「ブロークン・フラワーズ」でアメリカ監督らしくない?雰囲気がツボを刺激しました。
「10ミニッツ~」の「女優のブレイクタイム」も
雰囲気があってよかったですものね。

これは、早速ポチります。
(2008.06.06 02:35:09)

ラッコの映画生活

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2008.05.26
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カテゴリ: アメリカ映画
NIGHT ON EARTH
Jim Jarmusch
129min
(所有VHS)

earth0.jpg

ジム・ジャームッシュ監督の個人オムニバス映画。当初の予定は『lanewyorkparisromehelsinki』という全部小文字のタイトルで、la(ロサンゼルス)、newyork(ニューヨーク)、paris(パリ)、rome(ローマ)、helsinki(ヘルシンキ)という地球上の5都市の名。ジャームッシュ監督は世界各地の同じ1夜を映画にできないかと、考えたか思いついたのでしょう。ロスとヘルシンキでは時差が10時間あるから、ロスを19時、ニューヨーク22時、パリとローマ午前4時、ヘルシンキ午前5時とすることで、なんとか時間合わせができる。どれもタクシーを描いた短編なわけだけれど、その各都市の5台のタクシーでの出来事は、この「地球上で」まったく「同時に」起こっていたエピソードということです。原題は night が単数であることから1夜であることがわかるわけで、「地球上でのある一夜の出来事」くらいの意味に捉えるべきでしょう。各エピソードのつなぎ画面に5都市の時刻を表示する5つの時計が写され、1話終わるごとに針が逆回りしてもとの時刻に戻される。ロサンゼルスでコーキーがヴィクトリアを乗せていたちょうどその同じ頃、ニューヨークではヘルムートがヨーヨーを乗せていた、以下同様・・、と5つの物語は同じ夜の同じ時刻に、世界の5都市で起こっていたことなのだ、とジャームッシュはこの画面で示したいのだと思います。そこは見落とすべきでない。遠距離恋愛の恋人が夜星空を眺めながら、「今頃あの人もこの同じ星を見てるんだろうな」なんてのがありますが、そういう感慨があります。考えてみれば今こうしてこの文をボクが書いているときに、この映画を紹介して下さった はる*37 さんも何処かで何かをしてらっしゃる(たぶん寝ておられる)だろうし、この映画に出たウィノナ・ライダーもおそらくアメリカのどこかで何かしているし、ベアトリス・ダルもたぶんパリか何処かで何かしている。映画の内容自体もそれぞれに「与えられた自分の生を生きること vivre sa vie 」をしている人々を描き、またタクシーの運転手と客という人生のほんの一瞬を交錯させた人と人の出会いと別れを描く。ジャームッシュ監督の博愛精神のようなものを感じる映画です。地球を東方向に回ることで、実際の同じ時間が現地時刻としてだんだん遅くなっていく。日没にロスで始まった映画が少しずつ夜が更けてゆき、早朝の夜明けのヘルシンキで終わる構成も見事です。



第1編:ロサンゼルス(19:07)

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プライベート機専用の空港。アメリカにはこういうのがあるんですね!。客を乗せてきた若い女性タクシードライバー・コーキー(ウィノナ・ライダー)が公衆電話で電話をしていると、その横では空港に着いた映画のキャスティングエージェント・ヴィクトリア(ジーナ・ローランズ)が携帯電話で話している。2人とも電話が終わって、ふと目と目が合って、コーキーが自分のタクシーに乗らないかとヴィクトリアを誘い、商談成立。ビバリーヒルズのヴィクトリアの邸宅へ向かう。途中車内で背の低いコーキー(ちなみにウィノナは1m63、ジーナ1m68、パリ編のベアトリスが1m70)がお尻に敷いてる電話帳をヴィクトリアに貸してあげたり、その恋人らしきとの電話にちょっとコーキーが興味持ったり、チェーンスモークのコーキーをヴィクトリアが気遣ったり。本当の親子だったらウザい干渉になるのかも知れないけれど、他人だからこそ心がちょっと触れ合う。この人間のスタンス感が良いですね。コーキーは兄2人のように車の整備士になりたい。そしてとりあえず得たのがこの仕事。男の子に生まれ損なった女の子です。家に着いたところでヴィクトリアは彼女に映画に出ないかと誘うのだけれど・・・。

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第2編:ニューヨーク(22:07)

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ニューヨークは行ったことがないから良く知らないけれど、ブルックリン橋を渡ることになるからマンハッタンなのだろうか?、黒人のヨーヨー(ジャンカルロ・エスポジト)がタクシーを拾おうとしているけれど、1台も止まってくれない。物騒なニューヨークでは夜に黒人男性を乗せるタクシーなどないということでしょうか。そこにヨタヨタとノッキングするように走ってきたタクシーが止まる。敬遠したいようなタクシーなのだけれど、ヨーヨーはドライバーに懇願されて乗る。その運転手は旧東ドイツ・ドレスデンからの移民ヘルムート。英語も不確かなら、道は知らないし、運転もたどたどしい。ヨーヨーは降りて別のタクシーに乗ろうと思うけれど、せっかくやっと乗せられた大切なお客様だと言うヘルムートの気持ちを理解して、自分が運転を代わってブルックリンに向かう。途中義妹アンジェラ(ロージー・ペレス)がまたフラフラと街で遊び歩いているのを見つけ、連れて帰ろうと無理矢理車に乗せる。車内では「ファック・ユー」オンパレードの言い争い。そんなアンジェラを可愛く綺麗だと感じて助手席のヘルムートは見つめている。この挿話にはいわゆる白人アメリカ人が出てこない。黒人のヨーヨーは人を放っておけないお人好しのお節介。東独から出てきた、純朴で擦れていない、悪く言えばお間抜けでもあるヘルムート。最後に「お金は必要だが、お金は重要じゃない」と監督はヘルムートに言わせているけれど、殺伐としたアメリカ社会、その象徴たるニューヨークの生活に対して、人の幸せはもっと別のところにあるのではないのかというメッセージが感じられる。

