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木昌1777さん
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ひでわくさんさんComments
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「私らのような年寄りは良い。子どもだけでも、この値(年20mSv)から外して欲しい。子どもには選択権が無いんです。大人に従うしかない。自分で決めることが出来ないんですよ。人権侵害ですよ」
会場から拍手が起こる。原田さんの怒りは、国に反論できない町教委にも向けられた。
「なぜ教育者から反対意見が出なかったのか。情けない」
壇上には町役場の職員がずらりと並んだが、誰も反論することは出来なかった。馬場有町長は腕を組み、じっと聞き入っていた。
「 民の声新聞(7月3日) 」から抜粋
明後日に投票日を控えた参議院選挙のための激しい選挙運動のニュースが流れる中、7月1日に開かれた福島県浪江町の住民懇談会の様子が「 民の声新聞
」に掲載された。政府が2017年3月に避難指示を解除する方針であることを受けて、開かれたものだ。
政府側は、ICRP(国際防護委員会)の指針を盾に全く住民の意見に耳を貸さない頑なな姿勢を崩さない。そんな「懇談」の様子が詳細に報じられている。ICRPは、もともと原子力を利用したい国々によって設立された国際機関であって、その指針には原子力を推進したいという国家意思のバイアスがかかっている。
このように明らかに政治的バイアスがかかった機関の見解を全面的に施策の根拠とするのは、政府が再稼働をするとき原子力規制委員会の判断を根拠にすることとその構図はまったく同じである。規制委員会の委員は、政府の都合に合わせてくれる専門家を選んでいることは誰の目にも明らかで、政府の都合のいい結論を出すに決まっているのだ。
政治家も役人も自らの知見、見識によって政治的判断をする、行政的判断をするという形はけっして取らないのである。それは、それらの結果が大きな不始末となって終わっても全く責任を取らないことに繋がっていて、いつでもどこでも見られる日本社会の無責任な政治的構図にほかならない。
浪江町で住民の血を吐くような訴えが冷たい拒絶にあっているとき、世間で激しく争われている参議院選挙では、原発問題はほとんど争点になっていない。
河北新報(7月7日付)
によれば、参院選宮城選挙区では「公示後の街頭演説や個人演説会では、両候補とも原発政策や女川原発再稼働についてほとんど触れず、選挙公報にも記述はない」のだ。記事には、上智大の中野晃一教授の「原発問題は国民の関心事なのに、接戦の1人区では立地地域や電力会社関係者などの反発を恐れて候補者は言及しなくなる。一種のカルテルのような状態だ。有権者の問題意識を候補者に直接伝えることが大切だ」という意見も紹介されている。

選挙投票日の直前の金デモのために、ある人が「原発も選挙の争点!」というプラカードを10枚ほど作ってきてくれた。脱原発を強く願う私たち有権者は、候補者ばかりではなく有権者としての市民に「原発も争点!」を直接伝えるために今日も街に出る。




集会@元鍛冶丁公園。(2016/7/8 18:39~18:56)
自宅を出て元鍛冶丁公園に着くまで折り畳み傘をザックから出そうかどうか迷う程度の小雨が降り続いていた。その雨も集会が始まるころにはすっかり上がった。
選挙で忙しくて金デモに参加できなくなっている人もいるというのに、しばらくぶりで参加する人が何人もいて、今日は45人が集まった。
主催者挨拶は、選挙がらみの内容は控えざるを得ないが、脱原発を標榜する候補者はだれなのか見極めてほしいというものだった。
続いて、脱原発市民会議の人から東北電力の大株主である仙台市の財務担当者との面談の報告があった。結論から言えば、門前払いに近い頑ななもので、自分が行っている業務が社会にもたらす意味に思いを及ぼすことのない役人の在り方に疑問が呈された。また、女川原発を再稼働させようと企む東北電力からの電力購入量を減らすためのさまざまな節電のアイデアが紹介された。
今年も「大MAGROCK」の季節になった。7月16~17日、大間原発敷地隣接共有地で「大MAGROCK vol.9」が開催されると案内があり、そのチラシも配られた。合わせて「第9回 大間原発反対現地集会」も開催される。
今年も参加されるという人から現地までのアクセスについての案内もあった。

