手術の夜・同室のお二人


思ったほどお腹も痛まず、吐き気も徐々におさまってきた。
麻酔の副作用なのか肩から首にかけて筋肉が固くなり、少し頭痛がした程度。
夜10時半頃、真っ暗な部屋で横になったものの、ナースが見回ってくるたびに
目が覚めるのは、やはり緊張していたのかな。

12時半、2時半、3時半、5時半... ウトウトしながら朝を迎える。
天井を向いて、あれこれ考える。
同室のお二人の気配を感じるたび、寝る前に話した内容が頭の中をよぎる。
一人は還暦を迎えたというTさん。もう一人はたぶん私より少し若いIさん。

二人とも卵巣癌で入院されているとのこと。
手術前に病室に入ったときに、二人とも頭にバンダナを巻いていたので
もしかしたら...という思いはあった。

麻酔から完全に覚めて、すっきりした顔で起き上がった私に
「顔色がよくなったみたい。」と声をかけてくれたのはTさん。
実際には発熱していたのだが、部屋が暑いのかと思い、空調の設定を
確認しようとしていた私に話しかけてくれたのだ。

「辛かったら、ここのナースは本当によい方ばかりだから、
 どんどん相談した方がいいわよ。
 短い時間で帰ってらしたから、あまり大きな手術ではなかったのかな、と
 思っていたのだけれど...」

「手術に行く前は怖かったけれど、お蔭様で無事に終わって落ち着きました。」
と言った私に「どんな手術をされたのかしら?」と尋ねた。
話しやすい雰囲気に、病名を話すと
「初めてのお子さんだったの?」「いえ、二人います。」という会話の後で
「それはお辛かったわね...」と優しい言葉をかけてくださった。

「これから上手に病気と付き合わなきゃね...
私は無事に3人の子供が成人して、もう還暦だし、用はないんだけどね、
卵巣癌で卵巣を取ったのよ。臓器が男の人より余分にあるんだから
その分病気になる場所も多いってことなんだろうけれどね。
治してやろうっていうよりも、ゆっくり気長に病気をてなずけるって
思ってるわ。」
1年半の間に抗がん剤の治療を繰り返し、6回目の入院だというTさんの言葉は
重みがありながら暖かかった。

「あなたは若いうちに病気になった分、これから人よりも気をつけるから
ほかの病気になってもきっと早いうちに手当てをしてもらえるわよ。」とも。

そうだなあ。自分の健康を過信していたから、これからちゃんと気をつけるように
なる、って言う意味では良かったのかな。

「この病院の婦人科は日本一よ。先生もナースも本当に粒ぞろいの優秀な方
ばかりなの。安心していて大丈夫よ。」
ご自分の病気の方が重いのに。
抗がん剤の治療をすると、二、三日でどんどん髪が抜けてね... なんて
おっしゃりながら、私のことばかり心配してくれる優しい方だ。

「病気をするとわかることってたくさんあるわよ。
縦の物を横にもしなかった主人が、それなりに気遣ってくれるように
なったしね...」

同じです...と笑う私に、「ご主人、すごく心配してらしたわよ。」と
真顔で言う。
麻酔で眠っている間、ずっと足元に座っていたオットは、どんな思いでいたのかな...

ご主人と面会時間をデイルームでたっぷり過ごして病室に戻ったIさんも
はやりTさんと同じ卵巣癌。
まだ若いのに、どんなにショックだっただろう。
「ちょっと触るとどんどん髪が抜けるから、薬が効いてるのねっ♪」
なんて笑顔で言う。
「もう2ヶ月病院にいて。上げ膳、据え膳、家事はやらなくていいし、
本を読んでゴロゴロしているだけなのに、やっぱり家に帰りたいのよね。」
なんてニコニコ笑いながら言う。

「2ヶ月もいると主になっちゃって、婦人科病棟は本当に癌の人ばっかりって
よくわかるのよ~。
抗がん剤の治療を受けていると、同じサイクルで治療している人と仲良くなって
仲間ができるから心強いのよ。」
「ちゃんと婦人科検診受けていたんだけれど、卵巣まで調べてくれないのに、
たまたまお腹が痛くて原因がわからなくて、超音波を取ったら、癌が
わかってラッキーだったの。」
なんて、ほんの少しの幸運を、それだけをクローズアップしてニコニコ笑う。

「明日退院できるといいわね。おうちが一番だもんね。」

なんで、私のことをこんなに優しい気持ちで見ていてくれるんだろう...

お腹が空っぽになってしまって。
赤ちゃんがいなくなってしまったという思いと、病気の元をきれいにして
もらったという思いが入り混じって、すごく複雑な気分だったけれど。
たぶん、今、この病気がわかり、治療を始めてもらえたのは
これから先の家族との生活を守る上で幸運だったのかもしれない...

同室のお二人と話していると、そんなに落ち込むことはない、
ラッキーだったっていうところをしっかり見つめなさい、って
励まされた...

淡々と一日の経過を日記という形で整理して。
頭の中からできるだけ、マイナスの感情を排除して。

痛いの、飛んでけ。
悲しいの、飛んでけ。
笑顔、戻っておいで。
という気持ちで、天井を眺めていた。



病院には一泊しただけで退院できた。
かかった費用は32280円。
来週もこれだけかかるのかなあと思うとちょっと青くなる気分...

手術前の血液検査の数値は265000.
来週にはどれだけ下がるんだろうか。

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