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2006.12.20
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カテゴリ: ポーランド映画
SZAMANKA / CHAMANKA
Andrzej Zulawski

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ポーランド(現ウクライナ領リヴィフ)出身の映画監督アンジェイ・ズラウスキー、12本くらいある作品の半分ぐらいは見ていますが、いまいちピント来ないと言うか、最終的にシックリしないというか、そういうものが多い中で、この『シャマンカ』(原題は意味は恐らくシャーマンの意)は解りやすい作品でした。この映画は日本では「エロティック」のジャンルに入れられ、邦題もその線でつけられている感じですが、ジャンルは「ドラマ」ですね。なるほど性描写は多いけれど、ポルノのように性的興奮を誘発するものではありません。人を描こうとすれば性は重要な要素だということです。

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余談ですが、例えばロブ・グリエ監督の『Le jeux avec le feu』(1974)「火遊び(?)」は『エマニエル夫人』のシルビア・クリステルがポルノ的イメージの人物として使われていて、日本の配給会社はバラバラになっている彼女のシーンをつなぎ(編集し)直して、『危険な戯れ』という邦題でソフト・ポルノとして公開しようとしたらしいですが、性描写が多いというだけで何でも安易にポルノ的に公開しようとすることはやめて欲しいものです。

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人の文化的信じ込みというのは根強い。というよりも「信じ込み」こそ文化なわけです。次元は違いますが、「迷信は信じない、科学的・理性的」と言っているような人でも、危険な手術を受けるために入院した病室が「9号室」とか「4号室」だと良い気分はしないわけです。「神を信じている」と答えるポーランド人(西洋人)がどれだけいるかとは別に、カトリック的文化が根に染み込んでいる人々です。この映画ではやり切れない自分の人生を感じた主人公の女、通称イタリア女(イオーナ・ペトリ)は最初の方のシーンでマリア像を見つめ、また工場で事故による死者が出たときには、やはりマリヤ像があって、その下の作業部分で冷却水の水が天から差す光のように見え、流れる水がマリアの流す涙のように見えるのを見つめます。神に頼りたいという気持ちと、神は何もしてくれないという気持ちの共存です。

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主人公の人類学者ミッシェル(ボグスワフ・リンダ)が19歳のとき父は死んだ。その父は56年まで刑務所に服役していたとミッシェルは語りますが、56という年号はソ連でフルシチョフがスターリン批判を行った年ですから、ミッシェルの父もたぶん政治犯として捕まっていたのでしょう。「そのとき15歳の弟が自分を助けてくれた。弟は生まれながらに神父だったんだ。」と彼は言う。

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(以下少しネタバレ)
しかし神学校に通っていたミッシェルの弟は、心に傷を持ったホモの青年を同居させていて、青年を慰める/助けるために関係を持つことと、男色を禁じるカトリックの教えのはざまで、苦しみ自殺してしまう。神を信じれば青年を救えない。神は存在するのか。ならば何故にこれほどの試練を神は与えたもうか。現実や心の苦しみを和らげてはくれないではないか。何故に世界はこれほど不条理なのか。そういう疑問が根深くあるわけです。そしてそれを紛らしてくれるのがセックス。孤独に苦しむからこそセックスを求める。肉体的であるよりももっと精神的意味で。だから窓に十字架状に貼った写真の前で両手を真横に伸ばして十字架の体形でセックスもする。ホモのようにアナルセックスもする。神に疑問を持つものの捨てきれない。だから冒涜的ことをする。(この辺は『ラストタンゴ・イン・パリ』や『沈黙』にも描かれている。)神を持ち出されると我々日本人には解りにくいが、どうにもならない不安や苦しみを持たされている我々にとって世界の条理・不条理、それが神に象徴されると考えればいい。

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主人公の女はミッシェル以外との関係では性的に感じない。ミッシェルとも最初の関係では感じない。しかしミッシェルが不安や疑問や苦しみの中で、その救済相手として彼女を感じたときから、ミッシェルとのセックスではイケるようになる。ただの愛情や欲望の対象として彼女を感じるだけの男とでは彼女は感じられない。人類学者のミッシェルは彼女との出会いと平行して2500年前のミイラを発掘する。結局「シャーマンであった女を愛して彼女に殺された」とミッシェルは分析する。シャーマンは苦しみからの救済をもたらす存在でもあり、死をも司る。その意味で彼女はシャーマン、あるいはその生まれ変わりとなる。

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そんなこんな内容の映画です。最初のタイトルロールで、主人公の女がセルヴェルやセルヴラ(どちらも「脳みそ」の語や語感をもつ料理やソーセージの名)をセルフ・サービスの店で注文する点と、野生児の彼女がスプーンを使う点が、物語のミソともなっています。

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Last updated  2006.12.21 03:24:41
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