邪馬台国論争



 研究史上、邪馬台国は様々なところに否定されてきた。
 近畿、九州はもとより、四国、東海、北関東、東北地方など、日本列島はおろか、かつてはインドネシア・エジプト・カリブ海説を唱える学者もあった。

 本来はいわゆる魏志倭人伝の記述から出発した研究であるが、近年の考古学の著しい発展を受け、候補地もシーソー式に変わっていく有様である。

 とくにここ数年は、邪馬台国が存在していたとされる時期の日本列島は、近畿が中心であったことが考古学の見地から裏付けられ、圧倒的に近畿説が有力な地位を占めている。「十年後に歴史の教科書には邪馬台国は近畿にあったと書かれている」「九州説は二十世紀に置いていかれた」等の発言が聞かれるゆえんである。

 しかしなお記紀の伝える伝承などとの整合性は十分でない。今後の研究の期待されるところである。

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