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◎三億円事件大捜査 正月返上!! [Vol.5] ~ PLAYBACK 1968 IN Shinjuku [7] ●2012年 1月2日 新宿 居酒屋志ろうにて ●参加者 / オアシス地球 サトーハチロー(プラン作成) 井上元宏 風月堂 すぃけ~だ Mont.Akagi ひら ueki 今回のトップ画像はジャズ喫茶 「ヴィレッジバンガード」のマッチ。お店の詳細は本文にて。 (風月)『過去にブログのコメントに、父親が関与していたと考えていいようなエピソード も出てきたわけですが、サトハチさんが「関わっていない」と考える理由は何で すか? 関与してると色んな意味で便利だったはず、とは思うんですが(笑)』 (サトー)『関与というのをまずどう考えるか、というのはありますが・・ まず関与してる 根拠がないからなあ・・普通に考えて、彼はやっぱり疑われてたと思うんです が。公にされてる話だけみても、やっぱり少年と仲は悪かったわけですよね、 どうみても。あれでは一緒になって犯行はできないでしょう』 (風月)『・・やっぱりそこへ戻っちゃうかー(笑)』 (??)『そこなんだよなー』 (サトー)『それをムリヤリ合理化させようとすると、もう話を作るしかないんですよ・・』 歌舞伎町にあった伝説のジャズ喫茶・「ヴィレッジ・バンガード」跡。 現在はホテルが入る新宿Lビル、当時の石川ビル2階にあった。 三億円事件のあった1968年頃にはビートたけしがボーイのアルバ イトをしていたほか、連続射殺犯で指名手配中の永山則夫が逮捕 の三日前まで働いていた。(二人は早番・遅番の交代勤務だった) (すぃけ~)『サトハチさんは少年の死亡は自殺だと思いますか?』 (サトー)『あれは自殺じゃないと思いますよ。自殺だとしても他殺に近いというか・・ 自殺だったら、なんでまた青酸カリを天井裏に隠すんでしょうか?』 (?)『さすがに殺人事件だけは不問に付せないはずなのに、なんできちんと捜査 しないのか、なんですよね』 (サトー)『確かにあれはずさんでしたね』 (井上)『当時やっぱり、警察の体面、桜田 門のメンツを汚せなかったんですね』 ▲こちらは前回の「喫茶らんぶる」での休憩時のようす。 (?)『警察は絶対に身内から犯罪者を出したくないってのは明らかで、今はボコボコ出て ますけど、昔はそれほどなかったのは、やっぱり隠してたんだろうと(笑)』 (すぃけ~)『あの遺書自体も怪しいですよね、本当にその時書いたものかも分からないし、 全文は公開されてないし』(井上)『私はあれの一枚は妹に宛てた「手紙」じゃないかと思うんです。 あの中の「俺の二の舞を踏むな」っていうのに引っ掛かるんですよ。 これ、まるで何かに利用されたみたいじゃないですか。非常に稚拙 な推理ですけど』(?)『犯罪を犯して、警察に追われるような人生は送るな、という意味 かもしれませんよ』(オシ球)『う~ん、いろんな解釈が出来そうですけど・・』 ← ビートたけしの (つづく) 新宿を歩く
2012年02月24日
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PLAYBACK 1968 IN Shinjuku ~ 異説・「新宿説」を追え!? ~ [6] ●2012年 1月2日 新宿 居酒屋志ろうにて ●参加者 / オアシス地球 サトーハチロー(プラン作成) 井上元宏 風月堂 すぃけ~だ Mont.Akagi ひら ueki(今回はサトハチ氏が「S少年説」を斬る!!) (Akagi)『最後の多磨農協脅迫で、脅迫状を持っていくよう指示されたのがS少年 の母校、明星学苑の青木教諭だった件で、私は犯人が単純に電話帳の 最初に載っていた人物を選んだだけ、という説を以前お話しましたよね』 (井上)『それなんですが、電話帳の最初のページをめくって決めますかねえ?』 (サトー)『当時の電話帳は、「府中市」はなくて「三多摩」と「23区」なんですよね』 (井上)『でも・・学年主任なんですよね』 (Akagi)『それは知ったこっちゃない ですよ。(一同笑) それと、脅迫状を置いた場所と自宅が遠い点ですね』 (オシ球)『あそこ行きましたけど、なんか奥まったヘンなところにあったなあ・・』 (サトー)『ただね、僕は青木先生とS少年を結びつけるのはあまり好きじゃない。 逆にS少年説の信憑性が下がると思うんだよね。