位置づけだ。驚くのは80歳近い奏者も多いにもかかわらず、年齢を感じさせないエネルギッシュな演奏が続く点。聴き手が年齢に配慮する必要はなく、純粋に音楽として楽しめる。録音は低音が充実した豊かなサウンド。曲・演奏ともに充実し、ミュージシャンの個性も味わえる、コストパフォーマンスの高い一枚。新機軸こそないが、安心して薦められる好アルバムだ。Bernie Senensky:Duos(Cellar Live CELV528252)24bit 96kHz Flac1.Bernie Senesky : The Mover2.G. Fragos, J. Baker, D. Gaspare : I Hear A Rhapsody3.J. Van Heusen : I Thought About You4.Bernie Senesky : Bud Lines5.Bernie Senesky : In My Life6.Bernie Senesky : Lolito7.G. Wood : My One & Only Love8.Bernie Senesky : One Is Enough9.Bernie Senesky : Come To Me10.Bernie Senesky : Silver TraneBernie Senensky(p)Pat LaBarbera(ts track1,3)PJ Perry(as track2)Ryan Oliver(ts track4)Campbell Ryga(as track5)Eric Alexander(ts track6)Cory Weeds(ts track7)Kirk MacDonald(ts track8,10)Vincent Herring(as track9)Recorded 2022,Toronto, Canada
2026年05月02日
コメント(0)

ピアニストのレイフ・オヴェ・アンスネスが母国ノルウェイの作曲家ガイル・トヴェイトの作品を取り上げた一枚。彼がこの作曲家を取り上げた理由は、重要でありながら演奏機会が少ないからだという。トヴェイトはグリーグの系譜にあり、バルトークやフランスのドビュッシー、ラヴェル、ロシアのストラヴィンスキー、プロコフィエフなどの影響を受けている。そのため親しみやすさはあるが、聴き手に寄り添う柔和な表情はあまり見せない。筆者自身まったく聴いたことのない作曲家だったが、AIに教わりながら聴いてみた。最も親しみやすい「ハルダンゲルの50の民謡」は、15曲が収録されている。短い曲が多く、同郷のグリーグとの親和性を感じさせるものもあるが、暗く厳しい表情の曲が目立つ。バルトークを思わせる瞬間も多い。フィヨルドで知られる西ノルウェーのハルダンゲル地方の民謡は、本来粗く唐突で時に荒々しく、トヴェイトはその生のエネルギーを持ち込もうとしているようだ。第11番のような強打が持続する曲にそれがよく表れている。そのため初めて聴く人にはなかなか馴染みにくいかもしれない。アルバム後半ではアンスネスの妹ソルヴェイグとの共演による歌曲が9曲収められている。ノルウェイの風土を背景にした硬質な叙情が魅力だ。ソルヴェイグの歌唱は透明でビブラートが少なく、まっすぐで伸びやかで心地よい。フォークやジャズとの親和性も感じさせる。トヴェイトの作品はシンプルで素朴な味わいと間の感覚を備えているところがユニークだ。メロディックで堅苦しさはないが、やや暗めの曲が多く、もう少し明るい作品も聴きたくなる。「Bera ei sorg」での突然のフォルテシモなどにトヴェイトの頑固な性格が表れているように思う。中ではMarskveld(三月の夕べ)のメロディックで静かな叙情が印象的だ。大曲ピアノ・ソナタ第29番「ソナテ・エテレ」は聴きごたえのある作品で、バルトークの影響が強い。「Sonate Etere(ソナテ・エテレ)」のエテレはエーテルを意味し、軽やかなソナタというニュアンスだ。しかし実際は重量感のある巨大な作品だ。このアルバムはヨーロッパおよび北米ツアーで本作を含むプログラムが好評を得たことから生まれたらしい。カーネギー・ホールでの演奏はニューヨーク・タイムズの「2025年のベスト・クラシック公演」に選ばれている。彼のピアノ・ソナタは30曲あったらしいが、この曲以外すべて火災で焼失した。この作品は出版のためNorsk Musikkforlagに送られていたため難を逃れた。