住宅展示場の歩き方
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ネットを見ていたら、以前の日記に関連した、西村欣也さんの原稿が掲載されていたので、無断で(失礼)転載させていただく。ロビンというのは、離婚した奥さんの名前だった(笑)http://plaza.rakuten.co.jp/jutakuaruki/diary/200603010000/↑が先ですね。「 オーバルリンゴットのスタンド下の通路で、ダン・ジャンセンに会った。94年、リレハンメル五輪。スピードスケート男子1000メートルの金メダリストは、テレビの解説者として、トリノに来ていた。 長野五輪前に、ニューヨークのホテルで彼にロングインタビューをした。波乱のライフストーリーが再びよみがえってきた。 88年のカルガリー五輪。大会中、最愛の姉・ジェーンを白血病で失った。ジャンセンは9人兄弟の末っ子。幼いころからジェーンが彼の面倒をみてきた。棄権を考えた。母のゲリーが言った。「それをジェーンが望むと思いますか」 しかし、心の揺れが収まるはずもない。500メートルで転倒し、1000メートルもバランスを崩した。「無冠の帝王」のレッテルが張られた。 リレハンメルは4度目の五輪だった。9カ月の娘を連れ、彼はオリンピックに戻ってきた。名前は「ジェーン」。姉と同じ名をつけた。圧倒的な力を持ちながら、500メートルではまたバランスを崩した。が、1000メートルで彼は、勝った。世界記録を樹立し、金メダルを獲得した。「2人のジェーンが手を貸してくれたんだ」。僕は記者席から、拍手を送った。 しかし、人生はテレビドラマのように、そこでエンドマークが出るわけではない。ニューヨークでのインタビューで、ジャンセンから妻のロビンと離婚することを告げられた。 「金メダルを取って、生活が変わりすぎたのが原因だろうね。あれから、ほとんど家にいられなくなった。ロビンが戸惑ってしまったのかもしれない」 僕は言葉を返せなかった。亡き姉のため、子供のため、家族のために戦ってきた男が、金メダルの代償に、家族を失った。 「スポーツ・イラストレーテッド」のアレクサンダー・ウルフ記者はこう書いていた。「彼は、本当に自分のために戦ったことがあるだろうか。常に自分以外のだれかのためにスケートを履いてきたのだ」 あまりに辛口すぎるコメントだと思う。五輪で人生が終わらないのと同様に、離婚後の彼が幸せかどうかの判断など、つきはしない。 しかし、アスリートにとって、誰かのためではなく、自分のために戦う試合があってもいいのは確かだろう。 今大会、日本男女ともにメダルを獲得していない。そのこともあって、女子フィギュアには過剰ともいえる期待がかかっている。 荒川静香、村主章枝、安藤美姫が背負っているものは、想像の領域に収まりきらない。難しいことだろうが、どうか、その荷を下ろして、会場となるパラベラのリンクに向かってほしい。 自分のために戦う一瞬が、あっていい。」
2010/10/14
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