どっちでもいいと思う』 さて、こちらは途中で休憩した「喫茶らんぶる」風月堂の筋向いにあるレトロな洋館風の造りの元・名曲喫茶で地下席が評判。創業昭和25年。らんぶるとは「琥珀」の意味。右写真は昭和31年、現在の地に移転後。 (サトー)『やっぱりね、S少年が一番怪しいとは思うんですよ。ただ、一連の脅迫事件には 関与してないと思うんだよね。そう考えるのが一番自然だと思う。S少年が犯人 だとすると、イコール、複数犯ですよね。そして私は父親は絡んでないと思う。 ズバリ言えば、証拠がなかったのと、遠慮による捜査のしづらさだと思います。 以前、クロベエさんの話でさすがだな、と思ったのは、警察は最も怪しいはずの S少年宅の家宅捜索をしてないんだよね。天井裏から青酸カリが出てきたのも 事件の4ヶ月以上も後でしょう。 もしかしたら白バイ警官の制服がポロッと出て きたかも知れないんですよ。彼がもしシロだとしても、その捜査をやってない。』 (Akagi)『存命中に目を付けてたのに、自殺したとなったら、徹底的に捜査すべきだった。 私はその、一警官に対してなんで遠慮したりするのかが分からない・・』 ▲地下席は天井が高くゆったりとくつろげます。 (サトー)『そこがポイントで、私は「保留」したんだと思いますよ。グレーのまま置いといた。 それと、これ以上突っ込んだらまた身内から犠牲者が出る恐れがあって、火中 の栗を拾うような真似はできなかったんだと思う』 (風月)『それで年が明けちゃって、4月に投入されたのが平塚八兵衛氏で・・』 (サトー)『なんで投入したかっていうと、やっぱりグレーだったからですよ。 で、75年に もう一回やり直してますよね。これだってグレーだからやり直してるんですよ』 (Akagi)『当時の日本の警察の能力がそんなに低かったとは思えないんですけどねえ・・』(サトー)『やっぱり金が出なかったのが大き いと思いますよ』(Akagi)『金はいくらでも隠せたはずなんです。 信じられないでしょうが、昔のワリチョーとか ワリコーって、何千万、何億持っていこうが 全く本人確認なしで預けられたんですよ。 私がなけなしの10万円を預けに行ったとき、 隣の窓口でヨボヨボのお爺さんが8千何百 万円預けるのを目撃しました(笑)』(?)『それ、意外とお爺さんだから怪しまれ ないんじゃないですか?(笑)若いヤツだっ たらどうだか・・』 (つづく)
2012年02月17日
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PLAYBACK 1968 IN Shinjuku ~ 異説・「新宿説」を追え!? ~ [5] ●2012年 1月2日 新宿 居酒屋志ろうにて ●参加者 / オアシス地球 サトーハチロー(プラン作成) 井上元宏 風月堂 すぃけ~だ Mont.Akagi ひら ueki(討論会のつづき・今回は「あまりにガサツな 準備期間」・・から犯行に使った発炎筒など) (風月)『犯人は犯行日のギリギリまで準備を終えてませんよね。 私だったら恐くて出来ないですよ、あんなの』 (Akagi)『10日前の11月30日の段階でなんにも出来てないんですよね』 (井上)『そこに私は「若さ」を感じるんですよね』 (サトー)『僕もそれは同意(笑)』 (Akagi)『複数犯なら、手分けしてダーッとやりゃあいいのに、と思うんですよ』 (サトー)『私は多摩五郎に関していえば、おそらくカローラ一台でいけるだろうと思ってたの が、やっぱりこれは二台いるな、と思って慌てて盗んだんじゃないかと思うんです。 草色カローラはかなり走行距離があった点から見て、やはり足代わりに使ったと。 私が唯一Mont.Akagiさんの単独犯説に疑問があるとすると、草色カローラやスカ イラインに残されてた遺留品が、単独犯だとあまりに趣味・嗜好がバラバラすぎる と思うんですよ。捜査かく乱のために競馬新聞などを入れたんだというかも知れな いけど、それにしては入れる時期が早過ぎる。特にスカイラインに関しては。 たとえ犯行は単独犯としても、や っぱりあの車は例えばワル仲間 同士で使ってたんだと思いますよ』 (風月)『第三現場の草色カローラ に精神安定剤が残ってたとか?』 (サトー)『薬の包装紙ですね。今 でいうバファリンみたいな物かな。 あと、クリームパンの包装紙も』 ▲ 討論会が行なわれた居酒屋志ろうが入るビル と入口 ▼ (サトー)『発炎筒や、脅迫状の文字の切り貼り に使った電波科学や近代映画と違って、第三 現場の草色カローラに残っていたヤングレディ は意図的な物じゃないですよね。