アンスネスによれば、このソナタは「二つの単純な旋律を基に多くの変奏で築かれた巨大な作品」であり、「演奏は難しいが、その分大きな報いがある」という。この曲にもバルトークの影響が強く感じられる。演奏時間は約37分。第1楽章は不協和音を交えた東欧的旋律が現れるが、リズムは揺らぎ、時に加速や減速が生じる。力感に富む一方で、時折優しい表情ものぞかせる。強打が続く後半の持続力も見事だ。第2楽章は断片的でぶっきらぼうに聞こえる旋律から始まる。間を生かした音楽は東洋的な趣も感じさせる。第1楽章のクールさに比べ、温もりのある音楽だ。緩やかな部分と急速な細かいリズムが交互に現れる。形式感は希薄で、突然の盛り上がりや急な静寂が現れる気まぐれな楽章だ。終結部の途切れがちな響きが美しい。暗い表情で進む第3楽章「脈動のテンポ」は、鼓動のように伸縮するテンポを指す。この楽章も力強くピアニスティックだが、持続するエネルギーを表現するには大変な力業が必要だ。断続的に続く長い休符を伴う終結部も残響が美しい。残響を聴かせるユニークな作品。ピアノのサウンドは艶があり、低域の量感も十分で優れた録音だ。トゥッティでも混濁せず、余計なことを気にせず聴けるのもありがたい。初めて聴く作曲家だったが、やや硬質な響きの中にも思いのほか魅力があり、アンスネスの演奏の良さも相まって、この作曲家の個性が無理なく伝わってきた。Leif Ove Andsnes:Geirr Tveitt(Simax PSC 1429)24bit 96kHz FlacGeirr Tveitt(1908–81):1. ピアノ・ソナタ第29番 Op.129 第1楽章 In cerca di – Moderato(探求して/モデラート) 第2楽章 Tono etereo in variazioni(幽玄の旋律による変奏) 第3楽章 Tempo di pulsazione(脈動のテンポ)4. Fifty Folk Tunes from Hardanger, Op. 150 第25番 The Call of the Dairy Maid(乳搾り娘の呼び声) 第39番 Visiting Saturday in the Mountains(山の土曜の訪れ) 第10番 What Beer!(なんというビール!) 第41番 Stave Church-chant(スターヴ教会の聖歌) 第19番 Fare Thee Well(さらば) 第6番 Welcome in the Bridal Farm(花嫁の農家への歓迎) 第27番 Langeleik Tune(ランゲレイクの旋律) 第49番 Consecration of the New Beer(新しいビールの奉献) 第2番 Flute Sound(フルートの響き) 第11番 God’s Goodness and God’s Greatness(神の慈悲と偉大さ)14. Vi skal ikkje sova bort sumarnatta(夏の夜を眠って過ごしてはならない)15. Nordlysun(オーロラの太陽/北の光)16. Bera ei sorg(悲しみを背負う)17. Mjukt skjer åra(柔らかく櫂が水を切る)18. Det stusslege romet(みすぼらしい部屋)19. Svara meg, mi harpe(答えておくれ、わが竪琴よ)20. Kveld i sundet(海峡の夕べ)21. Marskveld(三月の夕べ)22. Knust korn(砕かれた穀物)Leif Ove Andsnes(p)Solveig Andsnes(s track14-22)Recorded 2023,Sofienberg Church, Oslo, Norway
2026年04月30日
コメント(0)

狭間美帆が音楽監督を務めているデンマークのビッグバンドを指揮した新作「Frames」を聴く。サドジョーンズを特集した前作はあまり聴きこんでいなかった。全6曲すべてが書き下ろしで、隙のない緻密な作品が並んでいる。このアルバムに付いて彼女はこう語っている。「このプロジェクトは、Danish Radio Big Bandと歴代の首席指揮者たちの遺産を振り返るものです。私は彼らの作品を研究し、その考え方を自分の作曲に取り入れることで、この歴史に静かに敬意を表す新しい組曲を書き上げました。直接的なオマージュではなく、コペンハーゲンに根ざしながら進化を続けるオーケストラの声の延長としての作品です。」