びゆてぃふる・らいふ

びゆてぃふる・らいふ

2.告知

2.告知

約四年前に父を胃癌で見送った。
一緒に暮らした近しい人との別れは初めての体験で、精神年齢が実年齢
にまったく追いついていない幼稚な人間である私には現実をうけとめる
ことができずに ひたすら混乱した状態を長く引きずりながら過ごした。
そこからどうやって抜け出したのだろう、よく覚えていない。
ただ、時間は偉大な良薬だ、とはよく言ったものだと今あらためて感じ
ている。

父には病名を告知した。
というか、本人を含めた家族への主治医からの説明のときに いきなり
「進行期の胃癌ですね」と軽い調子で告げられたのだ。今はどこの病院
でもこんな感じなのだろうか。
昔人間である父は、このことを 本人に告知する癌なのだから、きっと
治るものなのだ、と受け止めたようである。とくに動じる様子もなく手
術についての注意点を熱心に質問していた。
手術が終わって、家族だけへの説明のときに 転移があり、そこは手術
不可能な場所なので 抗がん剤による治療となるがあまり見込みはない。
いつまでの余命であるかは予測できないがそんなに長くはない。という
ことを言われた。
退院してしばらくは通院以外は元の生活に戻り、そろそろ快気祝いをお
くろうかという話が出てきたころ、残念なことにふたたび体調をくずし
て再入院となった。
このときに再度家族への説明があり、余命3~4ヶ月と宣告された。
余命はともかく、もう治らないのだという事実を本人に告知するかどう
かで私達はずいぶん悩んだ。弟は告知して、自分の人生のけじめをつけ
させてあげるべきだと言う。母はそんなむごいことは絶対に言うべきで
はないと主張する。
優柔不断な私はどちらがいいなんて決められないと思った。
どちらを選んでも後悔が残るような気がした。
結局母の意向を尊重して、本当のことは告知しなかった。
最期まで父は病気と闘う・きっと治るんだという意思を持ち続け、その
姿勢は立派ではあったけれども、それは思い出すのも辛い壮絶な入院生
活だった。
これでよかったのだろうか。
私は父に面と向かってちゃんとお礼が言いたかった。この世に送り出し
てくれてありがとう、育ててもらってありがとう、もうじゅうぶんだか
らゆっくり休んでね、と言いたかった。
だけど治ると信じている父にそんなこと言えなかった。やっと言えたの
は昏睡状態になってから。聴覚は最後まで残るとどこかで聞いたけれど
私の言葉は父に届いたのだろうか・・
やはり後悔の苦い思いが胸に残っただけという結果になった。
もしもあの世で再会できたなら、このことを真っ先にあやまってあらた
めてお礼を言いたいと思うのだが、なんせこの不信心な私、果たして父
と再会をさせてもらえるのだろうか。

私自身はかなり前から、夫にはもし私が死期を宣告されたらかならず隠
さずにおしえて、と頼んでいる。夫は「うんわかった」とは言ってるが
いざそのときになれば本当におしえてくれるのか甚だ疑問である。
一般的にも自分のときには告知をのぞむけれども、家族には告知はしな
い・できないという人が多いそうだ。その気持ちも今は痛いほどよくわ
かる。
だけど私はやっぱり知りたい。
こんなこと言っていてもそのときにはやはり取り乱すのかもしれない。
それでもかまわない。それは自己責任だから。

ところで夫がそうなった場合にはどうしてほしい、と何回かたずねたの
だけど、う~ん・・とうなるばかりでいまだにはっきりした返事をもら
えない。
それはそれでいいかな。だっておしえてほしい、と返事をもらってもい
ざそのときには私には告知する勇気が出ないと思うから。

2004・6・8




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