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2008.06.13
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カテゴリ: フランス映画
CHOSES SECRETES
Jean-Claude Brisseau
117min
(DISCASにてレンタル)

choses0.jpg

フランスの『カイエ・デュ・シネマ』の2002年ベスト1だが日本観客にはあまり評価されていないようだ。人々がハリウッド映画の見方に染まっているからだと思います。この映画はカウチポテトしながらテキトウに見ては駄目で、じっくり画面や音声に集中して見る必要がある。ある人物からもう一人のリバースショットになって、そして元の人物に戻るとき、前後でのほんの微細な表情の変化などを見落として駄目。まあベスト1が適切かどうかはともかく、入念に作られた映画であることは確か。

choses1.jpg

裸の女がベッドで身悶えしている場面で始まる。画面隅にマントを着たシルエットの人物が暗く写っていて、鷹だか鷲だかを手にしている。ベッドの女の吐息が微かに聞こえ、やがて時計のチクタクという音が支配する。ベッドから起きピンヒールサンダルを履く。流れるのはチクタクに重なってバッハの受難曲の前奏。椅子に行き座る女。突然音楽が途切れ鷹が放たれる羽音。受難曲の合唱が再開され、カメラがパンしてテーブルの客を写し、ストリップの舞台だとわかる。それをバーカウンターの中で見つめるもう一人の女のモノローグ。「私サンドリーヌは新入りのバーテン。この仕事を好きではないが生きて行くため。ナタリーのステージを見ている。彼女に憧れる。自分もああして男たち、そして世界を支配してみたい」。店がひけ残った客の一人がサンドリーヌを買いたいと店主に交渉している。離れて窺っているナタリー。控え室のドアを店主が開けると着替中で下着姿のサンドリーヌ。怒って介入するナタリー。2人とも店主の不興を買い解雇される。給金を貰わないと部屋代がたまっていて帰る家もないサンドリーヌに、ナタリーは家にくることを提案する。こうして2人の共犯のゲームが始まる。

choses2.jpg

ゲームとはナタリーが提示したもので、まずは普通に女が越えようとしない性的タブーを犯そうというもの。ナタリーに勧められてサンドリーヌは翌日から職探しをするが、コネもない彼女は仕事にありつけない。ここのモノローグを聞き逃しててはならない。「ナタリーが私を職探しに放り出したのは、後で回想してみると彼女の計画だったのだ」。この言葉は実は2段階の伏線。一つは女の性を使って男を操り、社会的に伸し上がることにサンドリーヌを誘うため。2人はある会社の採用面接を受けにいく。廊下に何人も面接を受けにきた女がいる。しかし担当者はナタリーを呼ぶ。何故彼女が?、と疑問に感じ、きっと視線のあり方なんだと考えていると、サンドリーヌも呼ばれた。2人は採用となる。ナタリーはシャンゼリゼ本社勤務、サンドリーヌは実務本部のようなところ。ナタリーが指南するのは決して相手に恋をしないこと。映画はサンドリーヌが職場責任者のカデンヌを誘惑し、さらに病気の創業社長の腹心ドラクロワを攻略していく様が描かれる。サンドリーヌは逐一ナタリーに報告するが、ナタリーは何も話さない。

choses3.jpg

一続きの物語だけれど、おおよそ3つの部分に分けられる。第一は普通の女が越えようとしない一線を越えようとナタリーがサンドリーヌを指南し実践する部分。クラブを追い出されてナタリーの家にやってきたサンドリーヌは彼女に以前の恋人のことなどを尋ねられ話す。性は自分の悦びのためにあるとナタリーは言い、最初はベッドのシーツの下で、やがてシーツを剥いで、彼女の見ている前でサンドリーヌに自分でイカせる。翌日から一緒に外出し、人がたくさんいるメトロのホームで気付かれないように下着を脱いだり、コートの下は全裸で街を歩き回ったりするが、後でわかるのはこれはナタリーがある目的にサンドリーヌを使うために彼女の性を解放ないし逸脱させるためだった。

choses4.jpg

第二の部分ではサンドリーヌが職場の上司たちを女の魅力で攻略していく。ややコミカルに描かれる。サンドリーヌは社長の腹心ドラクロワを完璧に弄ぶようになり、自分とナタリーの2人が彼の秘書におさまる。人気もなくなったオフィスで2人がドラクロワと性の行為に耽っていると、社長の息子クリストフが現場を襲う。この辺から先が第三の部分となるが、どうしても 以下はネタバレ

ナタリーはドラクロワの秘書として彼の行状をチェックするだけの役割しか与えられなかった。一方サンドリーヌは本社に豪華な執務室を与えられた。ある日執務室の彼女にドラクロワからの電話。彼はサンドリーヌの腕の中で味わった幸せを語り、感情に生きることの幸せを味わわせてくれたと言う。この告白に感情的感動を持てない自分にサンドリーヌは空虚感を感じる。クリストフから電話があり彼女は城に行く。妹シャルロットと3人のディナー。食事の後3人は性の行為を始めるが、シャルロットの後ろにサンドリーヌ、その後ろにクリストフ。クリストフが直前のサンドリーヌを愛撫し、全く同じことをサンドリーヌはシャルロットにする。兄妹の間接的な行為であり、間のサンドリーヌは単なる媒介に過ぎない。ナタリーが侵入して現れ背後からクリストフに迫るが、彼は彼女を突き飛ばし、はね除けるだけだ。

