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久しぶりの書き込みになる。 数年来の少ない余暇を利用して、だれにでも古典文法を手軽に学習してもらうため、WEBプログラムを作ってみた。インターネットを閲覧できる一般的なブラウザさえあれば利用は可能だ。 その名は「怒濤の千本ノック」。 それなりにいろいろ勉強しながら試行錯誤でやってはいるが、自分の身の回りだけで試すのには限界があり、実際にコレを使って学習体験をしてくれる協力者が欲しくなった。それで、ここに初めてURLを紹介することにした。 一般公開に先駆けて少し体裁を整えたりはしたが、WEBプログラムに関しては独学の素人なので、多少の見苦しさは勘弁してもらいたい…と甘えたことを言ってみる。 レンタルサーバでの運用なので、どの程度実用に耐えるものなのかもわからない。ただ、古典文法に関しては受験指導なども経験があるので、いろいろ工夫をして学習効率を考えた作りにはしたつもり。まだまだバグはあるかもしれないけれど…。 受験生の方はもちろん、古典文法の学習に興味のある方は、よろしければ是非使ってみてくださいませんか。もちろんご利用は無料です。 携帯での活用にも備えてはみましたが、手元にauしかなく、他のキャリアでの動作確認はできていません。動作に不都合が発生しても、怒らないで(こっそり)教えて下さいね。 少しでも、古典を勉強する中高生、大学生の人たちの役に立てたらうれしい。と、秋の夜長に思いつつ。 古典文法基礎強化「怒濤の千本ノック」
2005.08.30
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いやはや、放置するにも程がある。日記とは言えない痛ましい状況には目を覆いたくなる。なにしろ昨年の書き込みはたった2度。恐ろしい怠惰を反省しなければならない。 ……てことで、今、した。この間、ほとんど忘れていたので、自分自身に後悔があるわけではない。ただ、どういうご縁か、全然更新されていないページを(間違って?)開いてしまった不運な方々へは、ちょっぴり申し訳ないことをしたと、罪悪感もありはする。だからといって、償いはできないが。(^_^;) 日記空白の日々に何があったのか、それは謎だが(なんでだ?)、時太も大人になり、なんとか相手を見つけ、1週間前、ついに結婚式を挙げた。親しい友人たちと親族なんかだけで、楽しく披露宴も催した。年末・年始、風邪を引いてしまい参ったが、何とかやり遂げた、その充実感はなかなかだった。結婚した喜びより、結婚式をやり遂げた喜びの方が大きいという事実を実感した。 招待状、席次表、二次会案内などのペーパーアイテム、スライドDVD、ウェルカムボード、ウェルカムベアなど、手作りできるものは全部手作りした。BGMもそれなりにこだわって選び、それなりだったので、満足した。わざわざ集まってくれた来賓の祝福を受け、楽しんで貰えたことに安心もした。 お金もかかり、書けないような大変なことも、実はたくさんあったけれども、結婚式を挙げてよかったと本当に思った。入籍は昨夏に済ませていたので、わざわざお金や手間暇をかけて式を挙げることが必要かどうか、周囲からも色々言われたりしたが、後悔はない。想像していた以上に、今後の結婚生活を築いていく上で、意味のあることのような気がしている。
2005.01.15
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東京では暖かくなって、桜が満開。 というよりも、花散らしの雨風に桜の花びらがしきりに舞って、誰の心にも感傷を誘う今日この頃ですね。日本の春は、人々に新旧さまざまな記憶を呼び起こさせ、幾重にも重ね合わせて微妙な物思いをくれる、よい季節です。 そういう折も折、私も人事異動に伴い、7年ぶりにまた転勤をいたしました。これまでの環境の下、何かとたくさんお世話になった皆様、どうもありがとうございました。 ようやく古い職場での後片付けを済ませ、新しい職場への荷物の移動も一通り終え、ほっとひと息ついているところです。仕事の環境が変わることには、幾分の不安が伴うものではありますが、通勤時間が今までの半分になることを、私は単純に喜んだりしています。 出会いと別れは春だけのものではないけれど、春にこそ似つかわしく、そういう春の感傷をたくさん繰り返している分だけ、その美しさがいっそう思われてくるものなのかもしれないと、自分が年齢を重ねてやっと分かるようになった気がしています。長生きすることは、季節の移ろいに意味を加えていくことなのかもしれないなどと、勝手に思ってみたりできるのも、春のおかげというよりほかありません。
2004.04.02
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皆様、ご無沙汰していました。今後もよろしくお願いいたします。 年が改まったのを機に、突然ですがニックネームを改名することにしました。といっても、使っていた漢字が、特殊な漢字だったので、だれもが普通に使える字に改めただけです。「時太」となります。読み方は変わりません。 そもそも、初めに登録したとき、自分では時太と登録したつもりだったのです。それなのに、いつのまにか私の日本語フロントエンドプロセッサ(FEP)が勝手に畤太と変換してくれており、私の古くて安いディスプレイでは、よ~く見ないと違いが分からず、そのまま登録を完了したのが由来です。んー、由来といえるのかな?(笑) しばらくして、他の方から上手い変換の仕方はないかという主旨で指摘していただき、初めて自分自身が気付くという間抜けぶりであったわけです。生来のものぐさにより、ずっと今日まで放置されてきたまででした。特に深い意味はありません。 まぁ、テキトーに付けたニックネームなので、どっちでも大差ないと言えば、まさにその通りです。それならそれで、変えても変えなくてもいいじゃないか、と突っ込まれたなら、私にはもはや返す言葉もありゃしません。参りましてござりまする~、てなもんでありんす。 新年早々、くだらない書き込みでも、しただけマシかな?(笑)
2004.01.09
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「癒し」について興味深いことを耳にした。 私の部屋では、午前5時40分頃、目覚まし代わりのラジオにスイッチが入る。鳴り出すのはNHKラジオ第1放送だ。その時間、たいてい健康に関しての特集が放送されている。テーマと出演する講師は一週間ごとに変わる。 数週間前のこと、高田よしかず(だったか?)先生という方が招かれ、月曜から金曜の5回に分けて「癒し」について講じてくださっていた。寝床で、私は元気づけられる言葉をたくさん拝聴した。その中の話から派生して、私なりに思うことができたので書いておくことにした。かなり受け売り、ちょっとだけオリジナルな話って案配だが、お読みになる方には寛容をもってご勘弁いただきたいと思う。 私が興味を持ったのは、だれでも自分が若い頃に慣れ親しんだものによって後々癒されることになる、というような内容だったと思う。違っていても、私はそういう風に解した。 たとえば同じ作家の同じ小説が、幾たびも映画化されることがよくある。『伊豆の踊子』とか『潮騒』とかのたぐいだ。同じストーリーでありながら、時代時代で配役が違う。その当時の人気スターをヒロインに据えて、当然ながら集客を意図した作品にできあがっているのが常だ。撮影技術や規模も、時代が後になればなるほど新しく高度なものになってくる。 ところが、リメイク版も含めてどの作品が一番よいかと尋ねられると、ほとんどの人が自分の青春時代に見た作品だと答えるのだという。確かにありそうな話で、私自身にも当てはまるような気がした。 その理由はこうだ。脳細胞にものごとが記憶される時の現象として、単にその記憶する対象物ばかりが記憶されるのではなく、それを取り巻く周囲のあらゆる物が一緒に記憶されていたりする。まわりの空気やそれに至るプロセスやそのころの自分のテンションなど、無意識に一緒に記憶されている。例えば青春時代に親しんだ映画には、若々しく元気だった自分の面影を含む、当時の空気感がそのまま一緒に記憶されている。だからその映画を思い出すと、失いかけていた溌剌とした若さまで、一緒に呼び出されて自分の中に再現されることになる、それが癒しになるからだ、といったような話だった。寝ぼけ混じりの一度聴きなので、ちょっと私なりの勝手な聴き方が加わっているかもしれないが、私にはそんな話に聞こえた。 ごく個人的なことになるが、私は母校(大学)の校歌や応援歌が大好きで、疲れて仕事から帰る夜道などでも小声で口ずさんだりする。たまにテレビ放送などで後輩たちの歌う姿なんぞを目にすると、胸にこみ上げてくるものを感じて不思議と元気づけられるような気さえする。 なるほど、あれもきっと同じなのだ。そうか、映画だけじゃない。校歌にも当てはまるんだ。青春時代の自分自身が呼び戻されて、癒されるから元気が出るんだ。野球応援、ゼミの研修旅行、サークルの合宿、色々な打ち上げコンパなど、何かあるごとに、あらゆる場所で、校歌や応援歌を仲間たちと大声で歌った青春時代の経験があってこそ、それらが今の私にとって癒しとなり励ましになるって寸法なんだ。 そんな具合に私は勝手に納得してしまったのだった。当時は単に、仲間同士が互いに思いを結束して、励まし合う証のように歌っていただけの気がする。それなのに、今となってはその行為全体が自分への無二の応援歌になってくれているという、人生の回帰的不思議に、ある種の自己陶酔的感慨を覚えた私なのであった。んー、馬鹿だなー。(笑) どうも日記の更新が滞ってしまい、ごめんなさい。皆さんから色々とご心配いただき嬉しいばかりです。忙しいけれど、なんとか元気にやっています。これからの季節に備えてインフルエンザの予防注射も受けました。 今後も時々になるとは思うのですが、更新するつもりはありますので「ごくごくたま~に」でいいので、構ってやってくださいね。これからもよろしく~♪、なのですぅ。 あー、本当に更新、久々だなぁ。ちょっと嬉しい。\(^_^)/
2003.11.15
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今年の私の仕事は、なぜか就職してから一番と言うほど忙しく、やられっぱなしだ。そのせいで4月から今日までの間に、何度も体調を崩している。最近も落ち着いて日記を書くような、精神的ゆとりが持てないのはもとより、疲れにノックアウトされてる日々だったりする。 もちろん仕事は、嫌なことばかりではない。人様の役に立つことができるの自体、疲れるだの忙しいだの抜きにして体質的に好きらしく、そんな意味の仕事については頑張るのが止まらない。その上に、私としてはほとんど意味を感じない無駄な仕事なんかも多量に処理しなければならないのが昨今のご時世で、それが無用に私の時間と労力を奪っていたりする。 なにしろ、これがいけない。私には大した価値を見いだせない仕事ばかりを、天才的に生産する馬鹿管理組織が、私の仕事には関与していて、近頃、目に余る活躍(なのか?)を果たしているのだ。勢いに乗って傲慢に権力を振り回し、私たちみたいな現場の人間の足を引っ張る施策を次々とぶちあげてご満悦なのだ。あーもうごめんなさい、勘弁してくれと思いつつ、私たちはやることをやるよりない。馬鹿みたいな仕事怪獣に大切な時間と労力をムシャムシャ喰われる悲惨は、まともな精神を著しく痛めつけ続け、ストレスのしこりを心の中に固く大きく育てていく。 あー、なんでだ。何でこうなのだ。と怒りつつ、一首。 働けど働けど なおわが暮らし楽にならざり ずっと馬鹿を見る (啄木さん、ごめんなさい) 日記の更新が全然できなくて、本当にごめんなさい。こんなヤツを心配して下さる方がおいでになる幸せを噛みしめて、また元気になって頑張ります。たぶん、今度の連休あたりでは、少しゆとりある時間が作れるかなーと、思っておりますが、どうなのでしょう。 なかなか更新されないページなのに時折訪れて、書き込みまでして下さる有り難い皆様に、深く深く感謝します。励まされています。どうもありがとう。 このごろ夜中に目覚めることが多いのは、ストレスのせいだろうと思うのですが、今日はそれを有効活用して、この日記書いてみた次第。なお、寝ぼけがあるせいか、今日の書き込みには過激な物言いが混入しておりますので、お読みになって不快に思われた方がおいでになるかもしれませんが、この寝ぼけがっ、ばかっ、どあほっ、と思ってお許し下さいませ。何せ、やられてますんで。
2003.10.29
