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1963年6月11日、当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が行っていた仏教徒に対する高圧的な政策に抗議するため、サイゴン(現・ホーチミン市)のアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺した。彼は支援者たちが拝跪する中、燃え上がる炎の中でも蓮華坐を続け、絶命するまでその姿を崩さなかった。その衝撃的な姿がカメラを通じて世界中に放映され、ベトナム国内だけでなく国際世論に大きな影響を与えることとなった。ジエムの弟にして大統領顧問・秘密警察長官であったゴ・ディン・ヌーの妻のマダム・ヌーは、アメリカのテレビインタビューでこの事件を「あんなのは単なる人間バーベキューよ」「反米運動にアメリカ製ガソリンを使うなんて矛盾してるわ」「今度同じ事をするならガソリンとマッチを進呈する」と発言し、それが全世界に報道されたため、南ベトナム国内や米国だけでなく全世界の顰蹙を買い、国民のジエム政権への反発をいっそう高めた。同年11月には軍事クーデターが発生し、ジエムおよびヌーは決起部隊に殺害されたが、元凶であるマダム・ヌーは生き延びた(事実上の国外追放。各国を転々とし、2011年にローマの病院で死去。2人の娘は姉が1964年に22歳、妹が2012年に52歳で共に自動車事故で亡くなっている)。リチャード・ニクソンは著作で、この事件を共産主義者のプロパガンダの一環に過ぎないと主張した。アメリカ人ジャーナリストのマルコム・ブラウンが撮影した報道写真は、1963年度の世界報道写真コンテストでグランプリを受賞した。
2018年06月10日
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2011年04月07日
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子供に英語教育って、やりたがらない限りほうっておくというのがよろしいのでは。私は、自分でおもしろくて英語の勉強をしたいと思うまで世間からも家族からもほっておいて貰いたいと思います。超勉強できない子供だった自分は、いつも教師から「のろま」だとか「夜明けのアンドン」だとか言われつづけて、そんな頃親がなぜか突然教育パパ、ママの真似事を始めだしてやりたくもない事を色々させられた記憶があります。小学生時代にも、どこからともなく英語学校を探してきて通わされたのです。当時、都会でも英語を小学生に教えるというような組織も団体もどこにもありませんでしたから親父のネットワークも不思議なものがあると今思い起こしても首を傾げます。自分にとっては、実の親父ながらつねに謎の人でして今でも実は謎が多い。サラリーマンではないし、小売業といってもなにを専門に売っているのかよく分からない露天商あがりの人で間違っても英語をつかって仕事をした経験も、英語をつかわなければならない環境にも接したことがない人でした。他のことはあまり無理強いしなかった親父が自分を英語学習に追いやったのは、自分の通訳がわりに使おうと思った程度ではないかと思います。しかし、当時のテキストは覚えていますが到底英語学習というレベルのものではなく退屈な中学生の英語テキストをダイジェストしたようなもので一度も見たことがないオウムが青いとか緑だとかいわされて、鉛筆が机の上だ下だと習うために何キロも歩いて通わされる小学生はたまったものではありませんでした。当時の時代を考えると贅沢な話なのですが、、、結局、中学生になってもなんのご利益もなくて成績は散々です。たしか席次は650人中で590番台ぐらだったと思います。そうそう、中学一年から3年の一学期までそんなものです。さすがに親父は落胆したのかと思うのですが、なぜかメゲナイ人でPTAででむいた参観日に3年の担任とやけに波長があったらしくてその日のうちに担任指定の学習塾にほり込まれました。英語だけではなく、数学も国語も理科もすべてなのですけれどその学習塾は今でいう受験の「裏ワザ」ばかり教えるところでいまから思うとインチキのような受験テクニック120%というのか反則ワザの連続。中学3年の3学期には全校で60番ぐらいに飛び出てしまいます。自分のクラス席次にすればひと桁台です。受験校の様相が一気に変わってしまいました。今から考えても無茶苦茶な真似をする学習塾もあったものだと、、、その時、痛感したのは席次も学力もカネで買えるという現実を身をもって痛感したわけです。ここまで余談ですが、、、現在、自分は英語を愉しみながら学習しています。最近のテキストや、英語学習ツールは私には惚れ惚れするものばかりですね。こちらの興味にそって学習することが愉しみとなり学習すること自体が遊びだったり、学習作業そのものもきわめて高い満喫度があたえられるような素晴らしいものが揃っています。それを使って何ができるのかという事も大事なのですけれども、追いやられてすることの砂をかむような思いに比べて、楽しく学習できる「今」がとっても大切だと思うのですね。大人が楽しく学んでいて子供が真似をしたい、と思うような風景がもっと世の中にたくさん溢れてくればいいのではないでしょうか。
2004年05月08日
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2025年02月18日
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