とのこと。wikiに歴代の指揮者の名前が載っている。サド・ジョーンズやボブ・ブルクマイヤーなどの名前もある。狭間はこのビッグバンドの8代目の指揮者で、Ole Kock Hansenの9年に次いで、今年で7年目と長期にわたっている。それだけ評価されているということだろう。出来れば歴代指揮者の録音を聴き、どの曲が誰へのオマージュか分かればよいのだが、そこまでは出来ていない。曲毎のコメントは発表されていないようだが、分厚いハーモニーとノリの良い曲調で、自然に耳に入ってくる。前作「Live Life This Day: Celebrating Thad Jones」ではオーケストラも入っていて、響きがやや整理されない場面もあり、個人的には中途半端な印象があった。今回はビッグバンドのみなので、彼女の真価が発揮されていると思う。「And the Door Unsealed」はイントロに相応しい、溌溂として勢いのある演奏。ロック的なエレキ・ギター・ソロでムードが一変するのも鮮やかだ。3つの短い音符から始まる「Rodo」は、けだるい中近東的なムードを漂わせたリズムとヴォイシングで、砂漠の風景を想起させる。特にバスクラリネットが効果的だ。テーマは何故か日本を連想させる優しい曲想。ソプラノのソロを経て、トロンボーンのグリッサンドから一転してテンポアップ。トランペットの高域中心の豪快なソロ、音を割った荒々しいトロンボーン・ソロなどにより、前半ののどかな風景が一掃される見事な展開だ。くすんだチェレスタのようなサウンドから始まる「Lulu」。フルーゲル・ホーンのソロで安らぎに満ちた時間が流れる。ベースの重厚なソロも聴き物だ。いきなりテュッティから始まる「The Pioneer's Quest」。Pioneerは単数形なので、歴代の指揮者の誰かを指すのだろうか。速めのテンポでぐいぐいと進む推進力のあるアンサンブルが続く。このアルバムで目立つトロンボーン・セクションの柔らかなハーモニーも心地よい。トランペット・ソロのバックでのピアノとギターのユニゾンのコンピングも印象的だ。ドラムソロのあと、セクションが目まぐるしく変わる展開も聴きどころ。ただしエンディングが盛り上がらないまま終わる点はやや物足りない。「Aura II」は速めのテンポながら、このアルバムで唯一リリカルな曲調のナンバーだろう。ピアノのアルペジオに乗ってチューバがソロを繰り広げるのが印象的だ。アルペジオがギターに移り、フルーゲルのソロへと展開する。後半ではクラリネットのソロが大きくフィーチャーされ、エリントンを想起させる。終盤のクラリネット、バスクラリネット、フルートによる柔らかなアンサンブルも印象的だ。ピアノ単音によるエンディングも洒落ている。最後の「The First Notes」は軽快なテンポでコミカルなテーマが流れる。ソプラノ・サックスを中心としたヴォイシングも曲想に合っている。トロンボーンの柔らかなソロも充実している。続くフルート・ソロも熱演。短い間隔で楽器が目まぐるしく入れ替わる展開を楽しむべき曲だ。全体としては一つの組曲のような構成で、エリントンの組曲を思わせる重量級のアルバムである。構成が複雑な曲が多く、何度か聴くとそのたびに新たな発見がある。彼女が着実に発展している様子がうかがえ、非常に喜ばしい。現時点での彼女の最高傑作と言っても過言ではないと思う。なお、8/20にBBCのプロムスの一環としてマイルス・デイヴィスの生誕100周年記念のコンサートが、「Owl Song」などで知られるトランペットのアンブローズ・アキンムシーレのカルテットとBBCコンサート・オーケストラを迎え、狭間の指揮で開催されるようだ。BBC TVおよびBBC iPlayerで視聴できるようだが、対象はイギリスのみなので、日本からVPNで視聴するのは難しそうだ。音声のみであればインターネットラジオradio 3で聴くことができそうだ。狭間美帆:Frames(Edition Records EDN1296)24bit 96kHz Flac1. And the Door Unsealed2. Rondo3. LuLu4. The Pioneer's Quest5. Aura II6. The First Notesデンマークラジオ・ビッグ・バンド挾間美帆録音:2025年11月18日~21日、コペンハーゲン、ヴィレッジ・スタジオ
2026年04月27日
コメント(0)

