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2009.05.23
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カテゴリ: カテゴリ未分類
写真は芸術写真とドキュメンタリー写真に大別できる。

写真が芸術かどうかは、意見の分かれるところであり、写真は「ただの記録技術であり、芸術ではない」という意見、また単なる画像の機械的生産に過ぎないと主張する者もいる。しかし、俺が尊敬してやまない土門拳(物故)の写真を見れば、結論は明快である。彼の写真は芸術作品だ。

土門拳は、リアリズム系の写真家として絶対非演出のリアリズム写真を主張した木村伊兵衛と対照的である。木村伊兵衛は「写真はメカニズムである」と捉えたのに対し、土門は「カメラは道具にすぎず、写真を撮るのは人間であり、思想である」と捉えていた。土門は様々なジャンルの写真作品を撮影しているが、いずれにおいても、完全な没個性という報道写真ではなく、自分の個性を重視した。彼は日本人が造った物に深い愛情と憧憬を抱き続け、フリーになってからは仏像や寺院、古陶磁などの伝統工芸品や風景など、一貫して日本の美を撮り続けた。土門拳は「古いものから新しいものを掬い上げる」報道として捉えていた。

土門は完全主義者としても知られており、膨大な出費や労力をいとわず、何度も撮影を重ねる事によって生まれる予想外の成果を尊重した。撮影時の土門の執拗な追求を伝えるエピソードは数多く、梅原龍三郎を撮影した際は、土門の粘りに梅原が怒って籐椅子を床に叩きつけたが、土門はそれにも動じずその怒った顔を撮ろうとレンズを向け、梅原が降参した一件や、東大寺二月堂のお水取りを取材した際にも、自然光にこだわり、真夜中の撮影にもかかわらず一切人工照明を使わず、度重なる失敗にもめげずに撮影を成功させた逸話などがある。撮影中は飲まず食わずで弟子にも厳しく、「鬼の土門」と称されるほどの鬼気迫る仕事ぶりであったといわれる。

土門拳の話になってしまったが、このように写真は対象の選択、対象と撮影者との物理的距離、対象の様態、撮影するタイミングなどによって、撮影者の心や世界に対する態度を反映する。写真は少なくともこの意味で確かに撮影者の創作物であり、表現の手段である。また撮影対象や画像加工技術などにより創作者の発想や手腕が写真を芸術(美術:視覚芸術)の領域に高める。

現存するプロ写真家でも、この領域に達している人は少ない。まして俺みたいな素人においておや。





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Last updated  2009.05.23 13:16:38
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坂東太郎G @ Re:コッペパン(05/01) 今回こちらのtitleです。 もしよろしかっ…
背番号のないエース0829 @ Re:精霊と聖霊 ウンディーネが一番・・・(09/08) 「水を抱く女」に、上記の内容について記…
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