元鍛冶丁公園からから一番町へ。(2016/7/8 19:00、02)
ほぼ時間通りに45人のデモは元鍛冶丁公園を出発して、国分町や稲荷小路の飲食店街を横目に一番町に向かう。
元鍛冶丁公園を集会に使うことはけっこう多いので、脱原発デモはこの道を何度も通っている。それなのに、コールの声を聞きつけたのか、飲食店ビルから出てきて珍しそうにデモのコールを聴いている若い人が何人もいる。
飲食店の従業員なのか客なのかは見た目ではわからなかったが、このような街は当然ながら人の出入りは激しいのだろう。そうであれば、一番町と同じように繰り返し同じコースを歩いても、ここでも脱原発のコールを初めて聞く人はそこそこ多いに違いない。いいことだ。


一番町に出て広瀬通りへ。(2016/7/8 19:04~08)
気温は24、5度くらいだろうか。あまり高くはないのだが、湿度が高いせいか快適な夕間暮れというわけにはいかない。汗が流れ出るという実感がないけれども、下着がじっとりと湿ってくる。
そういえば、ここ1ヶ月ほど風邪をひいていない。季節に関係なく風邪をひいている私には珍しい。義母の入院や介護での忙しさが我が肉体の頽落を許さないということなのか。こんなことを書くと、いつもの風邪ひきは単に私がだらけているから、ということになってしまう(まあ、そうなのか)。
いつの間にか、汗をかいても気にしなくなる季節になっていた。自覚がないまま、世間は夏なのだった。



広瀬通り交差点前後。(2016/7/8 19:09~11)
福島事故から5年、10万人もの人が避難先で苦しみ、避難できなかった人も汚染の地で苦しんでいるとき、国の政策を争う選挙で事故原因の原発が争点にならない国とはどんな「美しい」国なのだろう。数十万人の人びとの暮らしや命を政治から除外する国とは……。
たしかに人々の苦しみを見ないことにすれば、「日本の風景」は美しいにちがいない。人の住めない土地の風景の美しさを日本人は誇っているのか?
日本の現実が見えないのか、見ようとしないのか、いずれにせよ見ることを欲しない日本人に「美しい日本」など見えるはずがないのである。
いくら除染をしても
放射能が高くては帰れない。
ふるさとへ
戻る。
ふるさとへ
戻らない。
ふるさとへ帰る
ふるさとへ帰れない心は揺れる。
ふるさとを捨てる。
ふるさとに未練はある。
ここで生まれ
ここで育ったのだから。
だが現実は甘くはない。〔中略〕
望郷の唄が
遠くから聴こえてくる
あの唄は幻聴か?
それとも涙唄か?
幼い昔に聴いた唄だ。誰もいない野原に
名もない花が咲いて。誰もいない野原に
羽虫が飛んでいる。かつて町だった。
かつて村だった。
そこに
その場所に。 根本昌幸「帰還断念」 [1]

一番町を青葉通りへ。(2016/7/8 19:12~16)


東二番町(国道4号)を渡る。(2016/7/8 19:22~23)
放射能をばらまいておいて「美しい日本」などとほざくのは、冗談どころかあまりにもたちの悪い言説である。誰がどの口で言っているのか?
すべての日本人が選挙前にそのことを理解することができれば、少なくとも福島事故をめぐる政治的問題は一挙に解決するのだが、ずっと目を閉じ、声を聴かないままでいたいと思っている人間も多いのだろう。状況の閉塞感(というよりも激しい後退感)に気づいていない人々が……。
[1] 根本昌幸『詩集 荒野に立ちて ――わが浪江町』(コールサック社、2014年)pp. 78-81。
読書や絵画鑑賞のブログ かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)
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