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今朝、気がついた。 勝手口の方にある門のすぐ傍らに、さび付いた小さな缶詰が置いてある。だれかが持ってきて、いたずらか何かの理由で置いたのだろうか。これが爆弾だったらどうしよう。もしも今、爆発したら……。いや、まさか。 くだらないことを考えつつ近づいて、さびに包まれた缶を凝視してみる。あ、これ、人間の食べる缶詰じゃないや。キャットフードだ。あれれ、周囲に蜘蛛の巣が張って水滴がきらめいている。するってえと、昨日今日置かれたモノじゃないみたいだ。さて、どうしたものか。 家の中に入って、母に知っているかと尋ねてみた。 「ああ、あれ。どうしようか、困ってるのよ。」 「え、困ってるって、知ってたの?」 「そう、このあいだ、古いのが出てきたのよ。前に猫飼ってたときの分。中身入ったままじゃ危険物のゴミとしても捨てられないし、なんか、中身捨てて処分するにも、あんなに錆びた缶で中身が猫のエサなんだから、どの缶切り使っていいかって思ったら開けるに開けられなくて。」 処分に困って、母が置いたものだった。 猫っていうのは、昔飼っていたチャコのことだ。アイツがうちにいたのは10年以上も前になる。だれかに捨てられて、うちのベランダに迷い込み、捨てておくのもかわいそうで、なんとなく飼い始めた。 最初は子猫で、ベランダに住まわせてやり、牛乳や残り物なんかを与えたりしていた。その頃は、たとえば、ご飯に鰹節を載せてやるだけでも、うまそうに喰っていた。 そのうちに、だんだん懐いてきて、アイツは家の中に入れてくれとせがむようになった。ベランダの網戸に爪を引っかけてよじ登り、家の中から見えるところまで来ると、窓からこちらを覗き込んでミャーミャーとしきりに鳴き声を上げる。それに負けて、家の中で正式に飼うこととなり、チャコという名前もつけた。 父は近くのホームセンターで、猫用のトイレと消臭効果のある砂、爪研ぎ、固形のキャットフードなんかを買い込んできた。それなりに賢い猫で、すぐにトイレの使い方も爪研ぎの使い方もマスターした。固形のエサは食べにくそうではあったが、顔を横に向けて片方の奥歯で砕いていた。しばらくして、父は缶詰なんかも買い込んできて、たまにご馳走扱いで与えたりもした。トイレの砂を洗浄したりする仕事も、父がせっせとやっていた。 大好物は、焼き魚の食べ残しや骨だった。立派なヒゲに小骨なんかを引っかけながら、さも満足げに舌なめずりをしたりした。やがて、猫マンマなんか目もくれない、ちょっと贅沢な猫になっていった。それでも許されるくらい、うちでは可愛がられはじめていた。季節が寒くなってくると、だれかの寝ている布団に潜り込んで寝る方法も、自分で見つけた。 チャコは一見すると黒虎だったが、腰のあたりに茶色の毛が混じっていた。茶色がチョコッと混じっているから、付けられた名がチャコだった。雑種にすぎない捨て猫だったが、チャコは家中で愛されるようになっていた。 チャコがいなくなったのは、突然だった。ある晩、いつものように夜歩きをしに出かけて、それきり帰って来なかった。数日したら帰ってくることがあるという猫の習性なんぞを耳にして、数日の間、信じて待っていたけれど無駄だった。 チャコがいなくなった数日後、母が隣のおばさんに聞いてきた。何日か前のこと、交通事故で死んだ猫の死骸が、この近くにあったのだという。その猫の身体の模様が、チャコにそっくりだったらしいという。道の端に転がっていたらしいが、哀れに思って、隣のおばさんが手ずから埋めてやったのだという。予感はしていたが、聞いては真に悲しかった。 チャコはもちろん、父も、隣のおばさんも、もう今はいない。 赤さびだらけの缶詰が、タイムマシンみたいに、私を昔に運んだ。
2003.10.12
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ある事情により、今日は「花いちもんめ」をして遊んでしまった。ああ。 普通、大人は「花いちもんめ」では遊ばない。というより、子供でも、最近はあんまりやらないのではないか。まして男で、「花いちもんめ」をやる人など滅多に見ない。 そのような現状認識があるにもかかわらず、「花いちもんめ」を実際にやるとなると、かなりの思い切りが必要だ。そこに人目があるようならなおさらのことだ。あとでどこかで、何をささやかれたりするかしれない。まぁ、ささやくヤツがいたとしても、大人げない点では負けてはいまいが。 そもそも何が悲しくて「花いちもんめ」なのか。しかも日中、「花いちもんめ」をするなんて到底考えられないような一人前の格好をした大の男が、なのである。語るに語れない不幸な事情でもあったのに違いないと、心ある読者ならばだれしも、思い察して同情の涙を禁じ得ないであろう。 にもかかわらず、私は今日、「花いちもんめ」をやって遊んだ。 参加人数は私を入れて15名。おいおい、何でそんなに一緒にやってるヤツがいるんだ。そういう突っ込みもあっていい。普通の疑問だ。別に教えてはあげないけれど。 なぜ、そんなことになったか。訊きたくなる人もいるかもしれない。だが、それも内緒だ。(笑) ともかく、「花いちもんめ」をやった感想を書いておくとしよう。 まず、しばらくやっていると、かなり疲れるということがわかった。相当な運動量になる。毎日一定量をこなせば、体力増強、ダイエット効果抜群ってくらいくたびれてくる。集団競技なので(え?)、自分勝手に休むわけにもいかない。仲間を作って毎日やれば、新しい健康増進サークルとしてNPO法人に発展する可能性もある(かなぁ?)。 「畤太が欲しい♪」と言われ、ジャンケンして負けたあと、「勝って嬉しい 花いちもんめ♪」とやるときは、微妙なモノがあるなぁ、とも思った。この遊びの真骨頂だ。 自分が負けて、そのせいで勝った組に自分だけ移動してしまっているからだ。嬉しいような、嬉しくないような、何だか悪いことをしてしまったあとみたいだ。 罪悪感を抱きながらも、行ったり来たりのバタバタした往復運動とともに、何だか勢いに流され次のことに突き進んでいかなければならないむやみな感じが、日常に似ているなと思った。 「相談しよう そうしよう♪」において、すぐに気分を切り換えて、次に指名する相手をだれにしようかなんぞ考えたりする自分も、なかなかかわいい。(笑) なるほど、昔からの遊びには学ぶところも多い。
2003.10.09
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そう、ついに、その時がやってきた。憧れのマスカットオブアレキサンドリア。 箱には、ラップが掛けられている。1キログラムという箱の重さに、既に並々ならぬ期待感がみなぎってくる。ゆっくりとラップをめくりはじめる。 すると、箱の外側に小さく、美味しい食べ方なんぞの表示があるのに気付く。ラップをめくる手をしばし休めて、小さな活字に目を通す。 ん、そうか、水で軽く洗って、皮がついたまま丸ごと口に含めばいいのか。あ、周りに付着している白い粉は、染みだしたミネラルだから安心して……か、なるほど、とにかく皮ごと味わった方がいいってことなんだな。頭の中で軽くシミュレーションしてみる。ついでに母にも、分かったばかりのその作法について、さも有り難いことのように教えてやる。 そしてまた手をゆっくり動かして、やっと全体を包んでいたラップを取り除く。箱の上面にはまだ一枚のフィルムが蓋として貼り付けてあるものの、この時にはもうほのかに漂うマスカットの爽やかな香り。 箱の大きさが絶妙なのか、葡萄の2房がきっちりと見事に収まり、美しい黄緑色に輝いている。ここまで来たら、もう止められない。 一房をゆっくりと目の高さまで持ち上げて眺めてから、ザルに入れて、注意書きの通りに軽く水洗いし、皿に載っけた。 居間に運んで腰を落ち着かせると、おもむろに一粒、葡萄を手に取る。新鮮な弾力が指先に心地よい。そのまま口の中へと放り込む。おそるおそる歯でかみしめると、薄い皮がすっと破れる。 おお、そのふくいくたる香りのなんたる爽やかさ。酸味や渋みなど全くない甘さが広がる。がりっと固い物が歯に当たってはじめて、そうだ、葡萄には種というものがあったのだ、なんて思い出した。噛みつぶした種を舌でより分けながら、その果肉の繊細な舌触りにも満足する。 一つ、口に入れては、種を出す。また一つ。そしてまた一つ。んー、満足。 これぞマスカットオブアレキサンドリア。 私にこれを供給してくださった農家の皆さん、流通業界の皆さん、本当にどうもありがとう。この場を借りて、謹んでお礼を申し上げます。(笑) 明日のために、もう一房のマスカットオブアレキサンドリアが、残ってるんだなぁ。 ああっ、幸せ~♪\(^_^)/ ……という感じでした。これにて体験レポート完了! 掲示板でのkapparuさんのご期待に応えるべく。(笑)
2003.10.06
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今朝、出かける前、用事があって家の玄関を出て裏に回った。 北側のブロック塀と家との間には、ごく狭い通路があるが、そこには上水道や下水道の関係でいくつかマンホール蓋のようなものがあって、足下には気をつけて歩かないと躓いてしまう。当然、そこを通るときの私は、自然にうつむくような姿勢で歩くことになる。 そればかりではない。狭いくせにその通路には、八つ手や南天の庭木が植えてある。忙しさにかまけて、剪定など一切していないため、どちらも繁り放題になっていて、通るときにはそれらの枝をくぐり抜けるような格好になるよりない。 私がおとなしく、最後まで小さくなって通っていさえすれば、いつものように何も事件は起こらなかったに違いない。ところが、やってしまった。やってしまってから、やらなければよかったと思うのも珍しいことではないが、今日のはひどかった。 通りがかるときに、南天の枝が束になって、私の上にのしかかるように被さってきていた。いつもより垂れ下がり方が大きくなっていたので、私が南天の枝全体を片手で持ち上げるようにして通り過ぎようとした、その時である。南天の逆襲に遭った。バサッっと、繁った南天の枝が束になって私の頭めがけて落ちてきた。 私は反射的に首をすくめるようにしながら、南天の攻撃をよけた。ガッっという音がして、私のメガネに衝撃が来た。塀側にあった、とんがった出っ張りにぶつかったのだ。 私のメガネのレンズはプラスチック製だったので割れはしなかったが、左のレンズに長さ1センチメートル以上の傷が、くっきりと彫り込まれていた。メガネフレームは少し曲がった程度で済んだが、レンズの傷は致命的とも言えるほど深い。 表面コーティングがいくらか落ちて、幾筋もの傷のように光を反射するようになっていたので、この事件がなくても交換が必要かと思っていたところではあった。それを今日、決定的にした張本人は私だ。レンズ交換のために多少の出費がかかるのは、もはや仕方がない。それ自体に言うべき文句なんかあり得ない。 ただ一つ、この事件で特筆すべきは、メガネの忠義心に尽きる。もしもメガネを掛けていない状態で、同じ事が起こっていたら、私は間違いなく大ケガをしているところだった。レンズにひっかき傷を刻んだ先端が、私の目に刺さっていたらそれこそ大変なことだったはずだ。偶然とはいえ、それをしっかり受け止め、自ら犠牲となって私を守ってくれたメガネの忠義心に、深く深く感謝を覚えた。 モノに忠義心なんかあるのか、モノに感謝なんかするのか、と突っ込まれそうだが、神様とかご先祖様とかのおかげと感じるより、「メガネよ、ありがとう」って気持ちの方が素直に出る。原始的な宗教の発生は、もしかするとこんな出来事によるものなのかもしれない。ああ、本当にありがとう、私のメガネ。 別なメガネを掛けて出かけ、人と会ってきた。 風邪がまだくすぶっていて声がかすれてはいるが、まぁ、目的は達してきた。 帰りがけ、思い切った買い物をした。憧れの「マスカットオブアレキサンドリア」だ。1キログラムで980円也。この価格は、それほど高くないではないか。 一箱だけがその値段で、他の箱には2380円の値札が付いていた。高いのは新しく入荷した分だ。そして新しいヤツの等級は「L秀」だった。 安い方は、実は前から置いてあった分であるのを私は知っていた。そんなに値段が違うほど中身が古いのかなと疑いつつ、箱を手にとって観察。すると、茎も緑色で、案外新しい状態が保たれており、実の傷みも見られない。等級だって「LL秀」だ。 これを逃せば、いつ食べることができるのであろう。などと、大げさなことを考えたりしながら、今日は箱を陳列棚に戻すことなく、迷わず買い物かごへ入れた。 おお、何と勇ましい姿であろう。憧れの「マスカットオブアレキサンドリア」が入った買い物かご片手に、颯爽とレジへと向かう男の姿に、ほれぼれしない者など、もはやだれもいないという無敵ぶりであった。 わー、きゃー、素敵~っ!(^_^;)あ゛
2003.10.05
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風邪を引いてしまった。昨日から風邪気味かなという状態になってはいたのだが、特に昨夜から、鼻が詰まり、喉が痛い。夜中にそんなで、苦しくて目が覚めてしまったほどだった。 昨日は漢方薬を飲んだだけだったのだが、今日はそれでは心許ないくらいの状態だったので、新薬を飲んでみることにした。朝と昼、それぞれ食後に飲んだ。 その結果、午後2時以降、アレが来た。薬酔いだ。「飲んだあとに車を運転するのは避けて下さい」という注意書きのある薬を飲むと、決まってこのような状態になる。らりってる、に近い変な状態に陥る。これが私のお約束のアレなのだ。 私は新薬にめっぽう弱い体質らしい。ちゃんと用量は守っている。それでもこれなのだ。風邪で変なのか、薬で変なのか、何だかよくわからない状態で、油断をすれば足下さえふらつく。鼻や喉の痛みはいくらか緩和されているようにも感じるが、頭がぼうっとして何とも微妙である。用量以上に飲んだら、かなりヤバイという予感がある。 そのような経験の積み重ねから、臆病な私はたいがい、説明書に書かれた用量より少ない量を服用するのである。普段の私が漢方薬を主に使う理由もここにある。 もちろん、午後2時といえば、まだ仕事中の時間まっただ中だった。 すっかりらりっている気分の私は、普段は言わないような、ショーもない冗談やきざなセリフなんかを口にして、たびたび他人の失笑を買ったりしたのだが、なぜかそれが妙な快感に感じられたりもしたのであった。酒に酔って乱れることなんか全くないのに、新薬にだけは簡単に酔っぱらいになる私なのであった。
2003.10.03