このカローラ にあった遺留品はバラエティに富んでますね』 (?)『犯行に使った発炎筒に電波科学の付録 の東芝テレビの配線図が巻かれてましたけど、 当時の学生運動の匂いとか、公安にいた人間 の発想だとかを・・過去にブログで見ましたが』 (?)『僕はそれはないと思うなあ(笑) 公安 だと言うんなら、もう尻尾出てますよ、そこで。 発炎筒って、実は事件の翌年にアナーキストが 天皇に向けて投げたのが最初らしいんですよ。 まだまだ「一般化」されてなかったんですよ』 (すぃけ~)『電波科学の中からわざわざあのページを選んでるのは?』 (サトー)『それは単なる偶然でしょう。焼け焦げて判別できなくなる物を捜査かく乱には 使わないと思いますよ。事実、あれは赤外線で調べてやっと出たんだから』 (何人か) 『え~?』 『それはちょっと納得できないなあ・・』 『偶然過ぎる・・』 (Akagi)『犯行日前日の夕方から雨でしたから、犯人はその中で発炎筒点火の予行 演習をやったに違いない、と思うんですけどね』 ← ビートたけしの (つづく) 新宿を歩く
2012年02月10日
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PLAYBACK 1968 IN Shinjuku ~ 異説・「新宿説」を追え!? ~ [4] ●2012年 1月2日 新宿 居酒屋志ろうにて ●参加者 / オアシス地球 サトーハチロー(プラン作成) 井上元宏 風月堂 すぃけ~だ Mont.Akagi ひら ueki (討論会のつづき・今回はジュラルミン ケースについた土と本町団地直行説など) (サトー)『その土だけが平塚八兵衛的には許せないんだよね。あの土の件さえなければ 「本町団地直行でいいじゃん」って言えるんだけど・・わざわざ別の鑑識の人間 連れてきて、無理矢理「こっちでもいいんじゃないの」って言わせてるじゃない ですか。やっぱりあの直行説は不利なんですよ。逆に言うと、土さえ目をつぶ れば、この直行説もそれなりに説得力あるんですけどね』 (Akagi)『ただ、多摩五郎がピカピカにきれいだったのは、走行中に雨で泥が洗い落とさ れたと言ってますよね。私は当時、そんなに舗装された道は無かったと思うん ですけどね』 (サトー)『あれはちょっと微妙ですよね。それに あれ、雨の日に本当に泥が落ちるのかを実験し てないですよね、たしか』 (風月)『犯人は一旦、安心出来る所でジュラル ミンケースを開けたいはず、という考え方もあり ますが、ケースの鍵の問題ってのもありましたね。 鍵がかかってないのを知ってたのかどうかという。 (サトー)『ワリと、意外にもそれが開いちゃって、 残ったケースは厄介だからその日に本町団地に 捨てに行った、というのが私の説なんです』 ▲昭和63年、左写真の右方向から。奥に甲州街道。 若者で 賑わう南口も、昭和20年代は一般人には近寄りがたかった。 ★東京-昭和の記憶-より ▲新宿駅東南口。映画「初恋」▼で印象的な コンクリートの階段が登場した。 (すぃけ~)『東元町3を左折して北上しても脇道へ入って、日立の 中央研究所から恋ヶ窪方面へあっという間に抜けられるんですよ。 その時点では逃げてる車はカローラとは全く分かってないし、そも そも本多親子の車と遭遇した車も確証は無かったんですよね』 (?)『運転してた男は長髪だったと証言してますが、長髪だったの は・・ あのグループだとS少年じゃなくて〇山ですね』 (サトー)『普通に考えたら、あのケースをカローラで運ぶのはアホ ですよね。丸見えじゃないですか。やっぱり犯人は、ケース三個 分の量と大きさってのを知らなかったと思いますよ。それを事前 に調べてたとは思えないんだよなあ・・』 (?)『銀行関係者が金を損失してその穴埋めの為にやった、という 説も根強くありましたね。「君が犯人だ!」という本も銀行絡み でしたね』 (サトー)『確かにあの当時そういう噂もあって、週刊誌にも載ってるん ですよね。輸送車の運転手と支店長は警察に相当しぼられて ますよね。やっぱり、洩れるとしたらそこでしょうから。それと 当時の銀行って、今と比べてやっぱりすごくズサンなんだよね』 討論会に使用した 居酒屋志ろう ← こちらも (つづく) どうぞ
2012年02月02日
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