映画にはあまりにも色々なものがあって、すべての映画がひとくくりにされている状況は不思議でもあります。映画雑誌なんていうのは、『スイング・ジャーナル』と『音楽の友』と『ロッキン・オン』と『バーン』と『歌の手帳』と・・・、とにかくそういうものすべてを一色他(←これで字いいのかな?)にしたようなもの。クラシックからロック、ポップス、歌謡曲、演歌、民謡、雅楽、小歌、民族音楽等々すべて垣根がないかのごとくです。だからそれぞれの映画作品は、それぞれに固有の作られ方や見方がある。でも是枝作品というのは、いわゆる「作家の映画(le film de l'auteur)」という部類の映画で、多く原作・脚本・監督・編集は監督自らがやり、人間や社会の本性を問題にしたり考察する体のものでしょう。そういう体の映画にボクが期待するのは、求めるのは、扱うテーマに関してのその作家の深い考察なんですね。その考察を映画にしろと言うわけではなく、根本にその考察があって、その上で作品を作って欲しいということです。