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私は、スーミの言ったことが何を意味するものなのか、すぐには理解できなかった。黙って首を傾げながらスーミを見る私の表情に、戸惑いがあるのを察したからだろう。スーミは同じ言葉を繰り返した。 「日本ニ来テ、アナタミタイナ人ニ、初メテ、会イマシタ。」 もちろん、初めからスーミの言葉を聞き取れなかったわけではない。こうして繰り返してもらったところで、私にはまだスーミの言っている意味が全然飲み込めない。そのくせ、スーミの美しい声が、やわらかく私の心にしみ通ってくる。なんだか切ない気がした。 「僕みたいな人?」 「ソウ。」 「僕みたいな人って、どういうこと?」 「イイ人。」 「いい人?」 私はスーミの答が思いがけず簡単だったので、思わず失笑してしまった。スーミは穏やかな表情で、私が笑ったのを見ていた。 別れに際して言うリップサービスの一つにすぎないのかもしれない。すぐに私はそう思った。そのくせ、心は素直に、弾むように明るんでくる。 「それじゃあ、スーミが日本に来てから、これまで『いい人』は一人もいなかったの?」 私は冗談のつもりで、微笑みながら言った。 「ソウ。ホント。変ナ人バカリ。モウ全員、ソウ。」 スーミは呆れたような表情を見せた。きっぱりと断言するスーミの答に驚いて、私は尋ねた。 「変な人? 全員?」 「ソウ。日本人ノ男ノ人ハ、ミンナ変ナ人バカリ。」 「えっ? これまで、スーミは『いい人』に一人も出会わなかったの?」 スーミは力強く二度頷いた。冗談やお世辞ではなく、スーミは本気でそれを言っていたのだ。 「ソウ。マトモナ人ハ、アナタガ初メテ。」 「本当に?」 「ホントウニ。」 スーミが私に対して、好感を抱いてくれているのだけは、確かなことらしい。少なくとも日本で出会っただれよりも、スーミは私のことを気に入ってくれている。そう思えた。 「まともではない人って、変な人って、どんな風に変だったの?」 「初メハ普通ニ話スダケ。デモ、スグニ、キスヲ、シヨウトスル。」 「キス?」 「ソウ。キス。」 「すぐにキスしようとしてくるの?」 「ソウ。キスシヨウトシテクル。」 「全員?」 「ソウ。ゼンイン。」 「何人も?」 「ソウ。ナンニンモ。ミンナ、スグ、キスシテクル。」 「信じられない。」 「デモ、ホント。」 スーミは笑った。私もつられて一度は笑ったが、ちょっと考え込んでしまった。 出会った相手が悪かった。そういう不運な偶然が重なった、それだけのことなのだろうか。 いや、おそらく、それは違うのだろう。初めから下心を持っているような、そういう輩が次々とスーミに近づいてきたのに違いない。そうでなければ、揃いも揃って、かくも無節操な日本人としてスーミが一緒くたにする道理もあるまい。巧言令色、少なし仁。スーミは、いわば狙われたのだ。 確かに、下心を持って近づきたくなるだけの容姿を、スーミはもっている。しかも一人で北海道を旅行して歩く、この東洋系アメリカ人女性は、邪魔になる日常が近くに存在しないせいもあってか、ひどく無防備なものにさえ見える。 そういうところを見定め、実際に行動に移せるなんて、少なくとも日本においては限られた部類の男にすぎない。軽薄で鼻持ちならない男たちばかりが、スーミに気安く近づこうとうろつく、世にもみっともない現実を想像して、私はたまらない気持ちになった。 スーミは男たちがキスをしようと迫ってきたことだけを口にしてはいたけれど、それ以上に嫌なことがあったとしても不思議ではない。 それにしても、そんな無節操なヤツばかり、いつでもスーミにまとわりついて来たのだとすれば、これまでスーミはどんな思いを味わってきたことになるのだろう。何度も信用を裏切られて、日本人に失望を感じてきたのではなかっただろうか。これからだって、スーミの身辺には同じ傾向が続くことになるのではあるまいか。 挨拶にキスをする習慣があることと、知り合って間もない相手から脈絡もなくキスを求められることとは、全く別だ。そんなことも分からない無神経な日本人が、それほどまでに多いものかと、腹が立った。長く日本に憧れてきて、大学で専攻までして学び、念願かなって単身渡ってきたスーミに対して、これはあんまりの仕打ちではないか。 「ダカラ、アナタニ会エテ、嬉シカッタ。ホントウニ。」 ちょっと難しい顔になっていた私を、スーミはまっすぐに見つめて、明るい声で言った。 私はすぐには言葉が見つからずに、うん、とだけ答えた。 なぜか突然、フィアンセがいると言ったスーミの言葉が、もしかしたら嘘だったのではないかと思われた。それはもちろん、私自身の抱いた願望にすぎなかったのかもしれない。 ただ、スーミと過ごしてきた数時間が、アメリカのどこかにいるはずのフィアンセという存在を、スーミから限りなく遠いものにしてしまっていた。フィアンセについて語ったときのスーミの表情や、スーミを長期間日本に送り出す気になったフィアンセの心情が、不可解なものとして私の心に引っかかってもいた。 日本に来てから出会った変な男たちに辟易していたスーミが、むやみに口説かれたりしないで済むように、予防線として考えついたささやかな嘘だったとすればどうなのだろう。そういえば、スーミの話には、私が求めなかったせいでもあろうが、フィアンセという人の具体的な姿は、ほんの少しすら見えて来てはいなかった。 「会えて、よかったよね。本当に。うん、よかった。」 私は思いを吹っ切るように、明るくスーミに話しかけた。切ない思いが胸に溢れて、声が震えた。 スーミにフィアンセがあろうとなかろうと、いよいよ私たちは互いに別れを告げる、その時を迎えようとしていた。どうせだったら、これまで経験したことがないくらい、爽やかで美しい別れがしたいと思った。《つづく》 最後まで一気に書きたい気もしたけれど、気力が続かなかった。 昔のことを思い出しながら、できるだけちゃんと伝わるように、言葉で表現するのは難しいなぁ。同じ内容を書くにしても、書き方で変わるもの、ずいぶん。 うまく行かないところもあるけど、時には、まぁいいかって、やっつけるしかない。 もう一回か、うーん、二回くらいかな? って、他人事みたいだ~。 と、いうわけで、まだ最終回にはならなかったのでした。(^_^)
2003.10.01
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フェリーターミナルには、土産物を売る小さな売店が並んでいた。 一番手前の売店の側に、手頃な場所を見つけて自転車を置いた。前のカゴからスーミのリュックを持ち上げると私は自分で背負った。 スーミの乗るフェリーの出航まで、まだ小一時間あった。もちろん、そのフェリーはまだ港に着いていなかった。そのことをスーミに告げると、スーミは安心した顔で頷きながら微笑んだ。 スーミと一緒に売店を一つずつ巡った。どの店にも、よくある土産物以外には海産物の加工品が多く並べられていた。スーミはその瓶やら包みやらを時々手に取ると、「コレハナンデスカ。」と英語なまりの日本語で店の人に尋ねた。 スーミが話しかけた時、対応してくれる店員は決まって、ちょっと意外な表情で私の顔をチラと見た。瞳も髪も黒いし、アメリカ人女性にしては小柄なので、スーミは一見日本人女性のように見える。だから、話し出す日本語のたどたどしさを聞いて初めて、だれもが外人だと気付くことになる。それと同時に、一緒にいる私がどのような関係の者であるのか、好奇心が動き出すのだろうと思われた。 スーミと私は、彼らの目にどう映っていたのだろうか。おそらく、いくらかの謎を含むものであったに違いなく、私にはそういう視線もなぜか愉快なものに思われた。 スーミは、赤いフレームのメガネを掛けてはいるが、その顔立ちは美しい。だれが見たって、そのことはすぐに見て取れる。だから、スーミと一緒にいる私を、恋人や夫なのかといぶかってみたくなるのも無理からぬことだった。 はたして、ほんの数時間前に知り合ったばかりの、行きずりの旅行者同士にすぎない二人の関係を、正しく読み取った者があっただろうか。すぐそこに別れを控えて、二人が持て余し始めていた、微妙な寂しさの存在に、気付いた者があっただろうか。 スーミは何軒かの店に入ってみた後、残りの店は表から眺めながら、ゆっくりと最後の店の前まで歩いた。 「モー、イイデス。」 スーミは結局、何も買わなかった。本当にいいのかと念を押したが、スーミは明るい声でいいのだと言った。 スーミの乗船手続きが済んで、まだかなり時間があったので、ターミナルの建物にある待合い所で、しばらく待つことにした。 自動販売機でそれぞれに缶飲料を買うと、スーミと私は一つのテーブルに向かい合って着席した。私は背負っていたリュックを下ろして、スーミの隣の椅子に置いた。 スーミは私の買ったスポーツ飲料について、その命名がよくないと言って気持ち悪そうにしかめ面をして見せた。そのことについては以前に知人から聞いたことがあったので、私はなるほどと思った。 それがよほど悪いイメージの言葉なのだと改めて実感もしたのだったが、スーミのしかめ面を見たのは初めてだったので、なんだか私は得したような気がして思わず笑った。 「そんなに嫌なもの?」 私は、スーミのしかめ面がもっと見たくて、わざと尋ねてみた。 「ソウ。ヒドイ。アセ? オー。ノー。」 スーミはさっきよりも大げさにしかめ面をして見せて、最後に「ゥエッ」とまで付け加えたので、私の笑いは止まらなくなった。スーミも笑った。互いを見ながら、くすくすとひとしきり笑い合った。 「アドレス、書イテクダサイ。」 スーミはリュックから小さなノートを取り出して白紙のページを開くと、青インクのボールペンを載せて私の前に差し出した。私は丁寧に自分の氏名と住所・電話番号を書くと、全部に読みがなをつけた。 私もスーミのアドレスを書いて欲しいけれど、書いて貰うものがないと言うと、スーミはノートの一枚を破って、別なメモを見ながらそれに書き写した。スーミは自分の名前を「スミ・ディック」とカタカナで書き、札幌にある英会話学校の住所と電話番号を記した。スーミの日本での滞在場所が、英会話学校の寮なのだということは前にも聞いて知っていた。スーミはその紙片を私に手渡すと同時に、もう一度ノートもこちらに寄越して言った。 「タンカ、書イテクダサイ。」 突然だったので、私はそこで短歌を作れと言われたのかとちょっと驚いたが、その表情を見てのことかスーミは続けた。 「シロトリハァ?」 「ああ、さっきの短歌。シラトリハ、だね。」 「ソウ。シラトリハ。」 「うん。」 《白鳥は 哀しからずや 空の青 うみのあをにも 染まずただよふ。若山牧水》 私は丁寧に書いて、今度はカタカナで読みがなをつけた。そうして、スーミの前に見やすいようにノートを置き直すと、今書いた短歌の部分部分を人差し指で示しながら、無茶苦茶な英語を駆使して、何だか訳の分からない英訳を試みてやった。やってみる前から、自分の英語が無茶苦茶になるだろうとは思っていた。 「ア ホワイト バード! イズント ヒー サッド。イエス、ヒー マスト ビー ベリー サッド。ビコーズ、ヒー イズ トゥー ホワイト アンド トゥー ロンリー ウィズアウト ビーイング カラード バイ ザ ブルー スカイ アンド ザ ブルー シー。」 短歌なんてもの、少しくらい意味が分からなくても、そこが却っていいくらいのものだ。そんな好い加減な理屈に高をくくった私の、救いようのない暴挙だったとも言える。第一、日頃の私なら、ネイティブスピーカーの前で英語を口にするなんてこと自体、まずありはしなかった。スーミに、それだけ心を許すようになっていたからこそできたことだったにちがいない。スーミの視線は優しかった。 何が分かっているんだか分かっていないんだか、スーミは最後までおとなしく、英語に自信のない私の苦し紛れの英訳を聞いていた。そうして聞き終わると、私の顔を見つめた。 「ハイ、ドウモアリガトウ。」 「うん。」 私は、英語みたいなものをしゃべり終わって、さすがにちょっと照れくさかった。けれど、後悔はしなかった。いつかスーミがこの短歌をノートに見いだしたとき、利尻島の美しい景色と併せて、きっと私のことを思い出してくれるにちがいないと信じることができたからだ。私の心にスーミが残っていくのと同じように、美しいスーミの心のどこかに、私が永く残っていくようなことがあるなら、それは紛れもなく美しい奇跡だ。 私とスーミは少しの間、黙って周囲の様子に視線を向けたり、飲み物を口にしたりして過ごした。私はスーミと出会えた不思議について、二人の場面を順にたどりながら、思っていた。 私が時々スーミの顔を見ると、その度に二人の視線は重なった。重なっても、長く見つめ合うわけではなく、はにかむように互いが視線を自然に逸らした。 やがて、ターミナルに放送が流れた。フェリーがまもなく着岸するらしい。 スーミが私に向かって、唐突に言った。 「日本ニ来テ、初メテ、アナタミタイナ人ニ、会イマシタ。」《つづく》 今日は仕事が休みだったので、かなり書けた。来週は土・日も出勤なので、たぶんつづきはそれより後になっちゃうかもしれない。 そろそろ最終回、になるかな? 実際に書いてみないと分からない。あ、内容はどんなものか、ちゃんと用意はしている。ただ書ききれるかどうか、それによる。場合によったら細切れになっちゃうかもしれない。 でも、最終回スペシャルは、連続ドラマだって通常より長かったりする。だから、できればまとめた方がいいような気もしている。でも、できなかったら、ごめんなさい。(^_^;) 物語の終わりを惜しんでくれる皆さんがいるなんて、本当に光栄です。それをちゃんと伝えてくれる皆さんが大好きです。本当にどうもありがとう。励みになります。 完結させたら、「古びた小箱」の方に、まとめて置くところを作ります。本来の「そば・ぅ・どぅん」の趣旨とはかなり違う内容なのでね。 風邪は治りました。もう頭痛はありません。少しだけ、鼻が出るくらい。ご心配頂いた皆さん、どうもありがとうございました。 「暑さ寒さも彼岸まで」って言葉、毎年つくづくと感心させられます。んー、本当にそうだ。すごい。
2003.09.23
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ペシ岬の頂上部にも、潮風が絶えず吹いていた。 頂上で動き回れる部分は、ほんの五メートル四方ほどの小さなものだった。昔そこに何かが建造されていた跡らしいコンクリート基礎の残骸が、その場所のたどった歴史の一端を物語っていた。 中央部に少し高めのコンクリート台があって、テーブルのように上が平らになっていた。随分と昔、この場所を小さな灯台としてでも使っていたのだろうか。 スーミと私は、手頃な所を見つけると、風の吹いてくる港の方に背を向けて、腰を下ろして並んだ。二人の目の前に広がる海と空が美しかった。 二人はしばらくの間、何も言葉を交わさないまま、自然の作り出す静かな音に融けていた。視界に広がる青さの中に、カモメが時折変化のある動きを描いた。白さが際立って、これもまた美しかった。 私はスーミと並んでいることに、なぜか安らいだまま、しばらくその沈黙を破ろうとはしなかった。そして、大きな景色を体中で感じながら、その中の小さな一点にスーミと私だけがいる、たとえがたい高密度の空間が在ることに満足していた。 スーミと出会ってからのことが、すべて不思議な出来事のように感じられた。まだ数時間しか一緒にいない二人が、こんなにまで沈黙を自然に共有できるものなのだろうか。これはだれかの仕掛けた魔法なのではないかとさえ、私には思われた。 白いフェリーが遠くから近づいてきて、しばらく鴛泊港に停泊すると、やがて海の向こうへとまた遠のいて行った。スーミが乗るはずの便より、一つ前の便だった。小さくなっていくフェリーを眺めながら、意外と速いなと思った。スーミがこの島を離れるとき、船着き場まで見送りに行ってやろうと考えた。 スーミは思い出したように、リュックの中から何かを取りだした。風に持って行かれないように気を使いながら、くるまれていた包みをスーミが開くと、中から食べ残りのクッキー数枚が出てきた。黙って差し出してくれるスーミの顔を見て頷いてから、私はクッキーを一枚手に取った。 「ありがとう。」 スーミも頷いて一枚つまむと、また海の遠くへ視線を向け直してから、クッキーの端をサクッと噛んだ。スーミの横顔が、心なしか寂しそうに見えた。この時初めて、私はスーミが何を考えているのか知りたいと思った。別れの時間が迫っていることを、私がはっきりと意識しだしたのも確かこのぐらいの時だった。 「オミヤゲヲ、チョットミタイ。」 「うん、フェリーのターミナルの所に、お土産屋さん、並んでいたね。」 私たちはペシ岬を後にした。スーミの乗るフェリーの時間までには、まだかなりのゆとりがあった。自転車は私が引いて、二人でゆっくりとフェリーターミナルまで歩いたが、大した時間はかからなかった。《つづく》 少し風邪を引いたのか、今日は頭痛に悩まされた。薬はなるべく飲みたくないので、休日でゆっくりできるのをいいことに、ごろごろしたり、昼寝したりして過ごした。でも、まだ頭痛はある。 今日やったことはと言えば、この文章を作ったことくらいかな。あ、午前中に財テク関係の営業から電話が来て、お金儲けに全く興味のない私を捕まえて、「ああ言えばこう言うこう言えばああ言う」で、しつこく粘って辟易した。家に火でもつけられたら恐いので、穏便に引き下がってくれるよう話していたが、どうにもこうにも終わらない。頭痛だっていうのに、かなり長く辛抱したと、我ながら感心する。 きっと、どんな相手でも自分から引き下がったら、給料を引かれたりするんじゃないかな、とか考えて、最後は仕方なく、「私としてはもう十分つき合って差し上げたつもりですから、悪く思わないでくださいね。」と言って、相手が話しているのも構わず受話器を置いた。うるさいなぁ、もう。
