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2006.12.26
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カテゴリ: 日本映画
M/OTHER
諏訪敦彦
第52回カンヌ国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞作品

000_m_other.jpg

エンドロールのクレジットに「監督:諏訪敦彦、ストーリー:諏訪敦彦、三浦友和、渡辺真起子」と出る。なぜならこの諏訪敦彦は簡単な構成台本のみで、撮影前の役者とのディスカッションで、即興的に撮影を進めるからだ。もともと映画というものにはどんな性格があるか。ヒッチコックのように完成した楽譜のようにシナリオがあり、あとはそれを撮影するだけだ、という考えもある。しかし監督の意図とは別に、ある役者が自分の人物理解でその人物を演じる以上、役者が映画作りに創造的に参加していることは確かなのだ。ヌーヴェルヴァーグ以降の映画作りでは、そういう映画の性格を積極的に映画作りにとりいれる手法が多くなった。それを究極的に押し進めたのが諏訪監督のやり方と言ってもよいのかも知れない。また諏訪監督自身がインタビューで答えているように、ジャン・ユスターシュは映画で「自分の俳優たちのドキュメンタリーを撮る」と言い、フィリップ・ガレルは「自分の映画はすべて、映画を作るやり方に関するドキュメンタリーだ」と言っている。

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哲郎とアキの同棲中のカップル(三浦友和、渡辺真起子)。そこに哲郎と離婚した妻との間の8歳の俊介が転がり込む。離婚した妻が交通事故で1ヶ月入院することになったのだ。伝統的結婚制度に組み込まれるということは、社会的な約束事や制約に縛られること。それを嫌って結婚もせず、子供も作らず、自由に仕事やプライベートに生きていた2人、特にアキ。哲郎の方はどこか根で伝統的男女観が染み付いている面もある。そんな状況でアキは仕事と家事の両立、さらに子供の世話への拒否感、8歳の俊介への愛情を感じながらも精神的に追い込まれていく。

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ストーリーは監督と役者のディスカッションで細部が決まり、セリフも即興的。カメラも回しっぱなしで、編集によるカットも極力していない。それで約2時間半にもなる。出来上がった映画のストーリーを最初から普通に映画とすればきっと1時間半だろう。しかし実際に我々が日々生きる日常生活は、整理された映画台本とは違う。同じ愚痴が何度も繰り返し蒸し返されたり、会話だって途切れてすらすらスムーズに進むわけではない。そんな意味でドキュメンタリーを見ているようでもあり(特にアキの友人が子供を連れて訪問する場面等)、隣の家のカップルを覗き見しているようでもある。

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(以下ネタバレ)
あるいは役者、例えば三浦友和なら、役である三浦友和の演じる哲郎と実際の人間としての三浦友和が、ともに画面に晒される。セリフも演技も脚本家が書いたものではないからだ。ベッドをともにしているアキが哲郎に言う「結婚しようか?。」というセリフは女優渡辺真起子から出てきた言葉であり、監督も三浦友和も予想していなかったセリフだけにビックリしたという。そのビックリは脚本に書かれたビックリではなく、実際に三浦友和(&哲郎)がビックリしているのだ。そんなこんな色々なことを理由として、普通の手法で作られた映画では見られない「真実的瞬間」が見られるのも興味深い。

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母親が退院して俊介はいなくなるが、それで2人の関係、特に心理的に元に戻るわけではない。俊介という触媒によって特にアキの心理は発酵してしまった。伝統的な夫婦・家庭という堅固に出来上がった概念とは違い、それに反していて、決まったあり方があるわけではなく、今まで成り立っていた(自己および2人の関係の)アイデンティティーが揺らいでしまったのだ。それで俊介がいなくなっても哲郎と距離をとり、別居を始める。そしてやがてまた元の2人の生活が復活する(のだろうか?。)





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Last updated  2006.12.28 04:16:16
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