earth22.jpg



第3編:パリ(04:07)

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アフリカの象牙海岸(コットジボワール)出身のタクシー運転手(イザーク・ド・バンコレ)。乗せているのは同じギニア湾に面するカメルーンの黒人紳士2人。あまりうるさくからむので運転手イザークは無理矢理2人を降ろしてしまう。この映画はそれぞれ現地語で撮られている。第2編ではヘルムートはドイツ語まじりの英語。もちろんここではフランス語だ。コットジボワールはフランス語で書くと Cote d' Ivoire 。象牙を意味するその ivoire から、コットジボワール人は ivoirien となるが、その発音はイヴォワリアンで、Il voit rien. と同じになる。Il voit rien. とは「彼は何も見えない」とか「彼には何もわからない」とかいう意味で、酔っぱらったカメルーンの2人はこの駄洒落でイザークをバカにしていた。英語でなければ映画ではないといった勢いのアメリカ映画文化の中で、フランス語でなければわからないこういうセリフを使っているのが面白い。本来は互いにある意味白人社会の中で差別の対象である黒人同志で、経済的・地位的優位にあるカメルーンの2人がコットジボワール人イザークをバカにする醜さが描かれているかも知れない。





第4編:ローマ(04:07)

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このエピソードのタクシードライバーはロベルト・ベニーニ。セリフには芸達者な彼のアドリブが多いらしい。ベニーニはこの映画の直前にフェリーニの遺作となる『ボイス・オブ・ムーン』に出演しているけれど、イタリアと言えば、そして特にローマと言えばフェデリコ・フェリーニ。ジャームッシュのフェリーニに対するオマージュのこもった一編だろう。夜になったのに日中からサングラスをしたままで、ヘッドライトが照らす部分以外は運転手ロベルトには良く見えない。「ひと気のないローマ」なんてセリフもあったけれど、ひと気のない夜のローマの狭い路地などを走り回って、ヘッドライトが街の一部分だけを明るく照らす。これはオムニバス映画 『世にも怪奇な物語』 の第3話、フェリーニの『悪魔の首飾り』へのオマージュ。聖職者が登場し、セックスが語られる内容もフェリーニ的だ。ちょっとブラック的面もあるが、ユーモアたっぷりのコメディー。生を楽しむことの肯定だろうか。



第5編:ヘルシンキ(05:07)

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ローマと言えばフェリーニなら、フィンランドと言えばカウリスマキだ。運転手はアキ&兄のマキ・カウリスマキの常連俳優マッティ・ペロンパー。その名もマキであり、乗せた3人の酔っぱらいの1人の名はアキ。走っている途中で窓から見えるハンバーガースタンドはアキ・カウリスマキの 『真夜中の虹』 で主人公が強盗にあったのと同じではないだろうか?。3人客のうちの泥酔して意識のないアキの不幸の物語は、アキ・カウリスマキのように失業がテーマだ。それを聞いて運転手のマキが子供に関する自分の不幸の物語を語る。どんな不幸な境遇にあっても人は人生を歩んで行く、そういう人間に対する共感が描かれる。ちなみにペロンパーはこの映画の4年後1995年に44才で亡くなっており、アキ・カウリスマキの1996年 『浮き雲』 は彼に捧げられている。

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Last updated  2008.06.04 04:35:02
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このレビューが書かれた頃  
はる*37  さん
ぐっすり寝ていたはる*です。
racquoさんにも楽しんでいただけて良かったです。
見事な構成でしたね。
ベニーニは大好きで『ボイス・オブ・ムーン』もいい映画でした。
これは繰り返し観たくなりそうな映画です。 (2008.06.04 07:01:02)

はる*37さん  
racquo  さん
>ぐっすり寝ていたはる*です。

やはりそうですよね。

>racquoさんにも楽しんでいただけて良かったです。
>見事な構成でしたね。

アメリカ映画もこういうのばかりだともっと見るのでしょうが、
見たい映画が増え過ぎてかえって困るかもです。
だから今のままで良いのか(笑)。

次は『COFFEE AND CIGARETTES』ですね。

(2008.06.04 19:33:32)

これは、見たいです。  

Nobubuさん  
racquo  さん
すぐ上のレスにも書いたけれど、
こういうのがアメリカ映画の主流になって欲しいものです。
でもそれって、作り手の問題だけではなくって、ボクの
嫌いなタイプのアメリカ映画を求める観客の問題でもあるんですね。

アメリカ映画としては、ボクとしては最大級のオススメ作品です。

(2008.06.06 02:53:50)

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