2003.09.20
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ペシ岬は、フェリーのターミナルになっている鴛泊港から、歩いても数分ほどの所に登り口がある、海に大きく迫り出した小高い丘だ。 登り口のすぐ脇には古い民家があり、その前の細い坂道を歩いて登っていく。 スーミと私は、その登り口の脇に自転車を停めると、細い道をゆっくりと登っていった。 道は尾根をたどることになるので、左右の視界は大きく開けている。もちろん、右手には鴛泊港が見える。鴛泊港の方から、今までそれほど感じなかった海風が意外に強く吹き付けてきた。スーミは、歩きながら帽子を押さえていたが、まもなく脱いで、それを軽くたたむとリュックの中に仕舞った。後ろで束ねているスーミの黒い髪が、太陽の光を照り返して風になびいた。 空は薄く曇っている感じではあったが、それでも青くて、海もその色を含んで美しく輝いていた。天気はそれなりに気持ちよく良好なのだが、依然として利尻山の山頂は見えていなかった。 半分くらい登ったところに、平らにならされた小さなスペースがあった。そこから、ペシ岬の最上部分を支持している断崖絶壁の左側面が見えていた。そこは海鳥たちの営巣地であるらしく、たくさんの鳥たちが海と空の間を行き来していた。私は近くにスーミを呼び寄せると、海の上を自在に跳ぶ白い鳥たちの方を示した。 「カモメかな? seagull?」 「seagull。ハイ。気持チヨサソウ。」 「うん、気持ちよさそうだね。」 海は青く少し緑色がかって見えていた。はっきりした雲はなく、空の水色が遠く海に接するあたりへと白っぽいグラデーションを作っていた。 強い風に煽られるせいなのだろう。時折、鳥たちは翼を大きく広げて、ほとんど羽ばたくこともなく、空中のある一点にとどまるような飛び方をする。その時、私たちのいる場所が風上になるので、自然とどの鳥も私たちのいる側に頭を向ける。ほとんど羽ばたかないまま、ふうっと上下したり、向こうへ遠のいたり、こちらへ近づいたり。 「気持ちよさそうだね。」 「ソウ、ホントニ。」 「そうだ。ねぇ、スーミ。」 スーミの方に向き直ると、私は言った。 「スーミは日本に短歌っていうものがあるの知ってる?」 「タンカ?」 「うん、短歌。日本の一種の詩の形式、ポエムのスタイルだよ。スーミ、さっき、万葉集を知ってるって言ってたよね。あの中に短い詩があったでしょう。スーミは英語で読んだのだろうけど。」 「ハイ。ワカ。」 「そうそう、和歌。あれのもっと新しい時代のヤツのことを短歌っていう。五七五七七ってリズムを作る。」 「アア、タンカ。ハイ。」 「若山牧水って人の名前、聞いたことある?」 「アー、イイエ、知ラナイ。」 「日本では有名な歌人。歌人っていうのは、短歌を作る詩人のことね。」 「カジン。」 「その人が作ったのに、こんな歌がある。聞いたことあるかな? あのね、こういうの。」 スーミは私が短歌という詩を紹介しようとしているのを理解したらしく、私の顔をじっと覗き込んだ。 「白鳥(しらとり)は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」 私は、ゆっくりともう一度、繰り返した。 「日本人ならだれでも知ってる有名な歌だよ。意味はねぇ。」 スーミは一層興味深そうに、メガネの奥の黒い瞳で私を見つめた。 「『白鳥は 哀しからずや』 白鳥よ、お前は……。あっと、、しら鳥っていうのは白い鳥のことね、あのカモメみたいな。白鳥よっていうのは呼びかけだね。」 スーミは頷く。 「しら鳥よ、お前は哀しくないのか。いやどうして哀しくないことがあろうか。これが『かなしからずや』っていうところの意味。うんと、絶対に悲しいに決まっている、ってことかな。」 「カナシカラズヤ?」 スーミは、考えながらまた頷く。 「うん。『空の青 海の青にも 染まずただよふ』 空や海の青さにも、少しも染まることなく、ひとり自分の有り様を、白さを守って漂っているからには。……うーん、これでわかるかなぁ。」 スーミは、味わっているみたいに海の方を見て考え込んだ。 「若山牧水って人はね。日本中をひとりで放浪して短歌を作った人でね。あ、放浪って分かるかな?」 「ホーロー?」 「うん、色んな所をひとりで歩き回った。こう、漂うみたいに、ひとりぼっちで。ずっと旅行して回ったんだね、故郷に帰ることなく。うーんと、……ロンリージャーニー、かな。」 自分のした説明が可笑しくて私が笑うと、スーミも笑った。 「ひとりで旅をする自分自身の哀しさをね、白鳥の姿に重ね合わせたんだろうね。」 スーミは納得したような顔をして微笑むと、もう一度、その短歌を聞かせてくれと言った。私はゆっくりと、スーミの顔色を確かめるように一句ごとに間合いを開けながら、スーミに聞かせてやった。 ペシ岬の上の方は、結構険しい岩場になっている。ゴツゴツした岩の間を縫うように、登山道のような細道がてっぺんまでジグザグにつづく。スーミの足下を気遣いながら、二人は最上部までたどり着いた。《つづく》 できるだけ進んでおきたかったので、ちょっと頑張った。なんだか表現に行き詰まっては、合間にランダムでよそのページを回ったりして気晴らしをしつつ。 明日は敬老の日でもあるので、千葉に住む妹の所まで、母を車に乗せて連れて行く。孫に会わせるのが最大の目的だ。その次の日には仕事もあるので、早めに帰って来ようとは考えている。運転疲れしていたら、更新は無理かもしれない。
2003.09.14
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スーミは私の方を見て、首を横に振った。まだ見つめている私に微笑みかけると、スーミは言った。 「ドコデモイイデスネ。決メテイマセン。ドコデモイイ。」 「他に行きたいところはないの?」 「ハイ。モウ、イイ。ココダケ。」 「ほんとうに?」 「ハイ。ホントウニ。ココニダケ、行ッテミルト思イマシタ。」 「あ、そうなんだ。」 私は時計をもう一度見た。スーミの乗るべきフェリーの出航まで、まだ二時間余りあった。 私は、必ずしも利尻島の地理に慣れているわけではない。以前に来たときも人任せで、しかもスーミと同じくらいの時間しか滞在してはいなかったのだから。それ以上のことは、昨夜、稚内まで乗ってきた夜行急行列車の中で、旅行ガイドを読んで知っている程度にすぎない。 「スーミはペシ岬には行った?」 「ペシ岬?」 「うん。フェリーの港から、こっち側ではなくて向こう側、んー、反対の方向に少し行った所にある小さな岬だけど。」 「反対?」 「そう。反対。」 私は腰を下ろしたまま、近くに落ちていた小石を拾って、目の前の地面に利尻島の簡単な地図を描いて、説明を始めた。適当な丸を書く。港と姫沼が分かるようにする。ペシ岬のある場所を出っ張らせる。 「スーミはほら、ここをこう歩いて来て、私と出会ったでしょう? それで今は、ここにいる。」 スーミは賢そうな顔をして地面を見ながら頷く。 「で、ペシ岬はここ。フェリーを下りてからスーミはこっちに来たけど、その前に他の所に行った?」 「イイエ、フェリーヲ降リテカラ、スグ、コッチ。」 スーミも地図で指さしてみせる。スーミの手は小さくて、その動きは繊細だ。 「じゃあ、他にはどこにも行ってないんだね。ペシ岬にも行ってないってことだ。」 「ペシ岬?」 「うん、ペシ岬。そういう名前の丘、海に突き出している丘だよ。ここ。」 「アア、行ッテマセンネ。」 「よし、ここに行こう。フェリーの乗り場にも近いし、時間に合わせて戻りやすいから。」 「ハイ。」 スーミは明るく素直な声で、迷いなく答えた。澄んだ美しい声で、私はなんだか嬉しくなった。 登りの時とは違い、「軽いのなら、なおさら遠慮しなくていい。」と言って、私はスーミのリュックを今度は強引にとりあげた。背負ってみると、スーミが言うほど軽くはなかった。登りの時に私に遠慮して、渡さなかったスーミのけなげな性格を、私は好ましく思った。 置いてきた自転車までの下りをゆっくり歩きながら、景色を眺めることもすっかり忘れて、私とスーミはたくさんのことを語り合った。 私の仕事のこと、家族のこと、スーミの勉強のこと、スーミが将来日本で仕事に就いて暮らしたいこと、他にも色んな話題に、私たちの話は途絶えることを知らなかった。 スーミにフィアンセがいることも、この時に知った。その相手がどんな人なのか、私は訊きたいとは思わなかった。スーミも詳しく話そうとはしなかった。この人と結婚する約束をしている、そういう幸せな人もいるんだなと、私は思うでなく思った。 「その人は、スーミがこうやって三ヶ月も日本に行ったまま帰って来ないってことについて、何も言わなかった?」 「何モイワナカッタッテ?」 スーミは何を訊かれているのか、よく理解できない顔をした。 「スーミが日本に来るのを、駄目だとか、行くなとか。反対しなかった?」 「アォ、ハイ。モチロン。independence ノ問題。」 「インディペンデンス?」 「ソウ、independenceね。関係ない。」 スーミは私の方は見ないで、答えるあいだずっと遠くの方に視線を遣ったままだった。 インディペンデンス、独立。たしか、アメリカにはそういう名前の軍艦があったっけ。 「ふうん。」 こんな美しい女性を異国に三ヶ月間も一人で旅行させるなんて、フィアンセはどうして心配ではないのか、私にはちょっと不思議なことのように思われた。私がスーミのフィアンセだったなら、きっと心配でたまらなくなるだろう。送り出すにしても、何も言わないでなんてありえない。 スーミが、見た目よりも自立心の強い女性であるからなのか、それだけ強い信頼関係がフィアンセとの間に築かれているからなのか。それ以前に、アメリカ的個人主義においては当たり前のあり方なのか。 フィアンセというほどの相手なら、その意見くらいは判断に多少の影響があってもよさそうなのに、スーミは関係ないと言い切った。賛成も反対も関係ない、ということなのだろうか。スーミのフィアンセは、スーミが将来日本で暮らしたいと願っている事実を、きちんと知らされているのだろうか。 スーミがきっぱりと答えながらも、遠い視線で何かを思う風に見えたのには、何かわけがあったのだろうか。私はインディペンデンスという言葉を頭の中で繰り返しながらも、このことには、それ以上触れない方がいいような気がした。 海岸通りまでたどり着くと、私の停めたすぐとなりに三台ほどの自転車が並べられていた。 私がスーミのリュックを前かごに載せて自転車にまたがると、スーミもすぐに荷台にまたがった。 「いい? それじゃ、行くよぉ。」 そこからの道路は来た時とは逆に、ゆるい下り坂が大半だ。今度は右手に青い海を眺めながら、自転車を飛ばした。 時々通過する未舗装の所で、スーミはまた声を出して笑った。私はできるだけ衝撃が少なくなるように努めたつもりだったけれど、やはり限界があって、スーミのお尻に響くのを完全には防ぐことができない。そういう場所を通過するたびに、何度でもスーミが新鮮に反応するので、スーミのお尻には悪いけれど、私は結構楽しかったりした。スーミの両手が私の腰にしっかりと固定されて、完全に一つになって移動していく感じが心地よかった。 自転車のガタガタ音。私とスーミの笑い声。空と海だけがささやき合う美しい静けさの中で、ひときわきらめいているようだった。《つづく》 いざ書くとなると、かなり時間とエネルギーを費やす。書いてみては、しっくり来ない表現に悩む。 日記という形態にせかされてでも書かない限り、先延ばしにしたいような気にもなる。その点で、ここで書き始めたのは、むしろいいことだったかもしれない。書き上げておきたい気持ちはあったのだから。 読んで下さっている方々には、途中で度々中断したりして読みにくいとは思うけど。勘弁してもらうしかない。 あと、もう少し続きます。あんまり盛り上がりのない話ですけど。(^_^;)
2003.09.13