choses5.jpg

教会での2人の結婚式。式を終えて出てくるサンドリーヌは嬉しそうだが、リバースショットで物陰から失意の内に見つめるナタリーの姿がある。彼女は自分に対する制御も、他人の支配もすべて失ってしまった。第二の部分でナタリーが御法度である恋で悩んでいるらしい様子が描かれていたが、観客はこの辺までには最初からナタリーがクリストフを愛してしまい、実は彼女がクリストフに操られていたということに気付くはずだ。彼女はサンドリーヌを使ってこの形勢の逆転を計ろうとしたのだろう。「競争者の中で何故この2人が面接で採用されたのかが不自然」といったレビューも目にするが、それは既にあの時点で(あるいは映画冒頭から)ナタリーがクリストフに操られていたということを見落とした感想だ。この映画の根幹自体を見れていないことになる。説明過剰のハリウッド映画を見るように見ていてはこの映画はわからない。しかしじっくり細部まで注意して見ていると、必要な情報はすべて提示されている。死の象徴である鷲(鷹?)が登場し、サンドリーヌにベッドで自分でさせるナタリーの表情には何かの思惑があることが見え、職探しについては「回想するとナタリーの計画だった」とサンドリーヌに言わせている。オフィスには顔を出さないクリストフがドラクロワと2人の現場に踏込むことだって偶然ではない。

choses6.jpg

城でクリストフは性の饗宴を催した。この場面はちょっとチープだけれど、多数の裸の男女がもつれ合う。レースの幕を隔てた向こうにはシャルロットがいた。クリストフはその側に進むが、サンドリーヌはこちら側に取り残される。そのとき父が死んだ連絡が入る。クリストフを拘束するものはなくなり、サンドリーヌは用済みだ。クリストフはシャルロットを導き愛の行為を始める。彼の合図でサンドリーヌは2人の男に囚われ、地下の部屋に投げ込まれる。淫猥な男たちが多数で彼女を捕らえる。映像は示さないが彼女の激しい叫びが聞こえる。社会的に、人間的に、階層の転落であり、彼女は人でもない無にまで還元されてしまう。人が越えてはならない一線を完全に越えてしまい、クリストフの同類になったのかも知れない。離婚の書類が出来たら送ると言ってクリストフは呼んであったタクシーに彼女を投げ出す。そこに現れたのはナタリー。全身にガソリンをかけ、ライターを手にした。「お前はもともと無だから、死んでも同じことだ」とクリストフが言うと、彼女はポケットからピストルを出して彼を撃った。続けて自殺しようとした彼女に瀕死のクリストフが言う。「死んであの世でまでお前に会いたくないから死ぬな」と。何かを理解したナタリーは残りの銃弾をクリストフに向けて発砲した。ナタリーは死という救済を彼に与えたのであり、また人として生き直すことの可能性を彼は彼女に示唆したのだ。

何年かが過ぎたある日、サンドリーヌは夫の財産(つまりはその父の財産)を相続し、巨大なリムジンに乗り込もうとしていた。そのとき近くのメトロの入り口に出所して刑務官と結婚し、子供を連れたナタリーがいた。2人は近付いてキスを交わした。本当の勝者はこうして「人として」幸せに生きるナタリーだった。一方のサンドリーヌは棺か霊柩車を連想させるリムジンに無感動に乗り込むだけだった。




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Last updated  2008.06.25 10:53:13
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些細な変化か・・  
昔は映画館って入れ替え制じゃなかったじゃないですか・・
なので、洋画を見るときは必ず2回続けて見ました。最初は字幕をきちんと見て、2回目は表情を~
みたいな感じで。日本人が外国の映画を見るときは
語学が堪能な人は別として、やはり2回以上は
見たほうが良いと今でもよく思います。
ほんと、2回目以降に気づく表情の微妙などなど、
細かいところの見落としとか見っけものとか、
色々ありますよね。
この映画も、2回以上見たほうが良さそうですね。
(2008.06.25 07:28:33)

Nobubuさん  
racquo  さん
2度続けて見るなら、全然わからない言語だとして、
まずは字幕見ないで、次に字幕読みながら見ます、自分は。
映画館やビデオの場合、1回目それでも少しは字幕が目に入るし。
DVDでたまにそういう見方しますが、
言葉がわからなくても、おおよそ映画は理解できますね。
2回目は言葉の細部を知った上でのより深い理解・解釈です。

>この映画も、2回以上見たほうが良さそうですね。

どうだろう、2度続けて見るには たるい 映画かも知れません。
そういう意味では、アメリカ式にすべて吹替えで、
ってあり方も一理あるかもですね。

(2008.06.25 15:07:24)

疲れているときに  
はる*37  さん
邦画なら観られるように
字幕だと少なからずそこにも集中力がいりますね。
目が疲れるし。
ということは、アメリカ式も悪い面ばかりではないんですね~。でも原語を聴いて観たいと思う方なので、私はいつも字幕です。
幼い頃から慣れ親しんだ声優さんの声なら、吹き替えもいいですよね。最近では『ダイ・ハード4.0』を吹き替えで観ました。 (2008.06.25 16:47:58)

はる*37さん  
racquo  さん
>疲れているとき

も、疲れの種類によっては、やはり原語洋画ですね。
より自分の日常から切り離してくれます。

テレビを見なくなってから、吹替えで映画を見ることはなくなりました。
だからしばらく見ないでいて日本映画を見るとき、
しゃべっている言葉が日本語なのでびっくりすることも(笑)。

(2008.06.25 19:42:59)

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