山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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2018.01.05
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カテゴリ: 街歩き

 歌はうたうまいと、口ずさみかけた声を押し殺した。

 1月4日2時40分、わが家の老犬が息を引き取った。イオと名付けられ、イオと呼ばれ続けた17年4か月と3日の生だった。死を看取って、ワインを二口ほど飲み、熱い煎茶を飲み、あとはどうしていいのか、おろおろしたまま8時30分の仙台市ペット斎場の勤務時間開始を待った。やらなければいけないことが欲しかったのだ。8時30分から40分ほどダイアルボタンを押し続けて、ようやく6日10時からの火葬の予約をした。
 そのあと、私は何をしていたのだろう。昨日のことだが思い出せない。そうだ、納戸から一番大きな段ボール箱を引っ張り出し、カッターナイフとガムテープでイオの体に合わせた棺を作り、イオを横たわらせた。二日後の火葬まで、居間の私の横に置いておくことにした。それから何をしていたのか、あまりはっきりしない。
 一夜明けて3時半ころ目覚め、イオを眺め、さてそれからどうしたものか。イオがそこにいたときと同じように振舞えばいいのだと自分に言い聞かせたのだが、本を読む気にもなれない。テレビのチャンネルを次々替えてみたが、どれこれも白々しい。ぼんやりと2時間ほど過ごしたが、いつものように散歩に出かけることにした。冷たく硬いイオの体をひとしきり撫で、擦り、それから家を出た。
 広瀬川を渡るとき、「悲しみにうなだれる君の………」と始まる歌を口ずさみかけて止めた。歌ってしまうと感傷に流されすぎて心が溺死するのではないかと思えた。

​​
おれよりも泣きたいやつが
おれのなかにいて
自分の足首を自分の手で
しっかりつかまえて
はなさないのだ
おれよりも泣きたいやつが
おれのなかにいて
涙をこぼすのは
いつもおれだ
おれよりも泣きたいやつが
泣きもしないのに
おれが泣いても
どうなりもせぬ
    石原吉郎「泣きたいやつ」部分 [1]​​


 左の親指の傷が腫れてズキズキと痛み出してきたので、午前中に近くの外科病院に出かけた。一週間ほど前、自力で食事ができなくなったイオの口を開けさせて柔らかく団子状にした食餌を与えていたとき、イオの犬歯で小さな傷がついたのだった。化膿した傷口から膿を絞り出し抗生物質を貰って病院から帰って、あとは横たわるイオを眺めて過ごした。カメラも持ち出したが、動かないイオの写真は何枚撮っても同じなのだった。
 デモには行きたくないなあ、そう思いもしたが、いつものイオがその辺にいるように私の日常を振舞うのだ、と思い直した。先に逝った相棒に対する生き残った私のそれが礼節ではないかと、これも石原吉郎の「礼節」ふう [2] に嘯いて立ち上った。
 脱原発金曜デモは、今日も元鍛冶丁公園から出発する。





元鍛冶丁公園から国分町を越えて一番町へ。(2018/1/5 18:24~18:35)


 元鍛冶丁公園に着くと、3人ほどからお悔やみの言葉をいただいた。イオの死をブログ(これとは別の)で報告していたのを読んでくれていた。イオの死を悼んでもくれたが、私の落ち込みを気にかけてもらった。ペット・ロスというものがどういうものか、これから味わうことになるのか、まだ何もわからないが………。
 遅刻したこともあって、どんなスピーチがあったかよくわからない。脱原発カーの参加がないことだけはすぐに分かった。脱原発カーをいつも運転している本人は参加しているので、故障でもあったのだろう。








一番町(1)。(2018/1/5 18:37~18:40)


​ デモが元鍛冶丁通りから一番町に出ると、「仙台光のページェント」は終わったというのに、暮れと同じような人混みだった。昔ほどではないにせよ「仙台初売り」というのもあって、その名残りが正月5日まで続いているのだろうか。​






一番町(2)。(2018/1/5 18:40~18:46)


 広瀬通りに出る手前は、新年会の待ち合わせらしい人たちがびっしりと集まっている。広瀬通りの向こうで信号待ちをしているのは人間の壁である。デモ以外で、こんな人混みの仙台を歩いた記憶がない。もともと私は人酔いするたちなので混雑を避ける傾向にはあるのだが、私には信じられないほどの賑わいである。
 その人混みも、中央通りを過ぎると急激に少なくなってくる。青葉通りに出れば、もう正しい夜の街である。




青葉通り。(2018/1/5 18:47~18:57)


​ 先に書いた石原吉郎の「礼節」[2] は次のような詩である。​

​​
いまは死者がとむらうときだ
わるびれず死者におれたちが
とむらわれるときだ
とむらったつもりの
他界の水ぎわで
拝みうちにとむらわれる
それがおれたちの時代だ
だがなげくな
その逆縁の完璧において
目をあけたまま
生きのびたおれたちの
それが礼節ではないか


 私の研究が順調に進み、めったやたらと忙しくなって、それはストレスフルな時期でもあったが、そのころにイオがやってきて、仕事以外のときはいつも引っ付いて暮らしていた。私がかってに「人生のメルクマール」とよぶ退職の前後の時代をいっしょに暮らした。
 「逆縁の完璧において」先に逝ったイオに弔われて、私のそんな一つの時代が終わった。これから、また別の時代を生きるのである。イオへの「礼節」として………。



[2] 同上、 pp. 318-9。



読書や絵画鑑賞のブログ
かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)

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Last updated  2018.01.07 08:39:01
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