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私の住んでいる所は、東京都の郊外だ。東京23区からは外れるが、それほど奥地というわけではない。 今日も事件はあの道で起こった。先日、野良猫ちゃんとお喋りして歩いた一方通行の道だ。私は例によって色んな夜景色を楽しみながら歩いていた。 今夜は折も折、仲秋の名月、十五夜であったわけで私はあまりにも普通に満月などを眺めていた。月の上がっている方の空には薄雲がかかってベールを垂れていたが、月は丸くちゃんと見えていた。その右上には、このところのまさにトップスター、火星もオレンジ色に輝いていた。かと思うと、西北の方角には雷雲があるらしく、時折立ちこめた雲全体が、稲光の閃光に明るんだ。なかなか面白い空だと、私が一人悦に入っていた、その時だった。 私が歩いていたのは、道路の傍らが小さな畑になっていて、道路との境には10センチくらいの高さ・幅のコンクリート枠がある場所だ。そのコンクリート枠の所から、チィー、チィー、チィーと聞き慣れない動物の声がする。私は、ネズミでもいるのかと思い、立ち止まって身構えた。そして月明かりに目を凝らす。ネズミにしては大きい。まるで猫の大きさだ。でも、明らかにシルエットが猫ではない。 私の目がだんだん暗がりを見ることに慣れてくると、その特徴が見えてきた。顔がキツネみたいにとんがっていて、額から鼻先に掛けて、白っぽい帯のような模様がある。全身は黒に近い色のように見える。身体はイタチほど長くないが、全身毛に覆われている。 アルマジロじゃないなぁ。えっと、これ、なんだっけ? 尻尾は10センチメートルくらいで、そんなに太いわけではなくて、キツネやリスのようなふくらみが見えるのでもなく、かといって細いものでもなかった。スカンクって、尻尾はあんな具合だったっけ? いや、ちがう、と思う。だれかが飼っていたのが逃げ出したのかな? あれ、なんだろ。 その動物は、私が近づいてきたのを察して、のそのそと畑の中の方へと移動する。別に危険を感じて身を潜めるという風でもなく、しきりにチィーチィー、チィーチィーと鳴き続けながら、大根の葉っぱや、ゴーヤをはわせているアーチの下なんかを歩き回る。まるで独り言を呟いているようにも聞こえるし、だれかとお喋りしているようにも聞こえる。アリクイ、じゃないよな。なんだろ。 私は好奇心の赴くまま、足を止めてしばらく観察することにした。すると、畑の奥の方に行っていたその小動物は、また道路際までやってきた。そして、彼(彼女?)にとっては背の高さ程もある道路へのコンクリートフェンスを乗り越えて、私のすぐ近く、1メートルくらいのところまで接近してきたりする。きっとだれかに飼われていたものに違いない。でも、なんだっけ。見たことあるみたいな動物だけど。 一瞬、捕まえてみようかとも思ったけど、噛みついたりするやつだとちょっと恐い。おとなしようには見えるけれど、無茶して噛まれてもつまらない。それに、捕まえてどうすればよい? だいたい、近づけば、最初にそうだったように畑の奥に逃げるだろうし。んー、見たことある動物のような気はするけど、なんだ。 また、少し奥の方に行っちゃって、向こうでチィーチィーって鳴いてる声がしていたとき、私の左側から一匹の猫登場。やっぱり猫は動きがひと味違う。抜かりなくこちらを伺い、忍者みたいにするするっと動いてみたり、抜き足差し足忍び足って感じですまして歩いたりしている。やっぱりチィーチィーなく動物は、野良で生きられるほど俊敏な動きはできそうになく、動きも鈍くてある意味可愛い。ペットだったのが、逃げ出してきたのか、捨てられたのか。不用意に道路に出てきて、自動車にはねられたりしないだろうか。 とにかく私一人で捕獲するには道具もないし。やれやれ。どうしようもないか。ひとしきり悩んでみたが。 向こうの方へ行って、しばらく戻ってこない。猫とけんかしてる様子でもないけど、警戒してのことか、チィーチィー鳴く声を潜めているのか聞こえて来ない。 私はどうするにもあきらめて、家に向かって歩き始めた。それにしても、あれなんだ。
2003.09.11
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私は、以前に友人と来た時がそうだったように、利尻山の頂が姿を見せている奇跡的偶然を祈りながら、向こう岸の上空を仰ぎ見た。どんなに目を凝らして見ても、利尻山はその輪郭をさえ現してはいなかった。 私はスーミを見て、大きくため息をついて見せた。スーミは私に視線を合わせながら、少しがっかりしている私の表情を不思議そうに伺っていた。私はスーミにそのわけを、その場に立ったまま身振り付きで話してやった。スーミも、それを聞くとはじめて、少し残念な顔をした。 私はそこに見えるはずだった山頂の姿を「りりしい」という言葉で伝えたかった。ところが、スーミは「りりしい」という言葉を知らなくて、その意味をどう説明すればよいのか、うまく思いつくことができず難渋した。 きりりと引き締まっていること、だろうか。でも、きりりって何だ。引き締まるって何だ。シャープ、でいいのかな。「えっと……、あっと……。」 私が言葉の意味を説明しようと四苦八苦する間、スーミは何も言わず、好奇心に満ちた表情で私を見つめていた。私は、「まぁ、そんな感じかな。」などと、最後は無理矢理まとめてしまった。分かったのかどうかは怪しいままだったが、スーミは分かったような顔で頷きながら、きれいに微笑んだ。 「りりしい。」と、スーミはそれだけ言って、見えていない利尻山の方を小さく指さして示した。私は、「うん。」と答えた。 「りりしい」と「りしり」、ちょっと紛らわしかったかな。でもまぁいいか。私は考えるのをやめた。 売店近辺は、さっきよりも旅行者が増えていた。一人で旅している人はほとんど無いようだった。きっと私とスーミが、自転車で追い抜かしてきた人たちだったのだろう。向こうはそれと気付くだろうか。できることなら、私たちに話しかけてきたりなど、だれにもして欲しくない気持ちになっていた。私はこの利尻島でスーミを案内する無二の存在になっていたかったのだ。 売店で、飲み物を買った。私とスーミは並んで、姫沼が眺められる場所に腰を下ろした。私は腕時計をウェストポーチから取り出して、時間を確かめながら、スーミに尋ねた。 「スーミ、次に行くつもりだったところはどこ? これからどうしようか。」《つづく》 スキーの新シーズンが始まる。クラブの総会があった。 今シーズンはスキー教程が新しく改訂されるのに伴って、スキーの級別テストなど検定の種目も新しくなる。研修会だとか、行事計画だとか、仲間とたくさんスキーの話をしてきた。 NTTから、先日公衆電話機に吸い込まれてしまっていた「加○雄三」のテレフォンカードが郵送されてきた。私の24度数。(笑)
2003.09.06
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仕事帰りの9時過ぎ、駅から自宅へと向かう道、ゆっくり歩いていると、一人の女子高生が自転車で私を追い越した。普通に、ありふれた出来事にすぎない。 ところが女子高生、そんなに遅い時間なのに酔っぱらって鼻歌交じりに与太っているオヤジみたいに自転車をふらふらゆっくり走らせて、私から30mくらい離れたところまで行くと、道の端によって止まった。んー? 何?と思ったら、少し離れた金網の方に何か声を掛けた。あー、猫かな、と私が思った瞬間、猫がおもむろに道の方へと歩いて出てきた。女子高生から5mくらい離れたところを警戒している様子でゆっくりと歩く。 女子高生は、また何か声を掛けた。猫は立ち止まっている女子高生を尻目に、どんどん向こうへ進む。私が女子高生の後ろまで来たとき、女子高生は自転車を牽いたまま、親しげに何か呼びかけながら数メートルほど猫に向かって突進する。猫は驚いて、素早くまた、草むらの方へと逃げる。 「ごめん、驚いちゃった? 大丈夫だよ。おいで。」 猫は、かなり迷惑そうに女子高生の方を振り返っていた。そこで、私は助け船を出した。 「その猫、知ってる猫?」 女子高生は、「いや、知らないんですけど。可愛いから。」と答えた。猫はその隙に、私の進行方向の方へと、シッポを高く上げながらわれ関せずと歩き出した。女子高生も猫の動きに合わせて歩くので、私と同じ方へと自然に歩くことになり、私たちは成り行きから一緒に歩きながら会話を続けた。 「じゃ、猫にさっき、なんて呼びかけてたの?」 「いえ、何って言うこともなく、普通に。」 「普通って、オイデーとか、コッチコーイ、とか、ノラネコちゃん、とか?」 「ええ、まぁ。あと、勝手に名前をつけることもあります。」 「いつも野良猫見つかると呼びかけてるの?」 「はい、だいたい。」 私がその答を聞いて笑うと、女子高生も笑った。 「あの辺、のら猫には、毎日エサやってる人とかいるよね。知ってる?」 「はい、いるみたいですね。」 「ああいうことはしないの?」 「しませんね。太ったネコだと逃げないでなついてくるんですけど。えさは……。」 「うん、太っている猫にエサ遣ったら健康に悪そうだね。」 「そうですね。」 「遅い時間だけど、そんなゆっくり私につき合って歩いていて大丈夫?」 「はい、大丈夫だと思います。」 「そう。部活動でもしてきてこの時間?」 「いえ、習い事の帰りです。」 「あ、習い事してるの。」 「はい。おうち、こちらの方なんですか?」 「うん、そう。すぐそこの公演通りを入ったところ。あなたも近いの?」 「私はもう少し、向こうに行ったところです。」 歩いていた一方通行の道から、バス通りに出た。すぐ脇の押しボタン信号機のボタンを私は押した。女子高生は、まだ続けた。 「今日は買い物頼まれているから、ここからあっちのコンビニに寄って帰りますけど。」 自宅があるという方向とは逆の方向を指さして言う。 「ああ、そうなんだ。じゃ、気をつけてね。」 「はい、ありがとうございます。」 歩行者用信号が青になったので、二人は歩き出した。 「さようなら。」 「はい、さようなら。」 自転車に乗って、女子高生は私とは反対に向かって走っていった。 女子高生とは、日常的に同じ道を行き来することになるので、またすれ違うこともあるかも知れない。私は、その女子高生のことを「のら猫ちゃん」とあだ名しておくことに決めた。 ※「遠い夏の思い出」は、しばしお休みです。
2003.09.03
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少し行くと通路の脇に湧き水があり、その周りには木の板で簀の子のような枠組みがされていた。そこに柄杓が二つ置かれているのを見つけると、私はそれを二つとも拾い上げて、一つをスーミに差し出した。 「湧き水だから、飲んでも大丈夫そうだよ。」 スーミは微笑みながら、「ワタシハ、イイデス。」と遠慮した。 アメリカでは、自然に流れ出す湧き水をそのまま口にするようなことが、習慣としてあまり無いのだろうと、それ以上の無理強いはしなかった。私はしゃがみ込んで、柄杓の一つを元の場所に戻すと、ちょろちょろと水の湧き出る岩の所に、もう一つの柄杓を差し出した。何度かすすいだ後、私はすれすれ一杯まで柄杓に水を満たして、ゆっくりと自分の口元に近づけた。スーミは身を乗り出すようにして、私の手の動きをつぶさに見つめていた。何度か横目で見た時、スーミは固まったように同じ姿勢で覗き込んでいた。私は何だか可笑しくてたまらなくなったのだったが気付かぬふりで、私はゆっくり柄杓に口を付けると、勢いよく一気に飲み干してしまった。溢れた水が両頬を伝って、びちゃびちゃと流れ落ちた。 「ふぅ。うまぁい。冷たいよ。」と話しかけながら、もう一度スーミに向かって柄杓を示してみた。スーミは、軽くかがめていた身を急に起こして、びっくりしたような顔で首を横に振った。私が声を出して笑うと、スーミは黙ったままはにかむような微笑みを返した。 姫沼を回る細道は、姫沼の水際から離れたりくっついたりしながら、ある時は私とスーミだけを現実から切り離すような静けさをもたらし、やがていつのまにか売店の裏側にまで私とスーミを連れ戻した。《つづく》 読んでくださっている皆さん、ありがとうございます。 「うわっ、今日は短いっ!」って、お思いの方もおいででしょうが、まぁ、こんなもんだと思ってあきらめてくださいやし、だんな。(^_^;) おぉねげーしますだぁ! お代官様ぁ~~!!(こいつ、仕事しすぎたらしい。) でも、今日は仕事が、ある程度順調に片づいてよかった。支離滅裂。寝ます。
2003.09.02
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姫沼の畔には、幾人かの旅行者がいた。その小さな広場には、私の記憶には存在していない小さな小屋で、売店がこぢんまりと開店していた。入り口には写真用フィルムののぼりが立てられている。 私は姫沼の全景を確かめると、すぐに向こう岸のうっそうとした林の上に視線を向けた。 以前に私が友人とここに来た時、空はどんよりとした曇に覆われ、姫沼は人気のない静けさにつつまれていた。水面からはゆっくりと靄が立ち昇って、向こう岸を水墨画のようににじませていた。その幻想的に美しい姿に出会っただけで、ここまで道を疑いながら登って来た意味のすべては満たされると思った。 私と友人は満足をして、時間にまかせて沼の周りを歩いて見ることにした。それほど大きな沼ではないから、歩いたのは十分ほどの時間だったか、まもなく一周を巡って、もとの場所まで戻ってくることができた。と、私が思った瞬間、友人が突然、「おおっ」と大きな声を上げて立ち止まった。私が驚いて、友人の見上げている視線の先を見遣ると、そこにはさっき見えていなかった利尻山の頂が、向こう岸の上空に忽然と姿を現していたのである。 私も思わずつられて、「おお」と大声で答えた。利尻山の尖った頂は真白な雪に包まれていたが、険しく切り立った頂上付近の尾根に、幾筋かの深い陰影が刻まれていた。それがそのまま、姫沼の水面に逆さに映し出されて、微動だにしない勇姿を見せつけていた。そこでかすかに動くものは、水面から立ち昇るかすかな靄ばかりだった。私は姫沼に来たら、ぜひまた、この逆さ利尻が見たいと思っていたのだ。 私はがっかりした。スーミにも、ぜひ逆さ利尻を見せてやりたいと思っていたからだ。私が思わず驚きの声を上げたように、できればスーミにも驚いてもらいたかった。だから姫沼に映る利尻山のことは、決して事前には言うまいと心に決めていた。ところが、利尻山の頂は上空の雲にすっかり隠されて、ほんの少しさえ姿を見せてはいなかった。 利尻山は標高が一七〇〇メートル近くある立派な高山だ。小さな島に一つそびえている姿の美しさから、利尻富士などとも呼ばれるらしい。ところが島の沿岸部から山頂を望めない日も、実はそれほど少なくない。海を渡って湿り気を含んだ大気が、これだけ高い山に当たって上昇するわけだから、雲が生じやすいという十分な理由はある。 ただ、私は姫沼に到着するまで、微かな期待を持っていた。 確かに初めからこの日、島の沿岸道路から利尻山頂は見えていなかった。けれども、私がフェリーでこの島に近づいて来るとき、雪渓が白く輝いて山頂が確かに見えていたからだ。きっと島の周辺にだけ、それほど厚くもない雲が発生しているに過ぎないのだろう。少し高台になっている姫沼あたりまで登れば、また視界が違うかも知れない。風向きの気まぐれにだって雲の状況はいくらでも変わる。そう、そんなことを期待していた。 姫沼を眺めているスーミに、私は沼を歩いて一周しないかと誘った。スーミは沼に浮かんだ浮島のあたりを指さして何か言ったが、私にはよく聞き取れなかったのできょとんとした表情をしてみせると、スーミはなぜかにっこり笑って私と一緒に歩き出した。 他の旅行者たちは、売店のあるあたりからだれも遠く離れようとはせず、姫沼を背景にして記念撮影などするばかりで、私たちのように向こう岸まで回ろうとするような様子はなかった。 沼の周りの小径をスーミと前後に並んでゆっくり歩きながら、私はスーミの方に振り返って尋ねた。 「どれくらいの期間、日本にいる予定?」 「三ヶ月間。今ハ札幌ノ英会話学校デ講師ヲシテイマス。」 「あぁ、なるほど。三ヶ月間も。いつもはアルバイトがあるんだね。じゃ、今は英会話学校、休み?」」 「ソウデスネ、二週間。北海道ヲ見テマワルノニ。」 スーミは、歯並びのよい口元を嬉しそうに緩めて、またきれいな黒い瞳を輝かせた。《つづく》 これを書きながら記憶をたどっていると、それなりに忘れていたことが蘇ってくるので、時間はかかるけど夢中になってしまう。悪くない作業なのかな、とは思うけど、寝不足になるかも。 とりあえず今日は、頑張ってみた。明日は微妙、かなー。(^_^;)