アリソン・ロギンス・ハルAllison Loggins-Hull がクリーブランド管弦楽団のレジデント・コンポーザーを務めていた時代の作品を集めたアルバム。クリーブランド管が存命作曲家のポートレート盤を出すのは約100年ぶりという特別企画だそうだ。ポストミニマル風の語法に、コープランドやアイブズを思わせる響きが交じる、いかにもアメリカ的で分かりやすい音楽。管が優勢なオーケストレーションもあり、現代の吹奏楽を思わせ、なかなか楽しめる。アリソン・ロギンス・ハルはフルート奏者でもあり、ニューヨークを拠点に活動している。作曲だけでなく、教育やアウトリーチにも積極的だという。このアルバムの目玉「Grit. Grace. Glory.」は、レジデンシー最後の作品。タイトル通り、粘り強さ、品格、栄光という、クリーヴランドの人々と歴史に触発された音楽的物語だ。第1楽章「Steel(鋼)」は鉄を象徴に、地下鉄や産業を通じた強さ・自由・連帯を描く。第2楽章「Shoreline Shadows(湖岸の影)」は、クリーヴランド芸術学校の学生作品の視点を取り入れ、都市の影と再生を表現する。第3楽章「Quip」は、クリーヴランドの人々の謙虚さと機知を軽妙に示し、第4楽章「Ode」は原点回帰とロックンロール発祥の地へのオマージュとして、ロック的高揚で締めくくられる。※1952年、クリーヴランドで開催されたMoondog Coronation Ballが最初のロックコンサートと言われている。第1・第2楽章は切れ目なく演奏される。第1楽章は、地下鉄の情景や全米第3位の鉄鋼メーカーであるクリーブランド・クリフスの工場を思わせる要素が入り混じる。一方で、古きのどかなアメリカの風景を想起させる場面もある。トランペットのコラール風旋律が印象的だ。第2楽章は、遠くで何かが鳴っているような心象風景的サウンドが広がる、暗く不気味な音楽だ。ローブラスの4分音符と打楽器の8分音符2つの動機が不気味さを強める。木管のモチーフが浮遊感を与える、不思議な楽章だ。第3楽章は一転して、陽気で弾むリズムの音楽だ。弦とピッコロの掛け合いに続き、ホルンの持続音とトランペットの刻みが展開する。木管の細かく独特なリズムが印象的だ。明るいがどこか影を帯びている点が興味深い。第4楽章は、賛美歌を思わせる清新な弦合奏で始まる。全体として明るいとは言い難いが、次第に活気を帯び、スネアの細かいリズムから一気に盛り上がる。ただしクライマックスの作り方がやや弱く、不発気味に終わるのが惜しい。「Can You See?」は、ニュージャージー交響楽団の委嘱による小編成作品を大オーケストラ用に改作したもの。脈絡なく現れる太鼓が全体を支配する。暗い色調の中、海猫の鳴き声を思わせるクラリネットのグリッサンドや、反復される太鼓のリズムがコラージュ的に現れる。作曲者の心象風景のような、不思議な音楽だ。アメリカ国歌が用いられているようだが、筆者には判別できなかった。冒頭の「Legacy」は弦楽六重奏。レガシー継承のためのコミュニティ活動で用いられた音楽で、ウクライナの民族楽器バンドゥーラやブルース、現代的弦楽書法などの要素が取り入れられているという。ただし現時点では、具体的にどの部分に反映されているかは判別できない。演奏はいずれも高度にコントロールされており、クリーブランド管の精緻な響きが堪能できる。とりわけ木管のクリアなアンサンブルが印象的だ。この楽団特有のオーボエの音色も健在だ。Allison Loggins Hull:The Cleveland Residency(Cleveland Orchestra)24bit 96kHz FlacAllison Loggins-Hull :1. Legacy(2024)2. Can You See?(2023)3. Grit. Grace. Glory. I. Steel II. Shoreline Shadows III. Quip IV. OdeThe Cleveland OrchestraFranz Welser-MöstRecorded August 13, 2025(Legacy),May 4 & 6, 2023(Can You See?),May 8–10, 2025(Grit. Grace. Glory. )Mandel Concert Hall、Severance Music Center
2026年04月24日
コメント(0)
全4916件 (4916件中 1-50件目)
![]()