2003.09.01
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林を通り抜ける小径を四・五分程歩いて入ったところに、姫沼はあるはずだ。 姫沼に通じる林の入り口には、それを示す案内板が立っていた。私が初めて来た時には立っておらず、そこまでたどり着いてからさえも、その小径が本当に姫沼に続くものなのかどうか、まだ確信できないまま林の奥へと進んで行ったのを思い出した。行き止まりだった入り口の前の道路が、広場として拡張されていることにもふと気付いた。広場を囲む木々に目を遣ると、開発の爪痕が真新しく刻まれていた。何か寂しい気がしたが、そのことはスーミには言わなかった。 林の中には小さく窪んだ谷があり、姫沼に至るためには、そこを流れる小川を渡らなければならなかった。飛び石状に間隔を開けて、いくつかの小岩が水面から頭を出していた。ちょんちょんと跳ぶようにして人が渡れるように、もちろん人為的に配置されたものにちがいない。 私とスーミは窪んだ小川の岸まで降りて、いったん立ち止まった。 「これ、渡らなくちゃいけないね。」と言って、私はスーミの顔を見た。 スーミは、ちらりと飛び石の方を見遣ってから、私に向き直って、赤いメガネフレームの奥にある美しい目をまん丸に開いて見せながら、かすかに首を横に振った。私がそれを見て楽しげに笑いかけると、スーミも同じようにきれいな声で笑った。 向こう岸近くに、岩の間隔がやや広くなって、普通に跨いだのではとても足が届きそうにない小さな難所がある。スーミはそれを悟って、呆れたような顔をしたらしかった。おそらく通常より水位が増していて、背の低い岩がいくつか、流れに隠れてしまっていたせいだったのだろう。 「いい? スーミ。チャレンジだよ。」 「アア、ハイ、YES.」 スーミは何か企んでいるイタズラっ子のように、やる気に満ちた表情で私を見た。スーミの黒い瞳がキラキラ輝いていた。 「よし、じゃ、スーミは後から来てね。これから僕がやる、それと同じようにやるんだよ。よく見といて。」 ジェスチャーを交えながら私が言うと、スーミは「OK。」と、はっきり答えた。 スーミが跨いで渡るのに無理がないかどうか、ゆっくり確かめながら、私は渡り終えた。最後にある例の難所も、少し思い切ってジャンプしさえすれば大丈夫だと思われた。ただ、着地する岩の頭が平らではなくて、靴の裏が少し湿っている今の状態を考えると、ジャンプした後に着地する時が一番危ない。 「ちょっと滑るから、そのことだけ気をつけてっ。来ていいよ。」と、私はスーミに向かって声を掛けた。 スーミは私がやったのと本当に同じように、一つ一つの岩を確かめるみたいに踏んづけて来た。そして、難所の手前まで来ると、岩の上で両足を揃えて立ち止まり、ジャンプするためのねらいを見定めた。私は反射的に、スーミが着地するはずの岩と、ちょうど並んで頭を出していたもう一つの岩まで迎えに出て、スーミに右手を差し伸ばした。スーミはすぐに左手を伸ばしてその手をしっかりと握った。次の瞬間、スーミは勢いよく跳んで、上手に最後までを渡り切った。 私たちはすぐに互いの手を放したのだったが、自然な仕草から触れ合った満足感が、私の掌の中に残っているような気がした。初めて握ったスーミの手は小さくて柔らかだったが、しっかりと私の手を握りしめたその力強さが心地よかった。 「よし。」と言って私がスーミを見上げると、スーミもまた私のことを見ていた。渡ってきた飛び石の方を示して、「チャレンジ、成功!」と私が軽く微笑みかけると、スーミは「んー、成功デスネ!」と言って美しく笑った。 姫沼の畔までは、あと少しだけ歩けばよい。《つづく》 幾人かの方に、「次はまだか」と催促までしていただき、実にありがたいことだ。私の勝手な思い出語りを、楽しみに待っていただけるなんて、光栄きわまりない。で、ちょっと緊張する。(笑) 明日以降、仕事の進行具合によっては、つづきが滞るかもなー。んー、でも、なるべく頑張る、か。(^_^;)
2003.08.31
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姫沼は、島の周回道路から、山側に徒歩で20分くらい登った山の中にある、もともとは人工に造られた沼だ。最近では観光道路が整備され、大型バスが沼の入り口まで登って行けるようになってしまっているが、スーミと私が訪れた頃、一般の旅行者にはまだ、つづら折りの旧道を徒歩で登って行くことしか方法がなかった。普通乗用車がやっと登って行ける程度の細い道路だった。 その道路の入り口のところに着くと、私はレンタル自転車に鍵を掛けて道路の脇に停めた。登りが続くと分かっているから、歩いて行くことにしたのだった。私はスーミの大きなリュックを背負ってやろうと申し出たが、見た目より軽いから大丈夫だとスーミはそれを断った。「そんなに大きいのに軽いの?」と尋ねると、スーミは何も言わず微笑んだ。 姫沼には前に一度、学生時代に友人と訪れたことがあった。その時の旅程はまるで友人任せで、旅の目的である調査を終えた気安さに、私は無責任を決め込んでいた。だから姫沼を観に行こうという友人の計画に反対もせず、スーミと同じように港から徒歩で姫沼に向かった。 ところが、その当時は観光用の案内板も整備されておらず、どこが姫沼に続く道路の入り口なのか、よくわからなかった。しかもその時、私たちは5月の連休後の一週間ばかり、大学をサボって旅していたので、行き交う他の観光客なども皆無だった。地元の人にさえ出会わない。だから姫沼にたどり着くという確信を持てないまま、この山道を登った。 姫沼にたどり着けなかったとしても、よもや遭難することはあるまい、くらいのいい加減なことを考えながら、まるで観光地らしからぬ地味な道路を登って行った。一応舗装されたアスファルト道路ではあったが、所々大きく盛り上がったりひび割れたりして、その隙間からふきのとうが頭を出していた。この道を自動車が行き来しているような形跡は、ほとんどないように思われた。私と友人が、道を間違ったのではないかと心細くなるのも無理からぬ状態だったのである。 肩を並べてゆっくりと歩きながら、私のする昔語りをスーミは喜んで聞いてくれていた。うまく伝わらない時は、私の変な英語を交えながら、楽しく歩いた。 そんな傍らを、時々土砂を積んだダンプカーが通過する。そうだ。この頃から観光道路の建設は進められていたのだった。既に所々、旧道とは違う道筋に広い道路が完成していて、もともと一本だった道が二手に分かれたりしていた。 そろそろ姫沼にたどり着いてもよさそうだと、足の疲労が教えてくれる頃、海を眺望できる小さなスペースに出た。新しく整備された道路の脇に、小さな展望台をつくる計画だろうと察せられた。そこにあった小岩に、私とスーミは並んで腰を下ろした。 「スーミは、まるで日本人みたいに見えるよね。目も黒いし、髪も黒くて、背も高くない。」と、ついに私は言ってみた。本当はそれに加えて、すべてが完璧なほどに美しいとも思っていたが、そのことまでは口にしなかった。 スーミは自分が中国人の母とアメリカ人の父を持つハーフで、母に似たからなのだと説明した。そして、美しい瞳を輝かせて、自分が日本文化に惹かれるのも、母が東洋人だからなのだと嬉しそうに言った。そして日本が本当に好きだと付け加えた。 スーミは自分が読んだことのある日本文学の作品を挙げて、私に分かるかと尋ねた。 「マニョウシュウ、ゲンジモノガァタリ、エトセトラ、エトセトラ。」 スーミの質問はかなり高度なことにも及んで、私を感心させた。私は、自分が国文学を専攻したことに感謝し、密かに胸をなで下ろした。スーミは、日本に来て二ヶ月程になるが、そんな話ができたのは初めてだと言って喜んだ。 スーミはまた、大学のバロックオーケストラに所属し、ビオラを演奏するのだということも、ここで知った。バッハを演奏することが多いが、演奏して面白いのはマーラーだとも言った。これも私には都合の良い話題で、なんだか不思議に心地よい時間が流れた。演奏はしないが、バッハもマーラーも、私が好んでよく聴く音楽だったからだ。 その場所から歩き出すと、姫沼を隠している林の入り口までは、ほんの三分ほどでたどり着いた。《つづく》 今日は休みだった。風邪は治った、と思われる。 家で、九月八日までにしておかなければならない、ちょっとした作業をして過ごした。 それでも今日は、休息重視だ。(笑)
2003.08.30
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彼女は、白いTシャツの上にチェックのボタンダウンシャツを重ね着して、その裾をジーパンの外に垂らしていた。胸のボタンは三つほど外して、袖は肘近くまでまくり上げている。身体は小柄だし、髪の色も黒いので、後ろ姿で見る限りは日本人女性のようにしか見えない。リュックが大げさなサイズであるのと、スニーカーがくたびれているのが、日本の女性とは違っているように思われた。首には白いタオルが掛けられている。 ラフな旅行者スタイルとは裏腹に、彼女の顔立ちは至極繊細な作りを持っていた。つばのあるカーキ色の帽子をかぶり、小さな顔には赤いフレームのロイドめがねを掛けていた。その奥から人なつこく視線を寄越す目の表情は、落ち着いて優しい。まつげは長く、大きな瞳は美しく黒い。アメリカ人にも、こんなに瞳の黒い人があるのかと、私は思った。セミロングで後ろに束ねている髪だって真っ黒で、見れば見るほど日本人のようだった。少し鼻が細く高いが、どう見ても東洋人の顔立ちに見えた。 しばらく海を眺めている間、思い出したようにしか交わされない口数の少なさが、その場面にいかにも似つかわしいような気がしていた。それでもやがて、私は彼女をスーミと呼ぶまでになっていた。完璧でないスーミの日本語と、完璧でない私の英語とを交えたでこぼこの会話が、それなりに二人を親しい気分にさせていた。 スーミが、ちょっと前に港に到着したばかりだということや、その日の最後のフェリーで稚内に帰るということも、その時に知った。稚内駅のロッカーに大きな荷物は置き、日帰りで利尻島に渡ってきていたのだ。スーミがこの島で過ごすことができる時間は、4時間足らずということになる。 「どこに向かって歩いていたの?」と私が尋ねる。 「ヒメ沼、デス。」 「じゃ、同じだ。私も行くところだったから、一緒に行こう。」 「自転車アルカラ先ニドウゾ、イイデスヨー。」 「大丈夫。私は自転車だからって、急ぐ訳じゃないから。一緒に行こう。」 私は自転車を引きながら、スーミと肩を並べて歩き出した。が、すぐに立ち止まって、私はスーミに提案した。 「二人乗りで行こう。どうせこの道、車もほとんど来ないから。ね、そうしよう。」 スーミは驚いて、呆れるように苦笑しながらも、私の提案にすぐに乗った。スーミは荷台にまたがって、私の腰に両手を添えた。 「よしっ、じゃ、行くよぉ。」 レンタル自転車は普通の軽快車(ママチャリ)だったので、上り坂などにかかると正直かなりきつかったりもしたが、私は日本を代表する選手みたいに意気込んで自転車を走らせ続けた。汗ばんでくる肌の表面を通り過ぎる風が気持ちいい。 途中に幾度も未舗装の部分があって、デコボコの路面から衝撃を受けるたび、スーミははしゃぐように笑った。私も、勢いを緩めることなくペダルを漕ぎながら、一緒になって笑った。歩いている旅行者を追い抜かすたび、自転車の上から二人して「こんちはぁ」と声を掛けた。そして私たちの笑い声の左手には、絶えず真っ青な海が広がっていた。《つづく》 風邪、治ったみたいな、そうでないような。ちょっと鼻水が出る。 でも今日は朝と晩で、蚊を2匹やっつけた。よしよし。
2003.08.29
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その人の名はスーミ・ディックといった。 あの時も私は一人旅だった。北海道利尻島。稚内から数時間、フェリーで荒波に揺られて渡った。東京から列車を乗りついで、途中で何泊かを過ごした後にたどり着いた、その旅の目的地。 利尻には学生時代に一度、友人と一緒に訪れていたが、時間のない旅程だったため、渡ったその日のうちに島を離れた。そんな中途半端なことをした心残りが、私にあの一人旅を企てさせたのだった。 昼近くなって利尻の港に着くと、私はまずユースホステルに直行した。荷物を置いて自転車を借り、それに乗って港の方に戻って小さな飯屋でウニ丼を食った。これも旅の目的の一つだったからだ。至福の時間にしばし浸る。 満足した私は、海沿いの道路を時計回り方向に、ゆっくりと自転車を走らせた。全島を一周するには、既に時間不足だった。近いところだけを、のんびりと観て回るつもりだった。 異郷を旅する者同士というのは、山道や田舎道で行き交う時などに、しばしばちょっとした挨拶を交わす。私も一人旅のそんな気軽さを、それまでの旅の途中で身につけてきていた。自転車のペダルをこぎながら、歩いている旅行者を追い越す間際に、「こんちはぁ」などと違和感なく声をかける。必ずさわやかな返事が返ってきて、互いに清々した気持ちになる。そんな感じが、さっぱりしていい。 また一人、大きなリュックを背負った旅行者の後ろ姿が見えてきた。つばのついた帽子をかぶって、腕を大きく振って歩いていた。私は例に漏れず、声が届くところまでやってくると、「こんちはぁ」と声をかけながらスピードを少し緩めかけた。その時、私はそれが女性であることに気付いた。髪を一本に束ねて帽子の後ろに垂らしていた。さっきはリュックで見えなかったのだ。そして、彼女が振り向いて、私の呼びかけに返事を返す。「コニチハー」という、外国語なまりだ。私は微妙な笑顔を返しながら、ペダルを漕ぐ足に力を入れ直した。そしてそのまま、風のように追い抜いてしまったのだった。 ほっとして、少し行ったあたりで、足に軽い疲労を感じた。登り道になっているところもあったせいだろう。ちょうど少し道が広くなって、海側に迫り出すようになっている場所があったので、そこに自転車を止めて休むことにした。 私が道のすぐ下をのぞき込むと、真下にはテトラポットがたくさん並べられている。その日は丁度、台風が近づいてきていたところで、海の波はかなり荒れていた。テトラポットの間で、直径50センチメートルもあろうかという岩がいくつも、寄せ来る波に弄ばれてぶつかり合い、ごつごつ、ごろごろと鈍い大きな音を立てていた。私はすっかり、その光景に見入ってしまった。どれくらいの間、眺めていただろう。波は荒れていても、天気は上々であったし、風も気持ちよかった。そういうとりとめのない時間を過ごすのが、私は好きだ。 「ナニカ、アリマスカ」と言う声がした。振り向くと、さっき追い抜かしてきた外人女性だった。私は驚いて、「波で大きな岩がゴツゴツ鳴ってて……」とか何とか、ちょっと意味不明なことを日本語でとっさに答えた。それでも彼女は私のすぐ隣に来て、私がしていたのと同じように、道のコンクリートのガードから身を乗り出して海をのぞき込んで、「Oh!」と小さな声を出した。私たちはしばらく一緒に、大きな波が打ち寄せる海を眺めていた。そこで、彼女がアメリカ人で、スタンフォード大学で日本文化や日本語を勉強している学生であることを知った。《つづく》 私の頭痛は、今のところ治まっている。漢方薬が効いたのか。
2003.08.28
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夜になって頭痛が出たので、日記なんて書かず、早めに寝た。夜中にも何度か目が覚め、その度に頭痛が治まっていない状態に、眠り直すまで悩まされた。 朝になって、まだ頭痛が残っているところをみると、どうも風邪でもひいたらしい。でも少し時間があるので、この日記を書いておくことにした。 そういえば、昨日(今日)の昼間も、少し頭の回転が鈍っている感じがして、寝不足かなと思ったのだった。それほどの寝不足でもないのにと不思議にも思った。今考えると、もう風邪の症状が出ていたのかもしれない。 今日も昨日と同じに、頭の回転を必要とする仕事が待っている。きっと活動し始めれば何かと紛れて、頭痛は気にならなくなる程度のものなので、漢方薬でも飲んで頑張るとしよう。
2003.08.27
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つまらない出来事だ。 仕事からの帰宅畤、私は電車から降りてホームの公衆電話から電話をかけようとした。 そこには老夫婦がいて、何やら大きな声で電話をかけていた。すぐに終わるだろうとちょっと離れたところで待っていたのだが、しばらく待っても終わる様子ではない。おまけに、ひとしきり老紳士が話し終えた後、今度は老婦人に受話器のバトンタッチまでしてしまった。 さすがに呆れて、駅を出た電話ボックスでかけることにしてその場を後にした。駅前のボックスは3つ並んでいて、一番右が旧式のテレフォンカード用、あとの2つがICテレフォンカード用である。私は手持ちの旧式のカードがあったので、そこで電話をかけることにした。 ところが、電話の動きがおかしい。カードが入って残量24度数の表示がされたかと思うと、「他の電話機をご利用下さい」とかいうメッセージが飛び出してきて、カードが返却されてしまう。おかしいなと思いつつ、あと2度ばかり試したが、結果は同じだった。カードの挿入口が上下2つついている電話機だったので、今度は下の挿入口に挿し入れてみた。もちろん、利用可能のシグナルランプがともっていることも確かめた。 それなのに、である。今度はいきなり電話機がリーーーーンと変な音を立てたかと思うと、本体がカタッと音を立てる。ビックリして私が見ると、今カードを入れたばかりの挿入口のランプが消えている。あれ、と思った瞬間、予期しない出来事は起きた。 消えていた小さなランプが点灯したと同時に、電話機は全くの初期状態に戻ったのである。私のカードを飲み込んだまま……。 私は目を疑った。というより、だれかがその時の私を見たら、私の目は間違いなく2つの点と化していたことであろう。うっ、残り24、度数がっ。 24度数なんて大した金額ではないが、ただでだまし取られたみたいで、そのままあきらめるのもしゃくにさわる。面倒だから放ってしまおうかとも考えたのであったが、NTTに苦情を寄せておくことにした。故障の時は113、カードもお金も不要でつながると書かれていたので、それを利用することにした。 「ただ今、オペレーターにおつなぎしています。しばらくお待ち下さい。」と、女性の声で繰り返される。約5分経つと、今度は「まことに恐れ入りますが、ただいま電話が大変混み合っております。いったん切って、しばらくしてからお掛け直し下さい。」という案内に切り替わる。始めたからには、ぜひやり遂げたいという気になる。切って、数秒待って、それを繰り返した。 3度目、しばらくして、やっとつながった。事情を説明すると、この形式の電話機は、今日の私のようにカードが吸い込まれることが時々ある、のだという。後日調査の上、カードがあれば返してくれるようなことを言う。無くても、ウチの電話の使用料金から差し引かせてもらうことになる、という。「無くても」というのは穏やかでない話だと思って聞いていると、何度か受話器を上げ下げするうちに、飲み込んでいたカードをはき出してしまうことがあって、工事の人が点検に来る前に、カードが無くなることもあるという旨の話だと分かった。ともかく、私の24度数は何らかの形で帰ってきそうだ。ただ、この件で約20分の時間を奪われたことになる。時給に直せば、700円余りかな。安すぎる。しかも、もともと私の24度数だ。実に採算の合わない事件に巻き込まれたものである。 こんなこともあるか、と思いつつ、近くのスーパーの前で桃のLサイズ5個を買った。消費税込みで924円、千円札で支払った。すると、店じまい間際であったことも手伝ってか、50円玉が不足しているとかいう理由で、900円丁度でよいことになった。24円のオマケ。 24円が、私の20分の純利益ってことになる。図らずも24という数字が一致した偶然に苦笑しつつ、家へと歩きだした。今夜も雲がたくさん空を覆って星はほとんど見えていないのに、火星だけが雲の合間からきれいに見えていた。火星の周期も地球の時間で24ヶ月くらいだったかなぁなどと考えていた。 そういえば、吸い込まれたカードはかなり前に人から貰ったもので、加○雄三の写真がプリントされたやつだった。最近、全然視ないからどうなっているのか知らないが、私が以前に見た頃の「24時間テレビ」のエンディングは「サライ」だったと思うが、確かあの歌は加○雄三の作品だった。 でも、24に関するエピソードの仲間入りには、いささか無理がある。(^_^;)
2003.08.26
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昨夜日記を書けないまま、眠ってしまった。朝になって目が覚めたのは、外でセミが鳴き出したからだ。まだ起床するつもりの時間でもないのに目が覚めてしまった。眠り直すにも厄介な時間だ。 今になって急に暑くなり、セミの声がけたたましくなった。昨夜も遅くまでセミの声が聞こえていた。昼間だってそうだった。 子供の頃、夏休みに箱根に行き、採集かごと捕虫網を手に昆虫採集をしたのを思い出す。父と一緒だった。父は当時、外国航路の船員で、半年から1年近く、家に帰らないことも多かった。その分、休暇となるとまとめて1月以上の期間が取れる。たぶんそういう期間だったのだろうと思うが、細かいことはよく覚えていない。数匹のセミを捕らえて持ち帰った。帰宅した明くる日に、セミはベランダに置かれた虫かごの中で死んでしまっていた。悲しかった。何だかわけのわからない罪悪感をも覚えた記憶がある。 虫かごから出して、標本にしようとしたが、それは駄目だった。腹の中に、ウジがわいてしまっていたのだ。死んだ生物を食い物にする生物がいる。死んだ直後、こんなにも早く腹の中にウジがわくものだろうかと、疑問に思った。死ぬより前にそれは寄生していて、それが原因でセミは死んだのではなかったかとさえ考えた。ともかく、そういう状態であったので標本にする気はすっかり萎えて、やめにしたのだった。 死んだ全部のセミの腹に、同じウジがいた。だからたぶん、捕らえる前に寄生されていたのではなくて、子供の私が捕まえた後、虫かごの中で卵を産み付けられたのではないかと思う。少なくとも林で生きている間は、元気に鳴いていた、オスのセミだった。 セミは、オスとメスでは腹の中がまるで違うと聞いたことがある。メスはもちろん、卵がいっぱいに詰まっている。メスは鳴かない。それに対してオスの腹の中は空っぽにできている。鳴き声を大きく響かせるためだけの腹ってことになる。鳴くのはもちろんメスを誘うためだ。生殖するためだけに地上に出てきて、一週間ほどで死ぬ。オスメスの役割分担は、理屈抜きに明確だ。彼らにはのんびりしている時間なんてない。 ただ、セミは3年から10年という長い間、地中で育つ。実際の寿命はその時間も合計するべきだろうが、生涯の大半を子供として生活しているってことになる。しかも全員がみなしごとして、だ。何を自然が憐れんだからなのか。親に代わってちゃんと大地が育てている。のんびり育てられている子供の時代、セミはちょっとは幸せなんだろうか。
2003.08.25
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ビールのおつまみの代表格と言えば枝豆だと思う。飲み屋ですぐに出てくるスピード感と、手でプチュッと押した瞬間にピュッと飛び出してくるあの豆を、口で受け止める瞬間がいい。特に2連や3連の豆を、勢いよく同時に口に飛び込ませることに成功すれば、人知れずささやかな達成感が心を満たす。片手でうまく行かない時などは、両手を使ってでもその実現を期したりもする。 枝豆の仲間でも、とりわけ茶豆の風味には感動する。普通の枝豆でさえアレであるところに、茶豆特有の香りと甘みという絶妙なアフターサービスがついてくる。ふうわりと鼻に抜ける豊かな香りにしばし満たされる。 カラを捨てる手の動きにしても、無用のモノを容赦なく捨て去ることのできる、あのわだかまりの無さが心地よい。無用のモノに多々苦しめられながらも、決して切り捨てることが許されない日常生活への、ちょっとした慰めのようでもある。これは、もう一つのビールの友、から付き落花生にも通じる美点だ。 オマケに栄養満点の自然食品ときているから言うことはない。枝にくっついたヤツを買ってきた時には、枝から切り離す作業が多少面倒だが、何か考え事でもしながら作業すれば、まもなく終わってしまうほどだからどうってこともない。かえって可愛いとさえ思われてくるものだ。 私の場合、普通は缶ビール一本、健康によい程度の少量で満足できる。こういう晩酌は健康維持にきっと有効なはずだと誰に対するでもない釈明を用意し、今日もいくらかの枝豆を前に幸福なる晩酌をするのであった。んー、つくづくオヤジな私。
2003.08.24
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今回は3日坊主に終わらず、ここでの日記を連日書くことに成功している。11日間100%だ。これは私としては快挙である。もともと、かなりのものぐさなのだ。日記なんてもの、気まぐれに、表現したい時だけ自由に書く、その程度にしか付けたことがなかった。 面倒なことを何もしないというわけではない。自分が価値を感じ、興味を抱いた目的に対しては、人並み以上に根気強く取り組んだりもする。そういう時の私は、人が嫌がることや手を引くようなことであっても、必ず成し遂げようという強い情熱を示す。そうなった時の私のエネルギーは、かなりスゴイ、と思う、たぶん。 ネットオークションに売りに出そうかと考えてみたことが、何度かあった。 お金に困ったからではない。お金が欲しいという欲求も、私は他の人より弱いみたいだ。地道に自分の仕事をして、それに見合うだけの賃金が支払われるのでさえあれば、それだけで十分だ。それ以上面倒くさいことをしてまで、お金をたくさん儲けたいとは思わない。 ただ貧乏性で、たとえ必要でなくなった品物であっても、使えるあいだは勿体なくて捨てられない。使いもしない、捨てることもできない品物というのが、我が家にどんどん蓄積される。結果的に、片づかない。その解決策として、オークションが利用できないか、そんな動機だ。 ところが、持ち前のものぐさが頭をもたげる。品物を買い手に送付したり、代金を送ってよこさない相手とのやりとりをしたりなど、何だか面倒くさく思われだす。そのために人を雇うわけにも行かず、とたんに頓挫。
2003.08.23
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今日の帰宅は、いつもより遅かった。出張で出かけた外苑前で、軽く飲んできたからだ。ちょっと食い過ぎた気もする。 夜10時くらいに、最寄り駅まで帰ってきた。夜空を仰ぐと、全体に薄曇りで、ほとんど星が見えないなかに、ちゃんとオレンジ色の光を放っている星が一つ、まさしくそれは火星だった。もう一度、全天を見回したが、私の肉眼ではやはり一つも他の星は見えていなかった。火星はスゴイ! 詳しいことは知らないが、今の火星はマイナス2等星以上の明るさになっているらしく、歴史的大接近だということが、見れば確かに実感できる。2週間ほど前、最初にそんな火星を山際に発見した時も、異常に明るく、他の星より2倍大きく光っている姿に驚いた。今夜は、他の星が見えなくなってしまうくらいの雲を、その明るさが軽く突き抜けて見えていたということになる。 ただ、火星は2年余りの周期で、ある程度の接近をすることになり、やはり今回みたいに明るく大きく見える時期がやってくるらしい。でも今回ほどの大接近ではないから、マスコミなんかも騒がないで過ぎてしまうかもしれない。そのつもりで空を見上げることでもないと、特別なことに気付かない程度の天文ファンなので、火星に感じた今回の感動は記憶に残りそうな気がしている。 百武彗星が満天の星空に描き出した長い光の直線を真夜中に見たのと、利尻島で流星群を眺めた時に流れ星の音を聞いたのと、稚内で夕暮れ時にUFOを見たのと、火星がこんなにまで明るかったのは、きっと一生忘れないと思う。
2003.08.22
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今日は5箇所くらい蚊に刺された。腕に留まった瞬間に仕留めた蚊が2匹だから、5対2のスコアで私の負け。残念……。 今日はBMWと出かけたが、ちょっとした事故の瞬間を目撃してしまった。あ、あのトラック、危ないことするなぁ、と思った約2秒後、乗用車に追突、トラックは急停車した。渋滞してとろとろ進んでいた本線に、トラックが合流してきたとたん、さらにもう一つ奥の追い越し車線へと加速しながら移ろうとしたのだ。 間が悪いと言うこともあったと思う。折も折、たまたま追い越し車線を走っていた乗用車が、トラックの直前でブレーキをかけてスピードを緩めてしまったらしい。次の陸橋で本線から外れるつもりで、左の走行車線に移ろうとしたのだろう。どちらかが、ちょっと違う行動をしていれば回避できたであろう事故だったが、事故なんて概してそんなものだ。 そんなことを目撃してしまった自分が、おなじ日に二の舞を演じるわけにはいかない。だから、帰りの運転、ちょっと緊張しながらハンドルを握ってきた。 仕事はほぼ順調に、予定していた通りのことがこなせた。 今日は夕空が美しかった。向こうで夕立を降らせて来たと思われる雲が、かき乱されたように全天に薄く広がっていた。その雲が夕陽によって濃淡に赤く縁取られて、風情めいた模様を描き出していた。
2003.08.21
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私は蚊に刺されやすい体質で、この季節、毎日どこかしら刺されてしまう。動きがのろいからなのか、蚊の好みの味だからなのか、体温が蚊を寄せ付けやすい温度なのか、狙われやすい。 体臭が特に強いからではないと思う。毎日ちゃんと風呂に入っているし、風呂に入っているあいだや風呂上がりの直後にも、である。夏物のズボンは生地が薄いので、職場などではズボンの上からでも刺される。だから職場のデスクには、いつも「キンカン」が忍ばせてあって、刺された時にはよく人目を盗んでズボンの裾をまくりあげて塗布する。お尻や太ももを刺された時は、塗れないのでかなり辛い。 私はどちらかというと痩せているので、皮膚を通して美味しい(?)ところに蚊の針が届きやすいってことはあるのかもしれない。また、体温にしても脂肪で包まれていない分、皮膚の表面に伝わりやすいから放出しやすく、高い体温になりやすいのかもしれない。それが影響しているってことも考えられる。 どうなんだろう。痩せてる人と太っている人と、そういう意味での差があるんじゃなかろうか。なんて仮説も立ててみたりする。 血液型で差があるという説をどこかで耳にしたことがあるが、本当だろうか。私はO型なのだが、他の血液型より刺されやすい傾向ってあるのだろうか。 いずれにしても、今日は一箇所も蚊に刺されなかった。イイ日だ。(^_^)
2003.08.20
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夏休みを終えての初仕事に出た。職場で話して気付いたのだが、喉の調子が少し悪い。 帰り、駅の小さなスーパーに寄った。夜9時までの営業で、8時過ぎると売れ残りの生ものなどが半額になる。そういうのをよく買ってきたりしている。ただ、今日は夕飯にするものも残っていたので、果物でも見ようと思って寄ったのだ。 スイカ・桃・ブドウ・ナシ・メロン……、ああ、なんと魅惑的なものたち!! 今の季節に出回っている果物はみんな私の大好物だ。一度に全部買って来て食べたいが、色々な面でちょっと無理なので、どれにしようか悩むことになる。まぁ悩んだところで、それぞれのその時の値段が、やはり最終的な決め手になってしまうのが常だったりする。やっぱり旬が、何にしても安くてうまい。 すると、いつになっても買えないものが自ずとできてくる。例えば今日で言えば、マスカットオブアレクサンドリアという岡山産のブドウがそうだ。その箱が並んでいるのを見つけた時は、「わぁ、うまそう~、買っちゃおうかなー」という思いと、「んー、やっぱり高いなー、んー、贅沢だなー」という思いが、いつでも葛藤することになる。視線の先では、うまそうに微笑みかける黄緑色の果実が、すました面持ちで誘惑してくる。その昔食べた、すっきりとした高貴な甘味と香りが、私の中にみなぎって今にも破裂しそうだ。 が、大概、「うーん、これで1800円。一粒が50円くらいかぁ。これにしては安いけど……。喰いたいなぁ、でも、……やめておこう。」と後ろ髪引かれる思いで、勇気を出してその場から離れることになるのである。そうして結局、その時に一番こなれた値段の、別の果物を買ってくるというのが私のお決まりのコースってことになる。 今日は、結局、4つで380円という小振りな幸水ナシを買ってきた。だが、きっとまた別の日、同じ場所で同じ葛藤に囚われて立ち尽くす私が、間違いなく出現するに違いない。どんなに結果が決まっていてもだ。そんなことを繰り返すうちに、いつか憧れのマスカットオブアレクサンドリアは姿を消す。あるいは、高値になる。季節は確実に移ろいで行くのである。 なんだか今日は、私の人生を象徴するかのような、ちょっぴり悲しい日記となった。……かな?(笑)
2003.08.19
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思ったより、HTML化の作業に手間どってしまった。詩の新規アップは実に2年ぶりくらいになる。本当に更新をサボっていたわけだが、その間に、HTMLにする作業の繁雑さをすっかり忘れていたようだ。いざやってみると、ページ毎にタイトルつけるとか次のページへのリンク確かめるとか、更新記録やINDEXのリンク作るとか、手でやるしかない地道な手間があったことに今回あらためて気がついた。我ながら気がつくのが遅すぎる。 まぁともかく、できあがってよかった。明日からはまた、毎日仕事だ。休暇中にできたので上々ってことにしよう。これから、パロディのこのページにも、もうちょっと内容を考えようかな。 詩のアップには、結構ためらいを感じるものがあったりする。現在進行形のまま他人の目にさらすのが、やはり憚られるからだ。今回も、いくつかはそれでアップを控えた作品が手元に残っている。すなわち、今回アップできた作品の背景は、私自身においては古い出来事の領域へと、既に遠のいているものがほとんどだ。 ほんの数編、つい最近の出来事が生み出した詩がある。どれかは秘密だ。並べた順と実際の作成順は一致しないので、それを知る手がかりにはならない。知りたいと思う酔狂な人もあったもんではないと思うが。 記念に今日は一つだけ、特別に私の詩を紹介してみる。「古びた小箱」のページで既に公開していた古いもので、今回追加したものではない。<一応念のため。 図々しくリンクもつけておきますので、気が向いたら行ってみてくださいね!
2003.08.18
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今度、「壊れた独楽」に追加できる詩は、小品中心に33あった。何とかそれを確定できたから、まぁそれなりに前進だ。まだテキストのままなので、アップロードする体裁を整えなければならない。ちゃんとHTMLにして、今夜中に作業を終えることができるのか、微妙なところだ。 私のメインサイト「古びた小箱」のことを過日ここに書いておいたら、早速飛んでいってくれた方がいくらかあったようで、アクセスカウンタがいつもよりちょっと多く動いていた。とても有り難く、嬉しいことだ。向こうの主人である枝田早浪も、私と同じだけ喜んでいる。 だいたい詩なんてもの、好きこのんで読みに訪れる人、日常的にそう多いものじゃない。しかも、読んで本当に気に入るとなると、ごく限られているってのがお決まりだ。 書いた者と読む者の感性に、響き合う何かがなければ詩はわからない。だからどの詩も、ほとんどの人に受け入れられなくて当然とも言える。私自身、たくさん他人の詩を読んでも、これはいいなと本当に思える詩に出会えるのは稀だから、実感としてわかる。 だからこそ、とりあえず一人でも多い人によって、詩は読んでみてもらえるに越したことはない。その中で、ほんの一握りでも気に入ってくれる人があったなら、それが詩の本望というものであろうから。ここから飛んで行った人の中に、一人くらい枝田早浪の詩を気に入ってくれる人が現れたなら、この上ない幸運なのだが……。 ここでの主要テーマは、パロディってことにしてある。そっちの方はてんで進まないままで滅茶苦茶ショボい内容なのだが、私が閲覧しに行ったページのオーナーの方々が、律儀にもお返しにここを訪れてくれている。どこか暖かくて、気が和らぐ。
2003.08.17
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久しぶりに、今日はネットサーフィンなんか、随分長い時間してみた。楽天のランダムの仕組みは、どこに飛ぶか分からないってのが不思議にいい。 ネットサーフィンなんて、その言葉が巷に流行ってた頃にしばらくやってみたが、最近はすっかり飽きて、ほとんどやっていなかった。まぁ、こういう気まぐれも、今が休みでヒマだから、のことではあるだろうけれど。 他の人のページ見ると、高校生以下の人や、主婦の人が多いのに今更ながらビックリする。10歳以下の管理人さんなんかもいて、なかなか立派にやっている。内容的にちょっとついて行けないのも少なくないが、それが面白いところでもある。犯罪に巻き込まれた詳細とか、詩とか、今日は結構たくさん読んだ。私にしては珍しい。 昨日からやっている作品の整理作業は、ちょっと行き詰まり気味。ちょっとした手直しなんかもしたくなるから、何しろ気が疲れる。今日ももう少し、頑張ろうかなって思うが、気は向かない。できることなら、この休暇中にアップ作業を終えてしまいたいと思っているのに。 選ぶ言葉がしっくりいかずに苦しくなってしまい、いわゆる気晴らしに始めたインターネットサーフィンだったが、キリ番(?)の時など、足跡なんかも残して来た。そうする間も、今日は一日中、雨音が絶えなかった。
2003.08.16
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実はこの場所は、私のメインページではない。花岡畤太としてはメインページってことになるのだが、「別な私」がやってるページの方がメインだ。こっちはまだ3日目だが、あっちはもう開設して6年半以上が過ぎている。結構思い入れたっぷりに作っているページなのだが、このところ忙しくて、しばらく更新が滞っているのが実際だった。 まだ終わっていないが、今日はそこにある詩集『壊れた独楽』に追加する詩の整理などした。長く更新しない間にも、何かの折に生まれた詩が何編かはあり、それをWEBに載っけるべく微妙に調整などやってみたのだ。 中には、環境的に色んな意味で時効になっていないものもあるので、それはまだ保留することになる。だから今回追加するのも、当然ほとぼりが冷めているものに限られることになるだろう。まぁ、時間的に古くなっていたり、内容が普遍化してあり具体的事実との照合がしにくいものなら大丈夫なのかな。実際、整理はまだ終わっていない。 今日の東京は大雨でもあり、家でやれることを見つけて専念するのにはちょうどよかった。自分の詩を整理するという作業は、その時々のことを鮮明に思い出すきっかけになるので、ちょっと疲れることもある。でも同時に、かつての自分の痛みが癒えてきているのを確認することもできた。
2003.08.15
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プロフィールに自分の画像を追加してみた。他にも、ホームページのタイトル作ったり、掲示板いじったりして遊んでみた。自分の掲示板に書き込みもしてみたが、他の人の様子を見てみると、ああいうテーマを設けて投稿する使い方は、ちょっと邪道みたいな気もしてきた。どこ行っても、もっと軽い、感想とか挨拶とかがほとんどみたいだから。でもいいや。そういうのも混在して構わないってことにしておけば問題ないもの。 それにしても、ここでは来訪者がたくさん来てくれるように、うまく仕組みが作ってあるなぁと感心する。まだ全然、内容らしい内容がないこのページを見に来てくれた方々に、とりあえず感謝しよう。私の運営している個人ページにも、こんな仕組みがあれば、もっと見てもらえるんだろうのになぁ。
2003.08.14
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初めてここに日記をつける。ということなのだが、日常的に日記をつける習慣がない私のような人間に、今後続けることができるのかどうか至って怪しい。おそらく時々の書き込みになるのではないかと予想されるわけだが、まぁ害になるわけでもなし、気にしないでおこう。 さて、今日はまず、改行をしないで長い行が投稿された場合、ここでどのように表示されるのか実験してみたい。その実験の結果、もしかするととんでもなく見にくいことになるのかもしれないことをあらかじめお断りしておくとしよう。ちゃんと自動に改行とかされて、整理されたりしたら、ラッキーってことだが、私の予想ではそううまい話もないのではないかと思う。それならやめておけば良さそうなものだが、確かめてみたい欲求は一度やってみることにより満たされるわけだから、これでよい。 日記が続くかどうかは、まぁこれからのお慰みってことで。んー、危うい……。《追記》なんだ、これ、うまく書き込めてるなぁ。よくできてる。感心感心!(^。^)
2003.08.13
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